第6話:歌とお酒と宿泊と
3月辺りからペース上げられたらいいなぁ……と、思ってます。
それでは、宜しければ感想評価をよろしくお願いします。
「ふぅ、初日から中々疲れたな……。」
授業と放課後の質問責めが終わり、俺は一人帰路についた。別に一緒に帰るのが恥ずかしいとかではなく、ルーンはリアと委員会があって一緒には帰れないらしい。と、言う事でこれからマスターのバーにでも行こうかと思っている所だ。
「御礼も言わなきゃいけないしな、うん。一日でどうにかなるとは思えないけど、白銀の女の子の情報も聞いておきたいし。」
司羽はそう独り言を言いながら店の方に歩いていく。店までは学院近くの公園を突っ切るのが一番近いのだが、その公園のまた広いのなんのって……軽く森みたいになっている。広場が中心にあり、それを取り囲む様に木が大量に生えていて、森と勘違いしてもおかしくない様な公園だ。
「それにしても広いよなぁ。学院にも森見たいな所があるけど、エーラってどんだけ土地が余ってるんだろう。地球では考えられないな、『魔法との 自然に優しい エコライフ』。」
なんとなく気分で川柳っぽいのを作りながら森の中に入り、この世界に生えている植物を眺めて進むと、不意に違和感を感じた。………何か人の声が聞こえる……これは、歌だろうか?
「……歌声? まぁ異世界だし、妖精が歌ってても別におかしくないんだろうけどな。」
なんて事を言いつつ、興味を惹かれてついつい声のする方へと足を向けてしまう。美しく悲しく、優雅でいながら壊れそうな。そんな心に刻まれる歌声の方へと。
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「……っ……誰っ!?」
俺が近寄ると、気配を察知したのか歌声が止んだ。そして歌声の持ち主が俺に対して身構える。歌が止んでしまったのは残念だけど………歌声の主が知り合いだった事に驚いた。
「なんだ、さっきの歌声はミシュだったのか。」
「……司羽……? あんた、なんでこんな所にいるの?」
ミシュは俺だと気付くと、多少警戒を解いて言った。とは言え、一定の距離は保たれているけど。うーん、信用されてない。俺はいきなり襲い掛かる様な真似はしないつもりだけど、まぁさっき初めて会ったばっかりだし、仕方ない。若干ナンパ師っぽい言動もあったと自覚しているし。
「なんでこんな所にってのは、単純に移動中に歌声が聞こえたから気になったんだよ。この先にちょっと用があってな、公園を抜けるのが一番速いんだ。……おい、あからさまに距離を取ったな? いや、本当だから、後を付けて襲い掛かったりしないから。」
「………本当っぽいわね……仕方ない、信じてあげるわ。」
司羽が分かり易い説明をすると、ミシュはまだ何か言いたげにこちらを睨み付けた。……まだ疑ってるのか、心配症だな。それとも学院で流れてるらしい俺がルーンに何かした的な噂は、そんなに警戒される程酷いのだろうか。……うーん、だとしたらかなり落ち込むな。
「つまり、司羽は私の歌を盗み聞きしてたって訳ね。良い趣味だこと。」
「……やっぱり信じてないじゃねぇか。だから、偶然だって言ってるだろ? ……だがまぁ、感想を言えば良い歌声だったと思うぞ?」
「………あ、当たり前でしょ? 見聴料取りたいくらいよ。」
そっぽを向いてしまったが、ミシュの顔がほんのり赤くなっている。うん、照れてる照れてる。実際、かなり良いものが聴けたと思うし。何人か歌姫って呼ばれる人の生歌は聞いた事があるけど、お世辞抜きにミシュナは結構良い線いってると思う。
「な、何ニヤニヤしてるのよ!! ……内容捏造したニュースを学院警察に突き出すわよ!?」
「……い、いや、本気でやりそうだし、それは勘弁してくれ。……ま、今度また歌ってくれよ。時間がある時にでもゆっくりさ。」
「な、なんで私がそんなこと……。大体、私は人前で歌ったりしたくないし。……あ、もしかしてそれって、私を口説いていたのかしら?」
「違うっての!! ……ったく、照れ隠しも程々にしないと可愛くないぞ。」
取り合えず反撃しておこう。何と言うかミシュは年下と言う感じがしないが、どちらにしろ、からかわれっぱなしは趣味じゃないし。……うん、ミリク先生は別だ。なんか逆らったら酷くなるオーラが出てるからな……。
「ふふっ、司羽は真っ赤になって俯いちゃう様な、そういう初々しいタイプの子が好きなのね? 可愛い趣味ね。」
「…………。」
……墓穴を掘った。くそう、ミシュもミリク先生と同じタイプの人間か……。いや、違うぞ? 別にそういうのがタイプとか趣味ってわけじゃない……って俺は誰に言い訳してるんだろうな? もう止めよう、うん。
「くっ、そういうお前は本当に可愛くないな。」
「あら、冗談を。自分の容姿の程は理解してるつもりよ?」
