第81話:蒼き鷹の見る夢 -熟練と開花-
実質的に第80話の分割投稿と思ってください。これからは毎月26日を期限として(その前に投稿出来ればします。)投稿しますのでこれからも御愛読宜しくお願いいたします。
「はっ……はぁっ……。」
「落ち着け、いつものランニングのペースで走るんだ。この森の中でなら、少しずつ動くだけでもかく乱になる。」
「は、はい!!」
森の中へと駆け込んだ二人は、相手の位置を探りつつ、少しずつ森の深部へと走っていた。相手も人払いをしてからこちらの気配を特定したところを考えるに、この森の特異性には苦戦しているのだろう。つまり、こちらの居場所はそう簡単に特定される事はない。少しペースを落として体力を温存するくらいの余裕はある。
「敵の気配は……何となく私達が通ってきた道が変な感じですね。距離はさっきと同じくらいですが、後ろの方です。」
「後ろか……さっきよりも公園から引き離すことには成功しているな。と言う事は、完全にこっちが狙いだって事になるが。」
「そうですね、でもどうしてこんなに正確に付いて来てるんでしょうか? 向こうはこっちの気配が掴み難い筈なのに。」
「気配じゃない、恐らく俺のせいだろうな。魔法で警戒しながら逃げているせいで、こっちの居場所は分からなくても通ってきた道は分かるんだろう。魔力の残滓を頼りにしてな。」
ジナスはそう言うと、チラッと後ろの方向を見た。いくらこの森が特殊だとしても、そう言った部分まではどうしても隠しきれない。
「なるほど……でもそれなら魔法をやめちゃえば撒けるって事ですか?」
「ああ、だが今は駄目だ。向こうを完全に撒いてしまっては意味がない。フィリア様が異常に気付いてお逃げになるまでの時間を稼いでからだ。少しでも公園から引き離す。」
「あ、そっか。囮になってるんですね。」
もしこちらが完全に追えなくなれば、その目標をフィリアに変更するかも知れない。何故今こちらを優先しているのかはまだ不明だが、引き離せるものなら引き離してからフィリアの元へ行くべきだ。
「そういう事だ。……そろそろ、人数が分かったりしないか?」
「うーん……すいません、そこまではどうしても……。」
「いや、仕方がない。これで充分だ。さて……これからどうするべきか。」
ナナをアレン達の元へ向かわせると言う当初の予定は、ハッキリ言って今は厳しい。ナナが居なくなった瞬間に相手の気配を探る事が出来なくなるのだ。そして、理由はそれだけではない。
「お姉ちゃん達の所に連絡に行きますか?」
「いや、駄目だ。」
「何故ですか? アレンさんもいらっしゃいますし、皆でまとまった方が……。」
「ナナの言う通りだが、今単独行動は危険過ぎる。フィリア様が狙われて助けに入るという状況ならそれがベストだが、今は俺達が追われていて、尚且敵の位置に関しても確定で分かるわけじゃない。分散した瞬間に各個撃破されるのはまずい。敵があいつらだけだとは限らないんだ。それに、アレン達もアレン達で狙われている可能性が高い。下手をすれば、邪魔になってしまうかも知れない。」
「そ、それは……確かに、私は一人で敵に出くわしたらどうしようもありませんし、お姉ちゃん達の邪魔になってしまうかも知れませんけど……。」
「そう自分を卑下するな。今だって充分に役に立ってくれている。確かに当初の予定とは違うが、まだお前に戦闘は早過ぎる。もう少しして敵の動きが変わったら、その時は二人で敵を撃破するかアレン達を呼びに行くんだ。焦ってリスクを取った結果、全滅したら誰がフィリア様を守るんだ。」
「……そうですね、すいません。」
歯痒いが、ジナスの言う通りだ。相手がフィリアだけを狙っているならまだしも、こちらも狙われている以上単独行動は各個撃破の的にしかならない。ジナスも、敵の動きが把握し難くなるのは避けたいはずだ。なんせ敵が追うのを諦めてフィリアを狙いに行ったら、それを助けに行く必要があるのだ。ジナスだけになってしまってはそのタイミングも掴めない。
「……とは言え、いつまでも敵の動きの様子見をするのも進展がないな。」
