第88話:蒼き鷹の見る夢 -統べる者の器-
「話してあげよう、僕達、蒼き鷹の目的と共和国の未来を。」
そう言ったセイルは、リアに見下ろすような視線を送って笑った。もう、負けはない。この小さな王女は、支えがなくては立ち上がれないとセイルには分かっていた。
「あ、あっ……ああぁっ……。」
「可哀想に、司羽君、やり過ぎじゃないかい? 彼女だって極限状態で頑張って来たんだ。やっと出来た頼れる存在が嬉しかったんだろうに。だからこそ、君のくれた情報を頼りに逃げようとしたんだろう。頼りたかったんだよ、君を。」
「さてな。俺はこう見えて中々に身持ちが硬いんだ。ルーン達以外に、そんな存在をホイホイ作って居られないのさ。」
「……そのルーンさんの親友だったんだろうに。まあいい、こっちとしてはプラン通りに進んでくれた訳だしね。……さて、フィリア王女。」
泣き崩れるリアの前で、あまりと言えばあまりな会話をしていたセイルと司羽だったが、司羽の方はもうリアになんの興味もないと言った様子で、溜息を吐いた。もう自分の役目は終わったのだと、そうセイルに合図を出したのだ。一方で、セイルは司羽に変わって話を切り出した。
「僕達の事は、それなりに調べてくれているんじゃないかな? 『蒼き鷹』、表側では共和国の中でも大規模な商業グループな訳だが……裏では、御存知の通り共和国政府に対するレジスタンスだ。……別にテロリストと呼んでくれても構わないよ? 名前なんてどうでもいいからね。」
「そんなものは、現政府贔屓か、その反対かの違いでしかありません。私達の活動はあくまで現政府の打倒。共和国での革命です。あの腐った国家を潰したいんですよ。」
セイルに続いて、後ろに控えていたメリッサが吐き捨てるように言った。彼女にも個人的な深い恨みがありそうだと、その言葉からは感じられた。
「今の共和国は、かなりシビアな管理社会と化している。とは言え他国との貿易は国に管理されて不正は通らないし、大きすぎる富は分散され、貧しい者には配分される。仕事だって、国に求めれば用意してくれる。言葉にしてみれば、案外悪くないものだと思うかもしれない。」
どこの国でも、貧困や不正はいつだって問題になる。それを正そうとする社会を目指して作られた国なのだろう。平等と、平和を最も尊重する国家として。
「でもね、逆に言うなら融通が聞かない。ルールに沿ったもの以外は厳しく排除される。今の富で満足出来ないからと仕事を外部に求めればスパイだとされ処罰されるし、国内だろうが蓄財しすぎれば没収される。才能も、努力も、あったところで意味を成さない。そりゃあ多少は贅沢出来るくらいの恩恵はあるが、世の中にはそれで満足出来ない奴もいる。最も、共和国はそんな奴を許さないけどね。」
管理社会の法は絶対だ。その効力もまた厳しい物が多い。だが、それでもその法を抜け出そうとする者がいる。
「彼らは別に誰かを傷付ける訳じゃない。ただ、自分の幸せを求めているだけなのに、国は彼等を家畜としか見ていないのさ。家畜に求めているのは安定した生産性のみ。突出した利益も、世界を繁栄させる才能も、政府は必要としちゃいない。無論、政府の人間だけは別だけどね。とは言え、彼等も自分で作ったルールはちゃんと守る辺りは、誠実と言えるが。汚職は即死刑だから。」
「現在過去を見た中でも、政府の自浄作用はしっかりと働いています。政府関係者の汚職は、その関係者を全て纏めて抜け道などなく死刑です。数年に一人程度しか汚職は発生していませんが、私達の調べた限りでもその線での崩壊は不可能と判断しました。とんだ真面目集団ですね。」
汚職がない事を貶される政府と言うのも珍しい話だが、確かに崩壊を願う側としてはやっかいな事この上ない。切り崩す為のポイントがひとつ潰されているのだから。
「レジスタンスって言葉でも分かるように、僕達は今の政府のやり方が気に入らないんだ。人ってのは才能を伸ばして、活用して然るべきだ。貧しい者っていうのは、いつだって貧しいなりの理由がある。可哀想に見えているだけで、自業自得の場合も多い。あいつらは個人個人を見ようとしないで、『国民』と言うカテゴリーで統一し、数字の上で平等を求めているに過ぎない。そんなもの、人間の生き方じゃない。」
