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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第六章~生命よりも、作法よりも~
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第95話:列車に揺られて

「……ふぅっ。」


「どうされました、司羽様。」


「……いや、なんでもない。」


「何でもないなら、何故溜息を吐いているのですか?」


「…………。」


「ミシュナさんの事なら自業自得じゃないですか。まあそれこそ、全くなんとも思ってない訳じゃないようで私は安心しましたが。」


「……分かってるじゃないか。」


 星読み祭三日目、その夜。司羽とユーリアは共和国の夜行列車に揺られて帰国の為に近くの次元港に向かっていた。脱国の手続きをする為の共和国の中央管理施設までは次元港から列車で半日程度の距離なのだが、様々な手続きなどで一日使ってしまい、結局帰るのはギリギリになった。

 とは言え、これならば四日目になる前には帰国する事が出来る予定だ。これでルーンに怒られないで済むと内心ほっとしている。取り敢えず目の前の課題が全て消えて、後に残ったのはあの日の事だった。


「昨夜のトワからの情報に寄ると……なんか、凄い怒られたんだよなあ。」


「トワさんが司羽様にですか? ……でも、ミシュナさんに対してのあの処置を考えれば当然でもありますね。トワさんが怒る程ですから、きっとまだ立ち直られていないのでしょう。」


「……やっぱり、俺が悪いのか?」


「それは私には分かりかねます。司羽様の考えも私は理解していますから。あの場で彼等を生かしてしまえば、復讐のチャンスを与えることになる。徹底的に潰してこそ戦い、戦争……なのでしょう? ルーン様やミシュナさんに危害が加わる可能性は排除しなくては。」


「それは当たり前だ。ミシュに止められたからといって、止める訳にはいかない。それくらいは頭の良いあいつなら理解出来るだろうと思ってたんだけどな。」


 この二日間ユーリアの脱国手続きをしながら、あの日の事が常に頭の中にあった。あの日の事は、全て予定通り、想定の範囲の中で起こり、完結した……筈だった。司羽の疑問点は一つ。ミシュナが何故、あんなにも必死に司羽を止めたのか。何故あれほどにショックを受けてしまったのか。そのミシュナの心だけが分からなかった。


「正直な話、あいつらが自分から巻き込まれに来る可能性は最初から考えていた。ルーンとリアの事もあるし、何よりミシュとナナの繋がりもなんとなく気付いていたからな。あれも予想の範囲内だった。」


「やっぱり、遅れてきたのはそのフォローの為だったんですね。」


「当然だ、万が一にも何かあったら困るからな。ルーンが相手にした神器……あのレベルだと万が一はある。とはいえ、あれも想定内だ。」


「神器まで想定内とは……対処出来る時点でおかしいんですよ。」


「対処が出来ないなら最初から神器を持ち出してくる相手に喧嘩なんか売らないよ。」


 一見道理が通っている様で実は無茶苦茶な事を言っているのか司羽には分かっているのだろうか、とユーリアは半分呆れた様な表情になった。とはいえ、司羽だし仕方ないかと思う辺り自分自身も随分感覚が麻痺しているな、と自覚していたが。


「……ミシュは、なんであんなに必死になって俺を止めたんだ? あいつらを生きたまま放置する危険性が分からない訳じゃないはずだ。ルーンだって分かってくれたから協力してくれたんだろう。俺はそんなに間違った事をしたのか……? あいつらを守ろうとして、少しでも平和な世の中に近付ける為にやったのに。あれが俺の出来る最善だった筈なのに……。」


「……ああ、司羽様はルーン様の事もそういう解釈で受け止めてしまうんですね。」


「どういう事だ?」


「それは私の口からはなんとも。女の勘と言いますか、乙女レーダーと言いますか。そう言った不確かな感覚は司羽様には説明しても分からないでしょう?」


「……いや、まあ……そうかも知れないけど。」


「何にせよ、気になるなら御自分で悩む事です。ミシュナさんの件は私も驚いてしまいましたが……多分、司羽様自身がミシュナさんと向き合って答えを知らなければならないことかと。」


