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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第五章~星読み祭~
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第72話:開催準備(最終日)

「ふうっ……いつもあんなに騒がしかったのに、大分落ち着いてきたわね。」


「ああ、当日に向けてパワー温存ってところだろうな。山場は越えたと思っていいだろ。」


 ミシュナと一緒に午後の街の警備を続けながら、司羽はそう言って大分落ち着いた街並みを見回した。星読み祭の開催も間近に迫り、長期的な準備が必要な部分や、街の飾り付けなどは既に完成している様だ。露天なども、星読み祭に向けて一時撤退していて、そろそろ日も落ち始める時間という事もあり、この前の喧騒が嘘のように落ち着いている。


「嵐の前の静けさ……ってところか。」


「そうね。当日に嵐が来ようと雷が降ろうと、私には関係ないけど。」


 肩にかかる横髪を後ろに流しながら、ミシュナは嵐の予感などまるでしない快晴の空を仰いだ。心地よい風が頬を撫で、ミシュナの髪を靡かせる。


「なんだ、屋台とかパレードとか見て回らないのか?」


「私が人ごみ苦手なの知ってるでしょう。」


「……そういえば、そうだったな。」


 司羽が初めてミシュナに会った時も、気配を消して一人で本を読んでいた。街を歩く時も気配を消して歩いている様だし、人見知りなのか、単に人嫌いなのか……もしくは、ナンパが煩わしいだけなのか。


「トワ達には普通に接してるのにな。」


「別に人見知りって訳じゃないわ。単に静かな場所が好きなのよ。だから当日は家に居るか、マスターの店にでも行ってるわ。あそこなら星読み祭があろうとなかろうと静かに本が読めるし。」


「……それをマスターの前では言わないでおけよ?」


 確かにミシュナの発言は事実であるのだが、マスターはあれでも結構客入りに関しては気にしているらしい。事実この前、店の前に目立つ看板でも置こうかと真剣に悩んでいる様だった。


「でも確かに、人見知りって感じじゃないよな。学院でも普通にクラスに溶け込んでるし。」


「だから言ってるじゃない。元々授業に出ていなかったのだって、クラスで注目を浴びるのが嫌だっただけよ。それに魔法は嫌いなの。魔法学の授業なんて興味ないわ。……まあ、最近は魔法もそんなに嫌いじゃなくなってきたけどね。」


「そうなのか? またなんで?」


「……別に、魔法もたまには役に立つって分かったからかしら。」


 そう言って司羽に視線を向けたミシュナの表情は、どことなく嬉しそうに見えた。


「いや、元々便利だろう。使えるもんなら俺も使いたいよ。ルーンの次元魔法程じゃなくてもさ、夜道で灯りとか出せるだけでも便利だと思うぞ?」


「…………はぁっ。」


 司羽が素直に魔法の利便性を訴えると、ミシュナはあからさまに『こいつ分かってないな。』と言う表情で溜息をついた。……無論、ミシュナの心の内など知る由もない司羽からしてみれば、大分理不尽な感情ではあるのだが。


「まあそう言う事だから、私はゆっくりさせてもらうわ。本番は警備もプロがやってくれる訳だし。」


「……でも、流石に全日程何もしないのは勿体無くないか? 警備だけとは言え、俺達もこの祭りの準備に関わってるんだぞ?」


「……そうねえ。」


 ミシュナは暫く考える様に鮮やかに飾り付けられた街並みを眺め……チラっと司羽の顔を見た。


「そう言うからには、司羽も私のエスコートくらいしてくれるんでしょうね?」


「え? あ、ああ、そうだな、ルーンにも四日目以外ならいいって言われてるし。」


「……そうね、なら考えておくわ。」


 そう言うとミシュナは、ついっと顔を逸らした。これは……ミシュナに誘われたのだろうか? 確かにこの前みたいな連中がまた出ないとも限らないし、付き合うのはやぶさかではないが……冗談ならともかく、ミシュナにこんな風に真面目に誘われたのは初めてなのではないだろうか。ミシュナの表情を見ようとしたが、司羽からはミシュナの表情は見えない。……最近、ミシュナは変わった様な気がする。この前の事や、ルーンとの仲、司羽の知らないところで心境に何か変化があったのだろうか。


「…………。」


「なあ、ミシュナ……。」


「………あ。」


 司羽が、最近のミシュナについて話を切り出そうとすると、ミシュナは唐突に立ち止まった。司羽も合わせるように立ち止まり、ミシュナを振り返る。


「ん、どうした?」


「……あれ、もしかして迷子かしら?」


「迷子?」


 司羽が疑問符を浮かべながらミシュナの指の指す方を見ると……人通りが少なくなっても活気に満ちた通行路の端っこで、確かに、小さな女の子が不安そうな顔でキョロキョロと辺りを見回していた。周りに保護者の姿も見えないし、間違いないだろう。