「そういう国が好きな人も居るのでしょうが、私は望んでこんな国に生まれた訳ではありません。平等なのであれば、出入国すらも自由にするべきです。その国が気に入った人だけでやればいい。私は他の共和国の人達ではなく、他の国の人達と平等でありたいのです。私と平等に扱われるだけの才能、努力を持っていると私が認める人とね。」
「……さて、僕達の目的はこんな共和国を変える事だ。変えるといっても僕達が政治家になって特別な何かをするわけじゃない。一度壊して、自然な成り立ちで新しく、今の国民が求める国にしたいんだ。締め付けさえなくなれば、僕達がそうしなくとも、国は勝手に変わるよ。少なくとも僕はそう考えてる。勿論、影響力の強いやつらを押さえつけるくらいはするけどね。国の形も最初の雛形くらいは考えてあるさ。最低限の法と、国としての機能、自衛力、そのくらいはね。」
レジスタンスだと言うくらいだから、その目的は勿論国家の変革だろう。蒼き鷹もその例には漏れない。それはリアを含めて皆とっくに分かっている事だ。
「フィリア王女、君の国は共和国に寄って焼かれたね。あの国は平和を謳っているにも関わらず、君の国を壊滅させた。何故か分かるかい?」
「…………。」
「共和国は侵略はしない。ただ、元が巨大な上に小国であればあるほど参加すれば発展できる国だ。君のお父様は軍国主義者だったからね。自分の国より強大な力を持つ共和国が、更に小国を吸収して巨大化するのが許せなかったんだ。自分が侵略出来なくなるって理由でね。ある種、自業自得と言えなくもないが、国家元首としては正しくもあるのかもね。」
リアは、自分の父親の性格を分かっていた。自分にルーンの親を殺すように仕向けた程に残虐で、裏切られる事でプライドが傷つくのが許せない。確かに才能ある王だったのかも知れない。だが、好きになれる様な人格ではなかった。
「だから君の父親は、共和国の中でも不満を抱いている国家と連絡し、味方につけることで少しずつ戦力を削り取る作戦に出た。真っ向から向かっても大きさに差が有りすぎるからね。でも、共和国は国すらも家畜にする国家だ。離反する国など許さない、人と同じ様に。だから……、見せしめにしたんだよ、君の国を。もう二度と同じような国家が出ないようにね。」
「そう……だったのですか。」
そこで初めて、リアはセイルの言葉に反応した。もう既にリアの声には生気がなく、目も虚ろに虚空を見ている。セイルは、この時点で流れが自分に向いているのを確信した。自分の言葉に、リアを説得するだけの力が出てきたのだと気付いた。
「平和を謳う共和国が見せしめに他国を壊滅させたなんて、表沙汰には出来ないからね。戦争はなかったって事になっているのさ。勿論、ジューン国は壊滅状態のまま放置で荒れ放題。共和国に参加した国じゃないわけだからね、保護する理由もない。ジューン国は侵略こそされなかったが、それよりも酷い状態へと陥ってしまった。他の国もそれを見て、離反なんて馬鹿な事は止めようとなったわけさ。」
本来ならば、侵略された国は侵略国家によって統治される。勿論、略奪を行う国家も多いのだが、それでも国家としての体裁は確保されるのが普通だ。壊滅させるだけ壊滅させて放置などされたら、残るのはただの廃墟だ。なんの価値も人も残らない。リアの国はもはや完全に、存在しない国となってしまっている。
「平和って一体なんなんだろうね。離脱する者を脅すことは侵略と何が違うのだろうか。平和を守る法に違反しない為に君の国を見捨てた事は、本当に平和な国家を作る事と矛盾しないのだろうか。平等と平和を守る為に国も人も家畜にして、誰が幸せになるっていうのかな。そうは思わないかい?」
「そうですね……そうかも知れません。」
「フィ、フィリア様……?」
「……駄目です、フィリア様……。」
フィリアの肯定の言葉に、囚われている家臣たちも戸惑いの声を上げる。敵であるセイルの意見に賛同するなど、今までのフィリアからは考えられない事だ。それだけ、司羽の発言がショックだったのか。それとも、今のこの状況に絶望しきってしまったのか。
