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【1985年12月下旬】その3



 意識がまた戻ったときには、病院のベッドに寝かされていた。扉付近には、蒼衣さんが佇んでいた。


「気付いたのね」


「ばあちゃんとエルリア、それに母さんは……?」


「おばあさまと金髪のお嬢さんは無事……、とは言えないけれど、命に別状はないそうよ。お母さんと犯人は……」


 ありのまま事実を告げようとして、意味合いに気付いて躊躇したらしい。


「いいんです。二人が生きていただけでも。……犯人は、おそらく父親なのです」


「おそらく?」


「写真でしか見たことがないので。それも、警察に示されたものだけなのです」


 その写真というのも、見るからに犯罪者然とした正面と真横からのもののみである。まあ、実際に犯罪者だったわけだが。


 蒼衣さんは状況を詳らかにするのを放棄したように、少し息を吐き出した文庫本を閉じた。


「痛むと思うけど、すぐに事情聴取を求められそうよ。説明をまとめておくといいかもしれないわね。それと、命に別状はないとは言っても、おばあさまはだいぶ怪我の度合いが重いみたいよ」


 改めて見やると、服の胸のあたりに血痕が見えたわけで、おそらく救助なり、生死の確認なりを担ってくれたのだろう。ミケ絡みで幾度か顔を合わせているのだけれど、物静かな研究者タイプに見えて、わりと気丈な人物であるようだ。


 目覚めたとの連絡をすぐに病院側にしないのは、時間的余裕を作ってくれようとしているのか。


「ご配慮ありがとうございます。まずは、ばあちゃんに会いたいと思います」


「それがいいと思うわ」


 そう口にすると、蒼衣さんは音を立てぬように扉を開いた。




 偵察を済ませた蒼衣さんに先導されて、俺はばあちゃんのいる病室に向かった。


「あそこよ。……ただ、看護婦さんの出入りがあるわね」


「堂々と入ってみるしかないですかねえ」


 小声で相談していると、肩に手が置かれた。痛みが走ってびくっとして振り返ると、にこやかな表情をしていた人物が立っていた。


「確か……、地域課の」


「はい、安西です。……桐島さん、起きたらすぐ、呼びに来てくださいって言いましたよね」


「そうだったかしら?」


「悠真くん。診察を受けていませんね?」


 その笑みには、凄みがある。


「はい。……先にばあちゃんの様子を見させてもらうわけには?」


「傷害の被害者で、殺人事件の関係者同士ですのでね。ご遠慮ください」


「……鬼」


 ぼそっと蒼衣さんがこぼすと、安西氏の笑みが強くなった。外交用の表情なのだろうか。


「何と言われましても。……あそこに住んでいないはずの金髪の人物は、既に聴取に入っていますよ」


 交渉の余地はないようだ。すごすごと撤退に入ったところで、逆側からエルリアが連れられてきた。こちらに気づかずに、ばあちゃんのいる部屋に入っていく。


 じっと見つめていると、安西さんがまた笑顔で促してくる。頷いたところで、なにやら強烈な気配がした。室内からは、眩いけれどきつくはない光が溢れてきた。


「なに、あれ?」


 警察官だけあって、蒼衣さんと俺の前に出た安西さんは、待機するようにと言い置いて部屋へと近づいていった。そこまでには、看護婦さんが走り出し、医師が走ってきたのが見えた。


 蒼衣さんと視線を交わして、その部屋に向けて歩み寄る。


 覗いてみると、泣きじゃくりながら抱きついてくるエルリアの頭を、優しくなでつけるばあちゃんの姿があった。




 しばらく放置された後で、怪我の診察を経て事情聴取が始められた。怪我は、見た目ほどのダメージはないようだが、意識を失ったのは脳震盪だろうとのことで、一晩の経過観察を求められた。


