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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第四章~秘密と覚悟と想いの行方~
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第62話:密談

「えっと、これが蒼き鷹の要人とスポンサー関係にある全利害関係者のリストです。表向きはただの大企業ですからねー、調べるのには骨が折れました。印が付いている人間が蒼き鷹の主要メンバーですね」


「ありがとうございます。しかし凄いですね、他国の事をここまで調べるなんて……」


「ふふん、それ程でもありますけどねー? 私にかかればエーラの裏側の事だって分かっちゃうんですから、もっと崇めてくれても良いんですよ?」


 ミリクは上機嫌にそう言うと、微笑みを浮かべながら得意気にウィンクをした。そんなミリクの手腕に素直に驚きながら、司羽は目の前に置かれた数十枚の資料の一枚に目を通していく。内容は共和国の大企業、そして反政府レジスタンスである蒼き鷹に関しての情報だ。ほんの数週間前に頼んだばかりだと言うのに完璧な資料である。この教師は一体何者なのだろうか。


「ええ、とても感謝してますよ。学生の身分ですので大金は使えませんが、骨を折ってしまったお詫びに今度何か奢らせてください」


「あら、デートのお誘いですか? ルーンさんやミシュナさんに言いつけちゃいますよー?」


「い、いや、それは真面目に止めてくださいっ!? ミシュに関しては最近ただでさえ色々あって空気が変になってるんですからっ!!」


「ふふふっ、その色々とやらも気になりますねー。今度は一体何をしたんです? 遂に手を出しちゃいました?」


「だっ、出してませんよっ、というかデートとかじゃなくて単純に感謝の気持ちでっ!!」


 手は出していない、出してはいないが裸は見てしまったと言ったらどんな反応をされるのだろうか。事故だと言ってもからかいの種にされるに決まっているのだから、さっさと話題を変えた方が得策だ。……内密な話なので職員室から生徒指導室に場所を変えていたのが救いだった。ここが職員室であったなら、また不名誉な噂話が広まってしまっていた事だろう。


「デートに関してですけど、司羽君は気にしなくて良いんですよー、子供は素直に大人に甘えるものです。特に貴方は私の生徒なのですから、生徒を助けるのは教師として当然の事です」


「………え、えっと……熱でもあります?」


「…………」


 咄嗟に司羽が聞き返すと、ミリクは白い目で司羽を見た。正直自分でも酷い事を言っている自覚があったが、普段のミリクの態度と違いすぎることを言われて、意思とは半ば関係なく口に出てしまったのだ。


「ちょっとちょっと、いくらなんでもそれは酷いんじゃないですかー? 私だって半端な気持ちで教師をやっている訳ではないんですよ。貴方達生徒を導いて上げる存在になりたいと思ってこの仕事をしているのですから」


「……はい、すいません、言い過ぎました」


「……ふふっ。そうそう、そうやって素直な司羽君は可愛いですよー?」


「やっぱり性格悪いですねっ!! 凄く前言撤回したい気分になりましたよっ!?」


 なんかもう、嫌だこの教師。隙をつくるまいとしているはずなのに、いつの間にかからかわれている。話術とかそういうレベルではなく、ナチュラルに人を虐める才能があるのだとしか思えない。……まあ、その話はもういいだろう


「はあ、それで?」


「それでとは?」


「ここに呼んだ理由ですよ、まだあるんでしょう? この資料だけなら、場所を移す必要もなかったですし」


「ふっふー、流石は察しが良いですね?」


「いいから、早くしてください。まだ仕事があるんでしょう?」


 とは言ったが、ミリクの事だから仕事は放課後に纏めてやれば間に合ってしまうのだろう。だがこうでも行って急かさないと、ミリクは延々と司羽で遊び続けてしまうのだ。正直それは勘弁して欲しいところだ。