「……ユーリアまでトワと同じ事を言うな。本当に分からないんだ。」


 列車に揺られながら、司羽はふと外を見た。一面の闇の中にいくつかの光が浮かんでは流れていく。昨日のトワからの定時報告では、ミシュナはずっと部屋から出て来ない上に声を掛けても反応すらしてくれないと言う事だった。トワですらそれなのだ、元凶らしい自分が帰ったところで何になると言うのか。


「……女は難しいな。昔から、良く分からない。」


「昔、ですか? そう言えば司羽様の昔の事って良く知りませんね。出会ってからそれなりの間、一緒に暮らしているのに、武術の家の出だと言う事くらいしか知りません。」


「別に話す必要もないだろ、面白い話でもないし。」


「そうでしょうか? 私は結構興味あります。」


「興味を持たれてもな。話す気がないから諦めてくれ。」


「そう言うと思ってました。」


 ユーリアは司羽が面倒くさそうな顔をすると苦笑して直ぐに引き下がった。元々興味はあるが聞くつもりはなかったのだ。司羽の過去が普通の人間とは違う事はユーリアもとっくに察している。今回の一件で確信していた。司羽の力は異常で、異質だ。別の星、別の世界から来たと言うだけでは到底納得出来ない。だが、そんな力など司羽の異質さの一端でしかないとユーリアは思う。


「司羽様は女性や身内に優しくて……でも、相手の気持ちとかあんまり考えられない人ですよね。」


「なんだそれ、褒めてるのか? 貶してるのか?」


「ただの感想です。でもちょっとだけ、非難してるかも知れません。」


「……女性や仲間に優しいのは当たり前だろ、人として。でも相手の気持ちって言われても良く分からない。正しい事ばっかりしてたら良いって訳じゃないのは知ってるけど、仕方ないだろ、頭の中を盗み見るのは良くないし、実際分からないからどうしようもない。何が正しいか分からないから、皆常識ってやつで行動するんだろ?」


「……常識、ですか。まさか常識外れの司羽様からそんな言葉が出るなんて。」


「誰の常識も皆同じなんて有り得ない。俺には俺の常識が、正しさがあるんだ。」


 それがあの大量殺戮なのか? とユーリアは口に出そうとして、止めた。きっと司羽はそうだと応える筈だから。実際、戦争に置いてあの選択は一つの正しさを持っている。戦いから人の想いを全て排除していけば、あの答えこそが最も効率的な正しい答えとなるだろう。


「ミシュも最後にはきっと分かってくれるさ。ああいう場ではあれが一番なんだ。」


「ミシュナさんが、ですか。それはどうでしょうか?」


「……どういう事だ?」


「私は、ミシュナさんがそれで納得するとは思えません。論理的に効率的で正しい事だけをしていたら良いと言う訳じゃないって、今、御自分で言っていたじゃないですか。」


「世の中、納得出来る事ばっかりじゃないだろ。仕方ない事だってある。ルーンもそれが分かっていたから……。」


「……はぁっ。」


 ユーリアは思わず溜息をついてしまった。前々から思っていたのだ、自分をないがしろにしてでも正しいと思う事をする司羽の性格は分かっている。それに対して心配する反面、好ましく思うところもあったけれど……やっぱり、何かが違う。


「司羽様は少し御自分で人の気持ちを考える事をした方がいいです。この件、私はこれ以上は何も言いません。助けを求められても私から何か解決策を出したりはしませんから。」


「な、なんだよいきなり……一人で悩むなって言ったり、考えろって言ったり。」


「それは時と場合に寄ります。ミシュナさんとの事はちゃんと御自分で解決してください。」


「……まあ、そうした方が良いって事なら……考えるけどさ。」


「……………。」


 果たして今回の一件で、何かが変わるだろうか。ユーリアはまた窓の外を見ながら思案にふける自分の主を見て、あの星読み祭一日目の姿と見比べていた。どちらが本当の彼なのか? 出会った当初はそんな事も考えていたけれど、今なら分かる気がする。……きっと、どちらも同じだ。優しい司羽も、苛烈で冷徹な司羽も、今は重なって見える。


