1赤死病
気がついた時には、コロダ国の平民の子として産まれていた。仕立屋をしている両親に育てられ、ダラムと言う名前を付けられていた。両親は優しい人たちでダラムを愛してくれた。だから、ダラムはこの世界で父母の行っている仕立屋をついで平凡な人生を送っていけると思っていたのだ。
だが三月前、闇夜の中を黒いマスクで顔を隠した者たちが灰をまきなら歩いているのを父の手伝いをして夜遅くまで起きていたダラムは、窓から見ることになった。ダラムも知らないことだったのだが、灰は病原菌の粉だったのだ。やがて、コロダ国に赤死病が流行り出していった。
赤死病は、体じゅうに痣のような赤い斑点ができ、その数が増え出して行く病気だ。高熱がでて起きていられなくなる。そのうちに病にかかった人の意識がなくなり、死を迎えることになっていた。
この国に住む多くの人たちが死んでいった。特に、下町は狭い場所に多くの人がいるためか、より多くの人が死んでいったのだ。
下町で仕立屋をしていたダラムの父も赤死病にかかり仕事場で倒れてしまった。仕事の合間に腰をおろして体を休めるためにおかれていたソファに父を寝かせ、そのそばに敷布をしいて、母は父の看病を始めた。
だが、体力のなかった母はすぐに父から赤死病がうつり顔じゅうに赤い斑点を散らばせて、父より先に目を閉じていた。母の死を知ると父はダラムにうるんだ目をむけた。
「母さんを、助けてやれんで、ゆるしてくれな」
ダラムは、何も言えずに首を左右に振って見せた。すぐに父の額にさわり熱があるのを知ると、井戸から水を木桶でくんできて、その水を含んだ手拭で体をふいてやり、また水で冷たくなった手拭を額においてやっていた。だが、父の体には、赤い斑点の数が増え続けていくだけだった。
「わが息子、ダラムよ。お前は、けっして赤死病にかからない」
「父さん、どうして、そんなことが言えるの?」
「お前が生れた時のことを覚えているかね」
「いや、覚えてはいないよ?」
「生まれてすぐにだから、お前が覚えていないのも無理はない。お前が泣き声をあげたとたん、お前は、光り出したんだ」
「父さんが、俺のことを特別な者だと思わせてくれるのは、嬉しいよ。でも、そんなことはない」
「本当だ。何かが違っているんだ。だから、他の子が赤死病で死んでいくのに、お前は赤死病にかからない。強いからだ」
「それは、たまたま運が良かったからだよ」
ダラムは、顔をしかめるしかない。
「それが、大事なんだ」
「その話は、父さんから、もう何度も聞かされてきた」
「それは、ダラム、お前が不思議な子だからだよ」
「でも、これまで特別なことは起きていない」
「そうだな」
父は笑いながら赤い斑点まみれの顔を横に倒すと、目を閉じていた。 それは、母が目を閉じてから二日後のことだった。
ダラムはすぐにウイズ神の礼拝堂にいる僧侶をたずねた。
ウイズ神は、二つの神が一体になっている神だった。昼間を見守る太陽の神と夜間を見守る月の神が一つになっていたのだ。だから、神を模した銅像の上半身の右半分が男の姿で左半分が女の姿をしていた。男は太陽を女は月を表わし、その二つで世界のすべてを見通すことができる神を表現していたからだった。
僧侶はダラムの話を聞いて、神像の前に行きダラムと一緒に祈りの言葉を唱えると、礼拝堂そばにある棺桶屋から店主を呼び寄せた。本来ならば店主は棺桶を作り、その中にダラムの両親を入れるのだが、それはできなかった。たくさんの人たちが無くなり、その人たちのために棺桶を作り続けていたので、棺桶を作るための木材が無くなっていたからだ。その代わりに棺桶屋の店主は、ダラムの家までやってきて、父母の遺体を荷車にのせて、下町にあるカエデ林で囲まれた公園の広間に運んでくれたのだった。
すでにダラムの父母と同じように赤死病で死んだ人たちが積まれていた。ダラムの父母は棺桶屋たちによって、その上に積まれた。やがて、松明を手にした僧侶がやってきて死んだ人たちに火をつけた。集団火葬は三日に一度は行われていたのだが、死ぬ人の数が減り出していくとともに間隔は伸び出し、いまは十日に一度になっていた。火をつけられた遺体は白い煙をあげ出し、やがて赤い炎になって燃えていた。一時間もすると黒い炭になり、燃え尽きていった。ダラムは、完全に白い灰になるまで、父母の遺体を見続けていたのだ。
父母がいなくなってもダラムが戻る先は、古い家にある仕事場だけだった。できあがらなければならない着付けの仕事がダラムを待っていたのだ。着付けこそが父から教えてらった生計をたてるための技術、財産だったのだ。
数日後、この家が建っている土地の地主が現れた。地主は怒り肩で背が低い。そんな地主は、ダラムが見たこともない権利書を見せて、父が払っていない地代がたまっていると言い出したのだ。そんなはずがないとダラムは思ったので、そのことを告げた。
「がきのあんたは、知らないことだよ」
地主は手をあげて、そこにあった仕立屋の道具という道具を運び出させていったのだ。
「この家は、もう私のものだ。あんたは好きな所に行けよ」
「好きな所って?」
地主が右手をあげると、手下の者たちが腕をつかみ、ダラムを家の外に追い出していた。
「どこに行けばいいって、言うんですか?」
ダラムは、家の中にいる地主に向かって大声をあげた。
「そうだな。大通りに行けば、あんたと同じ子供らがたくさんいるよ」
「大通りって?」
「そこで、がきどもは物乞いをしているさ。気まぐれな者が、小銭を恵んでくれることもあるからね」
地主は、改めてダラムに向かって手をふっていた。あっちへ行けと、言葉の代わりに手で言っているのだ。
ダラムは、とぼとぼと歩き出し、いままで住んでいた家に背を向けたのだった。ともかく、ここにはいられない。地主の言うように、人通りの多い大通りに行ってみるしかなかった。