「もうっ、しょうがないですねー。司羽君は星読み祭をご存知ですか?」


「ん、ああ。さっきまでその話をしてましたよ、なんでも自分らも準備に駆り出されるんですってね。随分と皆楽しみにしているみたいですよ」


「あら、なら話が早いですね。この星読み祭はとても大きな集まりで世界各国からも要人が集まってくるんですよ。こういうお祭り、司羽君の星ではありましたか?」


「……まあ、似たようなものは一応。そっちでは各国のスポーツ選手を集めて頂点を決めるって趣旨もありましたけどね。」


 司羽から見てもミリクと言う教師はとにかく好奇心が強く、勉強家だ。何かある度に司羽の星の事を知りたがるのだが、司羽ももうそれには慣れていた。ミリクには随分世話になっているし、向こうの世界について知りたいと言うのなら渋る理由もない。場所を変えた理由もそれならば納得がいく、あくまで司羽が別の星の人間だというのは一部の人間が知るだけなのだから。


「それが知りたくて、場所を変えたんですか?」


「まあそれについても興味は尽きませんが今回は違います。もっと大事な要件があるんですよ。勿論、星読み祭にも関係がある事です」


「……そうなんですか?」


「ええ、ですからそれについてはこの件が終わってからゆっくり聞く事にします」


 やっぱり聞きたい事は聞きたいのかと、司羽は苦笑した。しかし大事な要件とは、また随分と勿体ぶる事を言うものだ。ミリクは常にズバズバと物事を話し、進めていくタイプだと思っていたのだが。


「それでなんなんです、大事な要件って?」


「……まずは蒼き鷹のリーダー、セイル=クロイツについての詳細を見て下さい。先ずは彼について知って頂きたいので」


「セイル=クロイツ……ああ、これか」


 司羽はミリクに言われて資料を数ページ捲り、写真がついたその項目を確認した。


 セイル=クロイツ、蒼き鷹の表の顔である企業の代表取締役にして、裏の顔である反政府レジスタンスのリーダー。年齢27歳、シーシナ共和国出身、独身、家族構成……『父、カイル=クロイツ』、『母、アリア=クロイツ』、『妹、シンシア=クロイツ』、尚父のカイル=クロイツは……


「………共和国政府、大統領」


「はい、クロイツ家は共和国の中でも影響力の高い政治の家です。特に当主カイル=クロイツは現大統領ですから、その影響力は現在にして最高の物があると言えるでしょう。ちなみに支持率は常に六割以上をキープしていますね」


「…………」


「まあ、驚くのも無理はありませんね。相手は共和国トップのその息子なのですから」


 驚いた、確かに驚きはした。だがこの資料に書いてあることが本当の事だとするならば、それは一体何を意味しているのか。考えなくても分かる、これは……


「驚くってか……なんだこれは、親子ゲンカのレベルを超えてるだろう」


「親子ゲンカですか、上手い言い方ですがそれでは済みませんね。大統領の息子が反政府レジスタンスのリーダーだなんて、スキャンダルだとしてもやり過ぎです。即座にもみ消されるレベルですよ」


 ミリクの言う通り、確かにこれはスキャンダルだ。だが確実にもみ消される、報道しようとすればその関係者ごと。


「この反政府レジスタンスとしての活動ってどうなってるんです? やっぱり知れ渡ってるんですか?」


「レジスタンスの存在は万人の知るところですが、大々的には蒼き鷹は関係がないとされていますね。国内に情報統制が敷かれていて、政府関係者も暗黙の了解って感じみたいです。クロイツ家の力もありますが、蒼き鷹のリーダーが現大統領の息子だと知れれば小さくはない混乱が起きますし、信用問題もあります。その点では現政府の統制は凄いですね」


「……ああ、つまり出国が厳しい共和国の人間がこっちに出てこれるのもその息子さんの力って訳ですか。滅茶苦茶だな、大きく出れば自分もレジスタンスも危ないのに。何を考えてやってるんだか」


