【白い世界】
気づくと、そこには無機質な印象の白い世界が広がっていた。立っているのか、浮いているのかもわからないが、不安感もない。そして、穏やかな顔の女神が、こちらを見つめていた。
女性なのは容姿から推定できるとして、俺はどうしてその存在を女神だと認識したのだろうか? けれど、それは自分の中では確定的な事実として捉えられていた。
「あなたは、転生の対象になりました。感想はいかがかしら?」
「転生って、なにかファンタジー世界に行くみたいなやつか? そういうのは、あんまり……」
「いいえ、日本のあなたが生きてきた時代に、記憶を持ったままで生まれ変わります。現状を変えたいでしょう?」
「ほほう……。だが、俺が行っても、何も変わらないんじゃないかな。もっと有能で雄弁なやつを向かわせればいい」
「こちらにも事情はあるのよ。でも……、そうね、いくら環境がきつかったにしても、この年代まで自分を変えられずに過ごしてきたわけだし、配役として不足気味かしら」
喧嘩を売られているのだろうが、年下の上司やら同僚やらに当てこすられるのには慣れっこである。嫌味たらしいその文言が、俺の心的防護を貫通することはなかった。
「うーん、あの子たちと組み合わせても、なにも生まれなさそうだし。……じゃあ、せっかくだから流行りの悪役やらいう概念を突っ込んでみましょうかね」
どうやら、この存在は俺と対話をする気はないようだ。そういう扱いもまた、よくある流れである。であれば、確認しておいた方がいいこともある。
「ルール違反で、ゲームオーバーになる条件とかはあるのかい?」
「あるわ。まず、過去の「自分」に干渉するのは禁止です。実行したら、その時点で罰則対象となります。そして、未来知識を使っての、人への加害に対する直接干渉も禁止とします」
「加害への直接干渉、とは?」
「誰かが死ぬ、傷つくと知っていて、防止しようとすることです。自然災害による加害を含めてです。直接と制限をつけたのは、たとえば自警団を組織して、通り魔が起こらなくしたようなケースは、許容しましょう」
「バタフライ・エフェクトによって加害が防がれても、問題はないってことかな」
「その認識でよいですよ。他の制限としては、魂の再利用としての転生ですから、期間が限定されます。転生後に過ごせる期間は、今のあなたの生誕時から、死の瞬間まで」
「俺が死んだのは、あの投票所の近くでかな。それとも、搬送先で脳死状態になってから、とかだったりするか?」
「そういう、話を破綻させるトリックめいた事実はないわ。あなたは、目を閉じた直後に死を迎えている」
「ふむ……」
「あまり制限をかけてもつまらないから、わりと好きに変えちゃってかまわないわ。……変えられるものなら、ね」
美しい顔に、邪悪な笑みが浮かんでいた。ちょっとは言い返そうかと口を開こうとしたところで、世界は暗転し、俺の意識は途絶えた。