 その状態でも、事情聴取が延期されなかったのは、事件の重大性を考えればやむを得ないだろう。


 父親とされている鬼塚拓郎の素性と、母親である沢渡香澄の暮らし向きこそ説明できたが、両者の関係性は正直なところ把握できていない。


 長野の植田市で母が俺を産み落とした頃には、父は刑務所に入っていたらしいこと。


 今年の始め頃に出所したようで、母親と恋情沙汰の相手が襲撃されたこと。


 逃れるように母子で小金井に越してきたこと。ただし、母は沢渡家に滞在する日は多くなかったこと。


 父親の影は感じられなかったが……、今からして思えば、母親があまり帰ってこなかったのは、あの家に襲撃者が狙われないようにするためだったかもしれないこと。


 現場の状況として、襲撃者はエルリアと母を誤認していたらしいこと。


 襲撃の経緯と、母が、祖母とエルリアと……、そしておそらく俺を守るために命を使っただろうこと。


「それで、あの金髪の女性は? 三人ぐらいだったはずだよね?」


「ええ、客人ですね。住んでいるわけではないので」


「どういった経緯で、客になったのですか?」


「迷子だったようで、とりあえず迎え入れたのです。完全な記憶喪失ではなかったようですが、かなり混乱していたみたいで」


「外国人の娘さんを、警察にも届けず? さすがに金髪白人となると、この辺りの住民ではないでしょうに」


「届け出る必要があったとは、把握していませんでした。植田で母と暮らしていたときの近所には、ホステスのフィリピーナと未就学の娘さんがいましたが……」


「そうだとしてもだねえ」


 ……詰問というほどではないが、なかなか詳細なヒアリングとなっていった。ただ、どうもバタバタの中で、病院側に聴取をする件が伝わっていなかったらしい。看護婦さんが見回りに来た際に発覚し、なかなかの剣幕で安西さんと相方が叩き出される展開となった。


 


 創始会には、鳴海さん経由で連絡が行ったようだ。ボディガードとしての役割は任務に入っていなかったはずだが、事態を防げなかったのは痛恨事と捉えられたらしい。実際には、他のタスクも入っていたようだから、どうにもならないと思うのだが。


 そして、身元確認書類が確保されてきた。記されていたのは、就労ビザ持ちのフィリピン女性の、呼び寄せられた娘さん、という身分である。


 エルリア・リンドラントという名前も、写真が彼女の幼い時期に見えるのも、できすぎである。実在の存在に背乗り的に置き換わりつつ、元の資料に手を加えたのか、それともまったくの偽造なのか。どちらにしても、違法ではある。


 ごていねいに、かつての住所は植田市となっており、我が亡きご母堂が連れてきたのだとのストーリーも構築されていた。そう言われると、俺としてもそんな気がしてくるから不思議である。まあ、エレナをモデルにしたのかもしれないが。


 やや無理がありそうな話に聞こえるが、この地の行政も警察も、結果としてそれを飲み込んだようだ。なんらかの圧力があったのか、あるいは彼らからしても渡りに船だったのか。


 それでも、なんやかやと手続きはあり、エルリアが沢渡家に戻ったのは一月も半ばを過ぎてからだった。


 帰ってきた彼女を、すっかり元気になったばあちゃんが感慨深そうに迎える。そうそう、深かったはずの傷も、さらには弱っていた腰までが、あの日の病院で、どうやらエルリアの放ったらしい光に晒されたあと、快癒したのだという。


 医師や看護婦は不思議がってはいたが、それでも健康体に長く関わる気にはなれなかったようで、残されたカルテは誤記だったことにされ、早々に帰宅となったのだった。


 そして、少し困った様子のエルリアは、この地での保護者的存在に優しく抱きしめられて、ようやく安堵の表情を浮かべたのだった。


「帰ってきてくれて、ありがとうね」


「ここにいいて、よいのでしょうか?」


「もちろん。……あなたももう、うちの子よ」


 冬の風が吹きすさぶ中でも、沢渡邸には暖かな空気がたゆたっていた。



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