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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第四章~秘密と覚悟と想いの行方~
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第55話:もう一つの恋語り(後編)

就職活動がきついです。でも頑張ります。でも辛いです。



だからいつもよりちょっとくらい遅れたり誤字があったりクオリティーが低いのは……仕方ない……よね?

「……それで、何なんだよ相談って。」


「聞きたい事がある。」


「……アレンが、俺にか?」


 あれからルーンとミシュナの前で話す訳にもいかず、司羽はアレンを連れ出していつもの訓練場近くの、ナナやジナスを介抱した湖まで来ていた。しかし、アレンが改めて聞きたい事とは一体なんだろう。また気が使いたいとか言い出すのだろうか。


「実は、訓練の事がバレてネネに泣かれてしまったんだ。加えて怒られた。」


「………ああ、なんだ訓練絡みか。それで?」


「どうすれば許して貰えるだろうか。」


「そっちかよっ!? てか何故それを俺に聞くんだ!!」


 真面目な顔をしたアレンの予想外の言葉に、司羽は咄嗟にツッコンだ。訓練についての相談かと思えば真逆の質問だ。相談相手に選ばれる意味も分からない。


「お前は女の扱いに慣れているだろう、だから…。」


「ふざけんなっ!! ……いや、真面目にそんなんじゃないから!!」


「そうなのか? ルークとマルサはお前が適任だと言っていたぞ。」


「………ほう?」


 司羽の瞳がギラリと光る。アレンは知らなかった、この発言のせいで後々ルーク達が地獄を味わう事を。……知っていたとしても気にする性格ではなかったが。


「頼む、俺はまだ地獄に落ちたくない。」


「はぁ? なんだそれ。」


「ジナス先輩が言っていたんだ。好いてくれる女を泣かせる男は地獄に堕ちろ、寧ろ死ねと。あのお優しかった王妃様がおっしゃった言葉だそうだ。おそらくこのままでは俺は地獄に堕ちてしまう。それは避けたい、まだ死ねん。」


「………ああ、うん、まあな。」


 アレンは腕を組んだまま大真面目な顔でそう言った。それには思わず司羽も溜息が出てしまう程脱力感に襲われた。これを本気で言っているらしいから困る。主に司羽が、ではなくネネが。


「しかし、王妃様って言うと、フィーネさんとか言う人か。」


「………何故知っている。」


 司羽の口から敬愛する人物の名が出たのが意外だったのか、アレンは思わず聞いていた。その名を口に出す事は、リアや家臣の中では最もタブーとされている事だ。


「調べた……ってか聞いた。国を護るために最後まで戦った、今は亡きジューン国の王妃様についてな。なんでも若い頃から相当国民に好かれてた美姫だったって話じゃんか。まあリアの母親ってくらいだから、そうなんだろうけどさ。」


「……そうか。だが、一体誰から聞いたんだ? フィーネ様が亡くなられた事は、ジューン国が共和国に併合される際に発表されたが……戦争の歴史は消し去られた。」


「ああ、俺の先生兼いじめっ子みたいな人だよ。何処から調べてくるのか、やたら博識でね。ある程度の事なら教えてくれる。」


「………便利なものだな。」


 そう言った司羽は何やら可笑しそうに、くっくっと笑った。どうやら司羽も独自に何やら調べているらしいが、それが自分達の為であるのか、司羽自身の為であるのかと考えれば、後者だろうとアレンは考えていた。リアを護る事や、自分達を鍛えてくれている事に関しては司羽の事を信用しているアレンだったが……この青年は何処か、何かが、ズレている気がする。


「……っと悪い、話が逸れたな。なんて言っても俺だって的確なアドバイスなんて出来ないぞ?」


「……ああ、どうやらその様だな。だが、今日は得るものもあった。後は自分で何とかしてみるつもりだ。」


「そうかい、そりゃあ良かった。」


 どうやら、司羽が相談に乗る前に自己解決したらしい。もしくは、ミシュナ達が何か話したか。どちらにせよ、解決したならそれでいい。それよりも、釘を刺しておかなければならない事がある。


