第8話:課外学習に御用心(準備編)
「おーい、ルーン。飯出来たぞ、起きろ。」
休日に行った簡単な会議の末、食事の支度は当番制になり、今日は司羽の番だ。そしてルーンを起こす為に自分の寝室に行くと言う行為に疑問を持ちながらも実行し、今に至る。というかもう直させるのは諦めた。朝にはいつの間にか来てるし。何故か接近に気付けないし。
「うー、司羽……もう食べられないよ……。」
「おい、朝食を無駄にする気か?」
と、ルーンの寝言にツッコミつつも布団をはぎ取る。……全く、少し服が開けてるし。ルーンに恥じらいなんて存在しないらしいな。年頃の少女としてそれはどうなんだ。
「あう、寒い……。」
「ほら、さっさと起きろ。遅刻するぞ。」
「やだよー、眠いよー、ご飯食べさせてー……。」
「分かった、朝食は抜きだな。」
「うぅ……。」
そう言うとルーンは渋々と言った感じで起きた。髪がボサボサになっていて、小さく欠伸をする様にはまだ寝ていたいと言う願望が張り付いている。というか立ったまま寝るなよ。
「司羽おはよー……。」
「はいはい、おはよう。さっさと飯喰って行くぞ。」
そういうとルーンはフラフラとリビングまで歩いて行った。途中途中睡魔に負けそうになるので後ろから叱咤しつつだ。
「全く、あの寝起きは何とかして欲しいな……。」
司羽はそう言って嘆息した。その願いは結局叶わないんだろうなぁ、と、若干諦めにも似た感情は吐き出す事が出来なかったが。
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「くそっ、今日は間に合うと思ったのに。飯食いながら寝やがってぇぇぇ!!!」
そんな朝の光景を経て、今日も今日とてルーンを背負って街中を全力疾走。ルーンは穏やかな寝息を立てている。気を付けて運んでいるからか、背中はなかなか快適らしい。
「くそっ、このままじゃギリギリ間に合わないか……? 流石にあの距離を三分じゃ無理か……、この速度でも我ながら人間業じゃないがな。」
司羽が校門を抜けると同時にチャイムがなる。もう普通なら間に合わないだろう。……まぁ、緊急事態なので周りの目と行儀は無視の方向だ。
「よし、アレをやろう。」
司羽はそう言ってルーンを背負い直した。ルーンは軽いから、途中で自分のバランスが崩れる事はないだろう。このくらいの軽業なら眼を瞑っていても出来る筈だ。そんな思考をしつつ、司羽は目的地までの道順を脳内地図に描いた。
「よっと。」
先ずは走りながら、近くに植えてある木に向かう。その後、木と壁を三角跳びで上がって行き、教室の空いている窓の近くに接近。窓に手をかけそのままの勢いで一回転しながらダイナミック侵入、窓に着地してからルーンを速攻で席につかせて、流れる様に自分も席についた。
「ま、間に合った……。」
司羽はそう言ってため息をついた。周りから聞こえてくる拍手が気持ちいい。
「本当に、朝から元気ねぇ……。」
「ん?」
机に伏していた顔を上げると、そこには昨日二日酔いしていた少女が立っていた。凄く呆れた顔をされている。
「ミシュ、なんでここにいるんだ?」
俺がそういうと、当人ミシュナは少し困惑した様に言った。
「今日学院に来たら、いきなりマスターにここのクラスに行けって言われて……。何かこの先生方も『お話は聞いています』って、一体なんなのよ……。訳分からないわ。」
俺の時と似た様なものな気もするが、そういえば、確かミシュって最低ランクのクラスだった筈じゃなかったか? ……マスター、貴方は本当に何者なのですか。まぁ、なんか偉い人みたいだよなぁ。
「でもミシュは元々サボって下のクラスだったわけだろ? 周りから目の敵にされなきゃ良いけど……。」
「……私、入替え戦は全部棄権するわよ……?」
ミシュがミリクとシノハに向かってそういうと、二人は困った様に唸った。
「上からの命令で、本人がやりたくないならそれでも構わないって……。」
「司羽君の事といい、何でこんな事が続くのかしら? トラブルの原因になるっていうのに。」
二人も困った様に頬に手を当てた。そうしているとルーンが呻き声(?)を上げて眼を覚ました。
「……此処は………何処……?」
「学院だ。」
ルーンはまだ少し寝ぼけているらしく、ボーッとした視線で俺を見た。ちゃんと整えて来なかったので金髪のロングヘアーはまだ少しボサボサになっている。
「それじゃあ司羽、一緒に二度寝しよ……。」
「どうしてそう言う結論に至るんだ? そもそも回数が違うぞ。ルーンは三度寝だろ……?」
一緒に二度寝発言に教室内の数人が眼を輝かせたがスルー。俺は溜息をつきながらルーンのボサボサの髪を家から持って来た櫛で梳いた。んー、髪質良いなぁ。