「えっと、敵はまだ……後ろを付いて来ていますね。正確な数は分かりませんが、増えても減ってもいないと……思います。」
「そうか。」
そう言ったっきり、ジナスは黙り込む。次の手をどう打つかを、冷静に考えながら森の中を最小限の体力で走り続ける。何にせよ、いつか攻勢に出なければいけないのは間違いないのだ。時間を稼ぎ、敵を撒いて、尚且奇襲に繋げる事が必要になる。そうでなければ、フィリアを助けに行くことが出来ない。
「………じ、ジナスさん。真正面から戦って勝てるのでしょうか?」
「……難しいだろうな。相手が一人でないなら、奇襲でもなんでもして数を減らしてからでないと不味い。相手の力量は不明だが、プロである事は間違いない。」
「で、ですよね……正直私も、まともに一人相手に出来るかどうかも自信がありません。」
気術も、少しは使えるようにはなった。だが、立ち回りや体力面、そして戦いと言う物に対する精神の持ち用に至るまでナナはまだまだ未熟だった。覚悟だけで勝てるほど戦いは甘いものではないと、司羽から何度も言われている。
「ふっ、そう気負うな。奇襲で数を減らせば俺一人でも相手は出来る。ナナはそれまでサポートに徹してくれればいい。態々危険な目に合う必要はない。」
「そ、それは……。」
ジナスは簡単にそう言うが、それがとてもリスクのある作戦である事はナナにも分かる。ジナスは、ナナにリスクを負わせない為に自分が危険な目に遭おうとしているのだ。……だが、そんな作戦で本当に勝てるのか?
「ナナ、お前はもう立派な家臣だ。だが、戦うだけがその役目ではない。」
「…………。」
シュナが言っていた。戦いにおいて最も大切な事は生き残る事だと。しかし今回はそうはいかない。敵を倒さなければフィリアや他の仲間に危害が及ぶ可能性がある。叩けるだけの数はここで叩きたい。……であれば、ジナス一人にリスクを負わせる甘い作戦では到底目標は達せられないのではないか。自分もまた、命を賭けないと。それが結果的に、全員で生き残る事に繋がると思うから。
「………ジナスさん。」
「どうした、何か思いついたか?」
「はい、私に作戦があります。危険かも知れないですが、試してみたいんです。二人で生き残る為に。」
「…………。」
この期に及んで、甘えてばかりいてはいけない。勝つために足りない分は、別の物で補わなくては勝つ事は出来ない。大切な物を守るために、足りない分は全てを賭ける。それが無用のリスクと取られても、ただ一人安全な場所で応援している立場に、もう甘んじていられない。
不自然な程に静かな森の中、一人の少女の瞳の奥で、紅く輝く炎が輝き始めた。
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――――――
――――――――
「キラ、掴めたか?」
「いや、駄目だ。魔力の残滓を追うしかないな。」
ナナとジナスから多少の距離を空け、二人の男は走りながら事務的な短い言葉を交わした。キラと呼ばれた方の一人は、少しだけ伸びた黒髪の碧眼で、170センチ程度の背丈。服装に関してはローブのようなマントを纏っていて、右手には派手な指輪が5つ。そんな冷静そうな顔立ちの男だった。道に残された魔力の残滓を読み取り、表情を変えずに、淡々と現状の結果だけを告げていた。
「くそっ、めんどくせえ森だな。気配が全然掴めねえ、霧の中みたいだ。キラでも掴めねえのかよ。」
「悪いな、ユウキ。だが、この魔力は恐らく敵のジナスと言う男だろう。魔法にも武術にも長けた知将だと言う話だ。」
「……ああ、確か報告書にあったな。だが流石だぜ、良く魔力だけで分かるな。」
ユウキと呼ばれた男は、感心したような声色で相棒を称えた。赤茶髪のツンツン頭の青年で、瞳は金色に輝いている。背はキラと同程度で、背中に槍の様な魔導器を背負っていた。キラとは対照的に自分の思っている事が顔に出やすいタイプなのだろう。先程からコロコロと表情が変わっていた。