「言っておくが、今回みたいな事はもう勘弁してくれよ。はっきり言ってお前達に屋敷に来られると迷惑だからな。勝手に近付くな。」


「……随分な言われようだな。これでも、尾行がないか等は気をつけて来たつもりなんだが。」


「それは当然だ。でもな、万が一と言う事もあるだろ。今回は屋敷の周辺に誰かが居た形跡はなかったが、それは運が良かっただけだ。アレンも、分からない訳じゃないだろう?」


「成る程、少し出掛けたのはその為か。……だが、いつも自信に溢れているお前でもそういう風に思う事があるんだな。」


「……何?」


 司羽が珍しく脅すような口調で放った言葉に対しアレンが返した言葉は、司羽には予想外なものだった。咄嗟に聞き返すような言葉が出る。


「お前程強くても……運、だと言うのか。ならば、どれ程強くなれば良い。どれ程力をつければ、俺は騎士として役目を果たせるんだ。運だけで……今度はフィリア様が死ぬのか。それならば、俺はなんだ。なんの為の騎士だ。」


「…………。」


「……今日相談に来たのはもう一つ。……不本意だが、俺より強いお前なら答えを知っていると思ったんだ。どれだけ強くなれば、俺は主を護れるのか……。ネネの様に運という言葉に逃げて、自分を正当化するなど……あってはならない。それが皇室騎士だ。俺にはそれは許されない!!」


 そう言ったアレンの表情はいままでになく真剣だった。前からアレンは常に真面目な顔で物事に取り組んでいた。しかし、今回はそれだけではないのだろう。司羽が感じたのは、それだけの必死さであった。アレンが何故それ程感情的になるのか司羽には分からなかったが……その中で司羽は、アレンに対して親近感の様な物を感じていた。だから、なんとなく分かる事もある。


「アレンがそんなに執着するのは……リアの母親、フィーネさんとやらのせいか?」


「…………。」


 司羽の問いに、アレンは暫く驚いた様な表情になった。しかし、その表情も直ぐに掻き消える。


「……何故、そう思う。」


「いや、なんとなくな。完璧に勘だけど……外れか?」


「………いいや。しかし、気味が悪い程に俺の事を知っているな。ネネの様に長い付き合いでもない癖に、お前はいつも俺の核心をついてくる。……お前は、一体なんなんだ?」


 そう言ったアレンの表情には、僅かに笑みが浮かんでいた。それは司羽から見ても、自嘲する様な笑みであったと思う。そしてそんなアレンに、司羽もまた似たような笑みで返す。


「なんなんだって言われてもなあ。……まあ、俺もアレンの気持ちが分かるって所かな。案外似た者同士なのかも知れないぞ、俺達。」


「……馬鹿を言え。俺達の何処が似ていると言うんだ。」


「おいおい、嫌そうだな。まあそうだな、頭が固い所とか似てると思うぞ? それと、一つの事にいつまでもウジウジと悩み続けちまう所とか、さ。結論も出せないまま、忘れられないまま、後悔だけ続けていく…………そうだろ?」


「………お前……。」


 似た者同士と言った司羽を否定した筈のアレンは、司羽の次の言葉に、一度言葉を詰まらせた。薄笑いの司羽と真面目な顔のアレン。対称的な二人は視線を交わしながら、アレンはそこから何かを察していた。もしかしたらこの青年もまた、自分と同じなのかも知れないと。


「司羽……ならお前も……。」


「さてね。想像するのは自由だけどさ、俺はアレン程悩まないよ。……俺がアレンなら、迷わずフィーネさんとやらの望みを叶える。……アレンが聞きたいのは、そういう事だろ?」


「……俺にその資格がないとしてもか。」


「知らないよそんなの。……大体、他に何が出来るんだ? 復讐くらいなら出来るかも知れないが、してみるか? フィーネさんを殺した共和国とやらに、それを構成する政府や、軍や、民どもに。目標は明確だ、一人残らず潰してしまえばいい。それで国は終わる。お前がしたいならすればいいさ。結果は知らないけどな。」


「………馬鹿な。」


 司羽の冗談染みた話に、アレンは吐き捨てる様にそう言った。だが……復讐、考えた事がない訳ではない。事実今でも、それを望む気持ちはある。フィーネを殺した者達が生きている事実に納得が出来ない。フィーネを殺して尚、自分達を攻撃する敵が憎い。まるで、フィーネの死に何の価値もないと言われているかの様だ。


