第59話:甘酸っぱいもの
「遅い遅い。まだまだ眼を頼りにしてるぞ、それじゃあ見かけは攻めてても後手に回っちまう。そんなんじゃあ、いつまで経っても当たらないからな?」
「くっ……。」
アレンの剣擊を避け、返し刀の追撃まで避け切った司羽は、少し間合いを取りながらニヤリと笑った。先日の約束通り、アレンの自主訓練に付き合う形で司羽が参加し、アレンが実戦形式での訓練を希望した為にこの様な事になったのだが、もう始めて二時間ほどになるだろうか。アレンが追い、司羽が避けるの繰り返し。アレンが間合いを詰めて斬りかかっても、司羽がそれを全て躱し、いなして、最終的には元の間合いに戻されるのだ。それを二時間続けて息切れしないあたり、アレンも大分持久走の効果が出ているのかもしれない。
「いい加減、そろそろ攻撃してきたらどうだ。」
「なんだ、良いのか?」
「構わん、そうでなくては対等にっ……!?」
ドンッ
そんな音がアレンの頭に響いた瞬間、アレンは自身の右側に大きく吹き飛ばされて木に激突した。自身の言葉を遮るように唐突に起こった出来事にアレンは混乱したが、今まで自分が立っていた場所でこちらを見下ろす司羽の姿を見て、今起こった事実を察した。簡易の鎧を着ていたにも関わらず、内蔵が圧迫され、一瞬息が出来なくなる程の衝撃を、自身の左側から受けていたのだ。恐らく蹴り飛ばされたのだろうと、アレンは推測した。
「気を付けろよ、前方とお前の利き腕側から狙ってくる奴ばかりじゃないぞ。バカ正直に後ろを取って喜ぶやつばかりでもない。利き腕と逆側の更に後ろってのは死角の中でも一番対処がしにくいんだ。武器を使う奴なら特にな。」
「ぐっ、成程な。」
アレンはそれを聞いて憎々しげに納得すると、木に手を付きながら立ち上がった。どうやら予想以上に衝撃が大きかったらしい。
「よし、休憩にするか。少し頭を冷やして戦略を練ってみろよ。二時間ずっと追い掛け回して駄目だったんだ、頭を使うことも大事だぞ。」
「……ああ、分かった。そうする事にしよう。」
体が吹き飛ぶほどの衝撃にフラつくアレンを見て、司羽がそう提案すると、アレンも立ち上がって早々にその場に座り込んだ。これが少し前のアレンならば、まだ行けると休憩を拒否したものだろうが……少しは素直になったらしい。戦略を練る為か、真面目な顔で思案に耽るアレンを見て、司羽は持ってきた荷物を漁り始めた。そしてそこから二つの包みを取り出すと、片方をアレンの方に放り投げる。
「ほら、受け取れ。」
「おっと……むっ、なんだこれは。」
受け取った包みを見て、アレンが訝しげな視線を司羽に送った。
「クッキーだよ、知らないのか?」
「いや、知ってはいる。昔良くネネが持ってきた菓子だな……だが、何故お前がこれを?」
「糖分補給ってやつだ。特に頭脳労働するには糖分が大事だからな。」
「ふむ……なら、頂こう。」
アレンが司羽にそう言われて包みを解くと、中からハーブの香りがした。その中から形の歪な一つを手に取ると口に運んで咀嚼する。なるほど、甘い。とても甘い。糖分補給には良いのかも知れないが……。
「これは……少し、甘すぎではないのか?」
「あー……少し砂糖の分量を間違えちまったんだよ。何分料理は得意じゃなくってな。」
「なるほど………んっ? なんだ、お前が作ったのか?」
「ああ、つってもそれはただの余りだ。失敗作ってやつだな。」
司羽の口から予想外の事実が明らかになる。目の前でクッキーを無造作に口に放り込む司羽が、これを作ったと言うのだろうか? いや、確かに形や味付けからも不慣れな感じが読み取れるにしても……はっきり言って、司羽が台所に立っていそいそと菓子作りをする姿など、アレンにはとても想像が出来なかった。不気味だとすら思う。
「随分とお前らしくない趣味だな。貰っておいてなんだが、とてつもなく似合わない。」
「趣味じゃねぇよ!! ちょっと、色々あってさ。ミシュに何か甘いものを持って謝りに行こうと思ったんだけど、菓子なんてあんまり作ったことないし……。ユーリアにクッキーが簡単で失敗しにくいって言われたから……。」
「ミシュ……? ああ、お前の家に居たミシュナと呼ばれていた子か。良く分からないが、お詫びに持っていくなら態々作らずとも買っていけば良いだろう。」
