第61話:星読み祭
「星読み祭? ああ、そういえばルーンが言ってたな。」
「司羽はなんだか興味なさ気だね。今この国で最も話題にされているお祭りだっていうのに。」
「そうは言ってもな……、俺達も準備を手伝う祭りだって以外はよく知らないし……。」
ある日の学院でのお昼休み、ムーシェとリンシェの中にルーンやミシュナを加えた面々で昼食後のまったりとした時間を過ごしていた時の事だった。不意にムーシェから話題を振られた司羽は、記憶から星読み祭というキーワードを引っ張り出して応えた。ルーンが暫く外で手伝いに出なければならないと言う部分以外は特に興味もなかったのだが……。
「司羽さんはあまりお祭り事に興味がないんですね。ですが、星読み祭は国どころか世界単位でのお祭りになりますので知っておいて損はないと思います!!」
「んー……そうなのか? でもまあ確かに皆浮き足立ってる感じはあるな、星読み祭ってのはそんなに大きな祭りなのか。」
「うん、リンシェちゃんの言う通り世界規模だからね。三年に一度だけ世界の国の一つで行われるお祭りなんだけど、エーラの国は五十以上あるから自分のいる場所で開かれるのは一生に一度あるかないかなんだ。勿論その様子は世界各国に放送されるんだけど、やっぱりお祭りに参加したい人って大勢いるから経済効果も凄いんだよ。」
「へー……なんかオリンピックみたいだな。」
司羽の膝の上に乗ったルーンの説明を聞きながら、司羽が連想したのはオリンピックだった。なんとなくだが、こういう祭りの存在は世界間共通なのではないかと思う。何かを競ったりする訳ではなさそうだが、そういう雰囲気は司羽も嫌いではない。
「経済効果も確かに凄いけど、星読み祭は平和の象徴でもあるのよ。」
「平和の象徴?」
そしてそんな司羽の想像に、ミシュナが付け加えるように言った。
「ええ、そうよ。星読み祭自体は一週間続くんだけど、最初の一日目の開会式で各国のトップが揃うのよ。そして皆で星読み祭が行われる事を祝福し、同時に星読み祭が無事に終わり、向こう三年間が平和な世界になることを祈るの。」
「なるほどな、政治的な意味合いもあるのか。」
各国のトップが同時に集結するともなると、危険度も高い一方で、強い信頼関係を強調する事にもなる。国家間で諍いがあったとしても、星読み祭で関係の強固さをアピールするメリットはあるだろう。それに危険度が高いとは言っても、そこで誰かを襲撃しようものならそのグループは間違いなく世界の敵になるだろう。なんせ平和の象徴をぶち壊そうとしているのだから。
(そう考えると、首脳会議の場としても効率的なのかも……。)
「………むー。」
むにーっ
「………いきなり何だ?」
司羽が星読み祭に関して考えを巡らしていると、突然下から伸びた手に頬を引っ張られた。そっちを見てみると、ルーンが可愛らしく拗ねた表情で、司羽の頬をむにむにと弄っている。
「もう司羽、堅いこと考えてるでしょ?」
「え? ……ああー、まあな。」
「もうっ、難しく考えることないんだよ? 私達市民にとっては星読み祭はただのお祭りだし、お祭りは楽しまなきゃね?」
「心配しなくても勿論そのつもりだ。一週間も祭りに参加してたらバテそうだけど。」
司羽もエーラに来る前に長期の祭りに参加したことはあったが、祭り特有の、あの独特の熱気の中で一週間過ごすというのは気力の面でもかなり疲れる。ルーンが一緒に回りたいと言うのなら勿論付き合うつもりでいるが……一週間は実際長いと思う。
「あははっ、確かにねー。主催国でなければ星読み祭は一週間の内の一日だけだし、実際星読み祭のメインイベントはそこだけだから、その日だけ参加するって人も多いみたいだよ?」
「メインイベント? なんだ、パレードでもやるのか?」
「ふふっ、違いますよ司羽さん。パレードは毎日やるのです。メインイベントと言うのは星読み祭の名の通り、『星読み』です。」
「まあ、パレードもそれはそれで良いものだけどね。メインイベントと言うなら星読みだ。」
「星読み……。」
星読み……そう言われて想像するのは占術の類だ。星の位置からその後の運勢を占ったりするのだろうか。国の行く末を星で占う、メインイベントと言うくらいだから、それはもう大々的に行われるのだろうが……。