「保護者とはぐれたか。人通りが少なくなって油断したな。」


「恐らくそうね、行きましょう!!」


「ああ、そうだな。」


 ミシュナはそれだけ言うと、司羽の返事も待たずに女の子に駆け寄った。……確かにミシュナは少し変わったように思う。でも、こういう世話焼きなところはずっと変わっていない。ならば、それでいいと司羽は思った。何か変化があったとしても、それを無理に聞き出すことはないだろう。司羽は自分の中でそう決め、ミシュナの後を追ったのだった。








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------

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「そっか、マリって言うんだ。私はミシュナよ、宜しくね?」


「ぐすっ……うんっ。」


「……流石だな。」


 司羽は感嘆混じりにそう呟いた。ミシュナが最初に迷子の少女に話しかけた時、少女はいきなり泣き出してしまったのだ。しかしミシュナは動揺一つせず、柔らかい笑顔で少女に優しく接し、ものの数分で少女の名前を聞き出した。見事だと言う他ない。自分が同じ事をしろと言われてもとても無理だろう。


「ふんふん。じゃあ、お母さんとはぐれちゃったのね?」


「うん……。」


「そっか……でも安心しなさい、私達が見つけてあげるから。」


「……本当?」


「本当よ。お姉さん達に任せなさい!!」


「うん……おねえちゃん、ありがとうっ!!」


「………おおー。」


 笑った。つい先程まで泣いていたにも関わらず、ミシュナの言葉に勇気付けられた様に、その瞳には希望と信頼が見て取れる。出会ってからものの数分で、ミシュナは少女と打ち解けてしまった。女の子であるが故に、司羽が中々関与しにくいトワの事を普段から良く世話してくれている事もあるので、司羽も面倒見がいいなと常々思っていたのだが……こういう場面を見ると本当にそう思う。





そして、それからまた少しの時が過ぎ……。






「ごめんね、おねえちゃん達デートだったのに。」


「だからデートじゃなくて警備!! もう、さっきから言ってるでしょう?」


「えー、絶対嘘だ。だって他の警備の人達は皆、女の人同士で組んでるもん。」


「そ、それは……私達のクラスの男性の数がそもそも少ないのよ。」


「ふーん、へー? そうなのおにいちゃん?」


「まあ、確かに少ないな。ウチのクラスなら二人、警備に参加してる奴を全部合わせても四人だったか。」


「じゃあ男の人同士で組めるじゃん!! やっぱりおねえちゃん達恋人なんでしょ!? そうでしょう!?」


 マリが瞳をキラキラさせながら、期待満天の顔で司羽とミシュナを交互に見た。泣き止んでから後、さっきからずっとこんな調子だ。どうもミシュナと司羽の関係を恋人同士にしたいらしく、ミシュナや司羽が否定しても、全く聞く耳を持たない。


「もうマリっ、良い加減にしないと怒るわよー?」


「きゃーっ♪ おにいちゃんバリアー!!」


「おいおい、あんまりはしゃいで転ぶなよ?」


「大丈、わっ!!」


「おっと。」


 ミシュナから隠れる様に司羽の横に回り込んだマリだったが、足がもつれて転びそうになってしまった。そんなマリの体を、司羽は苦笑混じりの表情で支える。言ったそばからこれだ。元気になったのは良いが、何となく母親とはぐれてしまったのにも納得してしまう。恐らく、この飾り付けられた街に興奮して、一人でどんどん先に進んでしまったのだろう。まだ子供だから無理もないかも知れないが。


「ほら、気を付けないと駄目だろ?」


「うん、ありがとう、おにいちゃん!! ふふっ、お礼におねえちゃんに愛想尽かされたら私が彼女になってあげるっ!!」


「あはは、期待してるよ。」


 ちょっとおマセな年頃であるマリのイラズラっぽい笑顔にほっこりした気持ちになりながら、司羽がマリの頭をポンポンと叩く。……その瞬間、隣から刺さる視線の温度が一段階下がった気がした。


「………このロリコン。」


「いや冗談だよ!? なんでミシュはそんなにゴミを見る目で俺を見てるんだよ!!」


 なんだかあの目は結構冗談に見えないんだけど!?


「マリ、世の中には冗談の通じない人も居るんだから、うかつにそんな事を言っちゃ駄目よ? ストーカーにでもなったら怖いでしょう?」


「はーいっ!!」


「元気が良くてよろしい。」


「あの……いや、冗談通じるよ? 俺そんなに飢えてる人みたいに見える?」


「んーん。見えなーい!! おにいちゃんは普段からいっぱい綺麗な女の人に囲まれてそう!!」


「……………。」


 当たってるから困る。子供の直感って怖い。そしてマリも飢えてるの意味が分かるのか。最近の子供は進んでるなあ。


「おねえちゃんは、おにいちゃんの第一夫人?」


「いや、それはル……じゃなーくーてー!! ほらっ、ちゃんと周り見てないとお母さん見逃しちゃうわよ!!」


「大丈夫だよー? マリちゃんと見てるもん!! それより、おにいちゃんはもう結婚してるのー?」


「えっ……俺そんなにおじさんじゃ……。」


「あーもう!! 話を逸らさないの!!」


 もう迷子の不安など何処かに忘れてしまった様に(実際忘れてしまっているのかも知れない)マリは二人に興味津々になっている。不安になって泣かれるよりは安心出来るから問題はないが……さっきから微妙に心にグサッとくる。


