3覚醒
老人の後ろには、隠れるようにして、少女がついてきていた。
「ミーシャさま、この男に、パンをやってくだされ」
老人にそう言われたミーシャは、手にさげていたバスケットから両こぶし大の大きさのパンを取り出すと、それをダラムの布の入れ物の上に置こうとした。すると、ダラムの手が動き、そのパンをミーシャから奪うように取りあげ、かじりついていた。
「少しずつ食べなければいかんぞ。まずは水分をとらんと」
老人は、腰にさげていた袋から、瓶を取り出した。コルク栓を抜くとその瓶をダラムに渡した。ダラムは瓶に口をつけて一気に飲み込んでいた。だが、むせついていた。
「葡萄酒じゃよ。普段飲んでいないかもしれないが、仕方がない」
ダラムの口の中から、パンがなくなったのを見た老人は片手をダラムの頭の上にのせてきたのだ。そして、目をつぶっている。
そのとたん、ダラムの頭の中で、ここに来る前の記憶が蘇っていた。
救急車のサイレンがなっていた。白衣を着た者たちにストレッチヤーに載せられ、車の中に運び込まれ、そこについている寝台に寝かせられた。後部のドアが閉まると、車は走り出しサイレンを再びならしていた。ダラムは真守に戻っていたのだが、すぐに真守でもなくなっていた。真守の記憶はなくなり、さらに前の記憶が甦ってきていた。
ダラムは、いつの間にか鎧を着て左手には盾を右手には剣を持っていた。それはアーサーに戻った姿だったのだ。目の前には、真っ黒な角をもつ者がいた。魔王のリンドラだ。その大きさはアーサーの倍はあって、顔には目が三つ並んでいたのだ。
「リンドラ、これ以上、人を殺させはしないぞ」
「わが呪文を唱えれば、人など、すべてを殺すことができるぞ」
「そんなことをさせん。その前に、古代の呪文を唱えてリンドラ、おまえをこの世界の塵にしてやる」
剣を天にかかげて、アーサーは呪文を念じ始めると、魔王であるリンドラの足元が細かい砂粒にでもなったように辺りに散らばり出したのだ。
「このわしを塵にして散らすことができるつもりだな。ならば、それをされる前に、アーサーお主を異世界に送り込んでやるわ」
リンドラは右手を挙げて強く振ると、アーサーの周りに強い風が吹き出していった。風にふかれまいと頑張るのだが、いつの間にか、アーサーの意識がなくなっていったのだった。
思わずダラムは、頭をふっていた。すると、老人の手がまだ頭に載せられたままであることに気がついた。
「どうやら、思い出してくれたようじゃな」
「あんたが、俺に幻を見せてくれたのか」
ダラムの頭から手を離した老人は頭を左右にふっていた。
「いや、幻ではない。あんたは転生前の姿を思い出していたのじゃよ」
「前はそうだったとしても、いまの俺は何の力もないし運もない。だから、ここで物乞いをしているんだ」
ダラムは泣きながら笑い出していた。
「ダラム、あんたが前世を思い出したということは、その頃の力を取り戻し始めているということじゃ」
「どこも変わちゃいないよ」と言って、ダラムは両手の平を見ている。
「いや、そうではない。ダラム、そなたにお願いをするしかない。いや、そなたでなければ、王女であるミーシャを守ることができないのだよ」
「どうして、そんなことが言えるんだ?」
「わしは、コロダ国のローランド王家につかえる占い師ナヨじゃ。水晶球で何度占ってもローランド王家の未来に暗雲がたれ込め出している。だがローランド王家の未来について、占いを続けていくと、ミーシャさまを守ることができれば、ローランド家に存続の未来が見えることがわかった。その光は点じゃ。だが、救いの光だ。そして、それは不思議な光じゃった。その点がミーシャさまの周りにくると、次々と黒い影は消えていく。その点の中に、ダラム、そちの姿が見えたのじゃ」
思わず、ダラムは笑い出していた。
「今まで関わることがなかった王家を助けることなど、できるわけがない」
ナヨは、無表情にダラムを見つめていた。
「未来のすべてを見ることはできないが、わしの占いに間違いはない。そちは約束をしたであろう。パンをもらうかわりに、わしの願いを聞いてくれると」
「えっ、そうだった。で、俺はなにをすればいい?」
「ただミーシャさまを守っていただければいい」
「守れと言われても、俺ができることがあるのだろうか?」
ナヨは、手を伸ばして、ダラムの手を取り、右手の甲を見ていた。
「間違いはない。前世で皇帝であった者の証はすでに出ている」
ダラムはナヨが見つめていた右手の甲を改めて見た。そこには、カエデの葉のような模様が浮き出ていたのだ。
「なんだ。これは!」
ダラムは驚いていた。そんな所にこんな痣はなかったからだ。突然、ダラムは眠気に襲われ出していた。それは無理もないことだった。パンを食べたことで空腹が満たされた。そして、これまで空腹のあまり、眠れない日々が続いてきていたからだ。襲ってきた眠気のために、ダラムは崩れるようにナヨの前で横になっていた。




