第77話:過去の英霊の下で-鷹の見る夢-
「いやー、楽しかったね!! やっぱり祭りはいいものだ。簡素なゲームや食事も、この時ばかりは一流の料理やレクリエーションを越えるね!!」
「セイルさん、一通り遊んでましたもんね。でも射的屋の親父さんにガン飛ばすのは止めて欲しかったですよ、見てるこっちが恥ずかしかったんですが。」
「いやだってあれどう考えてもおかしいだろ!? どこ狙っても的が倒れないとか銃と企画自体に欠陥があるとしか思えないぞ!!」
「そう分かっているのに見苦しく挑戦し続けるのは何かの罰ゲームだったんですか? 寧ろ一緒にいる私達まで同類に見られていたかと思うと精神的苦痛で賠償を請求したくなるレベルですね。欠陥があるのは何処なのか…。」
「あはは……正直あれは大分恥ずかしかったですね。周りの目が完全に引いてました。」
現在、数時間の間たっぷりと屋台やイベント会場で遊び尽くしたセイルと、それに付き合った司羽達は、各々のリアクションを取りながら街中のカフェテラスで休息を取っている。ほんの数分前までは、セイルが射的屋の屋台で目を血走らせながら巨大なクマのぬいぐるみ(完全に商品ではなく客寄せ用)にコルク弾を乱れ打つという余りにも恥ずかしい光景が展開されて居た。周りでそれを見ていた司羽達はそれはもう恥ずかしい思いをしたのだが、当のセイルは自身の成果であるクマのぬいぐるみの頭に手をぽんぽんと置いて満足気な表情だ。
「まあ結果オーライさ、このクマは晴れてあのインチキ店主から解放された。他でもない僕の力でね!!」
「いや、完全に親父さん迷惑な客を見る目だったじゃないですか。そのクマも多分元が取れて面倒だからくれただけですよ。」
「ふふっ、分かってないなあ司羽君は。あれは僕の腕前を認めて、自分の行いを恥じたからこその譲歩だったのさ。言うなれば仲直りの証というやつだよ。どちらにしろ、僕の成果なのさ!! そうだろう、リチャード・ベンソン。」
「り、りちゃーど……ですか?」
「クマにリチャード……なんともセンスの欠片もない。それ以前に人形に名前って、乙女ですか。」
「良いじゃないか名前くらい好きに付けても!! なあ司羽君!!」
「なあって言われても……困るんですが。」
セイルはどうやらそのクマ……リチャードを大分気に入った様で、さっきから仕切りに頭をぽんぽん……バシバシと叩いている。なあ? と聞かれても司羽もなんと返答していいやら困ったものである。
「まあ愛着を持つのは良いんじゃないんですか? 人形には魂が宿るって言いますし、大事にする分には。」
「あら、司羽さんも意外に乙女なのですね。でも、魂ですか……ふふっ、あんなに無闇矢鱈に銃で撃たれてさぞ痛かった事でしょうね。」
「……あ、リチャード君の耳取れかかってますよ? あんまり叩くから……。」
「そういえば、昔話でボロボロになって捨てられた人形が持ち主を同じ目に合わせるってのがありましたね……あれは何の人形だったっけな。」
「…………。」
人形には魂が宿るなんてのは多くの地域で伝わっている話だが、それは異世界だろうと同じらしい。人形が色々な意味を持って生まれてくるからこそ、そんな伝承が数多く伝わったのだろう。……さて、既にボロボロに成りつつあるクマのリチャード君には、魂が宿るのだろうか。
「いやー……リチャード君もボロボロになっちゃってますね。」
「……そうだ、司羽君。親愛の証に僕の大事な……。」
「俺に人形が似合うように見えますか?」
「……よし、やっぱり人形は女の子に……。」
「「要りません。」」
「……………。」
司羽に続き、女性陣二人にも喰い気味に拒否されたセイルは、ゆっくりとリチャードくんの方に視線を戻して、スッと視線を逸らした。体長一メートルオーバーのリチャードくんはうなだれているようにも見える。そういえば人形って、その時に応じて喜んでいる様に見えたり、悲しんでいる様に見えたりする様に出来てるって聞いた事がある。……それはさておき、顔を青くするセイルの前でメリッサはニヤニヤと楽しそうだ。
「駄目じゃないですか、最後まで面倒見ないと。呪われますよ?」
「司羽君、除霊とか出来ない!?」
「俺は気術士であって霊媒師ではありませんから。そもそもそういうのって除霊で良いんですかね?」
