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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第五章~星読み祭~
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第91話:一夜が明けて

「ようこそいらっしゃいました、ルーンさん、トワさん。我ら家臣一同、歓迎いたします。」


「うん、ありがとう。昨日の今日で来ちゃって迷惑じゃなかった?」


「いいえ、ルーンとは私達の事を含めて早く話しておきたかったですから。こっちこそ、あんな事があったばかりなのに御免なさい。」


 あの凄惨な夜から一夜が明け、今はもう二日目の正午を回っていた。少し前にアレンとネネがルーンの屋敷の前まで迎えに来たので、約束通り、リアの屋敷に招待されたのだ。そして、リアの屋敷の前まで来たルーンとトワを待っていたのは、重症だった騎士二人を除いた家臣一同の歓待だった。その一同が、ネネの言葉に合わせる様に一斉に頭を下げている。そんな家臣達の姿や、ルーンとリアのやり取りを見ながら、トワはそれに頬を膨らませて不服そうな表情をしていた。


「……童、主やユーリアと一緒の時は、こんな風に歓迎された事はなかったのじゃが……なんじゃ、この差は。」


「あ、あはは……トワさんも歓迎してますよー? でもほら、ルーンさんはリア様の命の恩人らしいですし、リア様の大事な御友人ですから。」


「むう、メールの目が泳いでおるのじゃ。まあよい、マルサとルークの容態はどうじゃ?」


「二人共かなりの傷を負っているが、致命傷はなく、不思議な事に傷も殆んど回復している。暫くは安静だが、問題はない。」


「当然じゃな、戦闘に関しては主が全て確認しておった。」


 トワはメールの弁解の様な言葉を聞いても不機嫌そうな態度のままだったが、取り敢えずジナスに気になっていた二人の容態を聞いて少しホッとした様に表情をほころばせた。口調こそ尊大ではあったが、トワもなんだかんだと二人の怪我を心配していたのだ。一方のジナスは、その言葉に予想通りだと言うように溜息を吐いた。


「……まあ、そんな事だろうとは思ったよ。どうせなら全て治してくれれば良いものを。」


「戯け、そんな事をしたら罰にならぬ。主の言いつけを無視して無謀にも敵に挑んだ罰じゃ。主から勝てない相手に真っ向から立ち向かうなと教わったじゃろうが。のお? メール、ファム。お前達の無様な戦い様に、主も呆れておったぞ。」


「ぐっ……だ、だって、いきなり過ぎて冷静に判断とか出来なかったんだもん。」


「……これは、私達にも何かあると見ていいかも知れませんね……うぅ、また何か辱めを……。」


「お仕置き……はぁはぁっ……教官にお仕置きされちゃう……はぁんっ♪」


「リン……あんたルーン様の前で……自重しなさい。」


 ジナスとトワのやり取りから飛び火した様に矛先が移り、自分達の未来に対して戦々恐々となるメールとアリサの隣で、一人だけ別格のリアクションを取っているリンに、双子の妹であるユリもドン引きを禁じ得ない様だった。そのやり取りは流石のリアも目に余ったようで、珍しくジト目でリン達を睨みつけている。


「ユリの言う通りです。貴方達、お客様の前ですよ?」


「っ、す、すいません!!」


「うっ、失礼しました。」


 リアの一声にトリップ途中だったリンも慌てて現実に引き戻った様だったが、リアの顔は赤くなったままだった。折角歓待ムードでルーンを迎えたというのに、身内の恥と言うのはどうしてこう抗いがたい恥ずかしさがあるのだろうか。


「もう、ルーンの前で恥ずかしい……。」


「あははっ、楽しそうな家族じゃない。」


「……は、はい、それはそうなのですが……。」


「……皆さん、昨日は挨拶などしている時間はありませんでしたが、改めましてルーンと申します。司羽達がいつもお世話になっております。今日は、お招き頂き本当に嬉しいです。」


「っ!? こ、これは御丁寧に、歓迎致します、ルーン様!!」


「……なんというオーラ。色んな意味で教官が頭が上がらないのが分かるわ。」


 ルーンは恥ずかしがるリアにクスクスと微笑みながら視線を周りに向けると、スカートを少し摘んで、恭しく頭を下げた。この辺りは流石に上流階級慣れしているルーンだったが、逆にリアの家臣達の一部はそういった事に慣れておらず、緊張が増してしまった様子だった。


「……はっ!? そ、それではリア様、そろそろお部屋の方に。」


「はい、ネネ、お願いします。ルーン、トワさん、紅茶で良いでしょうか?」


「うん、トワも良いかな?」


「うむ、童もそれが良い。」


「承りました。ナナ、メール、紅茶の準備をお願い。リンとユリは焼いたお菓子を準備して。アリサ、ファムは私と一緒に御用伺い。」


「「承知いたしました。」」


 それからネネが客室までルーン達を先導し、メイド達は各々の役目を伝えられて機敏に動き出した。そこは流石に王室付きのメイドと言った所なのだが、それを見てやっぱりトワは少し納得がいかなそうな表情で、ふわふわと移動しながら客室まで案内されるのだった。







