閑話:祭囃子の音がする前に
「そこまで来てたなら好きだって言っちゃえば良かったのに。」
「あの時は、色々嬉しくって今日はもうこれで良いかなーって思っちゃったのよ。私泣いちゃったし……。」
「もう、奥手だなあミシュナは。」
ちゃぷちゃぷ
顔を赤らめながら今日の事を話すミシュナに対して、腕を枕にして湯船の淵に俯せになったルーンが、ジト目で呆れたようにそう言った。星読み祭準備の最終日、司羽と一緒に帰ってきたミシュナに報告があると言われ、こうしてお風呂で二人の時間を作ったわけだが、ミシュナはルーンが思っていたよりも余程奥手な女の子であったらしい。
「私ならそんな良いムードなら速攻告白して、キスして、その場で私を貰ってくださいって言っちゃうのに……。」
「ええっ!? い、いや、でも……外ではちょっと……。」
「確かに外では私も怖いけど、それくらいの意気込みで行かなくちゃいつまで経っても友達止まりだよ?」
「だ、大丈夫よ!! 今日だって少し進歩した訳だし……。」
「うー……もどかしいなあ。」
ルーンは簡単に言うが、ミシュナに取ってはそう簡単な話ではないのだ。ルーンのこんなところは素直に羨ましいとミシュナは思う。その真っ直ぐさで司羽を骨抜きにしてしまっているのだから。
「そ、それでね、相談、と言うか御願いがあって……。」
「御願いって、私に?」
「ええ、……星読み祭の当日のことなんだけど。」
「…………。」
ミシュナから相談や報告は受けても、御願いと言うのは滅多にない事だ。もしかしたら初めての事ではないだろうか。そんな風に意外に思っていたルーンだったが、星読み祭の事だと言われ、ピンと来た。
「その……何日目でも良いの。司羽を一日、私に譲って欲しいのよ。勿論、司羽とルーンの予定は邪魔するつもりなんてないわ。司羽の予定はまだ聞いてないけど、多分、ルーンの予定を優先する以外は決まってないと思うから。」
「ふーん、なるほどね。私は良いよ。」
「ほ、本当!?」
「うん、そういう事なら。あ、でも四日目の星読みだけは譲れないから。……勿論、それまでのミシュナの頑張り次第では、私と司羽の二人きりじゃなくなる可能性もあるけど……ね?」
四日目の星読み。その日はミシュナも最初から考えになかった。もうルーンと司羽の予定を聞いていたし、その日に司羽と二人になりたいルーンの気持ちはミシュナも良く分かる。だから別の日にと考えていたのだが……。
「それって、私も一緒でも良いって事?」
「うん。だってミシュナ、告白するんでしょ? だったら、四日目に私だけなんて狡いし。ただし、その前にちゃんと決めてくること。」
「うっ、うんっ、頑張る………って、な、なんで告白の事知ってるのっ!?」
「あははっ、顔を見てれば分かるよ? ミシュナは分かりやすすぎだもん。そんなに好き好きオーラ出してたら、皆に分かっちゃうよ? 分からないのは司羽本人くらいなものじゃないかな。」
顔が真っ赤になったまま気合を入れ、直ぐにあたふたとし始めたミシュナ。本当に分かりやすくて可愛いなーと内心思いつつ、ルーンはその表情に意地悪な笑みを浮かべた。
「んー、でも司羽って本当に気付いてないのかな? もしかしたらとっくに気付いてたりして。」
「そ、そんな事……今日だっていつも通りの司羽だったし。」
「そう? 司羽って隠し事得意だし、ないって一概に言えないと思うなー。それにちょっと意地悪な所があるから、ミシュナが照れたり慌てたりするのを見て楽しんでるのかもよ?」
「………そ、それは……。」
基本的にはミシュナやルーンに甘甘な司羽だけれど、偶にちょっと意地悪な所が……サドっ気があるのはミシュナも感じている。何とか毎回反撃をしたり、先手を打ってみたりはしているものの、最近は少し押され気味だ。今回の警備中だって……そんな事を思い出して、ミシュナは自分の顔が熱くなるのを感じた。
「うーん、最近の司羽がどんどん女の子の……私の扱いが上手になっている気がするのは確かかも知れないわ……はふぅ……。」
「……あれ? もしかしてミシュナもそっちの……。」
「うっ、ち、違うわ!! 私はその……どっちかって言えば司羽を攻める方が……。」
「……ふーん? そうなんだぁ?」
(ジトー……)
ルーンの疑いの眼差しから逃げるように、ミシュナはサッと視線を逸らした。未だに顔が赤いままなのは、お湯の温度がいつもより高いからに違いない。
「まあ私はどっちでも良いけどね。照れ隠しにサドっ娘のフリして後戻りできなくなるミシュナもそれはそれで可愛いし。一体いつまでその仮面を被っていられるのか、私は楽しんで見せてもらうから。」
「なっ……!? あ、あれは照れ隠しなんかじゃ……。」
「はいはい。あ、さっきから顔が真っ赤だよ、ミシュナ。」
「そ、それはお風呂だからよっ!!」
「あー、そうだねー、熱いもんねー。」
「うぅ……。」
白々しい口調で同調するルーンの隣で、ミシュナは悔しそうに口篭った。ミシュナの咄嗟の言い訳も、ルーンには全て理解されてしまっている様だ。
「……ルーンって、結構意地悪な性格してるわよね。今もそうだし、私の気持ちを確かめる時だって……苛められる方が好きとか言ってたのに。」
「好きだよ? でも私の心と体を苛めていいのは司羽だけだもん。司羽以外の人に責めさせるような軽い女じゃないから。」
「……良くそんな事を恥ずかし気もなく言えるわよね。」
