第89話:蒼き鷹の見る夢 -夢の本質-
「お疲れさん、後はそこで見物してな。」
呆然とするリアの前に立ち、司羽はそう言い放った。睨みつけるようなセイルの視線を悠々と受けながら、パチンと指で高い音を鳴らす。
「作戦終了だ。」
「何を言って……っ!?」
ガサガサ
端的な司羽の言葉にセイルが疑問符を浮かべた瞬間、近くの木や草の影から不自然な音が漏れた。その場の全ての視線を集めたその音の主は、闇夜の中からゆっくりと姿を見せる。そして、光の中へと歩み出ると、クスリと小さく笑って言った。
「ご苦労さまです、司羽君。それにリアさん……いえ、フィリア王女も。」
「えっ……み、ミリク……先生……?」
「お前は……確か、この街の学院の教師だったか……。」
「ふふっ、改めましてミリクと申します。通信画面越しですが、一度だけお会いしましたね。セイル=クロイツ共和国代表?」
「…………。」
暗闇から現れ、軽く自己紹介をするミリクにリアは呆然とし、セイルは睨みつけるような鋭い視線を向けた。こんなに近くに隠れていて、今まで自分達の誰も気が付かなかったと言うのか。その事実だけでも、セイルが警戒するには充分だった。そして、もう一人。
「ほら、主。ばっちり撮れたのじゃ!!」
「お、本当か? ありがとな、助かったよトワ。」
「えへへっ、このくらい当然なのじゃ!!」
「使い魔……。」
嬉しそうに、無邪気にはしゃぐトワがミリクの隣から司羽に駆け寄った。その手には、何やら箱の様な形の魔道具を抱えている。セイルはその魔道具が何か、直ぐに理解した。トワの『撮れた』と言う言葉が、その理解を加速させる。
「司羽君……これは?」
「なんだ、言わなければ分からないのか?」
「……いいや? そうか、君もなのか。残念だよ。」
セイルは全てを理解していた。トワの持っているのは、映像や音声を撮影するための魔道具。つまり、今までの会話は全て撮影、録音されていた事になる。司羽は冷たい視線を送るセイルの前で、その魔道具を操作し、録音再生のスイッチを押した。
『もう既に、共和国の軍部の情報は抑えている、兵力の引き抜きもね。協力国にも話は通してある……これだけ勝算があれば、多数の国が参加する事だろう。各国の機密も握っているしね。』
「……おお、撮れてる撮れてる。ミリク先生、これで充分でしょう?」
「はい。他の会話等も合わせれば完璧な国家犯罪者として吊るし上げられます。予想外に完璧な証拠ですね。ここまでの物になるとは思ってませんでした。」
「そうですか。……だ、そうだよ。リアに図星を突かれたセイル君?」
吹き出しそうになるのを堪えるかのように、司羽は半笑いでセイルに告げる。セイルの目から強烈な敵意が溢れ出し、司羽の冷たい視線と交錯する。
「まさか、君がこんなに愚かな選択をするとはね。今日君と話をして、情に流されるような愚か者ではないなと感じたのだけれど……どうやら、僕の目は節穴だったようだ。」
「経営者らしからぬ物言いだな。たった一度会話しただけで、思い込みの激しいやつだ。リア達の行動を誘導して、それを餌にしたら直ぐに食いついた。まったく、面白みのない釣りだった。やはり経営者としても二流か、親の七光りとは随分仲がいいようだ。」
「……そういう君は、随分と煽り慣れているね。だが、そういうのは強者、もしくは程度が同じ人間がしてこそ効果があるものだ。君が言っても、ただの強がりにしか聞こえないよ。そこにいる、哀れな亡国の姫と同じさ。」
「へえ、じゃあお前はリアの強がりに激高してあの醜態を晒したのか。」
カチッ
『黙れええええええええええっ!!!!!!!!!』
「っ………。」
「ふっ、ふふふっ、アハハハハハハハハっ!!!!!」
再生される音声にセイルの顔は怒りに歪み、そんなセイルを指差して司羽は爆笑した。腹を抱えて、こんなに面白いものはそうは見れないと。何度も、何度も繰り返す。
カチッ
『黙れええええええええええっ!!!!!!!!!』
カチッ
『黙れええええええええええっ!!!!!!!!!』
「貴様あああああああっ……。」
「ひっ、あはっはははっ、ひぃっ、くっ、おいおいそんなに怒るなよ。弱者たる俺の精一杯の強がりなんだ、余裕を見せてくれよ指導者さん?」