「それもそうなんだけど、ルーンにも手作りにしろって言われてさ。女の子にあげるプレゼントは手作りの方が良いらしいんだ。手作りの物とそうでない物の間には、とてつもない差があるから大事なプレゼントの際は要注意だと言われた。」
「そ、そうなのか………難しいな。」
もしかして、自分もネネに謝りに行く際には何か作った方が良いのだろうか。そうなると、ネネ以外に屋敷のメンバーでそういう事が得意そうなのは……アリサやファム辺りだろうか。今度クッキーの作り方を習っておいた方が良いかもしれない。そもそもこの前の謝罪だって上手く許して貰えたとは言い難いのだ。もう一度謝った方が無難と言うものだろう。
「面倒だな、女とは。」
「アレン、それを女性の前で言うなよ。それくらい俺でも分かるけど、恐らく口を聞いて貰えなくなるからな。それで済めば良いってくらいだろうけど。」
「……そうだな、失言だった。注意しよう。」
司羽の忠告を重く受け止めながら、アレンは次なるクッキーを口に運んだ。ネネの作った物には及ばないながらも、疲れた体にはありがたいものだ。取り敢えずはこのクッキーの味を最初の目標にしてみようと、アレンは密かに心に決めた。
「ちなみに、どれくらい失敗したんだ?」
「今日の昼が全部クッキーになった。ちなみにハーブが足りなくなって成功品はプレーンクッキーになったな。まあ、焦げたり分量間違えたりだから、ちゃんと本を見てやれば大丈夫だろうけど。今日の教訓はそれだな。簡単だからって菓子を舐めると痛い目を見る。ちょっと胸焼けがするくらいだ。ちゃんと本を見てやるべきだったよ。」
「……覚えておこう。」
どんな物事でも油断は大敵だと言う事だろう、とアレンは一人納得した。取り敢えず、アリサ達に教わる前に今日は帰りに本屋にでも寄っていく事になるだろう。……ところで。
「それで結局、許してもらえたのか?」
「…………。」
司羽がアレンの、その疑問に応える事はなかった。
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「……見られた……上から下まで……全部見られた……。」
「馬鹿ねー、裸見られたくらいで。」
「でもでも、これってある意味チャンスですよねっ!? ほらっ、良くあるじゃないですか。『もうお嫁に行けませんから責任取って結婚してください!!』って言う必殺の……。」
「そ、そんな事言えるわけないじゃない!! 顔も合わせられないのに……はぁっ。」
そんな事を言いながら眼に見えて落ち込むミシュナの前で、ナナとシュナは顔を見合わせて苦笑した。今日はナナの現状報告を聞く筈だったのだが、当のナナは聞き手に回り、ミシュナはずっとこんな感じでいじけているのだ。
「顔も合わせられないって、じゃあそれどうしたのよ。ツカ君からのお詫びのプレゼントなんでしょう?」
シュナはそう言ってミシュナの前に置いてある物を指差した。そこには綺麗にラッピングされた透明な包みにクッキーが入っていて、形こそ良いとは言えないものの、それが手作りである事を示していた。
「これは……トワに受け取ってもらったわ。あの子には体調が悪いって言ってあるけど……。」
「まったくもう、どうしようもないわね。良いじゃない、どうせその内見せるつもりだったんだし。」
「なっ、そ、そういう下品な事を言わないでよ!!」
ショックが抜けずにいじけながら机に突っぷしていたミシュナだったが、シュナの呆れ混じりの視線と言葉を受けると、直ぐに顔を真っ赤にして立ち上がった。そんな様子も傍から見ていればいつも通りのミシュナの反応なのだが、シュナはそんな様子に軽く溜息をつくと、ジト目になってミシュナを睨んだ。
「この前ルニ坊のバーで不機嫌になったのに、ちゃーんと家に顔を見せたから大分成長したなーって思ってたけど、そういう所はまだまだ子供ね。そんなんだから進展しないのよ。」
「うっ……そ、それは関係ないでしょ……。」
何か心に突き刺さる部分があったのか、ミシュナは胸を抑えて言葉に詰まる。そんな二人の雰囲気を察して、ナナが唐突に声を上げた。
「ま、まあまあ、ミシュナさんも深く考え過ぎですよ。寧ろアピールになったと思いますよ? 良い方に考えなくちゃ、ですよ!!」
