第5話:影の少女
「……ああ、滅茶苦茶眠い。」
この暖かさと教師の子守唄のコンボは全世界共通だなぁ、と司羽は心の中で呟く。あの入替戦の後、また質問の嵐に遭ってかなり疲れた。見慣れない武術には皆驚いたようで、先程よりも質問者の人数が増えて居たのが辛い所だ。
取り合えずエーラにも格闘術がある事をルーンから教えて貰って、怪しまれる事のない様な物語を創作してその場は誤魔化したけど、エーラの武術については良く知らないし、下手な事を言う訳にも行かず苦労した。そのせいで、地球でいつも怠いと思っていた数学の授業の時間が凄く有難く感じる程だ。
あ、ちなみに数学の授業は、やはり歳によって学力に差があるので移動教室になってる。その為にA+、A、A-の同年代が一つの教室に集まっている訳だ。でも、さっきの戦闘のおかげでいきなりA+に飛び入りした事による嫉妬の視線がそこまで多くないのはありがたい。……うん、授業も難しいレベルじゃないし、この時間は少し眠らせて貰おう。
「んじゃ、おやすみ……。」
「司羽、疲れたのは分かるけどね。流石に初日の最初の授業から居眠りは不味いだろう? それに、ミリク先生の授業だぞ。」
「……流石に初日は大丈夫だろ。もし当てられたらムーシェ、代わりに答えてくれ。俺は眠いんだ……。」
「初日だからこそなんだが……図太い神経してるね。」
ムーシェは呆れ混じりに溜息をついた。そんな事言われても仕方ない。あの質問攻めみたいに慣れない事ばかりだから疲れてるんだ。……ん? なんでムーシェと普通に話をしてるのかって? 実はあの後、ムーシェが、
「誤解をして済まなかった。今までに無かった事だから、つい疑ってしまったんだ。許してくれ。」
と頭を下げてきたんだよ。俺も別に気にしてなかったし、悪い奴ではないみたいだから『良いよー。』の一言で和解。少し話してる内にかなり親しくなったのだ。あの女の園の様なクラスにいるので、違うクラスとはいえ男友達が出来たのはかなり安心した。折角奇異の視線を浴びせられない所に来たのだから、友達は沢山作っていきたいし。……なんだかこの世界を気に入り出しているな、俺。
「えー、それでは…………次の問題を元気が有り余ってそうな司羽君にお願いしましょう。」
「ほら言わんこっちゃない。次は司羽の番だぞ!!」
「うーん……わかったよ。」
くそっ、名指しされた。転校初日はされないと思っていたのに……。やっぱりあのミリク先生の数学で居眠りを見逃してくれるなんて思考は甘かったか。だってあの人は人を弄る事が大好きな人の眼をしてるもの。
「ふふふっ、ではこの問題を解いてください。」
「はい……。」
よし、これが終わったらバレないように眠よう。流石に気配を調整すれば二回連続で当てられたりはしない筈だ。
さて、取りあえず問題はっと、
『どの様な女性が好みですか?《A+クラス司羽君質問表より》』
………え? ナニコレ。
「……これは?」
「司羽君への問題ですよ?」
えーっと、なんかジーっと痛いくらいに後ろから視線を感じる。というか凄く答えたくない。絶対にからかってくるもん、ミリク先生の眼がうずうずしてるよ。……よし、しょうがないから当たり障りのない答えで切り抜けよう。
『好きになってしまえば特に気にしないので、何とも言えません。』
「………逃げましたね……?」
「えーっと、何の事でしょう?」
司羽はミリクのやんわりスマイルに営業スマイルで返して席に戻った。これからはミリク先生の授業は気をつけよっと。そんなこんなで授業は終わり……。
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「つ、司羽くんがルーンちゃんと一緒に住んでるって本当!?」
「一緒に住んでるって事は、やっぱり毎日夜は一緒のベッドで……そんなぁ♪」
「は、萩ノンはやっぱり小さい子が好みなんだね!?」
「…………。」
くそっ、ルーンの奴に釘刺すの忘れてた……ってか萩ノンってなんだ、まぁ嫌ではないし、女の子のクラスだからある程度の事は予想してたけど。しかし移動クラスから帰って来るなり大量のクラスメイトの好奇心の対象になるなんて……そろそろ本気で休みたい。初日なのに。
「ムーシェ、何とかしろ……。」
そう言って隣りを見ると、ムーシェまで興味深そうに見ている始末。うん、やっぱり気になるよね。俺がムーシェの立場でも気になるもの。
「同棲かぁ、それは初耳だなぁ。司羽、僕も興味あるんだけど?」
「……興味に答えられるような事は何もないぞ。」
……取り敢えずルーンに口止めをしなきゃな。余計な事を言わさずに被害を最小限に食い止めなければ色々とマズイ。これから毎日教師とクラスメイトから暖かい視線を送られるのだけは回避しなくてはっ……!!