「あながち馬鹿な選択でもないかも知れないぞ? 敵がいなくなればリアも安全になるだろうしな。どっち道、フィーネさんとやらの弔いになるだろ。」


「それは、そうかも知れないが……。」


「……冗談だよ、本気にするな。」


「……ああ、だが、参考になった。俺のするべき事が、見つかった気がする。」


 アレンはそういうと、軽く溜息をついた。何故だろうか、司羽の話を聞いてから若干体が緊張している。慣れない事をしているからだろうか。それとも司羽の言葉が、自分の心に突き刺さるからだろうか、それとも……。何にせよ、どうやら、自分の中で少しは先を見る事が出来そうだ。


「……ついでだからさ、さっきのアレンの疑問、俺なりの答えで良ければ答えるよ。一体どれだけ強くなれば、完全に、誰かを護る事が出来るのか。俺が出した答えで良ければ。」


「………ああ、頼む。どんな答えだろうと、俺は結論を出したいんだ。これからフィリア様を護る騎士として、フィーネ様に恩を返す為に、きっと避けては通れない問題だ。……そうだろう?」


「………ふふっ……ああ、そうだな。」


 そんなアレンの決意に、司羽は笑う。その笑みの意味はアレンには分からなかった。ただ何か、初めて司羽の本質を見たように感じた。今までリア達の前では、ただのボディーガード兼教官として接していた司羽。アレンはそんな司羽しか知らなかった。しかし何故だろうか、今の司羽の笑みは何より司羽らしいと思えるのだ。


「…………。」


「……俺が、見つけた答えは……。」


 そして、司羽はアレンの望む答えを告げた。










−−−−−

−−−−−−−

−−−−−−−−−










「ナナぁ……私……もう、死ぬ……。」


「ちょっ、ちょっとお姉ちゃん、しっかりしてよ!! アレンさんと喧嘩したくらいでそんな……。」


「だってだって、絶対嫌われちゃったもん……酷い事いっぱい言ったし……家族じゃないなんて………言っちゃった………。」


「うっ、それは……まあ、ちょっとだけ、キツイ言葉だったかもだけど。」


「……もうヤダ……私、もうアレンと話せないんだ………今日も朝早く出て行ったもん……避けられてるんだ……。」


「………もう、そんなに落ち込むなら言わなきゃ良いのに。」


 アレンとネネが喧嘩した次の日の夜の事。姉妹二人が使っている部屋の中では、ナナがネネを見詰めながら少々呆れ気味な表情で溜息をついていた。

 ベッドの中ではいつも気丈な姉が枕を抱きしめながら何やらブツブツと呟いている。ネネは今日の朝からずっとこんな感じで毛布に包まっているのだが、魔法の訓練もすっぽかす程落ち込む姉を見るのは、ナナも初めての事だった。その理由は……なんとも姉らしいものだったが。


「なら早く謝ろうよ。お姉ちゃんだって、このままは嫌でしょう?」


「……うぅっ……それも、ちょっと……。だって私、アレンに間違った事は言ってないもん……。」


「……はぁっ、頑固なんだから。」


 呆れた顔でそうは言いつつも、姉のこういう所は魅力的な部分なのだとナナは思っている。相手がアレンだからこそ、自分の気持ちをごまかしたくないのだろう。ネネも勢いに任せて酷い事を言った自覚はある様だが、やはりそれは本心からの言葉なのだ。


「……まあ、きちんと言いたい事を言っただけ前進かな。」


「………ナナぁ?」


「何でもないよっ、お姉ちゃん。」


 意思とは別についつい漏らしてしまった言葉を、ナナは笑顔を被せて隠した。……まあ、恋をするならばこういう事もあるのだろう。アレンとネネは少々特殊だと思うが、ぶつかり合う事も出来ない関係より余程らしいとナナは思う。まだ、恋のコの字も知らないナナだが、姉の事ならば専門家だ。


