第76話:星読み祭-to the another stage-
「……司羽は今頃、共和国の人の護衛かあ。」
「嫌ならそういえば良かったんじゃないの? ルーンの言うことなら、きっと司羽も断ってくれてたんじゃない?」
「嫌だけど……、すっごく嫌だけど!! 大事な用みたいだし、あんまり我儘言いたくなかったんだもん。それで司羽が周りから色々言われるのはもっと我慢出来ないし。」
ソファに座ってお祭りの映像をテレビの様な魔導器で眺めながら、ルーンとミシュナはそれぞれ焼き菓子の盛り合わせを摘んで話をしていた。次元港の整備の最終日にお礼として賞与とは別に貰ったものなので味は美味しいのだが、ルーンは不満そうな顔を変えようともしなかった。どうも、司羽が別の人に取られているので苛々しているらしい。
「開会式、司羽と見たかったなあ。」
「確か、司羽達は待ち合わせついでにVIPルームで見るとか言ってたわね。私もちょっと興味あったけど、流石に連れて行ってくれなんて言えないしね。」
「場所はどうでもいいけど、司羽と一緒が良かった!!」
「はいはい、一緒に居るのが私でごめんなさいね。」
そんな軽口も、何回目だろうか。さっきまで開会式の様子が生中継されていたので二人でそれを見ていたのだが、ルーンはその時からずっとこんな調子だ。とはいえ、司羽が一緒じゃない時のルーンは大体いつもこんな感じなのでミシュナとしてはもう慣れたものだ。学園で司羽と別の授業を受けている時とそう違いはない。
「(むすーっ)」
「もうっ、いいじゃない、夜になればずっと一緒に居るんだし。ルーンはいつも司羽と一緒に寝ているんだから。」
「うーっ……でも昨日は早く寝ちゃったから、司羽と少ししか出来なかったし。」
「出来なかったって……?」
「えっち。」
「ぶっ!? あ、貴方ねえ……もう少し言い方を考えなさいよ!!」
「えー、他の言い方にしても意味は変わらないよ? やる事同じじゃない。」
「ぐっ……も、もういいわ。」
余りにもドストレートな答えに顔を赤面させつつミシュナはルーンを睨むが、ルーンの方は意に介した様子もない。流石に学園ではこういう事は言わないが、ミシュナと二人きりの時のルーンは割かしこんな感じで恥じらいの欠片もない。
「もう、本当に純だねえミシュナは。」
「ルーンの恥じらいが無さ過ぎるのよ!!」
「そう? でもミシュナに恥じらってもね。正直今更過ぎて赤面してるミシュナにびっくりだよ私。」
「まったく、あんたのファンが聞いたら泣くわよ?」
「寧ろ私は周りから避けられるくらいで丁度良いんだけどねえ。」
「……あのねえ。」
ずずずっといつもの調子でお茶を啜りながら、ルーンはポリポリとお菓子を貪る。ルーンに関してはそれも冗談ではなく本心からそう言っているのだろうから始末に負えないのである。とは言え、元々ルーンは学園でも愛想の良いキャラではなかったので特にルーンの周りが対応を変えている訳でもないのだが。
「私これでも外では控えてる方だよ? 司羽も知らない人目があるとイマイチ気持ちが乗らないタイプだし。」
「……そりゃあ確かに、直接的な表現や行動は控えてるように見えるけど……。」
ルーンは平気で人前でも司羽とベタベタしている気がするが、確かに家に居る時と比べれば辛うじてバカップルの域に留まっているのかも知れない。それでもかなり目に毒な光景と耳に毒な発言が多いとミシュナは思っているが。
「そもそも比較対象からしておかしいわよ。ルーンなんて家にいる時は完全に痴女じゃない。それと比べたら大体の行動が『控えてる』事になるわよ。」
「ちょっ、ち、痴女はないでしょ!? そもそもどこら辺が痴女なの!!」
「司羽との会話発言全般。それとあーんしたいのは分かるけど、口移しはやり過ぎじゃない? 未だにユーリアさんなんか目を背けてモジモジしてるわよ? それに事あるごとに司羽にキスをねだってるじゃないの。キス魔よ完全に。」
「うーん………普通じゃない? 司羽とのキスが大好きなのは認めるけど。全国のカップルも似たような事してるよ絶対。それこそ私達なんて淑やかで慎ましいカップル代表みたいなものだと思うけど。」
「今すぐその認識を改めて淑やかと慎ましさの意味を調べてきなさい。」
ルーンの口調は冗談をいう時のものではない、完全な本心からそう言っている様だ。恐ろしい。ルーンの脳内の淫靡なバカップルのイメージは一体どんなものなのだろう。聞いてみたいが聞いたら後悔する気がするからここで思い止まっておこう。