「魔力で分かるのは男か女かくらいだ。だが恐らくこれは周囲からの魔法攻撃に対する察知の魔法だろう。さっきの狙撃の件もあるし、まず間違いない。男で魔法に秀でているのはアレンとジナスの二名だが、アレンの方は余りこういった探知魔法は使えないと聞いている。それにこれはかなり丁寧に練られた魔法だ、一夕一朝の技術ではない。」
「そこまで分かれば充分だ。……んで、これがその知将さんの魔法だったら、素直に追っても良いのか? 罠ってことは……。」
「分からん、だが俺達は公園で警護していた二人を確実に仕留めるのが役割だ。向こうからの奇襲にも気を配る必要があるが、基本は追うしかないだろう。」
「……難儀なこって。どうせなら女の尻を追っかけたかったね俺は。」
キラとユウキもまた、この森の特異性に苦戦しながらも警戒を忘れていなかった。追うものが何時追われるものになるか分からないのが戦場だ。不意打ちが失敗した以上、こちらの優位性はもうない。追う立場であろうと、警戒はするに越したことはないのだ。
「ジナス以外のもう一人……魔法を使ってくれないと完全な特定は難しいが、予想では恐らく子供だ。」
「はぁ!? 子供って……あれか、あの十四、五歳くらいの双子だかっていう。くそっ、胸糞わりい。」
「任務だ。それに、公園で気配を探った時にそう感じただけだから確定ではない。」
あの場に人払いの魔法を使ったのはキラだった、だからその際に相手の気配を探る事が出来た。背の高い大人の男と、背の低い子供の女。ユウキは土から出た木の根を飛び越えながら、露骨に嫌な顔をした。
「俺は嫌だぜ、任務っつっても子供は殺したくねえ。」
「今更そんな事を言われてもな……まあ、状況に寄るとしか言えん。脅威になるなら排除するだけだ。」
「分かってるよ、ちょっと言ってみただけだ。」
「……甘さは捨てろ、お前が死ぬぞ。勝手に死なれるのは困る。」
「ああ………。」
キラとユウキはそれだけ言葉を交わすと、無言で森を駆け抜けた。何にせよ、今は追う。追い詰めて、任務を達成する。最優先は任務の達成と、自分の生還だ。
「むっ………止まれ。」
「おっと、どうした?」
「魔力の残滓が消えた。」
キラが答えると、ユウキは面倒そうに頭をポリポリと掻いた。つまり、撒かれたと言う事だ。
「おいおい、やっぱ気配も探れねえ状態で突っ込むのは無理があったんじゃねえの?」
「かも知れん。だが、相手が一箇所にいるならまだしも、移動されていては人払いで気配を浮き彫りにするのも無理だ。」
「……まあな。取り敢えず、この辺りだけでもやってみるか? もしかしたらこの辺りに隠れてる可能性もあるし。」
「そうだな、試してみるか。」
撒かれる可能性は考えていた。この森の感覚異常の前では追う側は明らかに不利だ。その上、野生の生物達の気配がそれを妨害しているのだ。元々成功率の低いミッションだった。
「まあ、『姫様からあいつらを引き離す』って目的は達成したしな。」
「ああ……。よし、やるぞ。」
キラはその場で意識を集中し始める。範囲は大体一キロから二キロ四方と言ったところ。キラの魔法でギリギリ気配を探れる範囲だった。そして、詠唱を始めた……その時だった。
『聖者が興す聖域の宗教。我ら以外の立ち入りを禁ずる。』
「っ!? キラ、来るぞっ!!」
「うおおおおおおおおおっ!!!!!!」
「くっ、上からだと!?」
突如、静かな森に雄叫びが響いた。
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「うおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」
ガキイイイイイイッ!!!!
近くに立っていた巨木の上から、ジナスはキラを目掛けて一気に飛びかかった。詠唱中だったせいもあり、反応が遅れたキラにジナスの魔法で巨大化した大剣が振り下ろされる。
「ぐ、ぐおっ……なんつー馬鹿力だ……。」
「ユウキ、すまん!!」
それを受け止めたのはユウキの槍だった。上空からの落下を利用した重い一撃が、ユウキの手に鈍い痺れを起こさせる。怯んだユウキの隙を見逃さず、ジナスは再び叩きつけるように大剣を振るう。
ガァンッ!!