 まあ暗黙の了解があるというくらいなのだから、ちょっとやそっと大きく出たところで騒ぎになることもないのだろうが、大胆な事だと思う。なんせ蒼き鷹で雇った傭兵を、他国の学園の入れ替え試験に潜り込ませたのだ。まるで現政府を挑発しているかの様だが、無駄に目立っても良い事などないだろうに、地下活動というにはあまりに派手だ。


「そうですねー、蒼き鷹の目的は現政府の転覆と言う事ですし、レジスタンス組織と相討ちになるのならそれもまた良いと考えているのではないですか? 自分の身を滅ぼしてでも大義を成す、なんとも過激派のリーダーらしい考え方ですね。尤も、自分たちが処罰される訳がないと思っているのかも知れませんけど。ほら、今まで無事だった訳ですし」


「………なるほど」


 ミリクの言い分も分かる。つまりはレジスタンスと蒼き鷹の繋がりが発表された瞬間に、少なくともそれを隠していた現政府の信用は失墜するのだ。逆にそれがあるから自分たちは安全であり、万が一があっても最低限の目標は達成出来ると考えている。ミリクの言いたいことはそういう事だろう。


「……………」


「んー、司羽君は何か別の意見があるみたいですね」


「そうですね。ミリク先生の考え方なら……今までの行動はやり方が幼稚過ぎます。本当に親子ゲンカでもしているのではないでしょうか?」


「ぷっ、これはまた辛辣ですね」


 冗談めかして言った司羽の発言にミリクも思わず吹き出した。親子ゲンカという言葉にもそうだが、国家の一大事を引き起こす計画を幼稚だと一蹴するその態度もそうだ。


「親子ゲンカは半分冗談ですけど、多分蒼き鷹のトップは相討ちなんて考えてないと思いますよ。」


「そうですか? 少なくとも現政府の転覆を狙うだけなら……」


「革命家ってのはそれだけじゃ満足出来ないんですよ」


「満足できない……?」


 司羽は苦笑した。まるで、何かを見透かすような表情をして、少なくともミリクの目にはそう見えた。


「確かに蒼き鷹自体は、シーシナ共和国に対する反発をしたい人間の集まりかも知れません。ですがそれを先導している人間は果たしてどうでしょうか?」


「……それは、トップのセイル=クロイツと他では考え方が違うって事ですか?」


「まあ殆んど勘ですけどね。そんな環境にいるなら、レジスタンスなんて作らずに政治家にでもなればいいんです。そうしないのは今の政府がどうこうってよりも、自分の理想の世界を……つまり、正攻法では支持されない世界を作りたいって考えてるんじゃないかと思ったんですよ」


「……………」


 単なる勘だと言いながらも、妙に説得力がある口調で司羽が自身の予想を言うと、ミリクは何も言わずに思案に耽った。尤もそれは、司羽の予想に対しての思案ではなく……


「……相変わらず、どんな人生を送ってきたらそんな言葉が出てくるんでしょうね。政治家にでもなるつもりですか?」


「まさか。実は俺の家もちょっと政治に口を出す家でしてね。革命家ってのも何人か見てきたんです、誰もかれも理想ばかり素晴らしくてね。でも、それを達成できればどんなにいいかと思います。一体腐っているのはどっちなのか………いえ、もうこの話はよしましょうか。そもそも話が逸れてます、今するべきはそういう話じゃないですしね」


 どっちと言うのが何を指すのか、司羽は明言せずに苦笑して話を打ち切った。そんな司羽の出す、年齢からはかけ離れた雰囲気に少しだけ気圧されながら、ミリクは肩を竦めた。今の少しだけ怖い司羽と、いつものミリクにからかわれて慌てる司羽、一体どちらが本物の司羽なのか暴きたくなってしまう。ふと思ったが、司羽の恋人であるルーンはこんな司羽の姿を知っているのだろうか? 恋人の前でまで、司羽が素顔を隠す必要もないだろう。


