第75話:星読み祭 -喧騒の中で-
「いやー、やっぱり凄い数の人ですねー。」
「本当だね、護衛はしっかり頼むよ。おっ、あれも美味しそうじゃない? やっぱりバナナチョコはお祭りの定番だよねえ。ユーリアちゃん、お兄さんが買ってあげるから是非食べっ………アッ、イエ、ナンデモナイデス、ジブンデタベマス。ジブンデカッテキマス。」
「クズが。まったく、人様の女性に何を邪な考えで物を勧めてるんですか。取り敢えずそれ買う前に三人分の焼きソバ買ってきてください。あ、経費かポケットマネーで宜しくお願いしますね。」
「やだよ!! 自分の分くらい自分で出そうよ!! 僕、君には結構良い給料出してるはずだけど!?」
「うわあっ、甲斐性……。」
「やめてっ!! 分かった買って来ればいいんだろう!?」
「あ、あはは……。」
メリッサの冷たい視線に晒されて、セイルはトボトボと近くの屋台に向かった。周りは見渡す限り人の海。屋台と街に施された装飾がお祭りムードを演出し、人の喧騒がBGMになっている。しかしそんな星読み祭の喧騒の中でもメリッサとセイルは変わる事なくこんな調子である。本来ならばVIPであり護衛対象である二人をこんな人の多い場所に連れてくる事は避けたいのだが……。
「司羽様……宜しいのでしょうか。」
「んー、良いんじゃないの? セイルさんが来たいって言うんだから。護衛だって言うなればその為に付けたんだろうし。」
「本当に申し訳御座いません司羽さん。あのバカが暗殺されてもお気になさらず。自己責任ですので。」
「おーい!! マヨネーズはどのくらいが好みなんだーい!? 僕はやっぱりたっぷりとかけるのが……。」
「私の分にかけたらマヨネーズ一本丸々直飲みさせますよ?」
「お、おーけい、了解だ。店主、一つマヨネーズ抜きで………え、もう全部にかけちゃった? そっかー、それなら仕方ないね。じゃあもう一つ追加でマヨネーズ抜きを……。」
「……本当に、宜しいのでしょうか……。」
何とも健気に自分の秘書の要求に応えるセイルの姿がユーリアを軽い葛藤に誘う。メリッサの主と言うよりも、メリッサがセイルの主である気がするのだが……もう、気にしたら負けなのだろうか。ふと隣を見ると、メリッサは全く気に留めた様子もなく、辺りの装飾を興味深げに観察していた。
「しかし、これは……片付けが大変そうですね。あの大時計塔の装飾なんて、付けるのも外すのも大変そうじゃないですか。魔法であの高さまで飛びながら作業をするのは、中々骨が折れそうです。」
「ははっ、そうですね。でも殆んどは魔導器によるホログラムだって聞きましたし、いつの間にか完成してた事を考えると、実は結構簡単なんじゃないですかね。」
司羽はミシュナと共に警備に当たっていた時の事を思い出しながらそう言った。本当にいつの間にかという感じで装飾が完了していたのだ。時計塔の方は毎日見ていたのでその変化には気付いたハズなのだが、司羽の記憶が確かなら一日でその姿を変えていた気がする。
「なるほど、ホログラムですか。流石は優秀な技術者の集まる国ですね。魔法の技術だけでなく魔導器の作成技術もかなり高いクオリティーを保持している様で。司羽さんは、そちらにも明るいのですか?」
「いえいえ、理論だけですよ。蒼き鷹は魔導器製造もしていらっしゃいますし、メリッサさんやセイルさんの方が余程詳しいのでは? 確かセイルさんは若くして魔導回路の権威だとお聞きしましたが。」
「ええ、一応は。本当、あんなのが権威とか共和国終わってますよね。」
「うーん……好奇心は研究者の財産だとは聞きますけどね。」
「その好奇心に振り回される私の苦労も分かっては頂けませんか? もう年を自覚して大人しく机に向かって判子でも押してれば良いんですよ、まったく。」
「いやいや、セイルさんはまだ若いでしょう。そんなに仕事に消極的になってどうするんですか。」
「私が楽出来ますから。年中この調子が続けば、ウンザリもすると言うものです。」
本当に疲れた様子で溜息まで吐くメリッサに、司羽は同情を禁じえないと言うように苦笑を漏らした。確かに年中振り回される身になれば愚痴の一つも言いたくなるというものだろう。事実今日だけ見てもセイルはかなり自由な性格だ。
「ははっ、それは確かに……お疲れ様です。」
「ああ、分かって頂けて嬉しいです。……本当に体は大人でも、中身は子供のまんまなんですから。サポートするこっちの身が持ちませんよ。司羽さんが私を雇ってくだされば万事解決なのですが。」
「つ、司羽君ー!! す、済まないんだが、ちょっと来てくれ!!」
