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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第五章~星読み祭~
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第70話:開祭準備 (初日)

4月から仕事が始まったのですが、慣れるまでは更新が少し遅れるかも知れません。まじかるタイムの連載終了次第スピードをあげるつもりでいるのでご了承ください。

「それじゃあ司羽、ミシュナ、私達はそろそろ行ってくるね?」


「ああ、気をつけてな。」


「ちゃんと司羽の事は見ておくから安心なさい。」


「ふふっ、うん、ありがとう………お願いね?」


 星読み祭ももうすぐに迫り、今日からは学院関係者も準備に参加する事になっている。ルーンはトワとユーリアを連れて次元港の整備に行く予定が前々から決まっていたので、朝から慌ただしく準備を始めていた。どうやら、司羽達よりも大分早く家を出なければならないらしい。


「ルーン様、少し急ぎませんと。」


「あ、そうだね。じゃあ行ってきまーすっ!!」


「行ってくるのじゃっ!!」


「おう、行ってらっしゃい。」


バタンッ


 見送りの言葉と共に玄関を出ていく三人を送り出すと、司羽は疲れたように息をつくミシュナに視線を移した。トワの身支度や朝食の支度など、色々とやっていた様だし仕方がないが。


「随分と慌ただしかったな。」


「当日まではこんな感じでしょ。明日からの朝御飯はもうちょっと早いほうが良さそうね。」


「……だから、この期間くらいは俺が……。」


「ふふっ。だーめっ、ルーンからの指令よ。司羽には働かせないって。」


 意地悪を承知でくすくすと笑いながらミシュナが言うと、司羽は不機嫌そうに視線を逸らす。


「………凄い疎外感だ。」


「あら、寂しいの?」


「当たり前だろ、それ以上に居心地が悪い。」


「ふふっ、ならそう素直に言えば良いのよ。クールぶって平静を装うからそうなるの。貴方が寂しいなんて言ったらあの子ずっと付きっ切りになるわよ?」


「そうだな、なら今日は言わなくてよかった。」


 急遽予定変更で準備に行きませんとか言い出しそうだ。元々あまり乗り気じゃないようだったし、自分を優先してくれるのは嬉しいのだが、なんだかそれは申し訳ないと思ってしまう。自分のせいでルーンの評判が落ちるのは避けたいのだ。


「冗談はともかく、私達もそろそろ行くわよ? 取り敢えず初日の今日は学園でクラスの担当が発表されるから遅刻すると聞き逃すわ。」


「ああ、そうだっけ。おし、じゃあさっさと準備しないとな。」


「私は終わってるから、早く行ってきなさい。」


「………はいよ。ちょっと待ってな、すぐ準備してくる。」


 ミシュナに促され、司羽はそそくさと部屋に戻った。流石にミシュナは準備が良いようだ。あまりこういうことには乗り気じゃないイメージがあるのだが……流石に他人に迷惑がかかる部分はしっかりしている。何にせよ、ルーンにもミシュナの事は言われているし、自分もしっかりしなくては。そんな事を思いつつ、慌ただしく一日目は始まった。











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「おーい!! まだ木材は届かないのかー?」


「ちょっ、なんでもう材料来てんだよ!? 今日届いたら当日までに絶対悪くなるだろ!?」


「きゃあっ、どいてどいて!! 前見えないから早くどいてっ!!」


ワイワイ、ガヤガヤ


 祭りの準備という非日常がいつもの街並みを別空間に変化させていた。いつもは左右に充分なスペースのある街道が狭く感じ、人々の声が密集して大きな一つの祭囃子のようになる。祭りの雰囲気というのは、結局世界が変わっても変わらずに心踊るものがあるようだ。そしてそれは、学院関係者として関わる司羽も同じ………はずだった。


「………はぁっ。」


「なによ、ぼーっとしちゃって。」


「いいや、準備ってもっと本格的に参加するのかと思ってたからさ……。」


「……なるほどね。」


 隣にいるミシュナは、司羽の言葉に苦笑しつつも同意した。そしてそのまま自分が付けている腕章に視線を落とす。『学院警備班』腕章にはそれだけ書かれている。つまりは読んで字のごとくだ、その言葉はミシュナの腕章だけでなく、同じく司羽のものにも書かれていた。


「でも警備だって立派な仕事よ。一応私達は学園のトップクラスなんだから、巡回には最適でしょう?」


「まあ、それはそうなんだけど……。」


 理屈は分かる、自分達には最適な仕事だ。でも個人的に司羽は高校などの文化祭の準備をイメージしていたのだ。こう、自分達で作り上げていく感じの雰囲気だ。勿論これは国規模だからして、内容的にはもっと大きな仕事になるだろうと思っていたのだが……まさか方向性が違うとは、正直期待はずれ感が否めない。