「ふふっ、逸れたついでにもう一つだけ。司羽君は……ルーンさんとは、こういう話もするんですか?」


「な、なんですかいきなり……」


 ミリクの問いに一転して司羽の表情が引き攣る。また何かからかいの種を考えついたのかと警戒しているのだろう。ミリクからしてみれば失礼だと思う。それもやはり自業自得なのだが。


「いえいえ、ただの興味ですよー? そんな警戒しなくても良いじゃないですか♪」


「……黙秘します。嫌な予感がするので……」


「あらあら、残念ですね」


「ほら、話が逸れてますよ。星読み祭とこの息子さんが何か関係あるんですか? いい加減に無駄話は省いて説明してください!!」


「えー、仕方ないですねー」


 話が逸れていると言えば大分前から逸れていた気もするが、とにかく昼休みも有限だ。そろそろ本題を話さないと時間がなくなってしまうだろうし、この辺りにしておくのが妥当だろう。そんな理由もあり、ミリクは渋々と言った表情になりながらも話を続けた。


「まあ話自体はそう複雑なものではありません。先程私が言った事覚えてます? 星読み祭には沢山の要人が来るんですよ、世界各国から……勿論共和国からも来ます。この意味が分からない貴方ではないですよね?」


「……一応聞きますが、誰が来るんです?」


「現大統領のカイル=クロイツと大臣クラスが数人……の予定だったのですけどねー」


 ミリクはそう言って肩を竦めて見せた。そこまで言われれば誰であっても理解出来るだろう、現大統領のカイル=クロイツが来る予定『だった』のだ。それはつまり別の誰かが来ることになったのだろう。そして、苦笑混じりの表情を作ったミリクが言った。


「カイル=クロイツの代理として、息子のセイル=クロイツが今回の共和国代表として来国する……と、先程連絡がありました」


「………マジか、冗談じゃないですよね?」


「冗談でこんな事は言いません。蒼き鷹トップのセイル=クロイツとしてではなく、あくまで大統領の代理としての来国になりますが、これは事実です」


「……………」


 司羽もなんとなく、ミリクが星読み祭とセイル=クロイツの話をし始めた時から予感はしていた。蒼き鷹のトップがセイル=クロイツという男であり、現大統領の息子である事には確かに驚いたが、司羽に取ってはそこまで重要な話ではない。そもそも蒼き鷹が反政府組織である以上、その目的の為に自身の地位を使う事は出来ないと思っていたからだ。まさか反政府組織のリーダーが、政府の要人である父の力を傘に着て動く事は出来ないだろうと。


「……ですが、あくまで政府の要人として動くのですよね? 監視もあるでしょうし、流石に自分の目的の為に大きくは動けないのではないですか?」


「それがそうでもないかも知れないんです。今回の正式な大統領代理はセイル=クロイツですが、そもそも彼は政治家ではありません。代理として選ばれた事自体がゴリ押しなのですよ。共和国は王政ではありませんから、本来ならば大統領の息子といえども代理を務める権利などないはずなのです。ですから、今回の件は……」


「……裏があるって訳ですか。成程、こういう風に自分の地位を蒼き鷹の活動に利用して来るとは……相手も中々考えているみたいですね」


 どう動くにせよ、蒼き鷹のリーダーとして動くのは目立ってしまう。ならば大統領代理としての身分を無理矢理にでも利用して来国する。確かにそれならば自然だ、あくまで部外者から見れば。直接的に権力を使う事は出来ないかも知れないが、間接的に使う事ならば容易だという事だろう。


「何にせよ、早めにその事を知ることが出来たのは僥倖でした。心構えも出来ますし……ありがとうございます。本当に助かりました」


「いえいえー、気にしないで良いんですよ。司羽君は勿論ですし、リアさんも私の大事な生徒の一人なのですから。……王女様だったと言うのは少々驚きましたが、それでリアさんに対する謎も解けましたしね?」


「……本当に、頭が下がりますよ」


 ミリクにはリアの事情も既に伝えてあった。何にせよ、こういう調べ物を頼むなら情報は全部渡してしまった方が効率が良いと思うし、リアも協力者ならばと承諾してくれている。だがやはり、それは正解だったようだ。そのお陰でこうして危機を未然に察知する事が出来ているのだから。