「多分司羽の想像してるのとは違うと思うわよ? 確かに星を使っての占いも扱ってる出店はあるでしょうけど、星読みはそうじゃないわ。」
「そうなのか?」
「ええ、言ってしまえばこの星単位での天体観測よ。単純に、皆で星空を見上げるの。基本的には家族で一緒に眺めるのが常識ね。」
「皆で天体観測って……それだけか?」
「ええ、それだけよ。」
メインイベントと言う割には、なんというか……地味じゃないか? 確かにロマンチックなイベントではあるんだろうが、恋人ではなく家族で一緒なのが常識と言うし、祭りの雰囲気とは少し合わないような気がする。
「星読み祭の本来の意味は、星の下、全ての人が平等であることを感じる事なのよ。裕福な者も、貧しい者も、身分も階級も国の壁も、人間が作った基準だもの。『星の下では、全ての人はただただ平等である』って事を皆で確認するのよ。全ての人間は隣人であり、敵ではない。だから手を差し伸べる事はしても、攻撃してはいけない。」
「……そういう事か。確かに、平和の象徴に相応しいイベントだな。」
「でしょう? 主催国が雨天の場合は次の日に持ち越されるけど、基本的には四日目の夜に行われるわね。勿論天気によっては空が見えない国もあるけど、それでも皆空を見上げるわ。曇りの日でも雨の日でも、星はそこにあるんだもの。」
「雨の日でも、か……なんか凄いんだな。」
でも理解した、だから一週間の内の中間に行われるのか。天気はある程度予想は出来ても確定じゃないし、流石に主催国でメインイベントが雨の被害に遭っては格好も付かないだろう。ミシュナの話に司羽が色々と納得していると、膝の上に座っていたルーンが体をずらして横座りになった。そのまま甘えるようにスリスリと擦り寄りながら、上目遣いで司羽を見上げた。これは、何かおねだりをしてくるに違いない。
「そういう事だから司羽、四日目からは予定入れちゃ駄目だよ? 司羽は私と一緒に、二人きりで星読みするんだから。」
「ああ、分かったよ。……でも、トワ達はどうするんだ? 折角だし一緒に見ても良いんじゃないか? 家族で見るイベントってことみたいだし。」
「うーん、確かにトワちゃん達も気になるし、一般的にはそうなんだけど……。」
そう言ったルーンは何処か歯切れが悪かった。……なんだろう、確かに二人きりで居たいルーンの気持ちも分かるけど、ルーンはトワ達の事も家族として大事にしているし、元より家族で見るイベントであるならば一緒に見た方がいい気もする。そんな事を考えている司羽の隣で、ミシュナは軽く溜息をついた。
「まあ一応家族で見るのが普通なんだけどね。元々家族と一緒に見る理由っていうのが、星の下で皆が平等な中でも、一緒にいるその人だけは自分に取って平等ではなく、特別な存在であるってところにあるのよ。つまり一緒に星読みをするってことは、その人が自分に取って不特定多数の隣人ではない特別な人だって宣言する様なものなのよ。」
「ああ、なるほど。やっぱりそういうのあるんだな。そういう所は何処の世界でも一緒か。」
「そりゃあね。恋人達にピッタリなイベントだもの。でも星読みは昔から本当に大事にされてるから、余程の度胸と覚悟がないと女の子を連れ出したり出来ないわよ。女友達同士で見るものでもないから、相手の両親にも丸分かりだしね。」
「あー……確かに。」
クリスマスや誕生日を一緒に過ごす感覚で考えていたけど、それとは少し毛色が違うのかも知れない。どちらにしても、ルーンがその際に二人きりが良いというのなら、そんな可愛いお願いくらい叶えてやるのが男の役目と言う物だ。
「分かった、その時は二人で居よう。」
「うんっ、司羽大好き!! ごめんね、ミシュナ。もしかしたらトワちゃん達を預けちゃうかも知れないけど。」
「別に良いわよ。私の家族は星読み祭の時は居ないし、あの子達は私の家族も同然だもの……でしょ?」
「ふふっ、うん、ありがとう。」
「……………。」
気のせいだろうか、なんだかこの前からルーンとミシュナの距離が近い様な気がする。特に態度が違うとか、そういう訳ではないのだが……なんだろう、ちょっと疎外感なんて感じてしまう。そもそもルーンはミシュナの事を呼び捨てで呼んでいただろうか?