「ほらほら、文句言わないの。次行くわよ、次。」


「はいはい……。」


 そんな司羽とは対照的にミシュナは左右に視線を走らせながら、結構真面目に警備に取り組んでいた。文句を言っても始まらない。それは分かっているのだが、折角この世界に来て友人や恋人も出来たのだ。文化祭という皆と作り上げるものに触れてみたかったのはある。無論、勝手に期待していた自分が悪いのだが。


「…………ちょっと待ってなさい。」


「え? それは構わないけど。」


 何か問題を見つけたのか、ミシュナが既に出ていた屋台の一つに近づいていく。よくよく見ればどうやら準備中でもやっている屋台はあるらしく、いくつかの出店から食欲をそそる匂いが漂ってくる。なるほど、確かに準備中から売っていても買う人間は多そうだ。特に屋台なんかは準備にも対して時間は掛からないだろうし、他のモニュメント制作とかの長期間作業をする人間にはありがたい。準備中とはいえ、祭りの最中とそう大差はないのかも。


「寧ろ準備中からが本番なんだろうな………商売根性ってやつか。」


「司羽。」


「ん? 終わったのか………って、なんだこれ。」


「ソフトクリーム、奢ってあげるわ。」


 ミシュナは端的にそう言うと、二つ持っている内の一つを司羽に押し付けた。そうしておきながら、自分の分を少し口に含む。……どういう事だろう、こういう少し強引なところはミシュナらしいと言えばらしいのだが。


「学院の文化祭は別にあるわ。尤も、今年は星読み祭の影響で来年になっちゃうけど。」


「そ、そうなのか?」


「そうなのよ。それにこの警備係って結構人気あったみたいよ? 自国で星読み祭なんて滅多にないし、警備の名目で少し早めのお祭りを楽しめるじゃない?」


「ははっ、まあそう考える奴はいるだろうな。」


「そう言う事。だからこっちはこっちで楽しめばいいのよ、仕事しながらね。ほら、行くわよ。」


「ああ……。」


 ミシュナはそう言って、笑顔で司羽を促した。二人で並んだまま、ソフトクリームを片手にゆっくりと喧騒の中を歩く。もしかして、いやもしかしなくても元気付けられたのだろうか。もう長い間一緒に住んでいるのだから分かる、ミシュナとは、そういう人間だ。


「………ありがとな、やる気出たよ。」


「安い男ね、ソフトクリーム一つで。」


「おいおい、買った本人がそれを言うのか?」


「ふふっ。」


 お礼を言った途端にこれだ。ミシュナの毒舌にも慣れたが、どうもこの毒舌は自分にのみ面と向かって向けられるものらしい。出会った当初は随分と翻弄されたものだが、今では寧ろこのミシュナとの間の空気が心地いい。笑顔で毒を吐くミシュナも同じなのだろう、冗談だと分かってくれると信頼してくれているのだ。……とはいえ、ちょっと悔しい。たまには反撃をしても許されるのではないだろうか?


「……しかしまあ、お祭りの中ソフトクリーム片手にって言うと、完璧にデートだな。」


「ぶふっ!! けほっ、こほっ、こほっ………い、いきなり何を言い出すのよ!!」


「うーん、それになんだかミシュナの服もいつもより可愛いしな。どうしたんだ、その服?」


「へっ!? あ、え、えっと……これは昨日っ、じゃなくってっ!!」


 やはり、ミシュナはこういう方向性で押されるのには弱い。こちらとて半年間以上もの間ただやられっぱなしでいたわけではないのだ。ルーンが恋人になるまでは、ミシュナが触れ合うようなスキンシップを良くしてきていたが、やはりあの時もフリだけである場合が多く、実際にくっつくのもミシュナ主導でコントロールされている時だけだった。ルーンとのスキンシップを見ている時も、潔癖であるような発言が多かったし、予想通りの反応だ。