「ルーン……お前皆に何を言ったんだ?」
「ん〜、私は、司羽とどんな関係って先生に問題出されたから『一緒に家に住んでる感じの関係』って答えただけだよ? ね、リア。」
『はい、その通りです。私も興味あります。』
成る程、向こうも同じ様な状況だったわけか。なんかあのピンク色の小悪魔が微笑んでいる気がしてならない。なんて人に眼を付けられてしまったんだ。……というかルーンの表現が危なすぎる……。そんなこんなで溜息をつくと、案の定、後ろからポンと肩を叩かれたよ畜生。
「ミリク先生……?」
「司羽君、ちょーっと職員室まで来てくれるかな? 聞きたい事とかあるんですよねぇ♪ 住居の事とか、家族の事とか、不純異性交遊の事とか、担任には知る必要があるんですよ?」
ニコニコと嬉しそうに笑うミリクに何か酷く寒い物を感じながら、為すすべもなく司羽は職員室へと連行された。
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「はぁ……もういや……。」
たっぷりと精神を抉られた。そりゃあルーンと一緒に住んだりはしてるよ? でもだからって『どうやって堕としたんですか?』とか『毎日ベッドで大運動会ですね♪』とか言って苛める事ないじゃないか。しかもあの人いつの間に書いたのかムーシェと俺が抱き合っている謎の絵まで見せ付けてくれやがった。絶対ドがつく人だよあの人、今日あったばかりの人を苛めて楽しんでるもん。朝感じた視線はやっぱり玩具登録された視線だったんだな。
「まぁ、それでも一人よりましか。」
つい前の学校での事を思い出してしまった。……いけないな、昔と今を比べる事をしちゃいけない。いきなり飛び級で狡いと思われても仕方ないのに迎え入れてくれた皆に失礼だ。
そんな事を考えながら教室に戻る為に渡り廊下を歩いていると、視界の端に一人の少女がベンチに座って本を読んでいるのを捉えた。その少女を一言で例えるなら『影のような少女』だろうか。そこにあっても意識をしなくては気付かない、そんな雰囲気の少女だった。
艶のある漆黒の、腰まで伸びる髪が少し顔にも掛かり、切れ長の大きな瞳が印象的で、身長や年齢、スタイルはルーンと同じくらいに見えた。だが、ルーンやこの位の女の子の様な無邪気さ、明るさ、幼さが感じられなかった。そして、人目を引くような美少女であるのに、存在感や気配が希薄な事が、気配に敏感な司羽には逆に気になってしまう。多少気配に敏感な人でも、人込みの中ならば確実に気付く事はないだろう。
司羽はいつの間にか、その異様な気配に引き寄せられる様に、その少女の方へと歩き出していた。
「……今は授業中じゃないのか? こんな所にいるなんて、サボりか?」
俺も人の事は言えないけどな。人災の被害にあったんだからしょうがない、回避出来るものならしたかったよ。そんな事を考えながら声を掛けた司羽に対し、少女は何故か酷く驚いた様な表情をして司羽を見たが、次の瞬間にはハッと我に返り、直ぐに本に視線を戻してしまった。
「……そう言う貴方は噂の転入生ね。転入早々サボタージュ? 良い度胸してるじゃない。」
少女は表情を変えずに毒づく。……まぁ確かに、このまま戻ってもどうせ寝るし、サボりも良いかも知れないな。一日目なのに俺って早速不良だなー。
「そうだな、今から授業に戻る気にもならないし、サボりだな。」
「……あらそう。」
そう言って少女は興味なさそうに呟いた。無愛想過ぎる。なんか巷で話題になってるツンデレとかクーデレって次元じゃない。……まぁ、こっちからつい話掛けてしまったんだし、話題作りはこちらの仕事だな。あんまりこういうのは慣れてないけど、折角新たな人生を歩めるのだからどんな相手ともコミュニケーションを取れる様になりたい。
「何してるんだ? 授業中なのにこんな所で本なんか読んで。」
俺が問うと少女は呆れた様な視線を送って来た。……なんだか残念な物を見るような視線なのだが、特別腹は立たない。この少女はこんな感じが普通なのかも知れない。
「別に? 退屈だから。……転入生はあの首席を落とした凄腕だって噂で聞いたのに、話題作りが最高に下手ね。それともそういう初っぽいのが持ち味なのかしら? まぁ、どちらにしろ私は興味ないけど。」