「フィリア様と私達を引き離すのが狙いだったか!!」
「くそっ、こいつ……大剣のスピードじゃねえ!!」
「離れろ!! 『怨』!!」
「ぬうっ!?」
苦戦するユウキをサポートすべく、後ろに下がったキラの手から何か呪符の様な物が上空に放たれる。そしてその呪符はジナスとユウキの真上で一旦止まり、直ぐにジナスに向かって直進してきた。
「はあっ!!」
ジナスは一旦ユウキから距離を取ると、追尾してくるそれを刀で切り裂いた。その呪符は、切り裂かれた瞬間、火に包まれて消失する。
「刀になったっ!? あの大剣、変化系の魔法武器か。」
「ふん。そう言う貴様の槍も魔導器だな。見たことがあるぞ、共和国の東部で主流の、魔法を打ち消す解魔の槍だ。そっちの男も東部出身か、簡易魔法を呪符に頼りつつ威力を上げるインスタントと呼ばれる手法だな。最大の特徴は、詠唱をしながら簡易魔法を使える点だな。その右手の5つの指輪が札の生成源か。」
「……こいつ、見ただけで……。」
「やはりか、元王女親衛隊兼、側近医師のジナス=アルタ。お前を引き離せたのは僥倖だった。」
ジナスとキラとユウキ、三人の男が睨み合う。ジナスの奇襲は、敵の能力を引き出し分析を可能にしたが、仕留めるとまではいかなかった。
「女はどうした、あの背丈だと子供の様だったからな……逃がしたか。」
「ふん、どうかな。貴様らの相手は俺一人で充分だ。早々にフィリア様の元へ行かせてもらう。」
「はっ、悪いがこっちもそう簡単にやられはしないぜ。俺達相手に二対一で勝てると思ってると、後悔するぜ?」
「ふん、その心配は無用だ。直ぐに終わらせる。」
ジナスは言うと同時に刀を大剣に変え、一瞬で敵との距離を詰める。アレンも使った簡易魔法、だが、起こす攻撃は同じではない。
「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」
ドガッ!!
「ぐああああっ!!!!」
剣撃ではない、重さを活かした猛チャージ。それを真正面から受け止めたユウキは、その勢いに押されて後ろに吹き飛ばされる。
「『破』っ、『制』っ、『解』っ!!」
「ふんっ!!」
瞬時に大剣は刀に代わり、先程とは違って素直に真っ直ぐ迫る三種の札を切り払う。炎に包まれて燃える札。しかし、その結果は先程とは違った。
「ぐっ!?」
「ユウキ!!」
「はああああああああああっ!!!!!」
一瞬、ジナスの動きが鈍くなる。恐らく先程の札の一つの効果なのだろう。罠になる札を攻撃の札に混ぜられていた。そしてその隙に、今度はユウキが物凄いスピードでジナスへと突進を繰り出した。
「やらせるか!!」
「くそっ、あれを食らってもう動けるのか!!」
ユウキの槍の先端を、刀を使って横に流す。受け流し。単純な技術だけならば、ジナスはアレンの上を行く。
「『制』っ、『解』っ!! 『我らの聖典に悪はなし!! 太平に轟く正義と知れ!!』」
「くっ、こいつら早い!!」
再びキラの手から札が放たれ、一瞬の隙もなく続け様に魔法の詠唱が開始される。集中を必要としない札のお陰で魔法構築のスピードが並外れて早かった。直進する札を避けながら、ジナスはユウキをキラとの間に挟む。
「『天罰!!』」
「何っ!?」
キラから放たれた雷の如き光は、死角だと思っていたユウキごとジナスを巻き込んで行く。咄嗟に大剣で防御をするも、その光は大剣すら貫いてジナスに命中する。痛みはない、何か特殊な魔法なのだろう。
「おっしゃ行くぜえええ!!」
「ちいっ、舐める……なっ!?」
ズシリ、とジナスが持つ剣が異様な重さを持っていた。魔法で筋力を強化しているにも関わらず平時の二倍程度に感じてしまう。これは、恐らく先程の魔法が何らかの影響を及ぼしているのだとジナスは即座に理解した。
ガキィィィィ!!!