「……そろそろ昼休みも終わりですね。この件に関してはリア達と相談して対応しようと思います。今回の来国はあまりにタイミングが良すぎますからね、何か狙いがあるのは間違いありませんし」


「そうですね、それが良いでしょう。でも司羽君、私の話はまだ終わりではありませんよ?」


「えっ、まだ何かあるんですか?」


「はい、どちらかと言えばこちらの方が司羽君に関係している事でしょうね」


 ミリクのその言葉に、司羽は思わず首を捻った。自分に関係している……しかも、先程の話よりもと言うのはどういう事だろうか。ミリクの意味ありげな言い方に対して司羽は疑問に思いながらも、無言で次の言葉を促した。


「実はですね、そのセイル=クロイツから学園当てに依頼が来ているのですよ」


「は? と、当人からですか?」


「ええ、私も驚いてしまって……、どうやら向こうは想像以上にこちらの情報を掴んでいる様です。少なくとも、司羽君が協力者である事は間違いなく知られていますね」


 その言葉に司羽は少々顔を顰めたものの、そこまで大げさな反応はしなかった。前回逃がした二人からある程度の情報はもらっているだろうし、ユーリアが司羽の従者になっている事も伝わっているだろう。そして司羽がいない間はユーリアとトワをリアの所に預けているのだ。諜報員の一人や二人潜んでいないとも司羽は思っていないし、そう言った所から情報と言う物は探られるのだと知ってもいた。


「それで……その、内容と言うのは?」


「率直に言いましょう。司羽君、貴方には星読み祭の開会式当日から一日目の終了までの間、セイル=クロイツ大統領代理の護衛として働いて欲しいのです」


「………拒否権は?」


「勿論ありますよ。これは向こうからの『我儘』です。元々護衛には十分な人数を共和国から連れてくるとの事ですし、司羽君が必ず必要だとは思えませんから。それに確かに向こうはVIPですが、そこまでの権利は与えられていませんし、この国の人権には警察行為以外での政府による人身の拘束は認められていません。つまり司羽君の自由です。相手方もそれは分かっている筈ですよ?」


 ミリクが話してくれた共和国側の突然の『我儘』だったが、司羽はその意味を正しく理解していた。名指しで指名されたのだから、ミリクの言う通り、司羽とリア達の繋がりは完全にバレているだろう。その上で護衛という任をしろと言うのだから……大体狙いも分かるというものだ。


「懐柔か、脅迫か、どっちで来るでしょうね?」


「相変わらず冷静ですねー。少しは驚いたり慌てたりしたらどうですか? 可愛げが欲しいです!!」


「いやいやいや……」


 相手の意図を汲み取り、即座に今後の可能性を考え始めた司羽に、ミリクはとてもつまらなそうな表情になってそんな事を言ってきた。正直そんな事を言われても反応に困るだけだ。それに驚いていないという事もない。


「そんな事を言われても、これでも結構驚いてるんですよ? こんなに直接的に堂々と会いましょうと言われているんですから」


「えー、絶対嘘ですよ。顔に出ないってレベルじゃないです。それで驚いてるなんて言われても信じられないですから」


「…………ですよねぇ?」


「え? ……いや、ですよねぇって、司羽君が自分で言っておきながらなんなんですか、いきなり……」


「……いや、俺もあんまり顔には出ないタイプだと思ってたんですけど……」


 司羽は自分でも、心の奥にある感情をあまり表に出すタイプではないと思っていた。だが、最近はそんな自分の認識に自信がなくなってきたのである。その原因と言うのは、ぶっちゃけた話がルーンなのだが……。