(そしてミシュナさんとルーン様は、司羽様の事を誰よりも見ている。)


 自分だって気付いているのだから、きっと二人はもっと早くから分かっていた筈だ。少なくともあの夜の司羽を見て、自分と同じ様に思った筈だ。


「ん?」


「……どうされました?」


「トワから連絡が入った。」


「ああ、もうそんな時間ですか。屋敷に着くのは恐らく夜中になりますが、約束通り四日目には間に合いそうですね。」


「ああ、向こうも特に変わったことはないらしい。取り敢えずルーンとミシュの様子を……………は?」


 思案中の司羽にトワからの定時連絡が来たようだが、予定通り事が進んでいる為こちらは問題ない。ルーン達の方も同様のようで、後は司羽が気にしている事を数点聞くだけの筈だったのだが……突然司羽が呆気に取られた様な表情になった。


「…………。」


「司羽様、何かありましたか?」


「……いや、ミシュが元気になったそうだ。」


「……そうですか、お強い方ですからね、ミシュナさんは……。」


「ああ……夕食を皆で作って食べた後、ルーンと仲良くファッションショーをしてるらしい。今は完全にルーンの着せ替え人形になっているそうだ。」


「…………は?」


 ユーリアの中には、辛い気持ちを押し隠しつつ気丈に振舞うミシュナの姿があったのだが……どうしたのだろう、ヤケにでもなってしまったのだろうか。


「……ミシュナさん、大丈夫でしょうか。」


「おいおい、ルーンがそう言ったのか……? 俺は構わないし、仲直りのチャンスだとは思うけど……本当にいいのか?」


「……?」


「……ああ、分かった。それでミシュは……。」


 司羽も動揺して、トワとの通信の内容が口に出てしまっていた。その口ぶりだと、何かルーンから言伝があったらしいが……仲直りのチャンスとはどういう事だろう。暫く一方的に連絡を受けていた司羽も段々冷静になって来たのか、また通信に集中して言葉を発さなくなる。……そして、小さく溜息を吐いた。


「……明日か……。」


「ミシュナさんとルーン様、どうかされたのですか?」


「……分からん。だが明日、夜までの間ミシュとデートする事になってた。」


「へっ!? で、デートって……しかも明日はルーン様と……。」


「分からない。ルーンが夜までなら良いって許可を出したって……。確かに、ミシュとは元々別の日に約束してたけど……。」


「ルーン様が……司羽様とのデートを譲るなんて……大丈夫ですよね? 神器の影響がまだあの辺りに残ってるんじゃ……もしくは何かの精神攻撃とか。」


「……大丈夫だ。トワを通じて向こう側を探ったが何もない……筈だ。俺の力を超える何かで無ければ。」


「そんなのあったら完全に抵抗無理じゃないですか……。」


 あのルーンが、司羽と一緒のお祭りの本番を誰かに譲る? 一体どういう事だろう。ミシュナが元気になったのはその辺りが関係しているのだろうか? 何にせよ緊急事態である可能性が高い。ルーンが司羽とのデートを放棄する事と、新たな敵の出現なら後者の方が圧倒的に可能性が高いのだから。


「どうします? 司羽様だけ列車降りて走りますか? 多分その方が速いですよね?」


「それ言ったらトワに止められた。まだ帰ってくるなって。今は乙女の時間なのだそうだ。」


「……まあトワさんに何かあったら、より正確に司羽様には分かるでしょうし……トワさんが仰られるなら確実でしょうけど。」


「……何にせよ。明日までに何か仲直りの方法を考えておかないといけないのか……。」


 ミシュナが元気になったのか、それとも何かがあったのか、どちらにしても明日ミシュナと顔を合わせることになるのは確実な様で、司羽は早急に何かを考える必要が出てきてしまった様だ。


 どうやら、今日の司羽の夜はいつもよりもずっと長い夜になりそうだった。




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