「はっ、重いだろう!! 残念だが俺の槍には魔法は聞かねえ!!」
「くっ、なるほどな。武器に対しての魔法か!!」
「俺らのスピードについてこれるか、おっさん!!」
「『怨』、『怨』、『怨』っ!!」
「ちっ、どけえええっ!!!」
「くっ、馬鹿力過ぎるだろ!!」
ユウキの槍の猛攻を何とかいなしつつ後退するジナスに、ユウキの後ろから回り込む様に札が迫ってくる。最悪のタイミングだった。なんとかユウキの槍を払いのけて札を切り払うべく刀を構える。だが……。
「甘い。」
「ぬおっ!?」
札の三枚の内の二枚は切り払えたものの、一枚だけ途中で止まってタイミングと軌道を変えて迫って来た。返し刀で切り払おうにも、刀が重すぎて思うように操れない。そして、回避不能の一枚がジナスに直撃する。
「ぐおああああああっ!!!!」
「やれ!!」
「止めだ、おっさん!!」
直撃した札が、ジナスの全身に痺れをもたらす。それ自体に殺傷力はない。しかし、体が思うように動かない。完全に行動を封じられた。そして、ユウキの槍がジナスへと一直線に迫る。高速の一撃、これもまた、ジナスにいなす術はない。タイミングが完璧に合った必殺の一撃だった。その一瞬の間の出来事だった。
「はぁっ!!」
「上だっ!!」
「なっ、くそ!!」
木の上からユウキに向かって飛び掛る人影、止めを刺すタイミングで急に入った横槍。キラの声にユウキの体が咄嗟に防御姿勢を取ろうとするが、先程のジナスの一撃の記憶が、ユウキを後ろに回避する事を選択させた。……しかし、その重い重い一撃は振り下ろされる事はなく、ユウキ達とジナスとの間に、一人の少女が降り立っただけだった。
「ジナスさん!!」
「ぐう……な、ナナか。済まないな、助かった。」
「………ちっ、子供か。」
「済まない、一瞬でそこまで判断出来なかった。」
「いや、ナイスプレーだキラ。万が一って事もあったんだ、助かったぜ。」
ナナは衝撃を和らげるように膝を曲げて地面に降り立つと、ジナスの傍に駆け寄った。そして、ジナスが取り落としていた刀を拾って、ジナスに手渡す。
「……どうぞ、これで平気ですか?」
「ああ、完璧だ。良くやってくれた。」
「見損なったぜ、そんな子供を戦闘に参加させるなんてな。」
「……あの子は、ナナと行ったか。戦闘能力はない筈だが、機転は効くようだな。全く気が付かなかった。」
ジナスに刀を渡したナナは、自分達を睨みつける明確な『敵』に、恐れる事もなく睨み返した。震えそうになる足を、無理矢理心で押さえ込む。
「……私だって、貴方達の邪魔くらい出来ます。ジナスさんを置いて一人で逃げるなんて、絶対に御免被ります。」
「……そうかい、そりゃあ悪かった。確かにお前を逃げたものだと思い込んだ俺達の落ち度だ。」
「そうだな、認識を改めさせてもらう。」
凛とした表情で言い放ったナナに、キラとユウキも油断の表情はない。やはりプロなのだとナナは思った。少しでも油断してくれればと期待していたのだが。……敵に勝つには、油断をつく以外に作戦を立てなくてはならない。
「ナナ、下がっていろ。」
「………はい。」
ジナスは呼吸を整えると、再び大剣を構えてナナの前に出た。大剣の構えは先程よりも低い。重さが違いすぎて、普段使っている武器と同じようには感じられないのだろう。
「お嬢ちゃん、逃げるなら追わねえぜ?」
「逃げはしません、役に立たなくても、傍にいることは出来ます。」
「………もったいねえ。良い女になっただろうに。」
「ユウキ、まずは……。」
キラとユウキはアイコンタクトで意思の疎通を一瞬で完了させた。情報、攻撃、コンビネーション、あらゆる点で素早く、正確な事が二人の武器だ。
「遠慮はしねえぞ!!」
「うおおおおおおっ!!!!!」
ジナスとユウキ、双方の武器が一瞬で打ち合わされる。だが、威力ではジナスのチャージの方が圧倒的に上だった。
「ぐああああああっ!!!!」
「真正面から打ち合うな!! 『制』、『解』、『破』っ!!」
「ちっ、猪口才な!!」
ユウキを吹き飛ばしたジナスは直様キラの札を避け、相手の隙を探す。だが、
「おらおらおらっ!!」
「『怨』、『怨』、『制』っ!!」
「はぁっ!!」
敵の隙が見つからない、吹き飛ばしても回復までが早く、札の対処をしている間に次の攻撃に入っている。キラの方を狙おうにもユウキの攻撃に対処しながらでは懐に潜り込むことが出来ない。