「ルーンを落としたって、そんなデマが流れてるのか……というか別に意図して初を持ち味にしてる訳じゃない。まぁ、話題作りが下手なのは勘弁してくれ。こういう普通の会話ってのも、極最近まで皆無だったから経験値が足りないんだ。」
「……へぇ、そうなの。」
「……………。」
……話が続かない、なんか登山初心者がいきなり一人でエベレスト登る感じがするよ……。別に無理に続ける必要はないんだけど……。うん、いつまでこっちに居るのか分からないからって、こういうのはいけないな。ナンパ師みたいだし。それになんだかこの子の邪魔になってるっぽい。友人を作るってのとは何か違う気がする。ムーシェとも普通に仲良くなったし、俺も普通にしてれば良いのかな。……なんかそう考えると、凄く不審な奴だな、今の俺って。
「悪いな、君を落とそうとかそういう気は無かったんだけど。なんか邪魔になったみたいだし、俺は行くから読書を続けてくれ。」
自己紹介くらいはした方が良かったかもしれないけど、まぁ同じ学園ならまた会うだろ。……さて、俺はどうしようかな。この学園の図書室でも探すか、魔法の文献はかなりの物らしいし。そんな事を考えながらその場を立ち去ろうとすると、不意に服の裾が引かれた。
「待ちなさい、私は邪魔だなんて言ってないわ。それより、ちょっと気になる事があるのよ。……唐突だけど、さっきの戦闘見せてもらったわ。弱くはないって物腰で分かったけれど、あんなに強いだなんて思って無かった。あれ、何処で覚えたの?」
「は……?」
邪魔じゃないって事は、さっきのはなんだったんだ? もしかして、俺は弄られてたんだろうか? まぁ、それは今はいいか。自分はそういう星の巡りらしいと納得しよう………いや、凄くしたくないけどね? 取り敢えず折角向こうから話かけてきたんだし、俺はさっきの仕返しに無視して行く様な真似は出来ないし。
「ああ、何処でっつーか……親父に鍛え込まれててな。っていうのも、俺に萩野流を継がせる為なんだが。」
「……へぇ? 萩野流……この辺りじゃ聞かないわね。」
少女は少なからず司羽に興味を持ったようで質問を繰り返した。正直、あまり話してはいけない気がするのだが、眼が真剣だし、今更誤魔化せないだろう。
「……ああ、武術は……分かるだろ? それの一種で、俺の先祖が創始者なんだが……ま、それが萩野流だ。俺は生まれた時からこれを身体に教え込まれて来た。さっきのはまぁ……正直武術でもなんでも無いけどな。避けて気絶させただけだ。俺の居た場所にはなかったから魔法は良く知らないが、人の中に見えない力がある事は知ってたし、実際読めるし使える。俺は気って言ってるけどな。」
「……魔力が読めるから特別な秘術でもあるのかと思ったわ。なるほどね、武術の一種だったってわけか。……でも、貴方が生まれた時から……ね。」
少女はそう言うと、俺に心を見透かす様な視線を送って来た。
「じゃあ、貴方は親から望んでもいない権利を押し付けられて、その為に自由を持って行かれたのね、残念な子供時代、同情するわ。」
……うわぁ、なんか凄く酷い事を言われた気がするよ? この子もろくな人生送ってない感じがプンプンするけど。……まぁ、少しは反論しとくか。
「ああ、まあそうなるな。だが、俺はずっと家に逆らわず、拒絶してこなかった。寧ろ、小さい頃は強くなるのが好きだったし、期待されるのも好きだったからな。別に修業一筋って程でもなかったし、門弟の人は良い人ばかりで、親父や母さんと出掛けたりも少なかった訳じゃない。だから、実際そこまで酷い親とは思ってない。……まぁ、初めていきなり戦場の前線に放り出された時は親父を恨んだもんだが。」
「戦場って……なかなか壮絶な過去があるのね?」
周りからは人のする事じゃないと非難を浴びてたらしいな。母さんにも数ヶ月程口利いて貰えなかったらしいし。生まれて初めて心からざまあみろって思った。
「まぁ、もう慣れたしな。それから得た物も少なからずあるよ。」
勿論良いものではない物も多かったけどな? ……っと、喋り過ぎた。そろそろ止めないとマズイか。おかしいな、こんなに話すつもりはなかったのに……そんな事ないと思いつつも、どうやら少しホームシックになっていたみたいだな。……年下っぽい女の子相手に……ルーンもだけど、俺ってそういう趣味じゃないよな?
