5脱出
ミーシャは、父母の死を受け入れられず、泣きながら、父であるマドラスに抱きつきゆすっていたが、何度ゆすっても目を開けることはできない。すると、ミーシャは、次に母であるナタリーの所にいき、母の上に手をおいて、激しくゆすり出したのだ。ナタリーは一突きで刺し殺されていたためか、見た限りにはいつもの母にしか見えていなかった。
「お母さま、目を覚まして、起きてくだされ」
泣き続けるミーシャの肩にナヨは手をおいていた。
「ミーシャさま、王も王妃も、あなたのご無事を願われておりますぞ。そのためには、少しでも早くここをたち去らないと」
ミーシャは泣きながらうなずき、父の前におかれていた剣を掴んだ。ダラムは床から鞘をひろい、ミーシャに手渡してやった。鞘を受け取ったミーシャは剣をそこにおさめる。その後、腰に巻いているリボンのような紐の間に鞘ごと剣をさしていた。
「私は、父と母の仇をうたなければならない」
ミーシャは口をきつく結び、鋭い視線を王である父と、王妃である母の上に落としていた。
「さあ、もうここにはいられませんぞ」
ナヨはミーシャをせかし、北側の壁の前に連れて行った。
壁には、ウイズの神がレリーフで作られていたのだ。横顔を見せている女神の目は微かにへこんでいる。その目にナヨは指を入れて押した。すると、壁はまるでガレージのシャッターのように上にあがり出した。壁にそって通路が作られていたのだ。
ナヨは腰に下げていた革袋の中にある蝋燭を取り出し、それに火打石で火をつけると、灯りを作り、右手に持った。左手は通路の壁に作られているレリーフ男神の目に指を入れて押していた。壁はおり出し、謁見の間から三人は隠れることができていた。
灯りを手にしたナヨは先に歩き出した。ダラムはミーシャの肩を抱いて、自分のそばにいるようにしてナヨの後に続いた。
「急ぎますぞ」とナヨは大股で歩き出し、ダラムとミーシャは早足になって後を追っていた。
通路の先に階段ができていて、おりて行くとそこには古い木のドアが作られていたのだ。ドアのノブをナヨが引いて開けると、明かりとともに、馬の臭いがしてきた。
そこは馬小屋だった。
ナヨの後をおって、ダラムたちがそこに入っていった。馬小屋は、木枠でわけられた所に、多数の馬がおかれていたのだ。優しい目をした馬たちは首を出してきて、ダラムたちに挨拶をしてくれていた。
「ここは、大きな馬小屋ですね」
「そう、荷馬車専用の馬をおくところじゃよ」
ナヨは、少し広い場所にでた。そこには頑丈そうな馬がすでに荷馬車につながれていたのだ。馬の背にブラシをかけていた馬の世話役は、ナヨを見ると頭をさげていた。
「すぐにでも、乗ることができるようになっているな?」
「はい、準備はできております。先程は、馬小屋の前をゼノン国の兵士たちが通っていきましたよ」
「そうか、敵は、ここにも来ていたのか。この前を通ってミーシャさまがここにはいないと思ってくれたのだな。それはよかった。まずは、わしらは城から抜け出さないといかんな」
城は高い城壁で囲まれている。城から出るには、城門を通らないと出ていけない。敵の兵士たちで城門を完全にふさいでいる。だから、ミーシャは城のどこかにいると思って捜しているのだ。
ナヨは、眉を寄せて、縦じわを作り、ミーシャの方に顔をむけた。
「ダラム、ミーシャさまを馬車にのせてくれ」
用意された馬車には、王家の者をのせるための椅子はついておらず、背のないベンチのような木の台が御者席の後ろに作られていただけだった。ダラムたちの後ろの荷車には他の荷物と一緒に袋がいくつか積まれていた。その中には小麦粉や瓶に詰めた水などが入っていた。御者席にナヨがのると、馬の手綱をひいて、歩かせ出した。広い場所に続く通路は坂道になっていて、下にむかっていた。やがて通路は平らな道になり、そこを馬で歩いていくと今度は坂道を登り出した。やがて道は行き止まりになっていて荷馬車もとまった。ナヨは馬車にのせていた長杖を手にすると、それで天井についていた菊模様を押した。すると天井があがり、前に道ができていった。すぐにナヨは馬の背に鞭をふるった。すると、馬は声をあげながら、坂から飛び出していったのだ。荷馬車が外へでると、天井は自動的におりていき、出てきた場所を隠していた。そこは、わずかではあるが、木が生えている場所だった。その場所は林になっていたので、上からは荷馬車を見えなくしていたのだ。
ナヨは馬を走らせ出し、林から抜け出るとダラムは後ろを振り返った。列なる高い城壁が見えていた。
ナヨは、敵兵に見つからずに、ミーシャを城の外に連れ出すことができたのだ。城の外に出たナヨはムチをふるい、馬を早足にしていった。
「ナヨ、どこにむかっているの?」
ミーシャは、不安げに聞いた。
「神をまつる修道院でございますぞ。そこには、わしらの味方がいる」
「どこであろうと、ゼノン国のやつらが追ってくるよ」
ダラムは顔を強張らしていた。修道院にいる者たちで、ミーシャを守ることができそうに思えなかったからだ。
「たしかに彼らはしつこい。それに、ゼノン国の兵の中には、魔人もいるかもしれない」
そう言ったナヨは、苦笑いを浮かべていた。
ダラムは、魔人という言葉を聞いて魔人たちと戦いを続けていたことを思い出していた。だが、それは遠くに見える幻影でしかなかった。
「ミーシャさまを連れて、そんな輩を相手になんかできない」
「いや、あなたなら、戦うことができますぞ」
ナヨはきっぱりと言い切ったのだ。ダラムは思わずナヨを睨みつけた。まだアーサーの力を自分の物に出来ていたとは思っていなかったからだ。
「あなたには見えないようだが、わしには、アーサー王に近づいているように見えますぞ」
「できたことは、赤死病から生き延びることができただけだ」
「その流行り病も、わしはゼノン国の者たちが毒物をまき散らしたからだと思っておりますぞ」
「えっ、俺の父や母がなくなったのも、彼らのせいだと言うのかい!」
ダラムは顔を強張らせ、思わず奥歯をかみしめていた。死んでいった父母の顔を思い出すと、ミーシャ以上の怒りの炎が胸の中で燃え出していったのだ。
「わしらの国、コロダは、小麦を始めいろんな穀物ができる穀倉地帯。ここを手に入れたいと思う国は多い。ゼノン国もその一つだったということですな」
そう言ったナヨは、ムチをふり、馬をけしかけ、走る速さを強めていた。