「はっ!! キラの札切れを狙うのは無駄だぜ!! いくらでも作り出せるからなあ!!」
「ふんっ、それくらい分かっている!!」
キラのインスタントで使われる魔道具は、基本的にその場で作り出す事が出来るタイプの魔道具だ。生成源はキラがしている5つの指輪だろう。普通の詠唱用に使われる物に加え、4つは簡易魔法を簡略化させる札をそれぞれ作り出せる魔導器になっているのだとジナスは推測していた。
「『怨』『解』『制』っ!!」
「ふん、馬鹿の一つ覚えか!!」
ジナスは自分に迫る『怨』の札だけを切り払うと、残りを避けて体制を立て直した。そして、ユウキ方に体制を向ける。そこに合わせたように突撃してくるユウキ。だが、それによりユウキの真後ろには、キラの姿が重なった。ジナスは丁度二人が重なるようにユウキの行動をコントロールしていたのだ。
「『怨』『怨』『怨』っ!!」
「ふんっ、うおおおおおおおおおっ!!!!!!」
「なっ、こいつっ!?」
ユウキの真後ろから迫る『怨』の札。先程と同じ展開。だがジナスは今度はユウキを振り払うのではなく、猛チャージで吹き飛ばした。真っ直ぐと、キラの方へ。キラを巻き込んで吹き飛び、木に当たる二人。だがそれにより、ジナスは札への対処が致命的に遅れてしまった。後ろに飛び去るのではなく、前に進んだのだから当然だ。
「くっ、捨て身か!! だが避わせまい!!」
「舐めるなああああっ!!!」
ジナスの大剣が刀へと一瞬で変貌した。しかし、その重さがジナスの切り払いを阻害する。キラはそれを狙って、各々タイミングをズラしてジナスへと札を殺到させた。
……だが、その思惑は叶わなかった。
「遅いっ!!」
ヒュンヒュンヒュンッ
三度、刀が閃いた。その速度はまさに神速。明らかにあの重量で振るえる速度ではない。だがその刀は事実として三枚の札を完全に切り払った。真っ二つになって燃え尽きる札を見て、キラは信じられないものを見るような目をジナスへと向けた。
「な、何っ、馬鹿な!!」
「くそっ、させるかああ!!」
そして、言葉を失ったキラを守るべくユウキが先に体制を立て直す。まだコンビネーションのパターンを一つ潰されただけに過ぎないと、札に対処したばかりの隙を狙う。
「遅い遅いっ!! ふはははははははっ!!!!」
「なんだ、スピードが元に戻っている!? どういう事だ!!」
明らかに先程までの剣撃のスピードと違いすぎる。これは、一番最初に自分達を圧倒していた時のジナスのものだ。一体何故? そんな事を考えるより前に、ユウキは相棒に援護を求める。
「キラ、もう一度動きを!!」
「無駄です。」
「なっ!?」
有り得ない声が、背後から聞こえる。先程自分の止めを邪魔した、あの幼い子供の声が。そしてそれと同時に、ジナスの剣撃を受け止めているユウキの、そのレザーアーマーの背中に小さな手が触れる。
「終わりです!!」
「何を、うっ!?」
瞬間、ユウキの頭の中が真っ白に染まる。思考が塗りつぶされていく。前後の感覚も、上下の感覚も、声も、匂いも、感触も、全てが消え失せていく。そして最後に、背後で倒れる自分の仲間の姿を視界に収め……そのまま崩れ落ちる様に倒れた。何も……自分が、戦えないと思っていた少女に攻撃された事も理解出来ないままに。
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――――――――
「は、はははっ……や、やった……。」
ぐらり、と膝が崩れ落ちる。目の前で倒れる男二人、自分達の敵を、なんとか撃破する事が出来た。その現実が未だに信じられない。手が、膝がガクガクと震えている。
「ナナ、良くやったな!!」
「じ、ジナス……さん。」
「本当に良くやった。この勝利はナナのお陰だ。」
「しょう……り。そっか、勝ったんだ。」
敵を倒したのだから、自分達は勝ったのだ。そんな簡単な事さえ、ナナは直ぐには結びつかなかった。緊張を無理矢理押さえ込んでいた反動が、今になって押し寄せて来た。
「だが、まさかここまで上手くいくとはな。俺の武器も正常化してくれたのは助かった。気術っていうのは、本当に凄いな。触れただけで治したり、倒すことが出来るとは……。」
「あ、あはは……正常化の方はぶっつけ本番でしたけど、ギリギリで間に合いました。敵を倒す方は……うん、大丈夫、死んでないみたいですね。多分起き上がれる様になるには一日くらいかかると思いますけど。」