「うーん。魂を鎮める的な意味では間違いではない気がしますが……今の段階ではまだ早すぎるのではないでしょうか?」
「そ、そうだよね。そもそもそんな迷信に怯える必要なんて……ひっ!?」
コテンッ
何だか必死になって保身を図ろうとするセイルの肩に、コテンっとリチャード君が倒れ掛かる。セイルは、ビクゥ!! っと過剰な反応を示しながら、チラッっとリチャード君の方を見て……またもや何も言わずにメリッサの方へと視線を移した。心なしか、キリッとした表情で。
「メリッサ、今直ぐにリチャード君のオペの準備だ。その後共和国の僕の屋敷のVIPルームを宛てがおう。直ぐに手配してくれ。」
「…………アホですか、貴方は。」
「早くしろ、命が掛かっているんだぞ………僕の!!」
結局渋々とメリッサが通信機を取り出して何処かへと連絡を取ると、数分後には医療救急スタッフが駆けつけてリチャード君を保護していった。丁重に扱えと激を飛ばすセイルと戸惑う救急隊員を尻目に、司羽達は野次馬に同化して他人の振りを決め込むのだった。
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日も暮れ始め、茜色の空に染まり始める頃。セイルに連れられて司羽達は次の目的地へと向かっていた。どうやらそこへ向かう事は初めから決まっていた様で、メリッサも特に口を挟まずに粛々と付いて来ている。祭りの喧騒も徐々に鳴りを潜め、人と擦れ違うことも疎らに……そして、人の気配がしなくなる。
「静かですね。」
「そうだね、さっきまでが騒がしかったし。まあ寄りにも寄って今日と言う日にここに近づく人も居ないんじゃないかな。」
「………慰霊碑、ですか。」
目的地らしき場所に到着し、入口の標榜を見て司羽が呟く。セイルに連れられて入った墓地の奥、一際高い所にある巨大な慰霊碑の場所まで司羽達は来ていた。メリッサもユーリアも、先程とは打って変わって口を開くことなく静々と二人の後を付いて来ている。
「『戦勝記念慰霊碑』……ね。」
「そうだ。ここには前大戦やそれ以前の戦争で犠牲になった者達の遺留品や、僅かな遺骨が眠っている。この慰霊碑は前大戦の戦勝国なら何処にでもあるものさ。勝ったのは我が共和国を含む連合軍。つまりこの『ユグジット国郡地帯』も戦勝国となった。」
「その辺りの歴史には明るくありませんが、その程度は常識でしょうね。もう百年以上前の、最も最近の戦争ですから。」
「ああ、少なくとも人々の認知の中ではだけどね。」
セイルの言葉は暗に、常識的な人々の認識を否定していた。そして司羽もまた知っている。リア達の国ジューンとシーシナ共和国との戦争があったという事実。
「酷い話だよね。前大戦までは英雄として祭り上げられ、それ以降散っていった者達は歴史の闇の中だ。やった事は変わらず、勝利の結果も変わらなかったというのに雲泥の差という奴だよ。そんなに見掛け倒しの平和が大切何だろうかね。」
「大切なんでしょう。他国の戦争を見て見ぬ振りするくらいには、他の国も。」
「うーん、寂しい世の中だね。」
セイルはそう言って慰霊碑の表面を撫でた。相変わらず表情には薄く笑みを浮かべたままだ。
「そんな寂しい世の中を作る中心が、我が共和国だとはねえ。最も高い軍事力を持ちながら平和を説くのが悪いと言っているわけじゃない。だがその実やっているのは恫喝と強制執行、内政に関しては恐怖政治だ。表立っては秘匿しているからタチが悪い。」
「だから、レジスタンス何ですか?」
「そうさ、おかしいかい?」
「どうなんでしょうね、俺には判りかねますよ。政治のいざこざは俺には難し過ぎます。」
その返答に対して、セイルは特にコメントはしなかった。ユーリアがメリッサの様子を見てみたが、こちらも特に意に介した様子はない。
「僕はね、今の在り方に疑問があるのさ。」
セイルは慰霊碑に手をついたまま、司羽を振り返って言った。
「平和を説きながら、その維持の為に戦争を手段にしている。自国が強国で居られる所以である、その軍事力や生産力を生み出す自国民に対して、たかだか名誉程度の見返りもなく、従順に平和の徒になる事を強要している。ユーリア君、そうは思わないか?」