「……分かってくれたみたいだね。僕達の目的は、そんな共和国を、本当の平等な国家にする事なのさ。平和も平等も結構な事だけどね。それは人間らしい自由な生活から生まれるべきだ。勿論難しい事だと思うよ。自由になれば富を際限なく求める人は増えるし、それにより戦争だって起こる。でもそれはある意味では人間らしい事だ。僕は人が求めるなら共和国がそういう国になっても良いと思う、それが自由な国ってやつだろう。」
「お前は、平和を壊しても良いと言うのか?」
「アレン君と言ったかな? 少なくとも、今の戦争を隠蔽してなかった事にする世界よりは良い。それは平和じゃない。死んでいった人たちだって、何かの為に戦った事を称えられて良いはずだ。侵略した国家の意思は責められて良いはずだ。それこそが平等で平和な世界に繋がると僕は思っている。いたずらに何でも規制するから、ジューン国みたいな国や、離反したがる国が出て、隠蔽と脅迫をしないといけない状況になる。例え共和国が侵略国家になったとしても、他の国や内部の反対派がただやられる訳じゃない。どこかでバランスは取れるものさ。平和ってのは、そうやって作られていくんじゃないのか? 全く争いのない世界なんて絵空事だよ。現実問題ジューン国は滅んだ。今君たちだって命の危機だ。何処かで争いは起こるものだよ。表面化するかしないかだ。」
アレンの言葉に、セイルはすかさず反論した。少なくとも、今この現状は平和ではないのだと。アレンはそれを冷たい目で聞いていた。自分達の平和を壊したものが平和を語るなどと。だが、その一方で言っている事は分かる。こういう状況でなく、酒場で酒を飲みながらの会話だったら同意してやってもいい。
「さて、僕達はこれから各地の反対派の総力を結集して共和国政府を崩しにかからなくちゃならない。そこで、フィリア王女の力を貸して欲しいんだ。君の父親が声をかけた国も多くある。中々のカリスマがあった様だからね。未だに影響力もあるだろう。それに、共和国に滅ぼされた亡国の姫君が呼びかければ、それだけで今の平和を否定する正義にもなる。国の敵である共和国を潰せるんだ、君に取っても悪い話じゃないだろう。今までの攻撃は全て詫びよう。君にちゃんと話を聞いて貰う為に必要な事だったんだ。申し訳なかった。」
そう言って、セイルは頭を下げた。地面に座り込み俯くリアの顔が、少し上がる。顔面は蒼白、生気を失って、まるで人形の様な表情になったリアに、家臣達は息を呑んだ。
「顔を……上げてください。」
「……済まない、感謝する。」
「…………。」
その声にも、既に覇気はない。先程までの、食ってかかるような鋭い視線も既にない。
「フィリア王女、どうか、僕達の手を取ってはくださいませんか。」
セイルの手が差し伸べられた。共和国への復讐、そして何よりも、仲間達と自分の身の安全。もうこんな状況になってしまったら、手を取らずに生き延びる事は不可能だろう。
「さあ、僕達と共に本当に人のあるべき自由と権利を守る国を作ろう。」
セイルの手が、リアの眼前に差し出された。その様子を家臣達が皆不安気に見守る。司羽達もまたその様子に注目していた。しかし、止める気配はない。もう、従うより他に家族を守る手段はない。リアには、既に全て理解出来てしまっていた。
……そして、リアは少しだけ顔を上げて、セイルの手を見つめながら言った。
「………醜い手……。」
「「「………………。」」」
その囁くような小さな声は、吐き捨てるような口調をもって沈黙の中に響いた。誰もが皆、その言葉に反応出来ずに、言葉を失う。その言葉を受けたセイルも、手を差し伸べたままの態勢で固まっていた。そして、とても長い時間だった様に感じる沈黙のあと、リアが再び視線を上げた。差し伸べられた手の向こう、セイルの顔へと視線を向ける。
「とんだ臆病者……確かに貴方では、革命など無理でしょう。」
「……な……に?」
圧倒的に自分に有利な状況で、自分よりも一回りも幼い少女に向けられた視線と言葉に、セイルは動揺していた。汚いものを見るように見下された視線、嘲るように冷たい口調、その全てが自分の予想と違ったものだった。
「……何を言われているのか分からないと言った顔ですね。」