「ほらほらもう夜だよ? アレンさんも帰ってくるだろうし、食事の支度もあるんだから、ちゃんとしないとっ!!」


「うっ……アレンが帰ってくる……うぅっ……むりだよー、むりー……どんな顔して会えば良いのよー……。」


「どんな顔って………いつも通りで良いでしょ。ほら、フィリア様も心配してたよ? お姉ちゃんに無理をさせてしまったかしらって。」


「ぐすっ……フィリア様ぁ………ごめんなさい、ネネはもう………駄目ですぅ……。」


 そして更に泣き出してしまう、愛する姉。流石に今回は重症らしい。今までも度々こんな事があったのだが、その際はフィリアの名を出せば奮起していたのだ。


「うーん、これは思ったより……。」


「……うぅっ、ぐすっ、アレンの馬鹿……あたしの馬鹿……ナナの馬鹿ぁ……。」


「………私、何かした?」


 ついには関係ないナナにまで飛び火し始めた、ナナの経験の中でもこれは初めてのケースだ。どうやらネネはもう完全に子供化してしまったらしい、今はこれ以上何を言っても無駄だろう。取り敢えず、そろそろ夕飯の準備を手伝いに行かなくてはならない時間だ。今回の件はじっくり時間をかけて解決しよう……ナナがそう結論を出した時だった。


コンコンッ


「あ、はい。アリサさんですか? すいません、今お手伝いに……。」


「アリサじゃない、俺だ。ネネはいるか?」


「えっ、ア、アレンさ……。」


「アアアアア、アレンッ!?」


「……いるのか、入るぞ。」


「ちょっ、今は待っ……。」


 ドアの向こうから聞こえたアレンの声に対してナナが何か応えるその前に、ネネはベッドから飛び跳ねる様に起き上がり声を挙げた。そして一目散にドアに駆け寄ると、アレンによって開かれようとしていたドアに飛び付………けなかった。


「……何をしているんだ?」


「あ、えっと、いや……な、なんで開けるのよっ!!」


「むっ、ああ……すまん。」


 ベッドからドアまで間に合う筈もなく、ドアを開いた状態のままのアレンに対して、ネネは取り敢えずキレた。ドアノブに手を伸ばしている状態のまま鉢合わせてしまい、気まずさに耐え切れなかったのだろうと、少し離れた所からナナは分析した。……と、それはともかくとして、突然の来訪者にネネはかなりテンパっている様で、先程から何やらアレンに突っ掛かっている。


「大体いつもいつも言ってるでしょう!? 女の子の部屋にはノックをして許可を取ってから入る!! 今みたいのじゃノックしても意味ないでしょうがっ!!」


「あ、ああ……善処する。」


「善処? 善処じゃなくて宣誓しなさい!! 私だから良かったものの、これがフィリア様ならあんたなんか極刑よ!!」


「わ、わかった、誓おう。」


「誓おう誓おうってアレンはね……!!」


 先程までのしおらしさは何処へやら、一方的に怒鳴り散らすネネにアレンはひたすら圧されていた。言い返す以前に、受け答えもまともに出来ていない。結局話題は二転三転し、ネネが落ち着くまで続く事になった。


「つ、つまり、女の子の部屋に入る時は細心の注意を払うのよ。こういうのは親しい人程、気をつけなきゃいけないんだからね!!」


「ああ、分かった。済まなかった。」


「……分かったなら、良いけど……。」


 怒鳴り散らす中で段々とネネも落ち着きを取り戻し、アレンから視線を逸らしていく。どうやら、自分がアレンと今どういう状態にいるのか思い出したらしい。


「………それで、何の用よ。」


「ああ、実は今日司羽の屋敷に……いや、家主は違うらしいのだが、司羽が住んでいる屋敷に行ってきたんだ。」


「……司羽さんの、屋敷……? なんでそんな事……。」


「ああ、自分なりに考えたが答えが出せなかった問いについて、司羽に相談をしに行った。」


 それを聞いて、ネネは驚きを隠せなかった。司羽は今は教官の立場にいるにしても、アレンからしてみれば年下の青年に他ならない。騎士としてのプライドがある以前に、誰かに助けを求める事自体をしないアレンが、相談と言ったか?