「もう、ナナまで人事だと思って………あの子の身長私と同じくらいなのに胸は完全に負けてるし……アピールになるどころか、司羽に失望されてたらどうするのよ……。」
「あーうん、成程ね。まあ心配しなくてもその内……ほら、元気出しなさい。」
「………ううっ。」
ナナの必死のフォローも虚しく、またいじけモードに突入するミシュナ。ショックの原因について、裸を見られた事以外にもあるようだと察したシュナは、ちょっとバツが悪そうに表情を引きつらせた。この状況を打開するには、まずは話題を変えなくてはいけない様だ。
「ほらほら、いじけてないでそのクッキー頂きましょうよ。折角ツカ君が作ってくれたんだから。」
「そうですよ!! あ、紅茶淹れますね?」
「……はぁっ、分かったわよ。ナナ、あんたは座ってなさい。私が淹れるから。」
シュナの発言に乗って紅茶を淹れる為に席を立とうとしたナナを制すと、ミシュナは自ら立ち上がった。なんだかんだで自分の為に慣れないお菓子作りをしてくれた事は素直に嬉しかったし、やっぱりそのクッキーと一緒に頂く紅茶は自分で淹れたものの方がいい。二人から離れて丁寧に準備を進めていくミシュナに、ナナはホッとしたように表情を緩めた。そんなナナに、シュナがそっと耳打ちをする。
「ごめんねー、うちの娘まだまだ子供なのよ。」
「ふふっ、そういう所が可愛いんじゃないですか♪ でも教官も早く気付いてあげてくれれば良いんですけどね。このままじゃ何年掛かるのか……。」
「……聞こえてるわよ、二人共。」
「あ、あはは……すみません。」
ひそひそと話す二人に対して、振り向きもせずにミシュナが溜息混じりの低い声を出すと、小声だったのでまさか聞こえているとは思わなかったナナは、一筋の冷や汗を流してカラ笑いした。シュナはそんな二人の様子に苦笑しつつも、ナナに助け舟を出そうと、パチンとあたかも何か思い出したかのように指を鳴らした。
「そうそう、そういえば今日はナナちゃんの相談事か何かあったんでしょ?」
「え? ああ、相談事というか、ちょっとした近況報告というか……。」
「……近況報告? なによそれ。」
「それは……、うー、えーっと……。」
シュナから質問され、咄嗟にどう答えていいのか迷う。そういえばシュナはナナ達の置かれている状況を知らないのだ。ミシュナには気術のお礼と、司羽の関係者として、自分たちの置かれている大まかな状況を最低限度は教えている。だがそれはミシュナがナナの気術の先生だからであり、教えざるを得ない状況だったからでもある。シュナがミシュナの母親であったとしても、これ以上リア達に相談もなく秘密を教えてしまうわけにはいかないだろう。しかし、どうやって誤魔化そう。
「ん? どーしたのよ。」
「え、えっとですね……。」
「……ナナは元々司羽の弟子なのよ。私が手助けしたのは気を感じる所までで、そこから先の気術の応用に関して、今司羽の所で学んでるの。近況報告ってのはそれの事ね。まあ途中まで教えた義理ってやつよ。」
「そ、そうなんです!!」
「ああ、成程。ミウちゃんが気術を教えるなんておかしいと思ったわ。やっぱりツカ君絡みだったわけね。……でも、そっかー……ツカ君の……。」
シュナの追求に困ってしまったナナを見かねてのミシュナのフォローに、ナナはすかさず乗っかった。一瞬、怪しまれないかと不安になったが、どうやらシュナも納得した様で、何やらブツブツと呟いている。司羽に鍛えてもらっているのは本当なので、嘘もつかずに上手く誤魔化せたようだ。
「って事は、萩野流の理念や体術も教え込まれてるのかしら? あれはマゾ野郎御用達のかなりハードな訓練になるからね。女の身じゃ辛いでしょう。」
「ハギノリュウ……ですか? 良く分からないですけど、体術はまだ教えてもらってません。まずは気を操れる様になれって言われて、今は自分の気を正常化する訓練をしてます。その前に、ひたすら走り込みをやらされますけど……。」
そういえば、体術はいつ教えてもらえるのだろうか。他の皆も言っていたが、やはり魔法や剣技の様な技術的な事と同じ様に、各自の訓練に任せるのだろうか。
「萩野流で走り込みって言ったらあれよね、体作りの為とか言って朝から晩まで全速力で走るやつ。ツカ君ですら始めたばかりの頃は週に二、三度は死にかけたって言ってたし。ナナちゃんもやるわねー。」
