⒔ 突入
城に向かうためには、三人は商人にしか見えない服装に変えた。それだけでは、商人と思われないので、ウズラの燻製を網袋に入れて小分けにした物を荷台に積んでおいたのだ。これで城下に入っても食べ物を売りにきたと思ってもらえる。前と同じようにナヨは荷馬車の御者席にすわり、その後ろの長椅子にダラムとミーシャがすわった。
馬を走らせ続けると荷馬車は城下の街並みに入った。様子を見るために城の周りを見て廻ったのだ。そこにいる兵士たちは誰もが茶色の制服を着ていた。つまり、ゼノン国の兵士ばかりだった。
ナヨが荷馬車で走らせていると、街中でアリーナに呼び止められた。
アリーナは、王女のそば仕えをしていた侍女の一人だった。ゼノン国の兵士たちに宮殿を襲われたのだが、城から無事に逃げ出し生き延びていた。すぐにアリーナは案内をして荷馬車を一軒の家に連れて行った。そこは治療所。その場所は前に賭博場があった所だった。アリーナによれば、ゼノン国の兵士たちは、賭博場を襲いそこの主を殺し、そこにある金品のすべてを奪いとっていたのだ。
そこで、アリーナはその建物を改造して治療所を作っていた。治療所を作ったのは、ゼノン国の兵士たちはコロダ国の王家専属医師たちを殺し、コロダ国の兵士たちを治療できる医療院を壊してしまっていたからだ。それに兵士でない者たちが病気になったり、体の具合が悪くなる者たちがいる。彼らを受け入れて治療をすることも考えてアリーナは治療所を作ったのだ。
実は、コロダ国の兵士たちは、ゼノン国の兵士との戦いに敗れた後、この町の人たちに助けられ町の中に隠れていた。すきあらば、ゼノン国の兵士たちに反撃したいと思い、連絡をとりあい、アリーナの治療所にも、そんなコロダ国の兵士たちが潜んでいたのだ。
ミーシャが生きていたことがコロダ国の兵士たちに知らされ、その晩には兵士たちがアリーナの治療所にやってきた。やがて治療所の待合室に兵士たちが集まり、ミーシャを囲んで今後のことを話し合うことになった。
コロダ国の兵士たちからも、城の中にある西塔にバーゼルがいまも籠っていることを知ることができた。そこにはウイズ神の礼拝所が設けられている。だから、魔人たちが近づくことが難しい場所だったのだ。だが、その塔を根元からくずして、バーゼルを捕まえようとしているそうだ。いつまでもほってはおけない。なんとしても敵兵よりも先に塔に入り、王子を救出しなければならない。だがナヨたちが城から逃げ出した城壁そばの林にもゼノン国の兵士たちがテントを張り待機している。そうなると、やはり城門をくぐらないと城の中に入ることができない。
「わかり申した。城門を通れるようにすることは、わしらで行うことにいたしますぞ」とナヨは言っていた。
二日後。
城門に近づき、ナヨはウズラの燻製を城中の兵士たちにも売りたいと申し出た。もちろん、燻製は修道院から届けさせたものだ。やはり、門番役の兵士たちは、燻製ウズラを積んだ荷車を城門の中に入れさせてはくれない。そこで、城門の前にいる兵士たち相手にウズラを売らしてもらうことにしたのだ。やがて ウズラの美味しそうな匂いが城門の中にいる兵士たちの所にも届いていく。すると城門の柵戸を開けて兵士たちが買いに出てきた。ナヨがウズラを売っている間に、姿を隠せる布を着たダラムは荷車をおして城門の中に少しだけ入れ込ませたのだ。その位置は城門の柵戸を閉めることができなくする位置だった。
次に、ダラムはミーシャと一緒に隠れ布をかぶり、城門の空いている隙間をくぐり、城の中に入り込んだ。辺りには敵兵が歩き廻っている。それでも、あちらこちらに樹木がはえているので、その陰でミーシャに隠れてもらった。
「しばらくの間、ここでお待ちください。ナヨさまを連れてまいります」
ダラムはミーシャをおいて、再び隠れ布をかぶって、城門に向かった。城門では、ウズラの評判がいいせいで、ナヨの前に敵兵たちが行列を作っていた。それは一度買って行ったのだが、あまりにも美味しいのでもう一度並ぶ者たちがいたからだ。
突然、ナヨが消えた。自分がかぶっていた隠れ布をダラムがナヨにもかぶせたからだ。
「一体、どうしたんだ?」
「何が起きたんだ?」
そう言って敵兵たちは驚いている。それを見ていたコロダ国の兵士たちは、城門そばの家並みに隠れていた場所から一斉に飛び出していった。荷車で閉めることができない城門をめざしたのだ。荷車の荷台の上に飛びのって城の中に駆け込んでいった。
ナヨはダラムとともに、隠れ布をかぶったままで城内を走りミーシャの元に行った。
城の中には、たくさんの敵兵がいて、そこでたむろしている。まずは西の塔の中に入らないとならない。ミーシャの元にたどりつくと、ナヨはミーシャとともに隠れ布を着て西の塔に向かって走った。だが、ダラムは二人から離れて塔に向かったのだ。それは、隠れ布には三人で入ることができなかったからだが、それでも、ダラムの素早い動きに敵兵はその姿をとらえることができなかった。