「そ、相談って……何をよ……。」


「王妃様……フィーネ様の為に何をすれば良いのか、どれだけ強くなれば良いのか。」


「あ、あんたまだそんな事をっ!! 私達の主はっ。」


「俺の主はフィーネ様だ!!」


「っ……!!」


 普段穏やかなアレンの、怒号にも似た宣言に、ネネは完全に言葉を封じられた。近くにいたナナもまた、その声の真剣さに緊張してしまう。しかし、ネネも納得が出来ない様子で食い下がる。


「アレン、貴方の今の主はフィリア様よ!! フィーネ様は……もう……。」


「フィーネ様を殺させはしない。俺までフィリア様を主とすれば、フィーネ様の意思は死ぬ事になる。ならば俺は、フィーネ様の騎士として主の意思を果たす!!」


「………アレン、貴方がいくら頑張ろうとも、フィーネ様は……。」


 ネネは理解が出来ないと言う様に視線を逸らして拳を握り締めた。……やはりアレンは過去に捕われすぎている、このままでは辛いだけだと言うのに。ネネはただ、何故分かってもらえないのかと苦悩するだけだった。しかし……


「勘違いしてもらっては困る。……フィーネ様が既にいない事など、俺にも分かっている。」


「なっ……だったら……だったらなんでよ!?」


 アレンの言葉に苦悩しながら、ネネは問い詰めた。だが、アレンは怯む様子もなくいつも通りの……いや、いつもよりも真剣な瞳でネネを見詰め返していた。


「お前が昨日言った事だろう。せめて騎士として、フィーネ様の願いくらい叶えて見せろと。」


「それは、確かにそう言ったけど……なんでフィリア様の騎士じゃ駄目なのよ……。」


「……フィリア様が、騎士を求められていないからだ。あの方が俺達に求めているものが何か、分からない訳ではないだろう。」


「…………。」


 それは、またしてもネネが昨夜言った言葉であった。『家族』……それが、リアの求める関係だろう。王女の立場が重荷な訳ではないだろうし、自分達に気を使っている訳でもないはずだ。彼女は、本心からそれを望んでいる。


「俺がフィリア様の騎士となっても、フィリア様は俺を騎士として必要としない。厳しい戦いになれば、フィーネ様と同じ決断を下されるだろう。……きっと、俺達を護ろうとなさる。」


「……そうね、フィリア様はきっと……そうなさるわ。」


 かつてフィーネがそうした様に、きっとリアも誰かを護って死ぬ事を選ぶ。それは、ネネにも分かっていた。そしてそんな主だからこそ、何よりも誇りに思っていた。しかしアレンは、それでは駄目だと言う。


「……だからアレンは、フィーネ様の騎士でいるの?」


「そうだ、俺は騎士としてフィーネ様の望みを叶える。フィリア様が望むまいと、フィーネ様の為にフィリア様を護る。それが俺の出来る、最初で最後の恩返しになるだろう。俺がフィーネ様の騎士を辞めるのは……その後だ。」


「…………馬鹿、分からず屋、頭が固いのよ……アレンは。いつもいつもフィーネ様って……そればっかりで……。」


 ネネはアレンに毒を吐きながら……心でその毒を自分にも向けながら、会話を終わらせるように身を翻した。もう話すことはないと、暗にそういったつもりだった。

 ……しかし、アレンはそんなネネの肩を掴み、顔を向かせた。


「まだ話は終わっていない。俺はまだ言いたい事がある。」


「……もう話すことなんてないじゃない。アレンが決めた事なら、アレンが勝手にすればいい。貴方がフィーネ様の騎士としてフィリア様を護るなら、それで構わないわ。私はただの、フィリア様の侍女だもの……。」


 アレンの言葉を振り切る様に、ネネはそういって視線だけでもとアレンから逸らす。ネネは自分の気持ちが、アレンの中にいるフィーネへの嫉妬心だと気付いていた。だからアレンの言葉を認められない。自分の我が儘だと分かってはいたが……。


「何やら誤解されている様だな…………仕方がない、司羽に倣うとしよう。」


「えっ………わひゃぁっ!?」


ギュッ


 アレンの突然の行動に、ネネは一瞬で頭が真っ白になった。アレンがネネの背中に腕を回して、自分が抱きしめられた事に気付くのには、数秒間の時間が必要だったくらいだ。ネネは混乱の余り、完全に思考停止していた。


「アアアアレンッ!? えとっ、そのっ、此処にはナナもいるしっ、そういうのはまだ早いかも知れないからちょっ、ちょっと待って欲しいっていうかっ!!」


「あっお姉ちゃん、私は全然気にしないで良いから!! 寧ろ色々参考になりそうだし遠慮せずにっ!!」


 テンパっている姉から少し離れた場所では、ナナが興味津々な様子で二人を見ていた。顔をほんのり赤く染めながら、両手で顔を隠して、指の隙間からガン見している。そんな二人を気にかける様子もなく、アレンはネネを抱きしめたまま動かない。そして相変わらず、真剣な表情をネネに向けたまま、言った。


