⒓ 兄への思慕
修道院に一人の男が荷馬車にのってやってきた。ダラムはゼノン国が送り込んできた刺殺者かと思い、すぐに建物から出ていった。荷馬車の男はダラムの方に顔を向けた。
「おや、ダラムじゃないか!」
ダラムも男をみつめた。男はハンチングをかぶり、ポンチョを着て膨らんだズボンをはいていたのだ。ダラムは男が誰であるか思い出すことができた。父と母が生きていた時に、父が仕立てた衣服を男の店に届けに行ったことがあったからだ。
「薬屋のイドバさん」
「いつの間にか、いなくなったと思ったら、僧侶になっていたんだね。両親を亡くしたのだから無理はない」
「イドバさんは、どうして、ここに?」
「薬草を仕入れにきたのですよ。ここで育てている薬草からできる薬はよく効くからね」
勝手に知っている他人の家と言えるのだろう。イドバは修道院の出入口から入り、先に立って歩き出していた。イドバになつかしさを覚えたダラムは後についていく。回廊にくるとドアを開けて中庭に入っていた。
中庭ではリンダが薬草畑の世話をしていたのだ。ドアが閉まる音がしたので、リンダは顔をあげる。
「あら、イドバ。どうなさったの?」
「いつものように薬草をわけてもらいに来たんだよ。ここにある薬草から作った痛み止めの薬はよく売れるからね」
「農具置場に干しておいた薬草を袋に詰めてありますから、それを持ってきますわ。ここで、お待ちいただけます?」
「いつも有難い。ですが、実は薬草をいつもの倍いただけないでしょうか?」
「ええ、お渡しできる分はあるかもしれません。でも修道院や近隣の農家の方々で怪我をした人たちが薬にして使う分も十分に確保しておかなければなりませんわ」
「そのことはよく分っているつもりです。そこをなんとか、少しでも多く薬草を分けていただけないでしょうか? 増分をいただければ、それに対してはいつもの倍の料金をお支払いいたしますよ」
「でも、どうしてですか?」
「実はですね。コロダ国の兵士たちがウトロ国から戻ってきているんですよ」
「えっ、本当ですか」と、ダラムは声を大きくしていた。
「王夫婦が殺されたことが、王子バーゼルさまの耳に入ってしまったからですよ。バーゼルさまは、怒りに燃えて自国の兵士を連れてコロダ国に戻ってきた。当然ゼノン国からやってきた兵士たちと激しい戦いになり、たくさんの負傷者が生れてしまった」
「じゃ、痛み止めではなくて、傷を治すための薬を作るための薬草の方が必要なのではないですか?」
「その薬も集めているところなんですよ」
中庭でミーシャがいつものように剣を何度も振っていたのだ。そのミーシャの耳にイドバの話声が聞こえてしまった。すぐに、ミーシャは剣をふるのをやめて、イドバの前にやってきた。
「お兄さまは、どうしているのですか?」
「あなたは、もしかしたらミーシャさまですか?」
イドバは、収穫祭に参加して街中を幌なし馬車にのっていたミーシャを見て知っていたのだ。
「そうです。お兄さま、どうしているのですか?」
ミーシャは、重ねて聞いていた。
「ゼノン国の兵と激しい戦いをして、城中にある礼拝室を持つ西の塔に逃げ込んだと聞いておりますよ」
「じゃ、お兄さまは西塔の中にいるというのですね」
「そう。動けないでいる。つまり籠城ですな」
「助けに行かないとならないわ」
そう言ったミーシャは顔を右に曲げて、ダラムとナヨの方に顔を向けた。ナヨは何も言わずに額に縦じわを作っていた。
「ナヨさま、私はいきます。お兄さまが困っているのに自分の身を守ることだけを考えてはいられないわ」
ミーシャはダラムを見つめてきた。そんな悲しい目で見られては断ることなどできない。ダラムはうなずいていた。そんなダラムを見ていたナヨは、「ここを離れたならば、魔法を使う魔人たちの攻撃を受けることになりますぞ」と言っていた。
「私はよけいなことを言って話を難しくしてしまったようだね。リンダ、いつもと同じだけ薬草をもらえばいいですよ」
イドバがそう言うと、リンダは笑いながら「少しお待ちなさい」と言って、中庭から回廊に戻っていった。しばらくすると、薬草をつめた藁袋を二つ両手にさげて戻って来た。それを受け取るとイドバは笑顔になり「私はこれで城下に戻りますよ。かげながら、バーゼルさまの救助が成功することをお祈りしています」と言って、修道院から逃げるように出ていったのだった。
イドバからの情報は、ミーシャの中に兄を救出しなければならないという情熱に火をつけてしまった。このままでは、三人とも修道院から出て行くことになる。それを知ったリンダは院長にそのことを報告しに行った。すると、院長は、三人を礼拝堂に連れてくるようにリンダに命じたのだ。
三人が礼拝堂に行くと、院長は神像を前にして、祈りをささげていた。
祈りを終えた院長は、ダラムたちの方にふりかえった。
「これから、城に向かうあなたたちのことをウイズに祈っておりましたぞ」
「では、行くことを許していただけるのですか!」と、ミーシャが喜びの声をあげた。すぐに院長は大きくうなずいていた。
「不思議なことに、祈りを捧げていると、神から声が聞こえてきた。あなた方に手渡さなければならない物をあると言うのだ」
院長は、神像がおかれている台座の脇におかれていた箱を手前にひきよせ、蓋を開けた。箱の中から、三つの物を取り出したのだ。
一つは左手にはめることができる小型の盾だった。
「神は『これをダラムに渡しなさい』と言っておられた」
渡された盾をダラムが左手にはめると、盾は腕輪のようにダラムの左手にまきついていた。
二つ目は、サイコロ大の赤い宝石、ルビーだった。
「これは、ミーシャに渡すように神に言われた」
神は父の形見の剣の柄に開いている穴にこれをはめられるように言っていたのだ。
「まるでぴったり、あつらえたようだわ」
「神はミーシャを守ってくだされる」と、院長はうなずいていた。その宝石には死の呪文で掛けられる魔法を防ぐ力があったのだ。もちろん、強力な呪文までは防ぐことはできなかったのだが。
三つ目の物は、薄布を折りたたんだ物だった。
「これをナヨに渡すように神は言っていたぞ」
ナヨは不思議そうに布を手に取って見ていた。すると、薄い布の下になっていた手が見えなくなったのだ。
「もしや、これは隠れ布ですか!」
そう言って、ナヨは薄布をひろげて、頭からかぶって見せた。すると、ナヨの姿は全く見えなくなっていた。
「いかがでござる」
「ナヨ、まるで見えないわ」
「なるほど。これは話しに聞いていた隠れ布! そんな物が修道院にあるとは思ってもいなかった」
「神のすることは、私にも分からないことが多い。わかっていることは、これらをそなたたちに渡さなければならないことだ」
そう言った院長は大役を果たした安堵感からか、笑顔になっていた。ダラムは顔をあげて、神像をみつめた。二つの顔が自分に向けられていて、その顔は院長以上に笑っているようだった。