「……俺、そんなに分かり易くないですよね?」


「はっきり言って、今司羽君が何を言ってるのかも意味分からないです。ちゃんと説明して下さい!!」


「いや、ルーンの話だと俺って凄く分かり易いらしいんで……。何かちょっとでも嘘付いたり誤魔化したりすると全部バレちゃうんですよね……どうしたら良いんでしょう?」


「………あのー、私達って今凄く真剣な話をしてた筈なんですけど……いや、変な事を言った私も悪いんですけどね? 取り敢えずはこの件を考えません?」


「あ、ああ、そうでしたね、すいません」


 まあそれも凄く気になる話ではありますけど……と、ミリクが付け加えるように呟いたが、この話を膨らませていくと先程以上に話が脱線してしまいそうなので、この辺りで軌道修正をした方がいいだろう。……さて、何の話だったか。


「ああ、そうです。護衛の件でしたね?」


「はい、リアさん達との御相談もあるでしょうけど、お返事はなるべく早く……」


「良いですよ、受けましょう」


「………えっ!? い、良いんですか?」


 話を元に戻し、ミリクが頭の中でいつまでなら待てるだろうかと思案しながらそう言うと、予想を遥かに越えたスピードでその返事が返って来た。催促していたミリクも思わずポカンと口を開けて固まってしまったくらいだ。


「………司羽君、そんな簡単に決めて良いの?」


「ええ、ただし一日目だけです。四日目以降はルーンの為に開けていますし、延長は困ります。それに単純に男と一緒に回るなんてルーンに変な勘ぐりをされそうなので……」


 アレンが屋敷に来た時の騒動から司羽は何も学ばなかった訳ではない。何故かは分からないが、ルーンは司羽が女性と一緒に過ごす時よりも、男性と一緒に過ごす時の方が不機嫌になる……と言うか警戒心が酷い事になる。アレンとの個人訓練にしても、帰ってくる度に良く分からないチェック(司羽の体に抱きついてジッと暫く動かない)をされるのだ。司羽としては女性関係よりも男性関係を疑われるのは、正直微妙な気持ちになってしまう。何故なのか今度理由を聞いてみようかとも思う。


「まあ、そういう事なんで先方には受ける旨を………どうかしましたか?」


「直接協力しているのは司羽君ですから、私はあまり口を出さない様にしてきましたが……今回はリアさん達の事も考慮して上げては如何ですか? 確かに司羽さんがルーンさんを大事にしているのは知っていますけれど、リアさん達に相談もなく決めるのは信用に関わりますし……リアさんの命に関わる事かも知れないんですよ?」


 ミリクの表情は真剣だった。先程までのふざけた雰囲気は微塵もなく、真に自分の生徒の事を心配する教師の目になっている。確かに、ミリクの言う事は尤もだ。今直ぐに決める必要はないのだから、せめて一言だけリア達に理由を説明してからでも遅くはない。だが、司羽はそんなミリクに対して首を横に振った。


「これは俺に対する要請でしょう、ならリア達は関係ない。関係ない人間に相談するのは不自然です。そしてその逆もまた然りです。リア達の戦いに、直接的に俺が関わることは出来ません」


「今更ではありませんか? ここまで首を突っ込んでおいて……」


 今更と言えば、確かに今更かも知れない。だが司羽は今だからこそ自分の考えを変えるつもりはなかった。


「以前蒼き鷹を撃退したのは、あくまで自分の友人であるリアが殺されそうになったから。そしてその相手は単に自分を害する何かでしかありませんでした。」


「今回もそれでは駄目なのですか?」


「今は状況が違います。俺は知り過ぎてしまったんですよ、そしてそれは蒼き鷹も理解しているでしょう。今の俺が蒼き鷹と敵対すれば、それは目の前に立ち塞がった敵を無作為に倒すのとは違う。反政府という相手の思想を否定し、リア達の思想を助ける。明確な敵対を意味するんです」


 つまり目の前で襲いかかってきたから倒すのではなく、蒼き鷹だから倒すという意味に変わってしまうと言う事だ。友人だから護るなど、戦いの中では通用しない。中立であるならば何もしないか、双方に利益の出るように動かねばならないし、相手方に着くならば、それは即ち敵対なのだ。