「……そうか、偉かったな。」
ポンポンと頭を撫でられる。……単純に敵を倒して勝利した事よりも、殺さずに倒せた事が誇らしい。司羽とミシュナ、二人から受け継いだ力と心を、自分は汚すことなく勝利する事が出来たのだから。
「そ、そうだ。フィリア様!!」
「ああ、直ぐに戻って援護に向かう必要があるだろう。あいつらの話を聞く限り、フィリア様の行動は把握されてしまっている。ナナには連絡に行って貰うつもりだったが……ハッキリいって、この状況では危険な事に変わりはないからな。アレン達も敵に遭遇していると考えて今は俺と一緒に……。」
ジナスがそう言って今後の方針をナナに伝えている、その最中の出来事だった。
「っ!? しまった!!」
「え? きゃあ!?」
ジナスが手に取った剣が大剣へと変貌する。そしてナナの手を取ると、自身の後ろに隠す様に放り投げた。ナナは一体何が起こっているのか分からず、されるがままに地面に倒れ込む。その衝撃に、両目を瞑って。
そしてその次の瞬間、閃光が走った。
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「ぐ、あっ……。」
「じ、ジナス……さん……ジナスさん!!!」
それは数秒の出来事だった。光が走って、それがナナとジナスを飲み込んだ。ジナスは剣と抵抗魔法を使って防御を試みた様だったが……。
「うっわ……生きてるよ……嘘でしょ? 一人は無傷っぽいし。」
「いやー、流石は女王親衛隊。って事はあの国ってこんなのがウヨウヨ居たって事? よく勝てたね共和国。」
「あ……あっ……。」
向こうから歩いてくる二つの人影、二つの声。その事実を理解する事を、ナナの頭が拒絶していた。
「……ちょっと、キラとユウキは大丈夫なんですか? あれ死んでない?」
「大丈夫なんじゃない? いや、大丈夫で居てもらわないと困るけど……特にユウキからは借金返して貰わないと。」
それは二人の女性のものだった。近付いてくるにつれて特徴がハッキリしてくる。顔立ちやスタイルがとても似ている為、恐らくは双子なのだろう。背は150センチから160センチの間程度で、片や金髪、片や銀髪のショートヘアー。瞳の色もそれぞれ金色である為、完全に髪の色くらいしか違いがない。スタイルも平均的な胸囲と体型で、着ている全身マントも二人全く同じ物だ。ここまで一緒だと、髪の色が同じになったら見分けなど付けられないだろう。
「あ、貴方達……は……!!」
「ん? ああ、初めまして、狙撃者のコフィです。」
「その姉のユフィでーす。」
何ともフザけた自己紹介だった。銀髪のコフィと金髪のユフィ、その二人はナナから一定距離離れた場所で立ち止まると、コフィはなんの躊躇もなく、ナナに向かって手に持った杖を向けた。
「あっ……。」
「ごめんねー、私達はその二人程甘くないのよ。いくら子供でも、貴方は危険過ぎるわ。」
『光は恵、光は破壊、その恵を受け取る我らに破壊の力を与えたまえ。』
杖を持っていない方、ユフィが言い放った。そして、コフィに目配せをすると詠唱が始まる。きっと、先程と同じ魔法だ。だとしたら、ナナは避けられない。だって、ナナの後ろには……。
「な……なっ……逃げろ……。」
「っ……!!」
「うわー……本当にしぶとい。コフィ、遠慮しちゃ駄目よ。完全に吹き飛ばしなさい。」
『創造に繋がるその恩恵を受け取る。我ら選ばれし者の前に立ち塞がる者の邪悪なること。』
どうする。どうすればジナスを守れる。そもそもこれは、自分のせいなのだ。ジナスだけなら避けられた筈なのに、自分が警戒を怠ったから招いてしまった事なのだ。
ナナの脳裏に、シュナが言っていた言葉が思い起こされる。確実なんてない、油断をした自分が悪い。そもそも、最初の狙撃はあのキラという男の魔法とは全然違う魔法だったのだ。自分の観察不足、そのせいで……。
『その光の使徒の前に立つ邪悪なる者共よ。愚かにも我らを阻害する者共よ。』
「私が……守ります。」
「やめ……ろ……ななっ……。」
「教官がやってたみたいに、あの魔法を……私が……。」
蛮勇だって、分かっていた。でも、それ以外に方法なんてない。無茶でも無理でも、やるしかない。やらなければ死ぬ。自分と大事な家族が死ぬ。それだけは許せない、逃げられない!!