「ふふっ、それ子供が言う台詞じゃないわよ?」
「……君には言われたくないな。」
少女はクスクスと笑っている。……あんまり笑える話をしたつもりないんだけどな。
「全く、笑うなよ……結構真面目な話なんだぞ。……それより君は名前、何て言うんだ?」
……さて、取り敢えず、ずっと君って呼ぶのは駄目な気がする。さっきは別に良いと思ったが、悪い子じゃなさそうだし。名前くらいは知っておきたい。
「名前? そう言うのは自分から名乗るものじゃないかしら?」
「……俺は萩野司羽。長い名前だと思うだろうから司羽でいい。ここじゃあそれが普通みたいだしな。」
少女の言葉に、それもそうだと思い名乗った。うーん、なんだか言い負かされてる感じがする。実際そうだし、別にそれがカンに障ると言う訳でもないので構わないけど。
「……司羽か。全く、私もまんまと名前を聞き出されちゃう辺り、どうかしちゃったのかしらね。」
少女はふふっと笑って言った。いや、別にナンパじゃないし、そもそも引き止めたのそっちだし。って言ってもカウンター食らうんだろうなぁ。……情けないとか言わない。
「私はミシュナ。クラスは入替え試験と通常試験をずっとサボってるからE-の最低クラスよ。だからあまり会うこともないんじゃないかしら? そもそも、授業にも出たことないし。学院にも殆ど来ないわ。」
「へえ、そうなのか……まあ、色んな奴がいるもんだな。何にしても、これから宜しくな、ミシュ。」
「……ミシュ、ね。いきなり愛称を付けて呼ばれるとは思ってなかった。ふふふっ、まぁ良いわ。」
司羽がそう言うと、ミシュは眼を細めて妖しく笑って言った。なんていうか、少し馴れ馴れしかったか? さっきクラスメイトに愛称で呼ばれたから、そういうのをした方が良いのかと思ったんだけど……うん、慣れない事は駄目だな。略しただけだし。
「……ふふっ、にしても司羽。私見たいな女の何が良くて近付いたの? 貴方はもう首席の子と知り合いなんでしょ? あの子も人気あるみたいだけど、噂通りそっちはもう落としたのかしら? 二人目探し?」
「だーかーらー、そんな訳無いだろ!!」
「あら、まだなのね。それなら私は練習台? そうなのかしら?」
いきなり面白そうな笑みを浮かべたミシュに、表情が引きつるのを感じた。それを見てミシュは更に攻撃を仕掛けるべくベンチから立って、司羽を甘える様に上目遣いで見る。駄目だ……可愛いと思ってしまったら負けだ……。
「……お前、そんな事してるといつか襲われるぞ?」
「ふふっ、私自衛が出来る程度には強いから平気よ? ああでも貴方強いから、私も食べられちゃうのかしら?」
そう言って妖しい笑みを深める。うん、完璧に遊ばれてる。ミリク先生の時よりダメージがデカイのはやっぱり年下だからだろうか……この世界の女の子怖すぎる。
「ふふっ、冗談よ。……さて、それじゃあ私はそろそろ行くわ。………また会いましょう、司羽。」
「あ、ああ、またな。」
そう言ってミシュは立ち上がると、校門の方へ去って行った。……むう最後の笑顔は狡いな、何と言うか小悪魔だ。……さて、今から戻っても仕方ないし、魔法の文献を探そうかな。
そうして、ミシュナの残した不思議な余韻を味わいつつ、司羽は図書館へと向かって行った。