「朝から晩まで……ですか?」
「あら、違うの? あの子は三歳の頃から始めたって言ってたわよ? なんでも死にかける度にお父さんがお母さんにぶっ叩かれて土下座で謝ってたとかなんとか言ってたわね。まあ、正直当たり前だと思うけれども。」
「……………。」
「ナナ、気にしちゃダメよ。そういう世界もあるって事で、ナナはナナのペースでやればいいの。そんなのに耐えられるのは極一部の変態だけなんだから。」
ミシュナはフォローしてくれるが、ナナはなんだか目眩がしてきていた。数時間ですらキツイというのに、あれを朝から晩まで続けるというのか? 全くもって理解が出来ない領域だ。しかも司羽はそれを三歳の時から始めているという。そりゃあ強くもなろうと言うものだ。最早普通の人間とは呼べないレベルである。
「ナナちゃんはさっき体術を教えてもらってないって言ってたけどね、それは間違いよ。」
「えっ、どういう事ですか?」
「どういう事も何も、その走り込みが萩野流武術の体術訓練なのよ。それに一日耐えることが萩野流への入門チケットでもあるわね。」
「あ、あの走り込みが体術訓練って……本当ですか?」
どういう事だろう、本当に森の中を走り回るだけだと言うのに、それが体術とどう関係してくると言うのだろうか。
「簡単な話よ。そもそも体術って言われると、相手を締め上げたりとか、攻撃を逆手に取ったりとかを想像するかもだけど、それってあくまで喧嘩とか、一般レベルでの戦いの範囲に置いて有効ってだけで、本物の戦いの中ではそこまで約に立たないわ。」
「どうしてですか? 十分役に立つ様に感じますけど……。」
「じゃあナナちゃんに質問。ナナちゃんが体術を使える人間だとして、今ここで私とミウちゃんに襲われたらどうする? そうね、二人共火器……いえ、魔法が使えるって設定で。」
「えっと……。」
ナナはシュナを見て、それから真剣に紅茶の時間を図っているミシュナを見た。体術が使える、つまりはナナにはシュナを倒せるだけの力があると言う事だ。
「まず、シュナさんを魔法の詠唱前に倒します。それから、シュナさんを盾にしてミシュナさんに対して防御しながら隙を伺います。」
「なるほどね……。」
シュナはナナの回答に対してそう呟くと、何やら考える様に腕を組んだ。ナナはいささか不安になる、やはり、何か間違えていたのだろうか。
「ど、どうですか? やっぱり……何か間違えてますか?」
「んーん? 確かに、早急に私達を倒さないといけないならその戦術で問題ないわ。その場で最も高い確率で私達を倒せるでしょう。」
「ほ、本当ですか!?」
「うん、でも、貴女はそれでいいの?」
「………えっと、それはどういう事ですか?」
「だってその戦術、ナナちゃんが生き残れる前提が全く考慮されてないわ。」
「……っ。」
ナナは自分が言われた事を察していた。今シュナは、遠まわしではあるが、ナナに死ぬと言ったのだ。この戦術ではナナは死ぬと。
「まあ、生き残れる可能性はあるわね。私を倒して、それを盾にミウちゃんを倒す。その後に上手くここから抜け出せば生き残れるわ。」
「でも、それでは私は死ぬと?」
「ええ、例えば……そうね、私の力を見誤っていた場合よ。貰っていた情報が間違いだった可能性でもいいわ。体術で仕留めようと思ったけど出来なかった、つまりナナちゃんは死ぬ。他にも手こずった場合もミウちゃんの魔法に対処出来ない。更には他の増援がきた場合も体術一つで脱出するのは難しいわね。他にもイレギュラーな物なら、私が爆弾を抱えていた場合、自分の命と引き換えにでもナナちゃんを殺すかも知れない。」
「でもそんなの……いくらでも考えようが……。」
「なら仕方ないって割り切る?」
「それは……。」
つまり、自分の死を仕方ないと言えるかどうか。シュナが聞いているのはその一点だ。確かに、主君の為に命をかける事は、ナナ達に取っても分からない話ではない。だが、これは……。
「まあ、そういう事よ。体術っていうのは、自分や誰かの身を護るものなの。走り込みはその初歩で、自分の身を護る為のもの、ぶっちゃけ逃げろって言ってるのよ。逃げて仲間を連れてくるなり、時間を稼ぐなり、最悪追ってきても、相手が疲れてこっちがまだまだ疲労してないなら、それは立派なアドバンテージだわ。つまりは優勢って事ね。」