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「ふうっ、ごめんね、気を使わせちゃったみたいで。」


「いいえ、皆もなんだかんだ楽しんでやっていますよ。今まではこの屋敷に来る者などおりませんでしたし、トワさん達が初めてだったくらいですから。」


「……それもそっか、身分を隠して生活してたんだもんね。私もちょっと気持ちは分かるかも、人を呼んだことなんてそう言えばなかったなあ。単に人付き合いが面倒なだけだったけど。」


「そういえば、今でも来客は滅多にないのじゃ。まあ、場所が場所だと言えば納得なのじゃが……む、このクッキーはネネ作じゃな。流石はネネ、さくさくじゃ。」


「ふふっ、ルーンらしいですね。司羽さんが来てから色々変わったと思ったら、昔からそう言う所はだけは変わりません。」


 ネネとアリサに連れられてきた客室のソファーにリア達三人が座ると、メイド二人は恭しく礼をして静かに部屋から退室していった。恐らく部屋の外で待機しているのだろう。それを皮切りに、ルーン達も少し気を緩めた感じで談笑を始めていた。


「そう言うリアだって、なんだかんだ変わってないよ。こうやって、お互いに顔を見て、普通に話せるようになっても、やっぱりいつものリアと変わんない。急に変わられちゃっても困っちゃうけどね。」


「……そうですね。でも、それはきっとルーンやトワさん達のお陰です。もしも、昨日と言う日が少しでも変わってしまっていたなら、私は此処でこうしている事などなかったでしょうから。」


「昨日の事は、感謝される様な事じゃないよ。私は、私のやりたい様に動いただけ。悪いけど、もしも司羽がリア達を本気で見捨てていたり、敵になっていたら、残念だけど私もそれに歯向かうような事はしなかったよ。私にとっての一番は、もうたった一人に決まっちゃったから。」


「はい、それも分かっています。でも、それでも感謝くらいはさせてください。私達は間違いなくルーンや司羽さん達に救われたのです。少なくとも私は、貴女とまたこうしてゆっくりと話す時間が取れた事が何よりも嬉しいんですから。」


「……うん、それは私も同じだよ。まあ私は、昨日で終わりだなんて最初から思ってなかったけど。」


 そう言ってルーンは笑った。その言葉には僅かな陰りもない、心からの自信に満ちていた。昨日、リアの事を公園で守ってくれた時にも感じた、このルーンの真っ直ぐな心が、リアにはとても好ましく思えた。


「さて、ちょっと早いけど本題に入ろうか。こういうのは先に済ましちゃうタイプだから。」


「ええ、私もです。……トワさん、率直に聞きます。」


「ふむ、なんじゃ?」


 ルーンの言葉に、リアは真剣な表情になってトワに視線を向けた。トワも、小動物の様にさくさくとクッキーを咀嚼していた手を止めて、向き直る。


「今回の司羽さんの計画と言うのは、共和国から私達への監視を無くして自由にする……そう言う認識で合っていますか?」


「うむ。大まかには合っておる。」


 トワはその疑問に直ぐに頷いた。


「大まかって言うと?」


「むう、そうじゃなあ。主の言葉を借りれば、お主らに『選択肢』を増やす為の計画だったのじゃ。」


「選択肢……司羽さんは、前にも私に選べと言いました。逃げるか、戦うか。その結果、私は戦う事を決めました。」


「……主はリアのこれからを、リア自身に決めさせたがっておった。戦うと決めたお主が、命乞いをして蒼き鷹と共に生きるのか、それとも蒼き鷹を拒絶して誇りと共に死ぬのか。あるいは別の道もあったのかも知れんが、それは童にも良くは分からぬ。主に聞いたわけではないのでな。」


 それは余りにも酷い選択であった。まだ十五のリアに突き付けるには、いや、年齢など関係なく人間に突きつけるには残酷過ぎる選択だ。


「もし今回逃げ出したとしても、蒼き鷹はお主らを追いかけるじゃろう。共和国の考え方も、お主らの様な危険因子を排除する方向に動く可能性があった。リア達は、永遠にそんな恐怖から逃げ続ける事になる。」


「そうですね。共和国の監視の事は知りませんでしたが、追われているという意識は私達の中に常にありました。」


「もしお主が最初の時の問いに、『逃げ出す』選択肢を選んだのなら主も仕方がないと言っていたが、『戦う』と言ったリアの言葉を尊重したいと言って、今回の計画を実行するに至ったのじゃ。」


 リアは以前に一度『戦う』と司羽に宣言した。だからこそ司羽もそれをサポートすると約束したのだ。誰にも迷惑をかけずに『逃げ出す』事を決めていたのなら、きっと司羽はその意思を尊重し、誰も巻き込まず、自身も関与をしなかっただろう。トワはそう言ったのだ。