西の塔は硬い石を積んで作られている。そのおかげで、ゼノン国の兵士たちは塔の礎となっている大石を取り除くだけで、塔を壊す作業をやめていたのだ。
周りに大石を散らばした塔に向かって走るダラムは、ナヨたちを追い抜き塔の出入口に飛び込んでいった。ダラムが階段を登り出すと、ナヨたちも追ってきてくれた。
だが、階段を登り出したダラムは、違和感を覚えていた。階段や踊り場に倒れている者たちは、灰色の制服を着たコロダ国の兵士ばかりであったからだ。
やがて、最上階の部屋に入った。
そこは、ウイズ神を祀る礼拝所になっている所だった。だが、そこにおかれていた神像の二つの頭は打ち砕かれ、体にもひびが入っていたのだ。
思わず、ダラムは声をあげそうになった。だが、叫び声をあげたのはミーシャだった。
「お兄さま」
それは壁にバーゼルが吊り下げられていたからだ。投げつけられた槍がバーぜルの右手の平を貫ぬき、壁に突き刺さっていた。まるで、伸ばされた右手はバーゼルを吊るした紐のようにしか見えなかったのだ。
バーゼルは、銀色に光る鎧を着ていたが、足元に細身の剣が落ちていた。顔の左半分は炎魔法を受けたのか、焼けただれて、目が腫れ上がっていた。
柱の陰から、笑い声が聞こえてきた。ダラムたちは声の方に顔を向けた。すると、柱の陰から、目が大きく耳が鳥の羽のように突き出している者がでてきた。明らかに魔人だった。
「やっぱり、現れたな。まいた餌につられてきたようだね」
「まいた餌? じゃ、修道院にやってきた薬屋はあんたが送った者なのか?」
ダラムは怒りの声を上げていた。
「今頃、気がついても遅いわ。わしはアプロ。あんたらを始末するように頼まれたのでな」
そう言って、アプロは短杖をあげて、ミーシャに向かって炎を発してきた。すぐに、ナヨは長杖をふって、火の魔法を封じる呪文をかけていた。
「邪魔をする気だな。ならば、まずおのれを消し去らなければならんな」
アブロは雷の魔法をかけて、稲妻を落としてきたのだ。ナヨはすばやく稲妻の魔法を封じる呪文をかけていた。
「まだるっこいな。神がいても流行り病には誰も勝てまい」
柱の影から新たな男がでてきたのだ。声をあげた男は黒い頭巾をかぶっていた。その顔を見て、ダラムは再び声をあげそうになった。その男は下町にいて、真夜中に粉を巻いて歩いていた者だったからだ。この男が流行り病を起こしていたのだ。ダラムの中に父母を殺されたことへの怒りが沸き起こってきた。病原菌をまく時を与えたりしない。すぐにダラムは頭巾をかぶった男に切りかかっていた。すると、男は右手だけ鉄の塊にして、ダラムの剣を受けとめたのだ。その者もやはり魔人だった。
「まず、ミーシャを倒すのだ」と、アブロが大声をあげる。
「わかっておるわ!」
黒頭巾の男は短杖をミーシャに向けて、死の呪文を唱え出した。同時にアブロも死の呪いをミーシャにむけて唱え出していた。このままではまずい。すぐにダラムはミーシャの前にたち、左手につけた盾をかざし死の呪文をはね返していた。だが、アブロたちは、何度も死の呪文をかけ続けてくる。死の呪文のいくつかはミーシャを襲った。それは剣についているルビーが、それを防いでくれていた。だが、このままでは呪文のどれかが、ミーシャを襲ってしまう。そこで、ナヨはミーシャの頭から隠れ布をかぶせた。それで、ミーシャのいる場所は魔人たちから分からなくなり、攻撃ができなくなっていた。
すると、黒頭巾の男はナヨを、アブロはダラムに死の呪いをかけ出したのだ。それも早口で立て続けに呪文を唱えてきた。その激しさに、左手の盾で呪文を受けていたのだが、盾は少しずつ削れていった。また、ナヨは死の呪文を阻止する呪文をかけ続けていたのだが、彼の額に汗が噴き出し始めていた。
やがて、ダラムの盾が砕けそうになっていた。砕ければ、ダラムは素手で呪文を受けることになる。それは、ダラムの左手が無くなり、ダラムが死を迎えることを意味していた。それを見たアブロの顔に笑みが浮かんでいた。その時だった。顔を破壊された神像がアブロの上に倒れていったのだ。
「ぎゃー」と、声をあげて、アブロは神像の下敷きになっていた。すぐに、ダラムは飛び上がり、黒頭巾をかぶっていた男の上に剣をふりおろしていた。流行り病を起こさせた下手人も、剣で二つに割れた頭から血を流しながら床にむかって倒れていった。
「これで父と母の仇をうつことができた」
ほっとしているダラムの足元に盾が粉となって砕け散っていった。すると、ダラムの左手の甲が光り出したのだ。甲には太陽のような丸い輪がえがかれ、その輪は円にそって炎が噴き出している。また輪の中には三日月が描かれていたのだ。
それは、アーサーの力が、ダラムの中にさらに加わった印だった。