「……確かに私はそう思ったからこそ『道化』を組織して『蒼き鷹』に協力しました。軍事的強国であり、平和維持の最大貢献国であるが故に、自国民に自粛と協力を強いる共和国のルールを破ってしまった両親にも非はあります。……だとしても、両親を殺された恨みは、今でも忘れていません。私の父は人殺しの道具を作ることに嫌悪感を示していました。その心は平和へと通じている筈なのに、自分達の平和維持の為に父と母を見せしめとして使ったのは許せません。」
「自分達の考える方法以外は裏切りと同じなのですよ、今の共和国という国はね。ある意味、平等を何よりも重んじる共和国的思考に従順な国だとも言えますが。そこに自由はありません。」
嫌な事を思い出した様に表情を歪めたユーリアの答えに対して、メリッサは吐き捨てるように言った。ユーリアと同じく彼女もまた何か事情があるらしい。
「確かに、現状維持には効果的な手法だと思うよ。現状が最適解であるなら、それを少しでも長続きさせて欲しいと僕だって思うさ。でも、現実はそうじゃない。少なくともレジスタンスが出来てしまうような、維持出来てしまうような国が作る平和が最適だとは僕は思えないのさ。」
「………だから、一度壊すと? 少なくともこれも平和だと分かっていても?」
「そういう事さ。それに、僕はこの状態を平和だとは思っていないよ。何処かで戦争は起きる。それが表沙汰になるかならないかの違いでしかない。」
「そうですね、俺もこの状態が平和だとは思わない。少なくとも今だって人が死ぬ争いは起きている。」
共和国とレジスタンスがそもそも争っているのだ。その時点で共和国の平和政策は完璧ではない、もしかしたら共和国がレジスタンスの存在を表立って認識しないのは、その点を突かれたくないからなのかも知れない。
「でもそれなら、貴方はどうするんです? 壊してからその後は?」
「どうもしないよ。今の政府が墜ちて、新しい政府が出来上がる。共和国の軍事力が強大だと言っても一国でその他の国に対抗出来る訳もない。自然と均衡が取れて、睨み合いが始まるさ。そんな中、国は色々な物を国民に求め始める。工業力や軍事力、経済力……細かく言えば娯楽や文化に至るまで発展を求めて進化する。他国よりも強くなる為にね。そして国民は、自分達の名誉の為、幸福の為にそれに協力して、自由を得る。与えられた平和と幸福ではなく、自分達の為に自分達でそれを求める時代が来る。」
「……なるほど。」
「人は人らしく生きねばならない。勿論法は必要だ。常識と倫理も必要だ。だがそれ以上は必要はない。何から何まで国が作ろうとし過ぎなんだよ今の体制は。」
それは実力のない者は平和で、幸福で居られなくなるかも知れない世界だ。しかし確かに人間らしいと言えるかも知れない。
「勿論、最低限は国が守る必要もある。でもやり過ぎはいけないと僕は思うんだよ。」
「そうですね。確かに今の共和国は、人を家畜にしているのかも知れません。」
セイルの見る未来の光景に対して司羽がそう言うと、セイルは満足気に微笑を深めた。人が自由に何かを求める国、それは最早資本主義であり共和主義ではない。しかし国が人を決めるのではなく、人が国を決めなくてはならないとセイルは言っているのだ。
「…………さて、そろそろ時間か。」
セイルはそう言うと、自身の腕時計に視線を移した。最近日が落ちるのが早くなって来た事もあり、午後5時前だと言うのに空は夕暮れに染まり切っている。
「感謝しているよ、司羽君には。」
「見返りは貰っていますから。」
「ああ、任せてくれたまえ。ユーリア君の脱国は間違いなく認めさせる。君達や君達の周りにも近付く事はもうない。」
「そうですか、それだけ聞ければもう充分です。」
「……欲のない事だね。僕としてはもう少し感謝の証を貰って欲しい所なのだけど。」
「要りませんよ。ギブアンドテイクはもう成立している。大したことはしてませんし。」
「大したことはしていない……か。」
司羽がそう言うと、セイルは苦笑にも見える微笑を浮かべ……メリッサに視線で合図を送った。それを受け、取り出した通信機と一言二言暗号の様な会話をしたメリッサが、顔を上げてセイルへと告げる。隣に居たユーリアには、その合図の意味が正しく分かっていた。それはセイル達に寄る、星読み祭開催の合図となる。
「ターゲットを確認した様です。」
「そうか、なら……作戦開始だ。」
静まり返る墓地の中 静かな筈の四人の間で ユーリアは誰かの小さな笑い声を聞いた気がした。