「……司羽、可愛い。」
「えっ?」
「えへへーっ、準備期間中はあんまり一緒に居れないけど夜は帰ってくるし、星読みの時はずーっと一緒だからね? 二人っきりで、いっぱいイチャイチャしよーねー?」
何か小さく呟いたルーンは、司羽が聞き返す間もなく司羽の胸にギュッと抱きつくと、甘ったるい声でそんな事を言った。何故だろうか、いつの間にかルーンの眼が凄くきらきら光っている様な気がする。まるで誘惑する様なとろんとした上目遣いで……これは、流石に学院では不味い空気だ。
「はいはい、ご馳走様。ここは学院なんだからもう少し加減しなさい、周りから見られてるわよ?」
「えーっ、でも私も彼女として司羽に寂しい思いをさせるなんてヤダもん!! ……やっぱり、今からでも次元港の整備断ろうかな……。」
「いやいや、何言ってるのよ。今からルーンが断ったら当日までに間に合わなくなるわよ?」
呆れ顔になっていたミシュナは、暴走し掛けたルーンを諌める様にそう言って肩を竦めた。周りを見るとミシュナの言う通りの状態で、ムーシェはカラ笑いをしていて、リンシェは顔を赤くして固まってしまっていた。二人以外にも教室に残っていた面々は、皆一様に司羽とルーンに注目して、程度の差こそあれ顔を赤くしてしまっている。
「むー、しょうがないなぁ。それじゃあ、準備期間の間の司羽はミシュナに任せるから、よろしくね?」
「……ええ、分かってるわ。」
「はい? えっと、俺はミシュと一緒に何かするのか?」
いきなり規定事項の様に告げられた発言に、司羽は呆気に取られた様に固まった。いや、別にミシュナと一緒に何かをすること自体が嫌だとか言う訳ではなく、大分ましになって来たにしても、この前の事件からミシュナとは二人きりだと少し気不味い雰囲気になってしまうのだ。
「んー、そういう訳じゃないんだけど……私が個人的にミシュナに司羽をお願いしようと思ったの。トワちゃんもユーリアさんも私が連れて行っちゃうし、司羽が一人になっちゃうでしょ? 特に準備期間中は司羽を一人にするのは不安だし……。」
「不安って……流石の俺もこの街に慣れて来たし、そんなに心配しなくても……。」
「私が心配してるのは女性関係だよ? こういうイベントの時に近付いてくる女の子もいるんだから注意しないと。その点ミシュナが居てくれれば誰も寄ってこないだろうしね。まさかミシュナと勝負になるなんて思わないだろうし。」
「まあ、それは確かに……。」
そう言って司羽はチラッとミシュナに視線を向けた。本人は最近やたらと胸の事を気にしているみたいだけど、小柄でもスタイルは良いと思うし、何よりも周りが色褪せるくらいの美少女だ。ルーン達のお陰で、屋敷ではあまり意識しないで済んでいるが……ミシュナが傍にいるのに男に声をかける度胸のある人もなかなかいないだろう。司羽がそう思っていると、ミシュナが司羽の視線に気付いた様に顔を逸らした。なんだが少し顔が赤い気がする。
「それは良いとして、それならルーンこそ気をつけろよ。俺に声を掛けるもの好きなんてそうはいないだろうけど、ルーンは放っておいたら人垣を作ってもおかしくない。」
「ふふっ、大丈夫。トワちゃんとユーリアさんもいるし、向こうの人には男を近づけたら直ぐに帰るって言ってあるから。単純に無駄な時間を掛けたくないってのもあるけど、ユーリアさんなんかは結構押しに弱そうだからねー? 前もって手は打ってあるよ。だから心配しないで、司羽は自分のお仕事を頑張ってね?」
「ん、あ、ああ。」
なんというか、こう、ルーンはナチュラルにこちらの独占欲を満たしてくれる。狙ってやっているのか、それとも素なのかは司羽も未だに分からないのだが……こういう部分はやっぱり男としては可愛く思ってしまう。
「はぁ~、ルーン様は本当に一途で純真で献身的で、良き妻の幻想をそのまま現実にした様な方ですね。リンシェ、ますますルーン様に憧れてしまいます~♪」
「ふふっ、ありがとう。でもリンシェちゃんも本気で愛する人が出来れば自然に分かるよ。……ねっ、ミシュナ?」
「なっ、なんでそんな話を私に振るのよ……?」
「えー、だってミシュナ程一途で純真で献身的な女の子も他にはいないでしょう? 何せ会えるかも分からない人に十年むぐっ……。」
「ル、ルルルルーンさん? ほ、褒めてくれるのは嬉しいけど、私なんの事だか……。」
突然ミシュナが先程の比ではない程に顔を朱に染めてルーンに飛びつき、ルーンの口を手で塞いだ。その様子に当のルーンだけでなく、その場に居た司羽を含む面々も茫然とした様子で二人に注目していた。
「ぷはっ……もうっ、いきなりだなーミシュナは。」
(いきなりはどっちよー!!)