「このっ、生意気な餓鬼が……。」
そしてまた、司羽は楽しそうに笑い出す。セイルの怒気と殺気を一身に受けながら、そんなものは気にするまでもないと暗にセイルへと告げていた。セイルがいくら司羽を下に見ようとも、司羽はセイルのそんな態度すら眼中にない。そして、司羽が今一度録音のスイッチを押そうとした瞬間、セイルが控えていたメリッサへと視線を移した。
「やれっ!!」
「ユーリア。」
キィィィィィィッ
状況が進行するのは一瞬のことだ。司羽の隙をついてセイルが指示を出すと同時に、司羽もまた自分の傍に控えていたユーリアの名を呼んだ。司羽とセイルの間では、高速で移動した従者と秘書がぶつかり合う。ユーリアの持つ短刀が、メリッサの軍用ナイフを受け止めて、金属の擦れる高い音が響いた。
「ちっ……。」
「はぁっ!!」
メリッサに息つく隙も与えないと、ユーリアがすかさず回し蹴りを放つ。しかし、メリッサもまたそれに反応して回避すると、一度セイルの傍まで下がった。奇襲に失敗した以上、タイミングが悪いと判断したのか。それだけでメリッサの熟練度の高さが伺えた。伊達にセイルの秘書をやっている訳ではないらしい。そしてユーリアもまた、メリッサを下がらせると直ぐに司羽の下へと帰っていた。メリッサはそれを見て、ユーリアを鼻で笑った。
「はっ、名前を呼ばれて直ぐに反応するなんて。随分従順な雌犬にされちゃったんですねぇ?」
「ふふっ、仕えるべき飼い主が司羽様であるなら、私はそれで構いません。そんな品のない人間に対して尻尾を振る事しか出来ない貴女では、永遠に分からないでしょうが。」
「信念を忘れて男に走った売女が品を語りますか、随分と堕ちたものですね。貴女を残して逝った御両親はさぞ無念でしょう。一人娘が男に尻を振って仮初の自由に縋っているのですから。」
ユーリアとメリッサもまた、お互いの主の傍に控えながら舌戦を繰り広げた。冷たい射抜くような視線が司羽とセイルの傍から放たれる。二人は完全に一触即発の空気を作り出していた。
そんな中、クスリと楽しげな声が漏れた。
「仮初の自由、ですか。」
「なんだ、貴様。たかだか教師風情が出しゃばってきて、小説に出てくる熱血教師にでも憧れた阿呆か。随分とまあ、暇なものだな。」
「ふふふっ、もう、酷いですねえ。教師ってなかなか大変なんですよ? でもまあ、やりがいはありますけどね。少なくとも下らない監視や、情報収集なんかしてるよりも、ずっと。」
「何……?」
呟いたのは、出てきてから今までずっと静観していたミリクだった。自分の言葉を引用されたメリッサが鬱陶しそうに視線を向けて吐き捨てると、ミリクは相変わらずクスクスとおかしそうに微笑みながらそう言った。そんなミリクの発言を聞いて、メリッサの隣で聞いていたセイルの表情が変わる。そして、司羽はその変化を見逃さなかった。
「……ふふっ、くくくっ……。」
「……司羽……っ!!」
「あはははっ!! あははははははっ!!! なんだ、まだ気付いてなかったのか? お前は本気で、自分が上手くやってるだなんて思ってたんだな!? これはこれは……何とも、自意識過剰なお坊ちゃんだ。」
「ふふっ、なるほど。じゃあ、私もちゃんと『本当の』自己紹介をしないといけませんね。」
「……本当の……自己、紹介……先生……?」
司羽の遠慮のない嘲笑を含んだ笑い声の隣で、ミリクもまたクスクスと抑えきれない笑い声を漏らしていた。そして先程までの緊張感が司羽達によって薄れたのか、呆然としていたリアの口から疑問が漏れる。『本当の』とは一体どういう事なのか。確かに、今ここにミリクが居る事はリアに取っても理解が出来ない。一介の教師が面白半分で首を突っ込んでこれるような話ではないのだ。そんなリアの疑問は、直ぐにミリクの口から語られた。
「勿体ぶっても仕方ありませんからね。改めまして正体を明かさせていただきます。」
そう言って、佇まいを直すと、ミリクは胸に手を当ててクスリと笑った。
「私はミリク……ミリク=アイスローズ。共和国政府によりフィリア王女、並びに家臣監視を命じられた……いわばスパイと言うものです。」
