第78話:開戦 -記録無き戦い-
「申し訳ありません。忙しい時にこんな我儘を聞いて頂いて……。」
「気にしないでください、フィリア様。私達はフィリア様の家臣……いえ、僭越ながら家族と思っております。」
「そうですよ、フィリア様。もう出国の準備も終わっていますし、出国時間まではまだ余裕がありますから。」
「……ジナスさん、ナナ……ありがとう。」
星読み祭の喧騒から離れた森の中、夕焼け空に照らされながらリアを含む、アレン、ネネ、ジナス、ナナの五人の人影が街の方へと向かっていた。フィリア達の出国予定時間まではまだ時間がある。その僅かな時間に……フィリアには行かなければならない所があった。
「……ルーン……。」
「フィリア様、大丈夫ですか? ご気分が優れないのでしたら無理をせずとも……。」
「大丈夫です、ありがとうネネ。でも、もう最後のチャンスなのです。これを逃しては、もう……。」
「……ならば行きましょう。覚悟は、決まったのでしょう?」
「ええ……ごめんなさい、弱気になってはルーンに笑われてしまいますね。アレンも、ありがとう。」
心配そうにフィリアを気使うネネとは対照的に、厳しいながらも背中を押してくれるアレン。二人共、出国前に一人でルーンに会いにいくというフィリアを心配して真っ先に同行者に名乗り出たのだ。今のこの国には、最も危険な敵がいるからと。
「そろそろ、ルーンとの約束の時間ですね。四人共ありがとう、見送りはここまでで大丈夫です。ルーンとは私一人で合わせてください。」
「……仕方がありませんな。危険だから御一人にするのは気が引けますが……。」
「大丈夫です。もうそこまでの距離はありませんし、何より……この話は、ルーンと二人でしたいのです。いつかはそうしようと、そうしなければならないと心に決めていたのです。」
「……分かりました。しかし、声を上げれば届く範囲に居させて頂きます。」
「ええ、頼りにしていますよ、皆さん。」
本当に優しい家族に恵まれたものだとフィリアは内心泣きそうになる。全ての元凶は自分の血縁、家柄、彼等はそれに巻き込まれているに過ぎないというのに。今までに、彼女らにはどれだけ助けられ、これからどれだけの迷惑を掛けるのか。それなのにこんな我儘を聞いてくれて、自分の心情を理解してくれて、心配してくれて……本当に感謝しきれない。
「………行ってきます。」
「「行ってらっしゃい。」」
「「お気を付けて。」」
命を狙われ、追われているにも関わらず、そこには確かな平和と幸せがあるのだとフィリアは感じる事が出来た。自分達にも、他の者達と等しい平和と幸せが。
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「俺とナナは先回りして公園が見える位置に待機する。二人はこの辺りでフィリア様が戻るのを待っていてくれ。」
「分かりました。……しかし、フィリア様に気付かれませんか?」
「こう見えてもフィリア様の母親には随分と手を焼かされたものだ。監視には慣れている。ナナ、もしもの時は……。」
「はい、私がメッセンジャーになります。お姉ちゃん、そっちはお願いね?」
「ええ、任せなさい。」
フィリアの姿が見えなくなった後、四人は直ぐに二手に分かれた監視作戦を立てていた。フィリアの意思は優先させたいが、その身を危険に晒す訳にはいかない。その両立こそが、本物の家臣と言うものだ。本来なら騎士4人で当たる任務だが、万が一を考えればメイルやファム達だけで待機させるのは避けたい。それ故の人選だった。
「でも、ナナも言うようになったわね……少し、自信がついて来た?」
「……私もしっかりしなくちゃ行けないから。何が何でも……いつか此処に帰って来る。」
「………そう。」
司羽の全体訓練が終わったあの日から、一番変わったのがナナだった。どうやら司羽から自分自身での訓練方法を学んだらしいのだが、朝から晩までひたすら気術の訓練や、それに合わせた基礎体力作りを繰り返している。誰よりも、もしかしたらアレンよりも、最近のナナは長い時間を鍛錬に当てていた。だが食事や休息を蔑ろにしている訳ではなく、自分で効率の良いスケジュールを組んでそれを徹底している。ナナの変化に気付いているのは、ネネだけではない。屋敷の者全員が、ナナに対する認識を改めていた。
「…………。」
「お姉ちゃん? どうかした?」
「……いいえ、何でもないわ。頑張りなさい。」
「うん。」
……きっとこの子は、将来見違える程に強くなる筈だ。力だけではなく心も……そんなナナの力を見出してくれた事に関しては、ネネも司羽に感謝していた。色々と掻き回してくれたものだが、そこだけに関しては素直にそう思う。
「それじゃあ行くぞ、ナナ。この方向なら監視地点も検討を付けてある。」
「はい、急ぎましょう!!」
「……アレン、ネネ、そちらは頼んだ。」
「了解した。」
「お気を付けて。」
ジナスがそう言って少し足早に去っていく。ナナもそれに合わせて、振り返ることなく去っていった。
「……本当、頼もしくなっちゃって。」
「……そうだな。数ヶ月前のナナからは想像も出来ない。」
「うん……良い事、なのよね。」
「それを論じるのは、今ではない。全てが終わってからでも遅くはないだろう。今のナナならきっと大丈夫だ。」
「……そうね。」
アレンの言う事も分かる。だがやはり幼い妹まで戦いになれば駆り出される様な事は避けたい。今はまだ、早すぎる。その為には自分が今以上に頑張らなくては。