「昨日は済まなかった。」


「ひえっ!? こ、今度は何っ!?」


「俺はネネを泣かせてしまった。だから、済まなかった。今日はそれを言いに来たんだ……回り道をしてしまったが、これが此処に来た目的だ。本当に済まなかった。」


 錯乱中にアレンに謝罪され、ネネは訳も分からないまま、されるがままになっていた。謝罪は分かった、素直に嬉しい、しかし何故今自分は抱きしめられているのか分からない。これはたちの悪い夢か何かだろうか。


「俺は、今でもお前の事を家族だと思っている。他の誰かに代えられる存在ではないと思っている。」


「代えられないって……っ……そ、それって……ぷ、ぷろぽ……。」


「……フィーネ様は護れなかったが、お前だけは必ず護りたいと、そう思っている。……俺はフィーネ様の為に騎士で居続けなければならない、だが俺の気持ちをお前だけには分かっていて欲しいんだ。だから……。」


「あ………あ………。」


 一体、アレンは何を言い出そうとしているのだろうか? 今までの言葉と行動から察する事はネネにも出来る。しかし、それは余りにも唐突で、ネネは心の準備も出来ていない状態で……。


「だからネネ……。」


「あ、う……うわあああああああああんっ!?!? 考える時間をくださああああああああああいっ!!!!」


ダッ


「ネネっ!! まだ話はっ!!」


「ほっといてえええええええぇっ!!!」


バタンッ!!


 ネネがアレンの腕を振りほどき、全力疾走で廊下を走り抜けた後、遠くで扉が閉まる音がした。その一瞬の出来事に、アレンと、その場にいたナナは呆然と沈黙する。そして暫くの沈黙の後、ナナはおずおずとアレンに質問した。


「あの、アレンさん……何を言おうとしたんです?」


「ああ、皆を護るためにこれからも訓練を続ける事をネネに認めて欲しかったんだ。あいつは俺がフィーネ様の事を悔やんで、訓練をしていると思っていた様だからな……。」


「……ああ、成程。そうですよね、アレンさんですもんね。」


 真面目な表情を全く崩さずにそう説明したアレンの言葉に、ナナは同情の念を感じざるをえなかった。勿論、姉に対して。……この事は、後でそれとなく伝えた方がいいだろう。傷は浅い方がいい。


「今までと違って司羽の訓練に付き合う事になったからな。司羽の屋敷で秘策も得て、これなら納得して貰えるかも知れないと期待したんだが、駄目だったか。……何か、別の方法を考えた方が良さそうだ。」


「司羽教官とですか? それに、秘策って……もしかしてさっきの……?」


「ああ、司羽は誤解を解く際にああしていた。だが俺には使いこなせない技術の様だ。」


「へ、へーっ、そうなんですか。」


 やっぱりと思わなくもないが、ネネにはその秘策については言わない方がいいだろう。それよりも司羽がああしていたという方に興味が引かれなくもない。どうせだし、今度ミシュナに聞いてみよう。


「……それにしてもやっぱりアレンさんは真面目ですね。私と違って今でも充分強いのに。」

「………充分、か。」


「そうですよ。お姉ちゃんじゃありませんけど、少しくらい休んでも良いと思います。今は教官も居てくださいますし……楽観的かも知れませんが、今なら大丈夫です。」


 ナナの言葉に、アレンは直ぐには応えなかった。昨日ネネにも言われた事だ。やはり姉妹だというだけあり、思考も似ているのだろう。……しかし、今のアレンは昨日以上にその意見に賛成する事は出来なかった。


「どれだけ力を得ようと充分などという事はない。自分よりも強い相手が常に居る中で、相手より強いか弱いかで人が死ぬ、運が良いか悪いかで人が死ぬ、油断をすれば人が死ぬ。それが暴力に頼った人間、暴力に巻き込まれた人間のルールだ。あいつはそう言っていた。」