「なっ……!?」
そのミリクの予想外の発言に、メリッサが驚きの声を挙げ、セイルは忌々しげに表情を歪めた。そして、その事実に驚いたのは二人だけではなかった。
「す、スパイ!? ミリク先生が!?」
「監視されていただと……?」
ざわざわ……ざわざわ……
ミリクの言葉に、動揺が広がる。監視されていたアレン達は勿論、それを捕らえている蒼き鷹の面々にもまた、動揺が走っていた。『何故共和国政府の人間が此処に居るのか!?』、『私達の行動がバレている?』、『共和国政府は既にこちらへの対策を取って備えている!!』。そんな憶測や疑念が広がり、今まで静かに粛々とセイルに従っていた者達の間に恐怖の感情が生まれ始める。ミリクはそんな周囲の態度の変化に、一瞬呆れたような表情になりながらも、怒りの篭った視線で自分を睨むセイルに対して冷たい微笑みを返した。
「貴様、が……共和国政府の密偵……しかも王女監視だとっ……馬鹿なっ!! 王女は消息不明として記録されていた筈だ。僕の耳にはそんな情報は入っていないっ!!」
「当然、貴方の耳に入っている訳ないでしょう? 私は共和国政府直属の密偵、その指揮系統は一部の官僚しか知らない機密ですから。」
「はっ、言うだけなら誰でも……。」
「三日前の朝。『風ベンメル・月天9034不知火』……ふふっ、秘書さん、貴方なら何か分かりますよね?」
「っ……私達が掴んだ……共和国軍合同軍事演習の暗号……。」
「まあ、こんな適当な暗号、勿論ダミーなんですけど。」
ミリクの言葉を否定しようとしたセイルだったが、それも直ぐにミリクの言葉によって打ち砕かれた。少なくとも、ミリクが共和国の関係者であることと、政府に深く絡んだ人間であることは証明されてしまったのだ。
「蒼き鷹は共和国政府の一部や、政府にパイプのあるマスコミを懐柔して情報を集めていたみたいですが……貴方達のお遊びに引っかかったり、乗っかってしまうような愚か者達などに重要な情報を与える訳がないと言うことです。逆に言えば、それだけリアさんは共和国にとっても重要な人物だった訳です。」
「ぐっ……馬鹿な……官僚直属の……指揮系統での監視だと……。」
「ああ、それに以前から政府の情報を抜き出そうと、直接的な手段で資料室や官僚のプライベートルーム等に侵入した形跡がありましたが、バレバレですよ? 共和国のスパイ技術は一流ですから、その対策も万全と言う訳です。……まさか、貴方本気で自分達の手に入れた情報が全て真実などと思っていたんですか? 貴方達の持つ周辺国への交渉材料になり得る情報は全てダミーです。補足するなら、貴方が協力してくれると思っている国の何箇所かからは既に内部告発がありました。あれは言わばダミーでありトラップなんです、残念でしたね?」
「馬鹿な……そんなはずは……ハッタリだ!! そんな事は有り得ない、そんな事は絶対にっ……!!」
「セイル、落ち着いてください!! あいつは王女付きの監視だったと言うだけです!! それが監視対象に情を抱いただけの事……内部告発も口から出任せです!! 真実を混ぜ込んで虚構を信じ込ませようとしているに過ぎません!!」
ミリクの言葉に半分錯乱状態の様になるセイルの肩に手を置いて、メリッサがそう叫んだ。ダミー? トラップ? その証拠はない。ならばあの教師がフィリア付きの監視役だったとして、それがなんだというのだ。しかし、セイルは顔を真っ赤にしたまま、ミリクを睨みつけるだけだった。メリッサの言葉が分からないはずはないのに、それでもセイルは冷静になれなかった。
「まあ、そうかも知れませんね。今ここにそれを証明する証拠は有りません。」
「当然だ、有るはずがないっ!!」
「ふふっ、ええ、今の私はただの『リアさんの監視員』ですよ。それ以上の証明は必要ありません。」
「……なんだ、何が言いたい?」
いきなり引き下がったミリクに、メリッサが訝しげな、探る様な視線を向けた。表情の上では笑いながら、この目の前の女はこちらを完全に見下しているとメリッサは理解していた。それでも、聞かずにはいられない。