「それで、私達はどうする? ただここで待つだけって言うのも……。」
「だが、無闇に動けば何も無かった時にフィリア様に不自然に思われるだろう。それに、何かあってフィリア様が逃げてくる場所にもなる。動かない方が賢明だ。さっきそう決まっただろう。」
「それは分かってるんだけどね……。」
何もせずにいると言うのも、ムズムズすると言うか……間がもたないと言うか……。
「…………。」
「………なんだ? 何かあるのか?」
「な、何でもないわよ……。」
この前の一件からどうも、アレンとの間が持たない。他の誰かが居れば何も問題はないのだが、二人っ切りになるとどうしても意識してしまう。
「………星読み祭……か。」
「何、気になるの? アレンがお祭りに興味あるなんて珍しいわね。」
「ああいう騒ぎ自体は苦手だ。だが平和を願う祭りの日にこれでは……そう思ってな。」
「……そうね、更に言えば今日は私達の敵も来ている訳だし。はぁっ、平和維持が聞いて呆れるわ。」
そう言って、ネネは思わず溜息が出てしまった。世界と自分達、どうして此処まで大きな差があるのか……と。
「それでもこの世界には必要なのだろう。何処もかしこも争うばかりでは、それが普通になってしまう。俺達もそこに戻る為に戦っているのだからな。」
「………アレン。」
確かにその通りだ。全てが終わったあとに戻るなら、平和な世界の方がいい。その方が、未来に希望が持てる。
「その通りね。ごめんなさい、私も弱気になってたわ。アレンからそんな言葉、初めて聞いたけど。」
「あいつと、司羽と最近良く話をするんだ。」
「本当に最初からは考えられないくらい仲良くなっちゃって……何の話をしてるんだか、料理?」
「……俺達をなんだと思っているんだ。」
茶化すようなネネの台詞に、アレンは呆れたように嘆息した。……実は、そういった話もしないではないのだが。
「お前は、最初から変わらないな。確かに司羽とは最後まで共に戦うことは出来なかったが、それでも良く協力してくれた。」
「……私、司羽の事は好きになれないわ。確かに力はある、気も利かせてくれてる、でも……あいつは何かが違う……怖いのよ。」
「……そうか。」
アレンもそれ以上は何も言わなかった。感じ方は人それぞれであるし、司羽に得体の知れない何かを感じる気持ちは良く分かる。普段の司羽とは違う何かを、時折アレンも感じる事があったからだ。それは例えば、あの日、自分達にはもう協力出来ないと言った時に感じた強烈な威圧感。ヒートアップしていたユーリアやネネが、空気だけで萎縮してしまう様な何か……。
「……やめやめ、こんな話。」
「そうだな……それに、どうやらそんな場合でもなさそうだ。」
「……え、何が?」
「………動物の気配がしない。」
「っ!?」
険しい顔でそう言ったアレンの言葉にネネもまたハッとなって気付いた。この森は確かに、方向感覚を狂わせて気配も有耶無耶になりやすい場所だ。だが、二人共もうこの森の『普段の気配』に慣れている。少なくとも、野生動物達の多く生息する場所でこの静かさはおかしい。間違いなく、何らかの異常が起きている。
「敵の魔法陣か。」
「敵っ!? フィリア様が危ない!!」
「待て!! 伏せっ……くっ!?」
「きゃっ!?」
ヒュンッ
異常に気付いてフィリアの方へと駆け出したネネを、アレンが地面に押し倒すように押し込む。そしてそのネネの首のあった場所を、一瞬『何か』が通り抜けた。言葉では間に合わなかった、それ程の速度での攻撃だ。
「あ、アレンっ!?」
「敵襲だ、まずは構えろ。」
「で、でも!!」
「迷うな!! くっ……。」
キンッ!!
「そこに隠れている奴ら、姿を見せろ!!」
「………はぁっ、失敗か。」
続いて放たれた同じ攻撃がアレンを襲い、アレンはそれを抜き放った剣で受け止めると、前に出てネネの前に立ちふさがった。そして、アレンが一点を見つめて叫ぶと、何やら溜息の様な声が聞こえ、大木の影と草むらの中から二人の人間が姿を現した。
「おい、一撃で仕留めるんじゃなかったのか? 見付かったじゃねえか。」
「う、うるさいわねっ!! そっちこそ、無駄に結界なんか張るから気付かれたんじゃない!!」
「アホ、野生動物の気配を除かねえと敵が見つからないって駄々を捏ねたのはお前だろうが。」
男と女、その二人以外に気配は……ない。女の手には魔導器らしき銃器と、手首にリング。男の方は腰に剣が見える。先程の攻撃は魔法によるものだった、とするなら、射手はこの女。
「蒼き鷹か……。」
「アレン、フィリア様の所に行かないと……。」
「駄目だ、こいつらを連れて行く事にもなる。それに、背中から撃たれるぞ。ジナスさんとナナを信じろ。」
「くっ……。」
完全にやられた。フィリアの下を離れた隙を突かれたのだ。この危険性は分かっていたはずなのに。ネネは内心膨れ上がる焦燥感を押さえ込みつつ、唇を噛んだ。こいつらがいる限り、フィリアの事を助けにいけない……ならば。
「やってやるわよ。」
「そうだ、仕留めるぞ。」
アレンは既に剣を抜き放っている。ネネも杖を敵に向かって構え、覚悟を決めた。
「……おいおい、好戦的だなあ。片方はもっと楽に始末出来たはずなんだが……なあネリン。」
「悪かったわよ。嫌味なら後で聞くから……行くわよ、ジーク。」
ネリンとジークと呼び合う二人が各々に構える。女は銃に魔力を込めて右手に握り締め、男はサーベルを腰から抜き放ち、肩を叩く様に弄んだ。
四人がそれぞれの敵に向かい構える。夕暮れの日差しに刺されながら……、今、騎士と鷹の鍔迫り合いが始まった。