「だって気になるんだもん!!」


「気にしないのっ!! ほら、早くお母さんを探さないと心配してるわよ?」


「ぶーぶーっ……。」


 ミシュナは不満気なマリの手を取ると、再び辺りを見回して母親を始めた。なんだか寧ろミシュナがマリのお母さんに見えなくもないな、と司羽は内心そんな事を考えながら……二人の視線が背後の自分に向けられているのに気がついた。


「司羽もサボってないで一緒に探しなさい。」


「おにいちゃんも探しなさーい?」


「あははっ、悪い悪い!!」


 マリと繋いでいない左手を腰に当ててジト目になり、肩越しに司羽を睨むミシュナの隣で、マリもまた同じような体制で同じような事を言う。そんなマリの表情はミシュナとは対照的に終始楽しそうに笑顔のままで、司羽とミシュナもついつい釣られて笑顔になってしまうのだった。












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-----

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「ありがとうございましたっ!!」


「おねえちゃん、おにいちゃん、ばいばーい!!」


「ふふっ、ばいばい。」


「ああ、もうはぐれるなよ? お母さんも、気を付けてくださいね。」


 頭を何度も下げてお礼を言う母親と、そんな母親に手を引かれながら笑顔で手を振るマリに向かって、司羽とミシュナも笑顔で手を振って返した。


「良かったな、見つかって。」


「ええ。でも疲れたわ、マリったら途中から探すのやめて目移りし始めるんだもの。」


「ははっ、もうどっちが困ってたんだか分からない状況だったな。」


 結局あれから暫く三人で歩き回り、一時間程度で母親は見つかった。母親の方もマリが迷子になって直ぐに相談所に連絡していたらしく、組織された捜索隊がずっと街中を探し回っていたらしいのだが……。


「まさか、普通の買い物客だと思われてたとは。一応腕章も付けてるんだけどな。」


「……夫婦って……私、あんな大きい子供居るように見えるのかしら……。」


 結論から言えば、捜索隊はマリを見つけながらも迷子だとは思わなかったらしい。理由を聞いたところ、若いカップルとその子供が街を歩いている様に見えていたらしく、『あれ、そうかな?』、『いや、ただのカップルとその子供でしょ?』、『そっかー、若いのに進んでるねー。』みたいな会話と共に完璧にスルーされたいた。しかし一時間しても見付からないので捜索隊もいよいよ焦り、警備班に連絡が回って来た為に無事解決を見る事になったのだ。


「今年はもう大丈夫だろうけど……他の班とのチームワークは来年に向けた課題だな。」


「……………。」


「……ミシュ、どうした? 顔赤いけど。」


「えっ!? なっ、何かしら。」


「……いや、何でもない。」


 珍しく上の空になっていたのが気になって声をかけたが、ミシュナはどうやら何か考え事をしていた様だ。顔が赤い様にも見えるが……もう夕方で夕日も出ているからそのせいだろう。そろそろ、警備も終わる時間だ。


「明日からは、本職の警備を導入するらしいぞ。まあ、当日にいきなりってのも危ないだろうし妥当な判断かもな。」


「ええ、長いようで短かった……かしらね。」


「一ヶ月程度だからな、そんなもんだろう。忙しかった事もあるしさ。」


「……そう、ね。」


 この星読み祭準備への学院生の参加も、元々経費節約と学生の社会貢献が目的だった部分はある。だからここから先はプロの領分だ。


「……………。」


「ミシュ、本当にどうかしたのか?」


「……………。」


「ミシュ?」


 なんだか反応が鈍いミシュナが心配になって司羽はもう一度問いかけ、隣にミシュナが居ない事に気がついた。司羽が立ち止まって振り返ると、ミシュナもまた立ち止まって、何処かを見ていた。その視線の先は……。


「……? ああ、ここって……。」


 見覚えのある、自然公園。この街には多くの公園があるが、とりわけ印象に残っている場所。そこはミシュナと初めて会った日に訪れ、予想外の速さで再開した、あの森のある公園だった。その公園を、ミシュナは立ち止まって見つめている。司羽がミシュナの視線を正確に追っていくが、特に何があるわけでも、誰がいるわけでもなかった。


「懐かしいな。そういえばあの時ミシュは……歌を歌ってたんだっけ。」


「……ええ、そうよ。」


 機会があれば聴かせると、ミシュナはそう言っていた気がする。あの綺麗な歌声は、未だに司羽の記憶に残っていた。何処か寂しげで、暖かく……懐かしさすら感じる歌だった。


「……ねえ、司羽、少し散歩しない? あの森の中を。」


「……ああ、そうだな。なんだか俺もそんな気分だ。」


 仕事も終わり、もう後は帰るだけだ。報告は無線機で済ませたし、司羽もまた、この星読み祭の準備という体験の終わりをもう少しだけ引き伸ばしたかった。そして二人は同時に公園へと脚を向ける。夕暮れ時、人の居ない公園に、二人の影だけが写っていた。




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