「でもリアだって私と司羽の仲がいいことを喜んでくれてるし。ミシュナが気にし過ぎだと私は思うなあ。そもそも司羽が来る前の私が友達って言える人なんてリアくらいなものだったし。そのリアが何も言わないんだから、私の普通はこれで良いんだよ。」
「……もし言われた所で変える気ないくせに。」
「あ、バレた? でも大きく変わらないまでも、考慮には入れるけどね。私も司羽の恋人として、ある程度周りの目も気にしないと司羽に迷惑かけちゃうし。勿論、司羽とのイチャイチャが満足出来る範囲内でだけど。」
「……ふーん。」
ミシュナはあまり興味もなさそうに返事をしていたが、そのルーンの発言は少し意外だった。司羽の事になるとあまりにも一直線過ぎる彼女の台詞としては、いつもと違う箇所があったから。
「考慮には入れるんだ。他人の意見で大きくは変わらないって辺りがルーンらしいけど。」
「まあね。リアは私の事を本気で考えてくれてるから、だから私の唯一の友達で親友なの。司羽みたいな恋人でもなく、ミシュナ達みたいな運命共同体でもないし、家族でもない。でも私の事を誰よりも前からしっかり見てくれてる。」
「……驚いたわ。ルーンが誰かをそんな風に言うなんて。」
「私だってそう言える人はリアくらいだよ。でもリアだけで充分だけどね。」
リアだけで充分だと言ったルーンの言葉には、確かな信頼が感じられた。確かに学院でもルーンが会話する人間は司羽やミシュナを除けば殆んどがリアに限られる。最近では他の人に話しかけられる事も多くなってきたが、それはあくまでも向こう側から話しかけられる事が増えたと言うだけだ。ルーンが自分から親しげに声をかける友人がいるとすれば、確かにリアだけかも知れない。
「結構ちゃんと考えてるのね。」
「そりゃあね。司羽とかミシュナに服の感想聞いても似合ってるしか言わないしねー。やっぱり家族の言葉って安心出来ても参考にはならないし。」
「悪かったわね、語彙が少なくてファッションに気を使わない引き籠もりで。」
「そこまでは言ってないでしょー? ミシュナだって普段気を使わないだけでセンスは良いんだし。」
「……まあ、確かに身内からの言葉は気休めに聞こえるわね。」
思い出してみれば、ルーンは大体の服をリアと一緒に選んで買っている。ミシュナも一度ついていった事があるが、かなり真剣にあれやこれやと二人で話をしていた様だった。あまりに長い時間悩むので、ミシュナが先に帰ってきてしまった程だ。
「でも最近、ちょっと様子がおかしいんだよね。」
「………そうかしら?」
「そうだよ、もしかしたら私は気になっても、他の人は気にしない程度の事なのかも知れないけど。やっぱり、なんか変。」
「…………。」
ルーンも流石に気付いていた様だ。ミシュナは、その理由を知っている。ナナと言うルーンが知らない糸口が、偶然にミシュナに今の彼女の状況を教えてくれたのだ。とは言え、それをルーンに教えてあげることはミシュナには出来ない。それ程に彼女達の状況は切迫しているし、ルーンを巻き込むことは関係者の誰もが望むことではない筈だから。だから、ミシュナは適当に誤魔化すことしか出来ないのだ。
「リアねえ、私は長い付き合いでもないけど別に変わったようには……。」
「なんか最近反応が悪いんだよねえ。司羽を誘うパターンに合わせて司羽好みの可愛くえっちな下着が欲しいって言ってるのに、司羽の好みを伝えてもなんか慌てたり照れたりであんまり参考にならないし。偶に『いや、私にはちょっと何言ってるのか分からないです……。』みたいにはぐらかそうとするし。」
「ドン引きされてるだけじゃない!! あんた司羽の性癖とかも暴露してるんじゃないでしょうね!?」
「してるよ? だって情報は多い方が良いでしょ?」
「そんなの引かれるに決まってるじゃない!!」
「……ちょっとミシュナ、司羽の性癖に対して何か失礼な事を考えてない?」
ルーンが何やら微妙な顔をしているが、親友だろうとなんだろうと他人の男の性癖暴露なんかされても困るかドン引きされるに決まっているだろう。何にせよ、ルーンの勘はミシュナの思うところとは全く別のところで迷走しているようだった。