「馬鹿な子……。」
『大いなる力の前に、後悔と共に叫びをあげよ。』
「っ……!!」
もうすぐ詠唱が完了してしまう。相手の杖の先に膨大な魔力が集まっているのが分かる。姉の魔法よりも、フィリアの魔法よりも強い一撃だと、ナナには直感で分かった。明らかに、自分が見たことのない強さの、異次元の力だと。それでも、逃げられない。そして、完成する。
『我らの前の道を開けよ!!』
「うわああああああああああっ!!!!!!!」
そして、コフィの杖から強大過ぎる魔法が放たれた。ナナの小柄な体を容易く飲み込む大蛇の様な一撃が、ナナとジナスへと迷いなく、一直線に。それが無駄な抵抗だと分かっていても、やり方なんて分からなくても、後ろにいる家族を守らなくてはならないから。ナナは叫び声を上げながら、その大蛇に向かって手を翳す。そんな状況で……ナナは、信じられない声を聞いた。
「見てなさい、こうやるのよ。」
「えっ……?」
不意に自分の手に、誰かの手が重なる。その瞬間、ナナの恐怖や不安はその手の熱に溶かされてしまった。まるで、魔法の様に。でも魔法よりもずっと、優しい気持ちになれた。自分は……この気持ちを、熱を知っている。
そして、大蛇の様な光は、その手の前で消滅していく。その手に触れる事は許されないのだと躾けられている様に。
「なっ、嘘っ、一体何が……。」
「………私の、魔法が……消えた?」
ナナが目を開けると、最初に見えたのは信じられないものを見たような顔で、呆然としている二人の女だった。そして、次に自分の手に重ねられている手を見る。細く、綺麗な手。自分はこの手を知っている。だってその手は、自分の一番の目標で、一番尊敬している人の手だったから。ナナはゆっくりと、その手の持ち主を振り返る。そして、その顔を見た途端。
「あっ……うっ、うわあああああああんっ!!!!」
「……怖かったのね。良く頑張ったわ。もう、大丈夫だから。」
「うぁっ、ぐっ、しゅ、みしゅっ、さ……ひぐっ。」
抑えていた涙が溢れ、体の震えが止まらなくなる。その人の顔を見ただけで、我慢していた感情が爆発してしまう。
「アンタ……誰? いや、確か報告書で……。」
「姉さん、この人……司羽ってやつの関係者だよ。」
「あら……私のことも知ってるのね。それと悪いんだけど、汚い口で司羽の名前を呼ばないでくれるかしら? 私こう見えて、結構そういうの我慢できない性格なの。」
少女は臆することなく二人の女を睨みつける。自分達より年下の少女の筈なのに、何故か睨まれると身が竦んでしまう。その少女には何かがあると、二人のプロとしての勘が囁いていた。
「さて、覚悟はいいかしら?」
「……いきなり出てきて大層なご挨拶じゃない。」
「あら、それもそうね。」
少女は余裕たっぷりにそう言うと、クスリと笑って、優雅に、長く艶のある黒髪を払った。
「ご機嫌よう。私はミシュナ。良くも私の可愛い妹を泣かせてくれたわね。」
そこに立った美しい少女は、大事な妹分の頭を撫でながら、怒りを隠そうともせずにそう言い放った。