「えっと……君の方こそ、自分の状況が分かっているのかな? それとも、一から説明してあげないと分からないのかい?」
「大丈夫、分かっていますよ。貴方が自分一人では民や協力者を纏められないから、その自信がないから、今になって私に泣きついているんですよね? とんだ臆病者です。」
「……何を、馬鹿な……。」
セイルの鋭い眼光をその身に受けながらも、リアは一切の動揺を見せなかった。淡々とした口調で、ただ事実を述べるようにセイルへと挑発するような言葉を吐き出す。表情を失った青白い顔色のまま、それでも視線だけは最大限の蔑視を込めて、セイルを貫く。その威圧感に、セイルは直ぐに言葉を返すことが出来なかった。
「頭は少し回るようですが、貴方は所詮それだけです。蒼き鷹のリーダー? 結局皆の共和国への復讐心を利用して、『反政府』を餌に扇動しているに過ぎません。貴方自身に付いていこうと考えている人など、一体どれほどいるでしょう。自分の主張だけを武器に、人々を魅了し、頂点で纏める資質など、貴方にはないのです。」
「言ってくれるね。でも、それは僕にも分かっているよ。しかしそれに何の問題がある? 復讐心からで結構じゃないか。僕達は今の政府を変えられればそれでいいのさ。さっきも言っただろう、壊しさえすれば、自然により良い形に戻ると。」
「自然により良い形ですか? ふふっ、そんな事を言いながら貴方の言葉には自分の理想が見え隠れしています。本当の自由と平等。それを貴方自身で定義してしまっているのです。そうしたい、そうなるべきだと貴方は思っている。自然に任せたいなんて考えてはいない。アレン達にも長々と、貴方自身の下らない持論を誇らしげに語っていたではありませんか。貴方は本当はそうしたいんです。でも、自信がない。だから自然に任せるなんて言ってその自信のなさを誤魔化しているんです。そう言って、逃げ道を作っているんです。」
「それは君の妄想だ。確かに持論はあるよ、だがそれが人々に取っての自然から行き着くものだと信じているから言っただけだ。人は皆、自由の中で結局はそういう形を望むだろうとね。」
リアの追求を、妄想だと切り捨てたセイルの口調は厳しいものだった。先程の諭すような口調も、おどける様な気安さもない。蒼き鷹のリーダーとしての風格が全面に出ていた。しかし、そんなセイルと相対するリアは、そんなセイルへと冷たい視線を向けたままだった。そして、クスリと笑う。
「……ふふふっ、そう信じているなら何故真正面から戦わないのです?」
「……何?」
リアの無表情が、嘲笑に歪む。侮蔑や嫌悪、汚らわしいものを見るような冷たい目。それら全てがセイルの風格と自信の仮面を見透かすように向けられる。そのリアの言葉が、間違いなくセイルの心の内を突いていると、セイルの硬くなった表情が示していた。
「貴方は恵まれています。大統領の息子、大企業の社長、頭も回るようです。ルックスも、私は反吐が出ますが、大衆にはウケがいいのでは? その上、これだけ大々的に動いても共和国政府が直ぐに逮捕に動けない程の権力もある。」
「……今更褒め殺しにもなっていないね。何が言いたい?」
「あははっ、もう分かっているのでしょう? 貴方は充分過ぎる程に、政治家になるための条件に恵まれているじゃないですか。共和国政府の内に入り、真正面から戦う事が出来る。本当に人々がそれを望んでいるのなら、わざわざ革命を起こさなければならない所に貴方はいないのです。……ねえ、何故そうしないのです?」
「……………。」
セイルは言葉を発しなかった。ただ、先程とは打って変わった形相でリアを睨みつけている。リアが言っている言葉の意味を、彼は理解していた。そんな沈黙するセイルに対し、リアは嘲笑を止めない。
「ふふっ、言ってあげましょうか? 貴方は分かっているのです。」
「……黙れ……。」
「どれだけ頑張っても、どれだけ成果を残しても……。」
「黙れっ……!!」
「同じ舞台じゃ、何一つお父様や妹さんに勝てやしないんです。」
「黙れええええええええええっ!!!!!!!!!」
制止も聞かないリアに、セイルの叫びが銃口と共に向けられた。セイルの懐から取り出されたその拳銃はリアの頭を捉え、微動だにしない彼女と向き合う。