サッパリしていると言えばいいのか、それとも本当に恥じらいと言うものがないのか、判断に困るところだ。……でも、ミシュナにはその真っ直ぐさがとても眩しかった。自分の気持ちに正直になる事が最も大切な事だと、ミシュナ自身思っていたから。
「正直、羨ましいわ。」
「なら、ミシュナも素直になれば良いんだよ。難しいけど、本当はとっても簡単な事だから。」
「……そうね。」
難しいけど、簡単な事。ルーンと話していると、本当にそんな気がしてくる。
「うん、決めたわ。三日目に告白する。確か一日目は予定があってダメだって言ってたから、中一日くらいは空けた方がいいでしょうし。」
「そっか。頑張ってね!! 私はミシュナなら、大歓迎だから。」
「ええ、ありがとう。任せといて。」
二人は顔を見合わせて頷き合うと、クスッと笑った。これから二人で悪戯を仕掛けようとする、仲の良い姉妹の様に、無邪気なまま……。
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「あいつらは……風呂か。そう言えば、ミシュがルーンに何か話があるとか言ってたっけ。」
「最近、二人共妙に仲が良くなったのじゃ。いや、元々仲が悪いわけではなかったが……王手。」
パシッ
司羽が腹ごなしの夜のジョギングから帰ってくると、広間に居るのは将棋をしているトワとユーリアの二人だけだった。どうやら勝負も佳境らしく、先程から度々王手の声が上がっている。
「ふふっ、何ですか司羽様、女の子の秘密の会話が気になるんですか? それとも、ルーン様を取られてミシュナさんにヤキモチですかぁ?」
「いやっ、そ、そういう訳じゃ……。」
「うーん、それなら……ルーン様にヤキモチだったりして。……なーんて、王手飛車取り。」
「うぬっ、しまった!?」
「あ、あのなあ、ルーンみたいな事言うなよ。俺はここの常識に染れる程、柔軟な頭をしてないんだ。ルーンを裏切るような真似も絶対にしない。」
「まあ司羽様ならそう言いますよね、私達が胸焼けするくらいルーン様とラブラブですし。でも、もしルーン様よりミシュナさんの方が早く告白してたら……逆もありえたかも知れませんね。」
「なんでミシュが俺にって話になるんだよ。」
「もしも、ですよ。最近のお二人は、特に楽しそうですし。」
くすくすと笑いながら紡がれたユーリアの言葉に、最近のミシュナとの出来事を思い出す。終わってみれば一月に満たない短い間だった。それでも、とても濃い時間だったと思う。
「………なんで、だったんだろうな。」
今日、あの森で自分の為に歌ってくれたミシュナ。そして、その後唐突に泣き出したミシュナに、胸を掴まれるような感覚がした。あの感覚には、覚えがある。
「…………。」
「うーむっ……、駄目じゃな投了じゃ。」
「ふふっ、これで今日は私の勝ち越しですね♪ やっぱりヤグラと言う戦法は効果的です。」
「むーっ……守りを突き崩す方法を何とか編み出さねば………んっ? 主、どうかしたのかの?」
「……いや、何でもない。ちょっと、昔を思い出しちまってな。」
「昔、ですか? そう言えば、あんまり昔の話とかしませんね。今更ですが実は私、結構興味あるんですけど。」
将棋の勝敗が決まり、上機嫌のユーリアと、難しい顔で唸るトワは揃って片付けを開始していたが、二人とも司羽の言葉に興味を惹かれたように手を止めた。
「昔の主……。」
「そんな語り聞かせるような話はないぞ。普通だ、普通。」
「いやいや、絶対嘘でしょう。司羽様並の強さが普通な世界なんてどんな修羅の世界ですか。」
「気にするな。それに面白い話じゃない。だから、気にしないでおけ。」
「「…………。」」
念を押すような司羽の言葉。特に威圧するような感じではなく、あくまで説得するような口調。二人共、司羽に仕える者だから理解出来る。これは司羽からの『御願い』だ。
「そうですか。気になったんですけど、いつかの楽しみに取っておくことにします。」
「うむ、知りたい事を全て知ってしまうのも面白くないのじゃ。」
「そういう事だ。」
「………ふふっ。」
ユーリアは思わず笑みが溢れてしまった。司羽の『御願い』なんて、前は絶対にない事だったから。誤魔化すのではなく、信頼してくれているからこそのコミュニケーションだと感じられる。司羽のこういった変化はユーリアにとっても嬉しい事だ。
「……そろそろ、星読み祭だな。」
「うむ、一月とは短いものじゃ。」
「……そうですね、あっという間です。」
星読み祭。その特別なイベントが持つ意味を、司羽の言葉の本当の意味を、二人の従者は正確に捉える。
「嫌なものを見せちまう事になる。本当に良いんだな?」
「主の傍にあるのが童の望みじゃ。主が成すべき事だと言うなら、童に取っても成すべき事じゃ。」
「私も、司羽様の見る景色を一緒に見ると誓いましたから。それがどんな景色であれ、これからの私と司羽様には、きっと必要なものだと信じています。」
「……そうか、ならその言葉を信じるとするかな。」
不安も、緊張もなく、ただ事実だけを述べるように淡々と、二人の従者は言い切った。主の信頼に最大限に応える為、答えはとっくに決まっている様だった。そんな二人の反応に、呆れるやら、嬉しいやら、なんとも言えない溜息をつくと、司羽は薄く、笑みを浮かべる。
一つの屋敷の中、二つの場所で同じ様に語られた平和の象徴が、刻一刻と近付いていた。