「今行きます!! すいません、なんかあったみたいなんで行ってきますね。」
何やら慌てた様子のセイルに呼ばれ、司羽はメリッサに一言そう言って走り去った。後には、メリッサとユーリアが残される。走り去る司羽とその先のセイルを見ながら、メリッサは軽く舌打ちを打った。
「ちっ、あいつ、私のイケメンとの心休まるトークタイムを邪魔しやがって……。」
「……わ、私達も行きましょうか?」
「行かなくても構いませんよ、どうせ大した用事ではありません。司羽さんが行ってくださっているのですから、私達はありがたくサボらせて頂きましょう。」
「あはは……良いのでしょうか。まあ、司羽様が付いているのなら危険はありませんが。」
少なくとも、護衛の仕事としてだけなら全く問題はないだろう。ユーリアは主の能力を何よりも信頼しているのだ。……とはいえ、そうなると自分の従者としての存在異議が問われる気がするが。
「……うーん……。」
「どうかなさいましたか?」
「……凄く、私の興味本位の質問があるのですが、宜しいですか?」
「………? は、はい。どうぞ。」
唐突に何だか改まった様子でそう言ったメリッサに、ユーリアは少し動揺しつつも促した。興味本位の質問とは何だろうかと考えを巡らすが、質問される宛があり過ぎて困る。司羽が居なくなったタイミングで自分に聞くと言う事は……。
「単刀直入に聞きます。」
「は、はい。」
「実際従者ってどんな感じなんですか? やっぱり司羽さんは年頃の男性ですし……その……女性的なスキルを使ったりする場面も、あったりするんですか?」
「………………………はい?」
ユーリアは暫く無言でメリッサの質問の意図を考えていたのだが、結局首を傾げて聞き返してしまった。どうしよう、若干笑顔が引きつっていないだろうか。質問が予想外の所過ぎて、頭の処理が追いついていない。なんだか顔が熱い気がする。
「だって、一緒に住んでいるんですよね? 相手は年頃の男の子。年下とは言え、そう大きく離れている訳ではなし。……と、なれば。」
「いっ、いやいやいや!! そういうのはないです、一切ないですから!! そもそも司羽様には恋人と言うか最早奥様と言っても差し支えないルーン様がいらっしゃいますし!!」
「でも、共和国と違って此処は多夫多妻……モテる男性はそれこそ何人もの女性を妻にすると聞きましたが。」
「わ、私の価値観は共和国寄りの一夫一妻ですから!! 司羽様はそんな節操のない方では御座いませんし、ルーン様と並べられるなんて恐れ多すぎます!!」
何故だろう、自分は健全に司羽に仕えているだけだと言うのに。リアの屋敷でもこんな話題を振られた気がする。やはり周りから見ると男主人に仕える女従者と言うのはそういう関係に見られてしまうのだろうか。……まあ、客観的には分からなくはないけれども。
「そうなのですか? ……いきなり司羽さんの従者になると傭兵を抜けたと聞いていましたので、私はてっきり。」
「あ、あはは……。もしそうなったら私は首と胴体が物理的に離されてしまいます。ルーン様はそれはもう尋常ではなく司羽様を愛しておられますから。」
「あら、それは命懸けですね。」
もう笑って流すしかない。自分が司羽の従者になった経緯からしても、そう思われても無理はないとはユーリアも理解している。
「……って、なんですかこのマヨネーズ塗れの物体? もう麺が黄色くなってるじゃないですか。」
「はっはっは、食欲をそそるだろう? マヨネーズは何にでも合うんだよ。……やはり、メリッサの分にもかけるべきだな。好き嫌いは良くないと僕は常日頃から言っているんだ!!」
「いや、セイルさん。それかけ過ぎですから……あーあ、紅生姜が見る影もなく……。あ、俺はマヨネーズは少量派です。焼きソバはこれで完成されている。」
「ダメだよ、若いうちから枠に囚われては。若者は常識を越えた新世界を味わう挑戦心を忘れてはいけない。ふふっ、まあ見ていたまえ。」
「…………あの馬鹿。」
「……なんだか、大変な事になっているみたいですね。」
少し離れた所で何やら不穏な声が聞こえ、メリッサは心底呆れたように溜息を吐いた。どうやら、メリッサの焼きソバが壮絶な最後を迎えようとしているらしい。セイルの楽しそうな声と、司羽の呆れたような声に不安が募る。
「………さて、どうやらはしゃぎ過ぎの馬鹿にお仕置きをしなくてはならないようですね。」
「……ほ、ほどほどに。」
笑顔のまま青筋を浮かべて指を鳴らすメリッサにカラ笑いで応えながら、ユーリアは静かに胸の中で十字を切ったのだった。