「リアも最初は『ルーンが冗談だなんて珍しいですね。』とか、『司羽さんがそんな事をしている場面に遭遇したらまず自分の頭がおかしくなっている事を疑います。』とか散々言って来たし。二人共司羽に対する認識を改めないとダメだよ。」
「………はあ。いや、うん、まあもういいわ。」
どうやら、ミシュナの取り越し気苦労だった様だ。無論、今回の件がルーンの勘違いであったと言うだけで、現実問題リアはルーンの前から姿を消すことになる。リアだけで充分だと言ったルーンは、その一人を失うことになるのだ。しかしそれは、ミシュナが憂いても変わる事はないし、変える為に動くこともまた許されない。ミシュナの最も大切な人がそれを望まない。
「もうそろそろ夕方か。何だか最近は日も落ちるのが早くなって来たわね。」
「そうだね。寒くなってきたし、厚着の季節がやって来たね。今度はミシュナも一緒に行こうか、新しい冬服探しに。」
「………そうね、御一緒するわ。その時までに少しはセンスを磨いておくわよ。」
外を見れば、空は段々と茜色へと染まっていくところであった。大分長話をしていたらしい。テーブルに広げられたお菓子も、いつの間にやら綺麗に片付いてしまっていた。こんな風に誰かとまったり一日を過ごすのはミシュナも初めてだ。それだけ二人が気易くなり、互いを自然に思える様になったと言う事なのだろう。だがそれでも、ミシュナはリアの代わりを務める事が出来るとは思えなかった。ルーンの言った通り、自分はあくまでルーンの家族になれても、親友という他人には成りきれないと思う。
「司羽の仕事は何時までだったかしら。」
「……夜遅くまで。時間指定はなし。」
「ああはいはい、むくれないの。今日だけの辛抱なんだから。」
それでもきっと大丈夫だとミシュナは確信していた。確かにルーンはショックを受けるかも知れないし、代わりになれる人は居ないのかも知れない。けれどルーンもまた、司羽が来る前とは違うのだ。ミシュナから見ても、ルーンはとても強くなったと思う。それに、もう二度と会えない訳ではないのだ。
「とは言っても、暫く寂しさは残るでしょうね……。」
「暫くどころかずっと寂しいんですけどー……司羽ー……早く帰ってきてえ……。」
「……まったく。」
……寂しさは残る。ミシュナもまた、初めて出来た妹の様な気持ちをナナに抱いていた。ああは言っていたが、次に会えたとしてもそれはいつになるかわからない。
「……ちょっと出かけてくるわ。」
「星読み祭の間の買い込みは済んでるよ?」
「そうじゃないわ、少し実家に戻るだけ。」
「そっか、りょうかーい!!」
ミシュナが席を立つと、ルーンはソファにゴロンと横になった。
「あんまり遅くならないようにね? もう暗くなるし。」
「ええ、分かってるわ。」
ルーンの心配するような声にミシュナは薄く微笑むと、傍にあった枯葉色のコートを羽織って部屋を出て行った。
「いってらっしゃーい……っと。」
ミシュナが部屋を出て、魔導器から星読み祭の喧騒だけがBGMの様に流れる。ルーンはリモコンを手に取り、その喧騒をかき消した。……そして、懐から一枚の紙を取り出した。その紙を天井の明かりに透かすように持ち、そこに書かれた文面を読む。
「………リア、手が震えてるよ?」
『ルーンへ 星読み祭初日 森林公園の庭園入口 午後5時 お時間があれば来て下さい。時間が無い為、急な申し出になってしまって御免なさい。でも、どうしてもお話しなければならない事があります。どうか一度きり、お願いを聞いてください。 リア』
筆談しか出来ない彼女が、こうして手紙をくれる事は多々あった。リアの字は見慣れている。人が声の感じで相手の感情を掴めるように、この声なき声は、ルーンにリアの気持ちを教えてくれる。
「皆、隠し事が好きだよね。」
ルーンはポツリとそう呟くと、少し勢いを付けてソファから起き上がった。司羽は夜遅いと言っていたし、ミシュナも直ぐに帰ってくることはないだろう。
「司羽、ごめんね。ちょーっとだけ首突っ込むかも知れないけど、今日のチュー禁止はしないでね。」
ルーンもまた、ミシュナと同じ様に自分のベージュのコートを掴んでその身に羽織った。今から出れば、予定の時間には充分間に合うだろう。
「……さて、行こっかな。」
ルーンはそう呟くと、部屋の明かりを消してそのまま部屋を出ていく。外に出て、空気も段々寒くなってきた事を肌で実感しながら、ルーンは鼻歌混じりに一歩ずつ歩み始めた。