【1986年6月中旬】
梅雨前線がお出かけ中の日曜の昼下がり。射し込む木漏れ日が、縁側に陽だまりを描き出していた。庭の木々は緑の色を濃くしており、吹き抜ける風はほんの少しだけ湿り気を帯びていた。
今日は、初めての子どもを対象とした食事会となる。これまでも、訪れる近所の子らに食事を振る舞ってきていたが、親御さんも招いた食事会を月に一度、月半ばの日曜に開こうという試みの初回であった。
ばあちゃんは、大々的に無償でやるとなると、変な人も来るかもと少し心配していたが、それでも来てくれるなら、ちゃんともてなさなきゃねと、朝から張り切っていた。
テーブルには、巻き寿司と挽き肉豚汁、それに野菜の煮物に、大鍋で煮込んだ和風ロールキャベツもある。鶏ひき肉と豆腐を練り、だしと醤油で煮込んだつみれ鍋は、子どもでも食べやすいように柔らかく、優しい味つけとなっていた。
「おにいちゃん、おかわりしてもいい?」
「もちろん。遠慮しないで」
そう言って笑いかけると、顔馴染みの美羽ちゃんがうれしげに椀を差し出す。今回の参加者は、馴染みの子らと、その親御さんが多い。
お母様方は、食卓でばあちゃんと話に花を咲かせていて、子どもたちはちゃぶ台を囲む形となっていた。食事が一区切りつくと、女の子たちはぬいぐるみで遊び始め、小さい男の子は本に没頭していた。
穏やかな時間が過ぎていく中で、ふと気づくと縁側近くのクッションにもたれて眠っている少女がいた。こちらも初期から来ている女の子、杉森紗良嬢だった。まあ、陽だまりでの昼寝が気持ちいいのは間違いのないところである。
気づいたエルリアが、微笑んでシーツを運んできた。
「リラックスしてくれていてなによりですわ。……ご飯は食べていましたか?」
「うん。デザートまできっちりと。美羽ちゃんの食欲にはかなわないけどね」
くすりと笑うエルリアが、眠っている少女の頬に手をやった。
「こうして陽だまりがあって、和やかに食事ができるのは、とてもよいことに思えます」
「今後も、やっていくとしようかね」
この催しは、無償での提供となる。幸いにして、資金的には問題がないので、人手だけの話となる。
前世の記憶によれば、後年には「こども食堂」と呼ばれる取り組みが一般的となるが、そこまでおおげさなものでもない。あくまでも、沢渡家のおもてなしの域に留まっている。
なんにしても、子ども達の笑い声が聞こえるのはよいことである。そう思っていると、いつの間にかミケが来ていて、紗良ちゃんの近くに寝転がった。
その場に流れる穏やかな時間は、貴重なものだった。
「エルリアさんと……、悠真くんよね。初めまして、杉森紗良の母親です」
二人して立ち上がってあいさつすると、座るようにと促された。
「紗良は、こちらに遊びに来るのを、とても楽しみにしているんですよ。美羽ちゃんとの交流もそうですけど、お二人にもなついているようで」
「その……、ご心配ではないのですか? 凄惨な事件が起きたのは確かなのですが」
俺の言葉に、御婦人が首を振った。
「むしろ、夫婦して皆さんのことを心配していたのですよ。……一月に、紗良が遊びに行ったとき、両親の承諾を得てからでないと、来てはいけないと言い渡していただいたそうで。きっちりしたご対応に感心させてもらっていました」
「恐縮です。お子さんたちの安全を最優先で対応させていただきます」
「ありがとうございます。でも、無理はなさらないでくださいね」
そう言われても、そこで無理をしないでどうするんだ、という話ではある。鳴海さんの助言も受けつつ、防犯には気をつけるとしよう。
そこに、ばあちゃんが連れてきたのは、髪を束ねたスーツ姿の女性だった。
「おかあさんっ!」
そう呼ばわったのは、美羽ちゃんだった。手を振りながら、周囲にあいさつを投げる。
「松本美羽の母です。いつも、娘がお世話になっております」
深々と頭を下げる様子に、美羽ちゃんが慌てて駆け寄って一緒にお辞儀をした。微笑ましい。スーツの肩口に刻まれた皺には、働く女性の生活感が透けていた。
「いえ、いつも明るい空気を作り出してくれて、助かっています」
「そうよー、とってもおいしそうに食べてくれて」
ばあちゃんの言葉に、恐縮度合いが深まる。
「あの、この子、がっついて……、食べすぎていませんか?」
「そんなことありませんわ。綺麗に気持ちよく食べてくれています」
エルリアの言葉通り、当初はちょっとお作法的に難はあったものの、紗良ちゃんの影響を受けてだいぶ改善している。ようやく安心してくれた最後の参加者が座席について、ばあちゃんとエルリアのもてなしを受けている頃、眠り姫がミケに見つめられながら目を覚ましていた。