「……さ、左様ですか。」
照れも何もありゃしないな。……まぁ、良いものが聴けたと思ってるのは確かだし、別にいいか。そろそろマスターの所に行かないと帰りが遅くなるしな。
「歌に関しては気が向いたら頼むよ。じゃあ、俺はそろそろ行くから。ミシュも暗くならない内に帰れよ。自信程には容姿は良いみたいだからな。」
「……司羽、ちょっと待ちなさい。」
ん、なんだ? 心なしか顔が赤い気がするし。もしかして愛の告白でも……って、まぁそれはないだろうが。というか、そんな事口に出したらその瞬間俺の色々な物が終わりそうだ。ミシュ相手には冗談も言えないな。
「……私が此処で歌ってたなんて誰かに話したら……分かってるわよね?」
「あ、あー……成る程。いや、言わないよ。ガセネタで後ろ指さされたくないし。」
「……分かってるなら良いわ。」
成程、つまりは恥ずかしかったわけね。なんだ、普通に年頃っぽい可愛いところもあるなー……って、この思考少し駄目っぽくないか? 本当になんかちょっと落ち込むな。
「ふぅ……んじゃあ、そういう事で。」
「待ちなさい。」
「……まだ何かあるのか?」
俺の事を信用してないのか? と、思ったらそういうわけでもないらしい。なんか、元のミシュっぽい感じがする。
「………私も一緒に行くわ。」
「……はぁ? 一緒に行くって言っても、俺がこれから何処に行くか分かってんのか? 何も面白くないと思うぞ?」
「知らないし、構わないわ。歌い直す気にもならないし、ただ何となくついて行こうと思っただけ。駄目かしら?」
「いや、駄目って事はないけどな。」
別にマスターの所に行くだけだし、真面目に特別面白い事もないと思うんだけどな。まぁ、人によっては毎日でも行きたがると思うけど。てか俺は行きたい。毎日でも行きたい。
「ならいいじゃない、暇なのよ。……あ、先に言っておくけど退屈させないでよ? これは歌の見聴料代わりなんだから。」
「……おい。自分が目茶苦茶言ってるって分かってるか?」
「ほら、男には女を楽しませる義務があるのよ。私を連れて歩けるんだから感謝するべきだと思うわ。」
「………自分勝手な奴………。」
「あら、そういう女もたまには良いでしょ? 家ではあの首席ちゃんを従順なペットにしてるって聞いたわよ? 二人目を御所望?」
「なんだその鬼畜過ぎる噂は……信じるな、そんなもの。」
「隠さなくても良いわ。人の性癖を兎角言おうとは思ってないから♪」
「お前、絶対分かってて言ってるだろ……。」
まともじゃないだろうとは思ってたが、なんつー噂が流れてるんだよ、流してそうな人物に当てがありすぎるのが嫌だ。……しかしまぁ、傍若無人ってのはこいつの事だな……。なんか良く分からんが、いつの間にかミシュが俺について行く事になってるし。体よく暇潰しの対象にされつしまっているし。俺はミシュの独特のリズムに困惑しつつも、溜息を漏らした。
「マスター、司羽です。この度は本当にありがとうございました。」
「いや、いいんだ。若者は学ぶべきだからな。」
今日もまた安楽椅子に座りつつ、グラスを磨くマスターに俺は頭を下げた。渋い、かっこいい。やっぱり此処はいいなぁ。
「で、そっちの嬢ちゃんは誰だ? 坊主が言ってたルーンとか言う家主か?」
「え、あ、私はミシュナと申します。」
マスターに聞かれて少し緊張した様に答えるミシュ。まぁ俺も最初はそうだったさ。そう思っているとミシュが耳打ちをしてきた。
『ちょっと、何なのよ此処は……。あんた、こんな怪しげな所に何しに来たの……?』
『怪しげな所って言うな。あの人は俺に学院編入をさせてくれた人だ。俺はマスターって呼んでるが、名前も何もかも謎な人だ。』
ミシュに耳打ちしかえすと、ミシュはマスターをジーっと観察する様に見た。おい、失礼だぞ。一応俺の恩人なんだからな。
「どうした嬢ちゃん? ……飲むか?」
「マスター、未成年にいきなり酒は……。」
「……未成年……? なんだそれは、取り合えず座れ。今日は俺の奢りだから気にするな。」
そう言ってマスターはグラスに比較的アルコールの弱い果物のカクテルを注いだ。というかこの世界には未成年って表現はないのか。いや、俺も昨日思いっ切り飲んじまったけど。
「うっ、私お酒は……飲んだ事ないし……。」
「何言ってんだ。少し位飲める様にしとけ。」
マスターはそう言ってミシュのグラスに注ぐ。と言うか、奢ってばかりで客が来てる様にも見えないし。店の経営としては大丈夫なのだろうか? 一カ月の収入が気になる所だ。
「坊主もほれ。嬢ちゃんに手本を見せてやれ。」
「手本って……まぁ、頂きます。」