ミシュナは内心でそう叫びながらも、涙目でルーンを睨みつけた。それを見て当の司羽は、本当にいつの間にか仲良くなっていたんだなあ、と自分が原因だとも知らずにそんな感想を抱いていたのだが。
「取り敢えず分かったよ、ミシュがそれで良いなら。」
「私は別に構わないわ。司羽がこれ以上女の子を毒牙にかけないとも限らないしね。」
「……信用ないなあー、俺。まあ星読み祭の事もよく知らないし、よろしく頼むよ。」
「ふふっ、司羽もしっかりミシュナをエスコートして上げてね?」
「ちょ、ちょっとルーン……。」
ルーンの手前と言う事もありミシュナの言葉に反論したい司羽だが、正直トワとユーリアを屋敷に住まわせる原因になった事実がある以上、ミシュナとルーンにだけは反論が出来ない。……そんな胸中複雑な思いの中、司羽の後ろから声がかけられた。
「司羽、ミリクが呼んでいるぞ。放課後は忙しいから早めに来て欲しいそうだ。なんでも調べていた事が分かったとかなんとか。」
「ああシノハ先生、態々ありがとうございます。」
「……なんだ、今日は素直だな。」
「それ、いつもは俺がひねくれてるみたいじゃないですか。」
声の主はミリクに使いを頼まれたシノハだった。どうやら司羽がミリクの呼び出しに素直に応じたのが引っかかったらしいが、最近はこうして呼び出される事も多いのでもう慣れたと言うのが本音だ。今回はちゃんとした用事の様だし。
「しかし司羽、お前ミリクと何か企んでいるんじゃないだろうな? なんだかミリクが珍しく真剣に調べ物をしている様だったから、私は久しぶりに背筋が薄ら寒くなったぞ。頼むから私に何か害が出るような事だけはしないでくれ?」
「大丈夫ですって、悪巧みとかじゃないですから。」
「……信用出来んな。以前ミリクが真剣に薬草の調べ物をしていた時は、菓子と騙されて丸一日全身が痺れる痺れ薬を飲まされたぞ。今回は何を企んでいるのやら……。」
「………用途は聞かないでおきましょう。」
痺れ薬をシノハに盛って一体何をしていたのかなど正直容易く想像出来てしまうのだが、ルーンとミシュナの視線が超痛いので心の中だけでこの話は完結させておく事にする。ルーンの眼は蔑みってよりもきらきら輝いてるし。
「それじゃあ、俺はちょっと行ってくる。」
「はーい、行ってらっしゃーい♪」
「くれぐれも私にだけは使わないでね、痺れ薬。」
「いや、ただ話するだけだから!! 犯罪者を見る目で見るの止めてくれない!?」
「僕は、ミリク先生が話だけの用事で呼ぶとも思えないんだけどね。」
膝に乗ったルーンを降ろし、チクチクと刺すような視線をミシュナから受けながら司羽は教室を後にした。ムーシェの言う事もまあ尤もであるのだが、司羽はミリクからの話が何であるのか大体想像はついている。何故ならそれは、司羽がミリクに調べて欲しいとお願いした事であるからだった。