君の隣で花束を
これは、ある時代の、ある田舎の、ある病院での、とある恋人の物語
昼下がり、その女は、弱々しく笑い、そしてこう呟いた。
「お願い、私を殺して」
男は、
「ああ、君が望むのなら」
そう答えた。
女は、生まれた時からある病気を患っており、それは所謂不治の病であること、そして、余命が僅かであることを、男は知っていた。
だから、男は、女の夢、願い、望みを、できる限り全て叶えてあげたいと、そう思っていた。例えその結果が、女の死を齎すことになったとしても、病気で死ぬよりはマシだ、そう考えていた。勿論、女も、同じ心情だった。
その夜、計画は実行された。三日月のよく見える、透き通った夜のことだった。女の入院していた病院は、山に囲まれた秘境だからか、警備がザラだった。また、その病気は不明な部分が多く、延命のための機械が存在しなかったので、女を縛る物は、一つとしてなかった。そのため、病院から抜け出す事は、男にとってまったく難しいことではなかった。
男は、骨ばった体つきをした、少ない肉を消えるような白い肌で包む、病弱なその女を背負い、山を登った。そして、頂上の、星と木だけに囲まれた天然の部屋に辿り着いた。
「綺麗だね」
「綺麗だな」
どちらからともなく、呟いた。
「どうやって、殺してほしい?」
「何でも良いよ、貴方の腕の中で死ねるのなら、何でも」
夏に取り残された白鳥のように、力無く笑う。
男はおもむろに、女に向かって歩き出し、そして、抱きしめた。
「愛しているよ」
「私だってそう……ねえ、最後に、我が儘を言っても良い?」
「ああ、幾つでも」
「私が死んだら、此処にお墓を作ってほしいんだ」
「ああ、もちろん作るよ」
「あと、出来れば暫く生きていて欲しいかな。少なくても、次の一回忌までは」
「君を抱きながら生き続けるよ」
「これだけ、もう、いつでも良いよ」
男は、女を抱き締める腕に、より一層力を込めた。
そして、
「また、いつか」
そう言い終わるや否や、男は、苦しむ女の魂を解放した。
そして、地面に人一人分の穴を掘り、丁重に女の抜け殻を置き、簡素だが、心のこもった墓を作った。
翌年、その山の頂上に、再び男が現れた。その両手に、二種類の花を持って。
一つは、紫色の花をはためかせる桔梗。もう一つは、純白に輝く茉莉花。
男は、女が眠っている墓の前に桔梗を、そして、その隣に茉莉花を供えた。
そして、男は、女の墓の隣に、人一人分の穴をもう一つ掘り、そして、そこに横たわった。
「もう、会いに行っても良いよな」
男は、女と再会した。青い空と綺麗な太陽、そして、沢山の木で囲まれた、天然の部屋でのことだった。