「今の俺は、あくまでリア達に請われて稽古をつけているだけのクラスメイトです。向こうもそう思っているから、こんなに堂々とこちらを誘えるんですよ」


「それは確かにそうですが……司羽君は、それを黙って見ているんですか?」


 言葉こそ挑発的にも取れてしまうが、ミリクの言葉からは司羽への批難は感じ取れなかった。それはやはり、司羽もまた自分の生徒であり、命の危険に晒される可能性があるからだろう。ミリクも、自分勝手なヒステリーをかます様な女ではなかった。


「勿論、相手は強大な力を持っていますし、それから身を護る為にそうする事は何も恥ずかしい事ではありません。無謀と勇気は別物です。そういう理由であるなら、私は司羽君の判断を肯定します。他の誰が批難しても、リアさんの身に何が起こっても、司羽君の行動は正しかったって私だけは認めるつもりです。でも……」


「でも?」


「……実際に傍観者である私がこんな事を言うのは無責任かも知れませんが、貴方が居れば勝てるのではないかと、そんな気さえするんですよ。たった一人、貴方さえ居れば、それだけで……」


「………勝つ……ねえ?」


 ミリクにしては分り難い表現をしたものだと司羽は思った。リア達を護れるという意味なのか、それともまた別の意味があるのか。どちらにしろ、司羽はその言葉を鼻で笑った。


「何を言いたいのか分かりませんが、どちらにしろこの件に関しては考えを変えるつもりはありません。俺以前に、リア達の為にルーンやミシュ達を危険に晒すほど正義感に溢れちゃいないんですよ。あいつらに傷一つでもついたらその時は……リア達の命なんかじゃ割に合わない。蒼き鷹なんて論外ですよ」


「……成程、そういう事ですか。確かにそれは、司羽君に取って十分な理由でしょうね。」


 その言葉でミリクは察した。司羽には司羽の優先順位がある。司羽自身が危険に晒される事は問題ではない。司羽が蒼き鷹と敵対する事で巻き込まれるかも知れない人間の中に、リア達よりも優先順位の高い人間が居た、それだけの事だ。確率にして数パーセントだろうと、あらゆる状況を想定して護ったとしても、そこに危険は必ず存在する。だから、少しでも巻き込まない様にするのが司羽のやり方だ。リア達に稽古をつけているのだって、ルーンの親友が居なくなればルーンが悲しむからだ。入れ替え試験の時にリアに言った言葉は、全て司羽の本心である。しかし、そんな思想を一体誰が責められると言うのか。


「納得して貰えましたか?」


「そうですね……、ええ、納得しました。」


「そうですか、それは良かった。ではそろそろチャイムも鳴りますし、今日はこの辺で……」


 司羽は時計を確認しながらそう話を切り上げた。ミリクは良い教師であると同時に、物分りの良い、頭の良い女だと改めて司羽は感じた。ただの人の良い教師であるならば、まるでリア達が死のうが生きようが構わないとも取れる司羽の発言を許す事はしなかっただろうし、納得もしなかっただろう。人にはそれぞれ違う物の考え方があり、自分とは異質な物の見方をしていたとしても、決してそれだけで悪にはならない。ならばそれを自分の価値観だけで、ただ否定してしまうのは傲慢と言う物だ。例えそれが生徒を導く教師であったとしても。


「また暇な時に呼んでください。当日の護衛についても、もう少し詰めるべくを詰める必要があるでしょうし」


「そうですね。その時は恐らく、私個人ではなく学園側からになると思います」


「……そうですか。分かりました、では俺はこれで―――――」


 司羽はそう言って少し頭を下げると、そのまま踵を返して部屋から出ようと席を立ち……ミリクに袖を掴まれた。


「ちょっと待った、です。司羽君?」


「……………?」


「もう1個だけ大事なお話があるんですよね。そう大事な………私に取っては先程の件よりも些か大事な話になるんですが、聞いてくれます?」


 そんな言葉と共に、ミリクの眼が怪しく光った。司羽はその眼に見覚えがある。そう、いつも何か司羽の精神的に宜しくない企みを思いついた時の眼と似た輝きだ。正直、嫌な予感がする。