昨日分かった事だが、俺はかなり酒に強いらしい。マスターも初めてでこの強さは以上だと言った程で、その時にアルコール濃度の高いカクテル、発酵酒、他のアルコール類も飲んだがそこまで酷くは酔わなかった。取り合えずグラスを傾けてミシュを見ると、珍しく少し困った様にグラスを見つめている。
「……ん、甘い。ほらミシュ、折角だしお前も飲んでみろよ。確かにアルコールが入ってる感じはしないし、飲みやすい。」
「うっ……司羽、さっきと言ってる事違うわよ………ああもう分かったわ、飲めば良いんでしょ。」
そう言ってグラスを手にするも、まごつくミシュを見て俺は苦笑してしまった。いやぁ、別にさっきまで一方的にやられてた仕返しではないよ? 別に後で反撃のネタになるかなーとかも思ってない。これは単純にマスターの好意は受けた方がいいんじゃないかなと思っただけ、うん。
「それじゃあ、少しだけ……。」
「本当にこれくらいじゃなんともならない筈だからそんなに心配するなって。」
「…………。」
コクッ、コクッコクッ
ミシュは一口飲んでから一気にグラスを傾け、そのまま一気にカクテルを飲み干し……そして沈黙。……まさか、これくらいでアウトって事はないだろう。さっき飲んだ時はアルコールの匂いもそこまでしなかったし。
「…………。」
「お、おい、どうしたんだ? おーい、ミ………。」
パタッ
「…………え?」
司羽の眼の前で、いきなりミシュがカウンターに突伏した。というか………え、一杯で? いやいや、そんな馬鹿な。殆どアルコールを感じなかったのに……。どれだけ弱いんだ。
「……まさか一杯でブッ倒れるとはな……。」
「これはマジですね……。お、おいミシュ!? 大丈夫か!? おーい!!」
揺さぶっても返事がない。……でもまぁ息はあるので屍ではないようだ。いや、流石に死なれちゃかなわないけど。どうするんだよ、起きるまで待つか?
「……仕方ないな、取り合えず連れて帰ってやれ。今のところ白銀の娘の情報もまだないしな。」
「………わかりました。っていうか、ミシュの家が分からないんですけど………俺が住んでる所に連れて行っちゃっていいんですかね?」
まだ今日会ったばっかりだし、いきなり家に連れ込んだりしたらルーンに何を言われるか……。
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「司羽おかえりー、何処行ってたの? ………って司羽、その子は?」
「あー、ちょっとな。」
呼び出し鈴を鳴らすと中からルーンが出て来る。ミシュはマスターの言う通りに送って行こうと思ったが、家が分からないし取り敢えず連れて帰ってきたんだけど……うーん、やっぱり何だか犯罪っぽいなぁ……。
「ちょっとって……その子の名前は?」
「ミシュ……じゃなくて本名はミシュナだっけか。酔い潰れたみたいなんだけど、連絡先知らないから家に連れて帰ってきちまった。少し待ったんけど起きるも気配ないし……。」
そう言うと、ルーンは呆れた様に俺を見た。うっ、そんな眼で見ないでくれ。まさか一杯で潰れるとは思ってなかったし、家に連れ帰るつもりもなかったんだ。
「司羽がわざとやったわけじゃないんだろうけど……でも、どうしよう……。」
「うーん……。」
二人して玄関先で頭を悩ませてるとミシュが身悶えする様に動いた。おお、ナイスタイミング。このまま家を聞き出せれば問題解決だ。
「司………羽……。」
「ミシュ、起きてくれたか。」
「起きる……?」
ミシュは虚ろな眼で自分がどういう状況か確認する。今にももう一度夢の世界へ旅立ちそうな勢いだ。
「ここは……?」
「俺の……ってか、ルーンの家だ。お前がいきなりブッ倒れて、取り敢えず起きないみたいだからここまで連れてきた。」
そう言うとミシュはルーンの方を見て、そう……と呟くと力なく背中により掛かった。
「……つまり、私の初めては司羽に食べられちゃう訳ね。」
「ちょ、何誤解されそうな事言ってんだ!! ルーンもその疑いの眼差しを止めろ、そんな気はない!!」
「うーん、取り合えずは信じてあげる。司羽だもん。」
ルーンは呆れた様な苦笑をした。なんだその溜息は、俺はこの数日でルーンにどんな認識のされかたをしているんだ?
「ねぇ、ミシュナちゃん……だっけ? 今日は泊まってく? 家まで魔法で文書送っとくけど。」
「ええ、ありがとう……。でも文書はいらないわ……。」
そう言ってミシュは再び眠りに落ちた。魔法で文書なんて送れるのか、便利だなー、魔法。いや、現代の携帯電話も相当な物だけどな。魔法なら特に機械も要らないわけだしなー。……まぁこの世界は魔法を使えない俺にとっては結構不便だけど。
「えーっと、取り敢えず部屋に運ぶか。」
「そうだね、取り合えずは私の部屋に運べばいいよ。今日は司羽と一緒に寝るから。」
「ああ、わか……って、おい。いい加減に一人で寝ろ、恥じらいを持て。」
そして、ミシュはルーンの家に泊まる事になった。