「……ははっ、あははははっ!! メリッサ秘書殿? 貴女は中々理知的で聡明であらせられる……でもな、その男が顔を真っ赤にしてプルプル震えてる理由は、そんな理性的な理由じゃないんだよ。」
「貴様……司羽っ!! お前はどこまで僕をっ……!!」
「なあ、なんで共和国はリアに監視なんて送ってるんだと思う?」
「………何を言っている。そんなの分かりきっている、反逆の可能性を考えて……。」
「黙れメリッサ!!」
「っ!?」
暫く閉口していたセイルが、メリッサの言葉を遮った。セイルを、そして蒼き鷹を擁護した発言をしていた筈のメリッサの言葉を遮ると言う事に違和感を感じ、そしてメリッサは気付いた。セイルが、ついさっきまで亡国の王女と嘲笑っていたリアとしていた会話の内容を思い出してしまった。それが、全てなのだと。
「セイル……。」
「おいおい、自分の女に当たるとは随分と小さい男だな? 結局、全部リアの言う通りだった訳だ。」
「………え? わ、私ですか?」
「ああ、まあ、リアなりに必死に絞り出した言葉だったのかも知れないけどな。簡単なことさ。リアはずっと共和国にマークされていた。お前が立ち上がれば多くの支持を集めて脅威になると判断されてな。事実、お前の家臣達はお前に共に死ねと言われて文句一つ出さないんだ。大したものだよ。」
「そ、それは……。」
「ええ、貴女は何れ一角の人物になるでしょう。性格は破綻していたかもしれませんが、父の大きなカリスマと、母の美貌を兼ね備えて、貴女が持つ人柄は更に強力な武器になる。それこそ、復讐に本気になれば共和国を脅かすかも知れない。……そう判断されたのです。」
司羽とミリクは各々にリアの才覚を褒め、そして共和国がリアに見た脅威を語った。そう、共和国はリアにそれだけの可能性を感じていたのだ。そしてそれは、もう一つの側面を持った答えだった。司羽とミリクが、嘲るような表情でセイルへ向き直る。
「そう、リアは共和国の大きな脅威とされた。お前と違ってな、セイル=クロイツ。リアの見立ては合ってた訳だ。お前はリアの力に頼らなければ何も出来ない無能だ。」
「違う、そんなのその女の妄想だろうが!!」
「お前では人々を纏められない。そうだろ? だからリアに頼ったんだ。」
「何の証拠があってそんな事が言えるっ!! 僕がいつ、その女に頼った!! 僕は、僕一人でだってっ……!!」
「だから、証拠はいらないのさ。この計画はリアの力こそが要になる。リアを引き入れられない時点で崩壊する。少なくともそう判断したから、態々こうして迎えに来て、いつでも殺せるのに殺さなかった。お前は、自分じゃ駄目だって最初から分かってたんだよ。お前自身が、誰よりも分かっているんだろう?」
司羽の言葉が、視線が、セイルを逃げ場なく追い詰めていく。見たくないものを直視させ、物理的な証拠でも、客観的な評価でもなく、セイル自身の自覚によって心の中をかき乱していく。もう既に、その主導権は明らかだった。そして、ついにセイルが膝を着く。果たして、その自覚が本人にあったのだろうか。
「うあああああああああっ!!!!! 煩い!! 黙れ!! 僕は上手くやってきた、お前達に干渉されずに行動し、これだけ組織を大きくしてきた!! 放置されたんじゃない、僕が上手くやったから!!」
「あら。上手くとは……何をでしょう? 干渉されなかったのではなく、必要がなかったのですよ。勝手に自滅すればそれでよし、たかだか金を持っているだけの貴方に何が出来るのです?」
「ならお前はたかだか密偵の分際で何を分かった気になっている!! 不愉快だ!!」
物分りの悪い生徒に対して諭すような口調のミリクに、セイルは即座に切り返すも、ミリクの憐れむようなその瞳の色が深くなるだけだった。受け流されるような態度に不快感を露わにしながら、セイルは自分の正しさを証明するために声を上げるしかない。
「あーあ、見っともないな。アンタは馬鹿じゃない、だから今なら気が付いている筈だ。何故、今までこれだけ自由に動けたのか。」
「見逃されていたとでも言うつもりか!!」
「ああ、そうだよ。」