「主は、お主を共和国や蒼き鷹、或いはリア自身の生まれの運命と戦わせようとしておった。そして、もしリアが主が望んだ様な選択をした時、その全てを解決して、その先の未来を自由に選べるようにとミリクと共に下準備をしたのじゃ。」


「ミリク先生も……。」


「……だからこそ、もしリアがあそこで主の思った様な選択をしなかった場合。最初に決めた『戦う』と言う主との約束を破った場合は、主はお主らを蒼き鷹の様に葬っていたはずじゃ。ユーリアも、その時ばかりは仕方がないと納得しておった。主は……そこまで甘い性格ではない。偶に、童もゾクリとするくらい冷たくなるのじゃ。」


「……そ、そうでしたか。今改めてそう聞くと、ぞっとしますね。じゃあ私は、正しい選択が出来たのですね。」


「正しい選択……か。私は、そうじゃないって思うな。」


「え?」


 トワの口から語られた、今回の長い一日の計画。それはリアが自分で選んだ、『戦いの道』の行きついた先だったのかも知れない。しかしその果てでリアが下した結論に、ルーンは首を横に振った。


「今回はあくまで、司羽の中の正解をリアの行動がなぞっただけ。結果的に、それを見て司羽が助けただけ。司羽にとってはリアの行動は正しかったのかも知れないけど、リアは司羽の為に生きている訳じゃないでしょう? 本当に正しかったのかどうかは、リアが判断しないと駄目だよ。司羽の顔色を伺って、自分の行動の正しさを他人に委ねるなんて……きっと、幸せになれないよ。」


「……っ……そう、ですね。ルーンの言う通りです。いつの間にか私は、司羽さんに依存していたのかも知れません。これは、最初から私達の問題だったのに。」


「私も、暫くの間そうだったから分かるよ。誰かに自分の行動を委ねて、正しさも過ちも全て背負ってもらうのは楽だけど、自分もその相手も何処か歪な関係になっちゃうから。だから自分の行動は、自分の意思で決めないと駄目。自分の本当の気持ちで相手にぶつかっていかないと、本当の関係にはなれない。……でもあの時、リアが誇りと共に死ぬって言ったの……凄く悲しい言葉だったけど、格好良かったよ?」


「……ルーン……っ、ごめんなさい……なんだか……涙が……。」


「うん……頑張ったね、リア。」


 ルーンとの会話の中で、いつの間にかリアの瞳から、一粒涙が零れおちていた。思えば、色々な事を決断した一日だった。自分の犯した罪、ルーンへの懺悔に、死と服従の二択、自分の生まれや過去へと責任を押し付けたくなって、でもそれも現実が許してはくれなくて。何が正しくて、何が自分の過ちなのかも分からなくなっていたけれど、それでも、やっと、少しだけ救われた気がした。


「主がリアの行動や覚悟をどう考えていたのかは、実際の所、童にも良くは分からぬ。主は、正しいとか正しくないとかそういう事は余り言わぬからな。じゃが、共和国を納得させる為に必要な材料であった事は確かじゃ。お主は、自身の言葉で、自分の未来を切り開いた。それは誰に助けられた訳でもない、リア自身の力じゃと童は思う。」


「トワさん……ありがとう、ございますっ……。」


「……主の考えている事は分からぬが。もしかしたら、主も、リアが自分の意思と力で未来を掴むところが見たかったのかも知れぬな。あの時の主は、なんだか嬉しそうだったのじゃ。」


 リアがセイルに啖呵を切って、それに割って入った司羽は確かに笑っていた。その時以外は終始冷たい雰囲気だった司羽も、あの時だけは優しい表情を浮かべていた筈だ。


「……さてと、童はそろそろ行くのじゃ。ルーク達の容態も、ちゃんと目で見て主に伝えないといけないからの。ルーン、帰る時に教えて欲しいのじゃ。」


「うん、分かった。私はもうしばらくリアとお話してるから。」


「うむ。」


 それだけ言い残すと、トワは残りの紅茶を飲み干し、クッキーを一枚手に取ると、ふわふわと席を立った。そしてドアを空ける直前で、まだ啜り泣いているリアへとチラッと振り向いた。


「これから先、沢山の事を自分で決めていく事になるのじゃ。きっと今リアが今考えているよりも多くの選択肢がリアの前に提示されるじゃろう。どれを選ぶも選ばぬもお主次第。じゃが、お主には、沢山の仲間がおる。共に死を選ぶような者達じゃ、何処へでも着いて行くじゃろう。……童も、ユーリアも、主だって、お主をただ一人で悩ませたりはせぬよ。」


「……はいっ、必ず、もっと私らしく成長してみせますっ。」


「……そうか。」


 一瞬、トワの眼が赤く光った様に見えた。しかしそれは幻であったかの様に、次の瞬間にはいつもの瞳の色へと戻っていた。トワは満足気に鼻歌を歌いながら、手に持っていたクッキーを口に放り込むと、さくさくと咀嚼しながら上機嫌で部屋から出ていったのだった。



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