「……まあ、良いですけど。何についての話です?」


 そんな司羽の溜息混じりの疑問に、ミリクはますます瞳を輝かせた。


「んふふーっ? 気になりますー?」


「いやいや、ミリク先生が呼び止めたんじゃないですか!!」


「もー、そこは気になる!! って言わないと駄目ですよ? 女の子の意思を汲んで、楽しく会話が出来る様にならないと、第二第三夫人が出来ませんよー?」


 そんな事を言われても、司羽はルーンだけで充分だと感じているし、実際問題ルーンと並べば大体の女性は霞んでしまって心を惹かれる事もないのだが……余計な事を言ってまた弄り倒されるのは避けておきたいところだ。


「はあ、気になるのでさっさとしてください。次の授業の準備もあるんですから……」


「うふふっ、そうですね。じゃあ、ちょっとお耳を拝借……」


「いやっ、ちょっ、なんで態々耳打ち何ですかっ!?」


「良いから良いから……あのですねー………………………」


 ニコニコと笑みを浮かべながら近づくミリクを警戒しながらも、司羽は抵抗しても無駄なんだろうなーと半ば抵抗を諦めていた。そして結局、ミリクの身長に合わせる為に渋々と腰を落としてしまった司羽であったのだが……。


「…………え? えっと、冗談ですか?」


「ふふーっ、冗談じゃないですよ? 冗談じゃないところまで来てる司羽君だから、私の言いたい事も分かるんじゃないですか?」


「………それは、つまり………」


 司羽はミリクから耳打ちされた重大な言葉に、暫く混乱する頭を正常化させる為の時間を取る必要があった。そして、段々と頭の中でミリクの言葉の意味を噛み砕いていく。噛み砕いて、理解していく……その内、司羽の表情は唖然から一転していた。


「ふっ、ふふっ……、くふふあははははっ……」


「いや、笑うタイミングじゃないと思うんですけど………でも良いです、やっと司羽君の驚いた顔が見れましたから」


「驚く顔って、そりゃあ驚きましたよっ!! あははっ、はははははっ!!」


「……いやだから、なんでそんなに嬉しそうなんですか? 司羽君の笑いのツボが本気で分からなくなりそうです。そりゃあ私も驚かそうとはしましたけど……」


 驚いた。確かにこんなに驚かされたのは久しぶりだ。エーラに連れてこられた時ぶりだろうか、本当に驚いて、楽しくて仕方がない。しかしそんな司羽の態度が予想とは外れていたのか、ミリクは笑う司羽に対して少しだけ不満そうな表情だ。


「一応聞きますけど、司羽君、冗談じゃないって分かってくれてますよね?」


「ええ、分かってますよ。ミリク先生はそういう冗談は言わない人でしょうし。ですから、そうですね……まずは、話を聞きましょう。今日の授業はサボります」


「私の前で堂々とサボリ宣言ですか………まあ、今日は個人授業という事で許しましょう。私としても、早めに話しておきたいですから」


 ミリクがそう言うと同時にチャイムがなる。本来ならば授業への遅刻、サボリはミリクからのペナルティと言う名の精神攻撃がある為絶対に出来ないのだが、本人がこう言っているのだから問題ない筈だ。司羽は椅子に座り直し、上機嫌な様子でミリクに視線を送った。


「何を狙ってそんな事を言ってきたのかは大体予想が付きますが……見返りも含めて、全て聞きましょう」


「……本当に話が早くて助かります。それではまず私達の事から……」


 そして、ミリクが語りだす。本来なら授業がある時間、司羽とミリクの二人だけの個人授業が始まった。多くの人間の運命を左右する授業、その中で、司羽は最後まで上機嫌に笑っていた。



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