「司羽教官が……?」


「俺達はそのルールの中にいる。だから常に強くならなければならない、運を引き寄せなければならない、油断をしてはならない。そして何より、護りたいなら巻き込んではならない。……全て、当たり前の事だ。少し考えれば誰にでも分かる事。あいつが今まで考えて、変わることのなかった真理だ。」


「暴力の……ルール。」


 ナナはそれ以上、何か反論する事が出来なかった。自分達は本来、生きるか死ぬかだけしか考える事が出来ない状態にいる。リアに対していつ奇襲がくるかも分からない、そんな中にいる。……やはり、甘いのは自分達なのだろうか。誰かを気遣う気持ちさえ、甘いと切り捨てなければならないのだろうか。そのルールの中では、全てを切り捨てなければならないのだろうか。


「………やっぱり、私達は甘いのでしょうか。」


「だが司羽はこうも言っていた、甘さとは人間らしさだと。……暴力のルールの中で勝ち続けるのは不可能だ。そして暴力から抜け出す事が出来るのは、人間だけだ。その時の為に皆の甘さを、人間らしさを護る。それが、俺の役目だ。その為に俺は力をつける、お前達の分までな。」


「……………。」


 アレンはそういうと、身を翻してドアに手をかけた。もう話す事もない。ナナにこんな話をするつもりもなかった。だが、ナナはまだ話を終わらせるつもりはなかった。


「……それじゃあ、アレンさんはどうするんですか? 人間に、戻れるんですか? 自分だけ犠牲になって、お姉ちゃんが喜ぶとでも?」


 鋭い刺すような声がアレンに突き刺さる。ナナの真剣な問いに、アレンは少しだけ振り返った。いつもの無表情を、ほんの少し、笑みに変えて。


「いくら人から外れても、戻してくれるだろう、あいつが。それならば俺もお前達を護る為に命をかけられる。ネネなら信用出来る、だからあいつには納得して貰いたかったんだ。……俺だって、死ぬつもりはないさ。フィーネ様の意思を死なせない為にもな。」


パタンッ


 アレンはそれだけ言うと、静かに部屋から出てドアを閉めた。その後、部屋にはナナが一人だけ残される。嵐の後の静けさというやつだろう、そんな言葉を何処かで聞いた事がある。ナナはそんな事を思いながら、何だか疲れてしまってベッドに腰をかけた。そして、一つ溜息。


「はあ……お姉ちゃん勝手に暴走してどっか行っちゃったけど、これも二人らしいと言えばそうなのかもね。」


 どうやらアレンもナナの知らない所で色々あった様だが、結果的にネネとアレンの二人の仲は進展したのだろうか。判断に難しい部分だと思う。何しろナナにも経験がない大人の話だ。フィーネに関しても、ナナは良く知らない。なんせ今よりもっと幼い時の話なのだから。まあそれは自分が考えても仕方ない事だろう。自分の姉とアレンならば、きっと二人自身で乗り越えていくはずだ。ネネはナナの自慢の姉で、アレンは自慢の兄なのだから。


「暴力から抜け出せるのは人間だけ……か。そういえば司羽教官も言ってたっけ。」


 アレンにはネネがいる。だから人の道を踏み外す事になろうとも、引き戻してくれるだろう。

 確か、司羽はそんな感じの事を言っていたはずだ。その言葉の本当の意味を、ナナは今改めて考える。司羽に習った戦いの厳しさ、ミシュナに習った生命の温かさ。アレンの様に皆を護る為に甘さを捨てて生きるのか、ネネの様に皆で笑う為に甘さも認めて生きるのか。自分はどうなりたいのだろう。この戦いが終わったら、それも分かるのだろうか。


「……ふぅ、やめやめっ、どうせ私一人で考えても良いことないし、明日ミシュナさんに聞いてもらおうっと。……よしっ!!」


 ナナは自分の中に渦巻く疑問を振り払う様に首を振って、気合いを入れながら立ち上がった。そういえば自分はこれから夕飯の支度を手伝わなければいけないんだった。色々突然過ぎて忘れる所だった。


「……どーせだし、お姉ちゃんも探して手伝ってもらおうかな。」


 ナナはそんな事を考えながら部屋を出た。きっとネネは直ぐに見つかるだろう、こういう時の姉の行動パターンはお見通しなのだ。まずは、アリサとメールの部屋辺りから探すとしようか。



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