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【1985年6月】



 本人にも戸籍と住民票、外国人登録の制度について説明し、それが入手できるまでは警察に把握されない旨を伝えている。日本人はだいたい黒目黒髪だから、金髪碧眼のエルリアを日本人だと信じてもらうのは、ちょっと厳しい。帰化人の娘、ってことにすればギリ成立しなくもないけども。


 エルリアの世界でも、流民は存在していたようで、今のわたくしは素性の知れぬ者ですものね、と呟いていた。高位の貴族だったわけだから、思うところがあるのだろう。


 ただ、閉じこもっていては気が滅入るだろうとのことで、梅雨の晴れ間の週末、ばあちゃんの発案で小金井公園に散歩に向かった。人が多いタイミングならば、多少は紛れるだろうとの思惑もあって、俺も同意した。


 準備をしていると、たまたま家にいた母親も同行することになった。


 人目はどうしても気にしてしまうが、監視されているわけでもない。玉川上水と五日市街道を越えてしまえば、一気に風景は変わってくる。そこはもう、小金井公園の入口だった。


 弁当を携えた俺は最後尾に位置しており、官憲の目を警戒しているらしいエルリアも先行する気はないようだ。押し出される形で、我がご母堂が先頭に立った。ばあちゃんは杖をついて、ゆったりと歩いている。さすがにその様子は察しているようで、隊列が間延びすることはなかった。


「どこに向かっているのかな」


「たぶん、西の方ね」


 ばあちゃんの穏やかな声音からして、想像はついているのだろう。ゆったりとした心持ちでついていくと、エルリアが話しかけてきた。


「この公園は、誰が管理しているのですか?」


「ここは、都立……、東京都が管理している」


「とうきょうとは、基礎自治体では無い方でしたっけ?」


「そうそう、都道府県。公で設置している公園の、東京都担当は都立。小金井市みたいな市が設置していれば市立。公でない、企業とか篤志家が設置しているのは私立になる」


「王都は王家が、貴族の所領はそれぞれの家が、というわたくしの世界よりも、だいぶ複雑だったようです」


「まあ、そこはそれぞれかな。それでも、例えば騎士団と宰相府だったりで縄張りがあったり、あるいは自治組織があったりとかはなかったのかい?」


「どちらもありました。王家に紐づく様々な組織は、うまく分担する場合もあれば、争うこともあり……。また、商人が市場を管理していたり、貧民への救済活動が修道会によって行われていたり」


「修道会というのは、どんな救済活動をしていたんだ?」


「食料の施しや、孤児の保護などを神の名のもとに行っていました」


「日本にも、似たような活動は存在している。ただ、基本的には宗教とは切り離されているな」


「制度の中での慈善、ということですか?」


「一部は制度として、一部は篤志家によってだな」


「複雑なのですね」


「まあ、単純な世界なんてないってことかな」


 そんな話をしていると、前方から歌声が聞こえてきた。今回も我が母が口ずさむのは、中島みゆきの歌で、「ホームにて」だった。


「寂しげな歌ですね」


「だなあ。どうして、この選曲なんだろう? ……あれか」


 行く手には、鉄の塊……、保存されている蒸気機関車が見えてきた。


「あれは……?」


「SL……、蒸気機関車だな。電車が発達する前の、蒸気で走って、客車や貨車を曳いていた」


「蒸気というと、やかんから出る、あの?」


「そうそう。石炭と呼ばれる可燃性の鉱石を熱してお湯を沸かし、その圧力で車輪を回していた。対して、今の電車は、電気を使って動いている」


「火から雷へ、ですか。やはり魔法のようですね」


「うーん、まあ、技術は確かに魔法みたいかもな。こちらでは、貴族専用ではないが」


 エルリアの世界では、貴族しか魔法は使えず、生活に取り込む風習はなかったようだ。それでも、大貴族の令嬢が煮炊きをすることはなかったのだろう。


 先行した我がご母堂は、小走りに駆け出して機関車の運転士席に陣取った。その表情にどこか子どもっぽさがあるのは、新鮮な印象となる。仏頂面は、俺のせいだったのだろうか。


 そんな懸念を感じ取ったのか、ばあちゃんがゆっくりと語りだした。


「……香澄はね、幼い頃からあのSLが好きだったのよ。あの人も、鉄道が好きだったから」


 懐かしむ声。父娘は折り合いが悪かったようだが、幸せな時間もあったということか。


 さすがに、歩き過ぎると腰に悪いかもとの話になって、弁当をエルリアに託した俺は、ばあちゃんをおんぶして、機関車の前方に向かった。


 貴婦人とも称されるC57は、我が母を乗せてまんざらでもなさげな雰囲気を漂わせていた。



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― 新着の感想 ―
所々に中島みゆきが出てきていいですね。
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