【1986年1月末】
窓からの月が綺麗な夜、こたつの周囲に穏やかな時間が戻っていた。
テレビでは歌番組が流れているけれど、音量は絞られていて、こたつ内のヒーターから伝わるぬくもりの方が影響度は強い。俺と祖母、そしてエルリア。会話が途切れる時間もあるが、それが嫌な間とはなっていない。
帰ってきてから数日が経ったとはいえ、エルリアがこたつに入る様子に、若干の遠慮めいたものが感じられる。離れていた時間が長かっただろうか。
「なあ、エルリア」
「(なんですの)」
小声で返されたので、同様に応じる。
「(なんで小声)」
「(起きそうなのです)」
ばあちゃんがゆっくりと船を漕ぎ始めていた。しばらく見守っていると、こたつの天板に伏せるようにして安定した寝息を立て始めた。
だいじょうぶそうだとの判断に至り、また話し始める。
「それで、あのときの光は……、やっぱり君が?」
「わからないのです。……この地には、本当に魔術はないのですよね?」
疑いを抱いているというよりは、確認モードであるようだ。
「そのはずだ。少なくとも現代日本では、確認された魔法や奇跡はないな」
「あれは、高度な光魔術だったと思われます。聖女が国難のときに発動するものに近い」
「確か、魔法は不得手って話だったよな?」
「はい、光はもちろん、本来の赤魔法ですら……」
「今後も使えるのかい?」
「あの規模は無理です。ですが、ごく低位の光魔法でしたら」
「それは、治癒的な?」
「ええ。なにか、小さな傷はありませんか?」
「さっき、ミケと遊んでいて引っ掛かれた薄傷なら」
示して見せると、そこにかざされたエルリアの手から、柔らかな波動めいたものが流れ込んでくる感覚があった。どこか懐かしい、おまじないのような不思議なくすぐったさである。淡い光が消え去ったときには、ミケとの交流の代償は消え去っていた。
「ただ、これでもだいぶ力を使っています。日に三度が限度でしょう。あのときは、なにか存在が揺らぐような恐ろしい感覚がありました。生涯一度の術だったのかもしれません」
金髪碧眼の少女は、唇を噛み締めている。
前世で使えていたらと悔やんでいるのだろうか、と思ったのだが、零れてきたのは別の意味合いの言葉だった。
「トミさんのために使えて、本当によかった」
この世界でのエルリアにとって、ばあちゃんは自らを肯定してくれる大きな存在なのだろう。
と、そこで寝言が漏れた。
「……なたは、あなたの道……を」
それは、娘に向けた母の声だったのか。あるいは、この家に戻った異邦の少女に向けられた言葉だったのか。
エルリアは、少し複雑な表情を浮かべたものの、はい、と小さく応じたのだった。