「本当にマイペースよね……首席も司羽も。案外お似合いかも知れないわよ?」
それを見たミシュが呆れたように腕を組んでそんな事を宣った。ルーンとかぁ……まぁ、朝が大変そうだけど。それにこんなにボサボサな髪の状態で学園生活を送るとなっては、色々と不味いだろう。ルーンは女の子なのだから、身だしなみはきちんとしないといけない。
「……まぁ、それはいいとして。ミシュもこのクラスに編入する事になるんだろ?」
「まぁ今までの事を簡単に言えば、そう言う事になりますね。」
ミリクがいつもの調子で笑いながら言った。ミシュはまだ少し納得いっていなさそうだが。
「そうか、まぁ宜しくな、ミシュ。」
「ええ、私は授業には出ないけどね。」
司羽の発言に対してミシュナが軽く流す様にそう言うと、ミリクの後ろに控える様に立っていたシノハの瞳がキラリと光った。
「ほぅ? 私の前で断言するとは随分と度胸がある生徒だな。これは鍛えがいがありそうだ。」
「え…………?」
ミシュナの発言に対してシノハはククッっと怪しく笑ってそう言った。成る程、この人は熱血タイプの人なのか。どうやらミシュもそれに気付いたらしく、失敗したと言うように眼を逸らしている。
「私のクラスでサボりは許さんぞ……? もしサボったら放課後に私が1対1で授業をしてやる。いや、どうせだし司羽も一緒にやるか。連帯責任というやつだ。」
「うっ……。司羽、先に謝っておくわ。」
「何故に俺が……!?」
そんな疑問に答えてくれる人もなく、なんだか悲しくなった俺は、取り敢えず現実逃避の代わりにルーンの髪を整えるのであった。………はぁ……。
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「それでは、今度の課外学習についての説明を始めまーす。」
「……課外学習?」
前に立つ二人の教師に向かって疑問を投げ掛けると、シノハが答えた。
「ああ、司羽は新しく入って来たからな。この学院では年に何度か課外学習をするんだ。まぁまだ年齢の低いやつもいるから泊まり込みの遠足みたいなもんだと思うと良い。連帯感を高める為の学習だ。」
「ああ、なるほど。遠足ですか。」
課外学習か、この世界で知ってる所が少ないのも確かだし、良いかもな。
「と、言うわけで。今回行く2泊3日、エアテル魔法旅館での行動班と就寝班を造りましょう!! ふふふっ、司羽君はちょっと来て下さいね♪」
「はい。……って何か嫌な予感がするんだけど。」
「ほらほら、早くしなさーい。」
ミリクの言葉と同時に全員が動き出すし。それと同時に、司羽もミリクに呼ばれて廊下に出た。
「……なんですか?」
「……なんでそんなに疑わしげな眼をするんですか? ……まぁ、良いです。それと言うのも就寝班の事についてなのですが。」
まぁ、男は俺だけだからなんとなく分かってたけど。男が筋力が上がる代わりに女は魔力が強くなりやすいってのは昨日言われたが、それがクラスに男が少なくなる原因だし、なんだか不便だな……。
「……俺は一人でも平気ですよ?」
「いえ、そう言うわけではなくてですねぇ。つまり、私が言いたいのは……。」
ミリクはニコニコ笑いながら教師にあるまじき言葉を言った。
「避妊はしなくちゃ、めっ。ですよ?」
「……はぁ?」
「ですからぁ……。」
ミリクは困った子供を見るような笑みを絶さないで人差し指を立てた。いや、なんでそんな優しい眼をされなくちゃいけないんだろう。
「どこに夜這いを掛けるにしろ、ちょっと問題の収拾がつかなくなると困るので♪」
「………あんた、教師やめちまえ……。」
嬉しそうに言うミリクに、司羽は呆れながらも毒づいた。
「教師なんて仕事は止められませんよ? 折角生徒達のあられもない姿を拝めるんですから……ふふっ、こんなに良い職業簡単に止めるわけありません。」
「……………。」
本当に良い笑顔でそう言い切ったミリクに司羽の表情は思いっきり引き攣った物になった。こんな教師居ちゃいけない……。様子を見に来たシノハも呆れた様にミリクを見ていたが、ミリクは全く気にしていない様だ。
「ミリク……。」
「ああ、シノハちゃんも心配しなくてもいっぱい構ってあげますから♪」
「なっ!? い、いや、そうでなくてだな……。」
「ふふふっ、シノハちゃん。私が忘れられない課外学習にしてあげます……楽しみですぅ……。」
妖しく笑うミリクにシノハはたじろいだ。まぁ二人共楽しそうだし、俺はそろそろ退散しよう。司羽はそう思って早々にその場を立ち去った。
「お、おい司羽!! お前、一人だけ助かる気か……!! ……っ……ミリ……やめっ……はぅ……。」
さあ、十八禁になる前に退散、退散。シノハ先生は犠牲になったのだ。