司羽の無情とも言える一刀両断。セイルはもう完全に冷静では居られなかった。それだけ、セイルに取っては受け入れがたい事だった。リアが脅威とされ、自分など相手にする価値もないと判断された事が。何よりも憎い存在である共和国政府、そのトップがリアを重視したなどということが。
「そんな馬鹿な!! もし僕の行動を分かっていたなら、逮捕出来たはずだ!! 国家反逆罪は重罪だろうが!! まともに証拠も掴めず、僕の持つ権力に対抗出来なかったのは事実だろう!!」
「……お前も分かってるんだろう? メリットがなかったんだ。優秀なお前の父親を態々トップから引きずり下ろす様な真似をしたくなかったのさ。それくらいマスコミも、政府も今の大統領に価値を見出していた。本当に優秀な父親なんだなあ? 良かったな、そんな人に『我儘』を聞いてもらえて。それと、自分の無能さにも感謝をするべきだ。」
「違うっ!! 違う違う違うっ!!! じゃあ何故、僕は此処にいる!! お前達を出し抜き、そこの女を捕らえ、お前達はそんなリスクを犯してまで僕の計画の証拠を手に入れようとしたんじゃないか!! お前達の言っている事は滅茶苦茶だ、僕を恐れたからお前達は罠をっ……!!」
司羽が先程からセイルを挑発する為に使っているその映像と音声の記録、それを撮る為にこんな悪条件の中で演技までしたのではないのか。蒼き鷹を、セイルを罠に嵌めて、共和国政府が司羽という協力者を使ってまで。それこそが、蒼き鷹の存在を恐れる何よりの証拠になるはずだ。だから、こんな挑発にこれ以上乗る必要などない。この矛盾が全ての言葉を論破するはずだと。……セイルは、そう信じていた。
「だって、仕方がないじゃないですか。」
「は? 何が仕方がないと言うんだい? やっぱり、君たち程度では僕の証拠を……。」
ミリクが認めたと、セイルは思い込んでいた。少なくともこの口戦ではこちらの勝利だと確信していた。なのに、ミリクはセイルの言葉を遮った。
「仕方ないですよ、ああでもしないとリアさんを自由にしてあげられませんし。」
「……なっ……にを?」
「だから、これですよね? 貴方が言う証拠って。」
ミリクは、司羽の持つ魔道器を指差し。ニコリと笑った。
「ありがとうございます。この反逆の可能性がないと証明する『証拠』があれば、リアさんは監視から解放されます。ああ、『予想外』に貴方の国家反逆罪の証明も出来そうですね。すいません、これは本国の調査員が後から適当に証拠を挙げる予定だったのですが。」
「こればかりは俺も中々解決法が浮かばなくてな。監視されてるだろうとは確信してたが、それがミリク先生で良かったよ。簡単にこの計画が建てられた。ついでに、面白いものも取れたしな。」
「………つい、で………だと。」
ヒートアップしていたセイルが、一気に言葉を失った。司羽がリアに振り向くと、リアもまた、驚きを隠せない表情で司羽を見返していた。司羽の、『まさか、ここまでとはな』と言う発言が、今のリアには全て理解出来た。
「まあ、こっちとしては渡りに船だった訳だ。『偽りの自由』とやらに、ユーリアが悩む必要もなくなるわけだし。」
「ぐっ……お前、私達とした契約と同じものを……。」
「残念ながらこっちが先ですよ? まあこれで私も監視の任が解かれますし、『偽りの自由』から解放されるのは私も同じですけどね。これで私も自由です。これからは余計な事を気にしないでシノハちゃんの傍に居られますし、貴方達には本当に感謝しています。どうもありがとう御座います。」
そしてミリクはゆっくりと頭を下げた。言外に、『お疲れ様』と突き放す様に。もう全ては終わったのだと、お前達は無価値なのだと、その絶望をセイルに刻み込むように。
「そんな……馬鹿な……。」
「『蒼き鷹』か……いい夢は見れたかい? もう、夢物語は終わりだよ。」
「う……ぐ……ぅああああああああああああああああああああああぁっ!!!!!!!!」
信じていた物を、プライドを、自分のしてきた事全てを塗りつぶされ、蒼き鷹は地に落ちる。長く見続けてきた夢物語が、走馬灯の様に浮かんでは汚れていく。自分を鷹だと思い込み、自分の力よりも高く飛びすぎた哀れな鳥は、力なく落ちながら、ただ悲鳴を上げるしかなかった。