「あははっ、冗談冗談っ。それにデートならソフトクリーム買ってくるのは男の仕事だよな、ミシュナにリードされてるしアベコベだ。」


「なっ!? じゃ、じゃあ司羽がリードしなさいよっ、馬鹿っ!!」


「はっ? リード……した方が良いのか?」


「えっ? あ、ち、違うのっ!! そ、そうじゃなくて、えっと、その……あーっ、もうっ!!」


ぎゅっ


 完全にテンパった様子のミシュナが、唐突に司羽の空いた腕を取って抱きしめた。それと同時に、柔らかいミシュナの感触が腕に押し付けられる。


「お、おい、いきなりどうしたんだ!?」


「…………しなさい。」


「はい?」


「で、出来るものならリードしてみなさい。ま、まあ、期待はしてないけど?」


「ほう………。」


 なるほど、どうせ出来る訳もないだろうと言いたいらしい。いや、確かにいきなりミシュナに気を使わせた手前、出来ると断言するのもどうかと思うが。……しかし、こういうスキンシップは最近のミシュナからすると珍しい。咄嗟の切り返しに思いついたのだろう。顔も真っ赤だし、余程余裕がないと見える。


「良いだろう、受けて立つ。」


「えっ!? ほ、本気……? ルーンにバレたら泣かれるわよ?」


「ああ大丈夫、多分ミシュナ限定なら怒られないから。自分にもして欲しいとは言われると思うけど。」


「うぐっ……た、確かにそうかも知れないわね。」


 なんだか、最近のルーンとミシュナはやたらと仲が良い気がする。彼氏としても、二人と一緒に暮らしてきた人間としても、最初の頃は微妙に嫉妬心の様なものがあったものだが、正直もう慣れた。寧ろ、二人の現在の関係はこちらとしても心地いいものだ。今はリアが大変な状態なので、ルーンとなんでも話せるような女性はミシュナだけだろう。


「でもリードか……うーん。」


「ふふっ、私はルーンみたいに司羽のやることなら何でも嬉しいって言う女じゃないわよ?」


 ミシュナの挑発的な笑顔も、皮肉っぽい言葉も、その赤くなった顔では意味がないと言う事をなんとか思い知らせてやりたい。しかしリード、リード……まず、デートと言えばなんだろう。


「そうだ。ほら、ミシュナ。」


「え、な、何っ?」


「一口どうだ?」


「……………。」


 おお、逆襲成功。元々真っ赤な顔だったが、まるで林檎のようだ。


「う、あっ……お、同じソフトクリームの味比べてどうするのよ!!」


「あははっ、そりゃそうだ。」


「くっ……ううっ……。」


 やばい、なんか凄く楽しい。もしかしたら、こうやってミシュナを手玉に取るの自体が初めてかも知れない。今までの女性関係ではなんだかんだで基本受けに回る事ばかりだったし、こうして攻める側に回るのは新鮮だ。まあ、あまりからかい過ぎても可哀想だしこの辺で勘弁してやろう。


「さて、次の巡回場所はっと……。」


ぐいっ


「おっ?」


「はむっ……んっ………。」


 少しの間だけ前方に視線を逸らそうした瞬間の出来事だった。ぐいっと、ソフトクリームを持った方の手を引き寄せられ、そのままミシュナの小さな口が、少しだけ司羽の持っていたソフトクリームを口に含む。あまりに突然の、そして予想外の事に司羽も一瞬固まってしまった。


「た、食べたわよ……? ふ、ふふっ、ほら、次は司羽の番でしょう?」


「…………え、マジで?」


「ええ、大マジよ。私にだけやらせて終わりなんて、絶対に許さない。」


「うぐっ……。」


 これは……大ピンチだ。しかし、此処は負けたくない。見ればミシュナも相変わらず真っ赤な顔で瞳を潤ませている。向こうも大分テンパっているのだ。ここで引くのは男じゃない。


「あむっ………うん、美味い。」


「……そ、そう、それは良かったわ。」


「……………。」


「……………。」


 沈黙。自分の顔が熱くなっているのが分かる。見ればミシュナも赤い顔のまま俯いていて、恐らく、今同じ事を考えているのだろう。そして、ゆっくりと時間をかけて冷静になっていく。ゆっくりと、周りの声が聞こえるように……。


「いやあ……暑いねえ、今日は。」


「学生さんのカップルかあ……私も歳ねえ……。」


「あー……なんか凄く死にたくなってきた。」


 ……なんでこんなに注目を浴びているんだろうか。


「っぅ~!?」


「……次行こうか、ミシュナ。」


「そ、そうねっ、早く行きましょうっ!! 今すぐに此処から離れましょうっ!!」


 顔を見合わせて即断即決。二人は早歩きでそそくさとその場を後にした。後に残ったのは、僅かばかりの後悔と、顔に残る熱、それと食べかけのソフトクリームだけ。そしてそのソフトクリームは、結局最後の一口まで二人の顔の熱を再燃させることになる。それから一日目の警備の間はずっと、ミシュナは顔を真っ赤にして仕事を続けることになるのだった。





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