「確かに、そうかも知れません……。」
「戦いってね、何が起こるか分からないの。それでも生き延びないといけない。だからあの子の武術は『実戦向き』って言われるのよ。何よりも、本当の『実戦』を想定してるの。だから走り込みは、誰でもいつまででもやらされるわ。」
訓練中、司羽も走り込みは止めないと言っていた。つまりは、何よりも自分たちの安全を考えてのプランと言う事だ。……そう考えると、あの辛いだけの訓練もなんだかありがたみが出てくる気がする。辛いのは変わらないが。
「ナナちゃんは気付いてるかも知れないけど、気術だってそうよ。相手を倒すだけなら、自分の気の正常化なんて後回しでいいの。でもそれを優先するのは、何よりも生き延びる為。別に相手の体を気遣っての事なんかじゃないのよ。倒すだけなら気の流れを滅茶苦茶にしてやれば簡単に倒せるわ。」
言われてみれば、シュナの言っている事は全て自分の訓練に当てはまる事ばかりだ。気の流れの正常化が出来ない限りは他の事は教えないと言われているし、気の訓練を始めたあの日、生命についての最終確認を取ったのだって、よくよく考えてみれば、ナナがその重みに耐えられるかを心配しての事だろうと考えられる。
「そう、ですよね。私今まで、司羽教官の事を勘違いしていました。やっぱりあの厳しさは、私達の為だったんですね。」
「ん……私達?」
「っ……あ、い、いえ。」
「ほら、紅茶入ったわよ。」
「あ、ありがとうございますミシュナさん!!」
つい口が滑ってしまったナナの下へ、またしても間のいいところでミシュナからのフォローが入る。そのお礼の言葉は紅茶に対してのものだけではないだろう。ミシュナもそれが分かっているのか、クスリと微笑を零した。そして、クッキーの包みを広げ、皿に盛り付けていく。
「さっ、どうぞ。」
「はい、いただきます。」
「ふふっ、ツカ君の作ったクッキーなんて、楽しみねー。」
「お母さん、あんまり食べ過ぎないでね。」
「もう、ケチねー。一緒に住んでるミウちゃんと違って、ツカ君の料理自体が超久しぶりなんだからね?」
シュナはそう言ってクッキーの一つを手に取り口へ運んだ。ミシュナとナナも同じ様に、一口サイズのクッキーを一つ手に取って食べる。……ふむ、これはなかなか。
「正直言って教官って料理出来るイメージなかったんですけど、美味しいです、驚きました。」
「そうね、お菓子はあんまり作ったことないって言ってたけど、頑張って作ってくれたのかしら……ちょっとしょっぱいけど、美味しいわね。」
「ふふっ、ミシュナさんもこれで許してあげたらどうですか? 司羽教官も頑張ってくれたみたいですし……。」
「ごほっ、ごほっ、べ、別に許すとか許さないとかじゃ……。」
ナナの唐突な発言にむせながら、顔を真っ赤にしたミシュナは逃げるようにそっぽを向いてしまった。そしてそれと同時に、まず来るであろう母親からの援護射撃に備える。
「まったくもう、……………お母さん、どうかしたの?」
「えっ? な、何が?」
「いや、いつもなら、その……何か言ってくるじゃない。」
「えっ、ああ、うん。ごめんね、聞いてなかったわ。」
「聞いてなかったって……まあ、いいけど。」
予想とは外れ、シュナからナナへの援護射撃はこなかった。それどころか、先程まで何やらぼーっとしていた様に見える。
「クッキー、美味しいわね。」
「ええ、ちょっとしょっぱいけどね。」
「なーに言ってるの、それが良いんじゃない。」
「……お母さんは塩辛いのとかしょっぱいの好きだからね。だからって、あんまり食べ過ぎないでよ?」
「もう、本当にツカ君から貰ったのが嬉しいのねー。我が娘ながらいやしいわー。……本当ならイヤラシイくらいが丁度良いんだけどね。」
「お、か、あ、さん?」
「……あんたこの前から思ってたけど、なんか凄い地獄耳ね。」
小声でぼそっと言った言葉も聞き取られたシュナは、そう言いながら冷や汗を流した。そしてシュナとミシュナは揃って甘酸っぱいクッキーをまた一つ口に運ぶ。なんだかんだと言いながら、結局一番多くクッキーを食べたミシュナであった。