「……どうやら、本当に殺されたいらしいな。」
「出来るんですか? お父様や妹さんと真っ向から戦う事を恐れるような臆病者が、他国への協力を取り付けられるとでも? 民衆を味方に付けられるとでも? そもそも、本当に貴方如きが練った策で、そんな優秀な方達に勝てるんですか?」
「あいつらは関係ない!! 僕は政治家よりも効率的な手段を取ろうとしているだけだ。そもそも何故あいつらの話が出てくる!! 推測だけでものを言うな!!」
「ああ、そうなんですか。でもそれなら、最初から私なんて狙う必要ないじゃないですか。ほら、貴方の立派な求心力で早くお国を変えないと。優秀な貴方は非効率が許せないのでしょう? 私などに構って、こんな遠い国まで態々ご苦労さまです。ほら、早くお家に帰りなさい。」
銃口を前にしても、リアは一切態度を怯ませない。相変わらず地面に座り込み、顔色も悪かったが、それでも視線は逸らさずにセイルに対して堂々と言葉をぶつけた。
「………もういい。」
「あら、帰る気になりました?」
「ああ、どうやら話が通じない様だからね。……ふん、君は単なる保険程度に考えていただけだ。もう既に、共和国の軍部の情報は抑えている、兵力の引き抜きもね。協力国にも話は通してある……これだけ勝算があれば、多数の国が参加する事だろう。各国の機密も握っているしね、今更ダメ押しも必要ないさ。」
「そうなんですか。それは良かった。言い訳は聞き苦しいので、もう良いですよ。」
「………生意気な餓鬼が。」
セイルはもう取り繕う振りすら見せなかった。最初の余裕はとうに無く、リアを威圧するように厳しい視線を向けていた。そこには明確な敵意が存在した。リアは、そんな敵意すら意に介した様子もなく、ふと横に首を向ける。そこには自分が家族と呼んだ、家臣達が居た。
「皆さん、御免なさい。私達は皆助かりません。」
「フィリア様……。」
「それは申し訳なく思います。従っていれば、助かったかもしれませんから。」
そう言って、リアは目を伏せた。自分の発言が、皆の命を奪う事は間違いない。人として、家族として、最悪に近い選択をしたのだと自覚していた。
「でも、私は皆の主である誇りを失いたくありません。皆に支えられて来た自分自身を貶めてまで生きたくありません。だから……。」
そして、リアは微笑んだ。
「勝手ですが、皆の主で居られた幸せと一緒に、死なせて下さい。」
「……っ……はいっ……。」
「……仰せのままに。」
その笑顔に、恨み言の一つも出なかった。そして、リアはセイルに向き直る。家臣達に向けた表情とは打って変わった、侮蔑の笑みで。
「別れの挨拶に水を刺さない点だけは、評価してあげます。」
「君の頭の真ん中に撃ち込みたかったものでね。」
「下らない優越感でも味わいたいのですね、小さい人。」
「…………。」
リアは最後にそう毒突いて、瞳を閉じた。短い人生だったが、そう悪いものでもなかったなと思いを馳せながら。
そして、セイルの指が引き金を引いた。
---
----
-----
大きな銃声が響く。
痛みはない。案外即死なんて、こんなものなのかも知れないとリアは内心で苦笑していた。
ただ沈黙だけが支配する。家臣達の悲鳴もまた、聞こえない。
そして数秒の間の後、リアはそっと瞼を開いた。
「………え?」
目の前に、手がある。何かを掴むように握り締められた拳が、リアの前で静止していた。そして、頭に、何か暖かいものが乗せられる。
「まさか、ここまでとはな……やるじゃないか。」
「…………え、っと……。」
そのまま頭をくしゃくしゃと撫でられる。そこで初めて気付いた。この頭に乗せられているのは手だ。目の前で、何やら機嫌が良さそうに微笑んでいる青年の。そして、彼は拳の中にあった銃弾を手の平の上で転がすと、興味を失った様に無造作に投げ捨てた。
「………司羽君、何をしているんだい?」
「何って、見て分かるでしょう。」
司羽は興味もなさそうにその問いに答えると、呆然とするリアに目線を合わせるようにしゃがみ込んで、言った。
「お疲れさん、後はそこで見物してな。」
その言葉と同時に、パチンと司羽の指が鳴る。
悪い夢から覚ます様に、高い音が夜闇に響いた。