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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第四章~秘密と覚悟と想いの行方~
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第54話:司羽の受難と来訪者

コンコンッ


「司羽様、失礼致します。」


「……んーっ?」


 明くる朝、休日の布団の中で、ルーンの『司羽と一緒にお昼までゆっくり眠りたい』と言う希望に応えて快眠中だった司羽は、ユーリアの来室によって目覚めた。時間を見ると、ちょうど11時を回った辺りだ。司羽にしがみついて眠るルーンはまだ起きていないが、随分長いこと眠っていたらしい。それを確認すると、司羽は布団の中からユーリアに視線を向けた。そんな司羽の耳に、小声でユーリアが耳打ちをする。


「司羽様、起きて下さい。緊急事態です。」


「緊急事態……? 」


 緊急事態。耳打ちされたユーリアのその言葉に司羽の体は一気に覚醒する。体に流れる司羽の気が、司羽の体を休眠状態から通常状態へと変化させていく。ユーリアが次の言葉を発する前に、司羽はしがみつくルーンの腕をそっと解き、その身を起こした。


「どうした、何があった。」


「それが実は……はっ?」


「なんだ、早くしろ、緊急事態じゃないのか?」


 先程まで少し焦った様だったユーリアの顔色が、一気に朱に染まった。言葉が途切れたまま動かなくなったユーリアに、司羽は訝し気な表情になって顔を覗き込んだ。しかしユーリアの表情が更に赤くなるばかりで、司羽の言葉に答えようともしない。


「おいユーリア、聞いて……。」


「なっ、なっ、なんで裸なんですかっ!?」


「……ん? ああ、そういえば……っと、大きい声を出すな、ルーンが起きる。」


「あうっ、す、すみません……じゃなくて、服着てくださいっ、服っ!!」


 自分が裸である事を今思い出したかの様な司羽にユーリアは早口で捲し立てる様にそう言うと、クローゼットを指差してから目を背ける様に身を翻し、後ろを向いた。司羽としては早くその緊急事態の内容を聞きたかったのだが、仕方ないので着替えながら聞くことにする。


「分かった分かった、着替えるから早く話を続けろ。緊急事態なんだろ?」


「あ、その……司羽様に来客が……。」


「………来客? それが緊急事態なのか?」


「はい、今応接間に……。」


 そう言ったユーリアの表情はまだ赤みがかっていたが、そこからは少量の焦りの様なものが感じられた。司羽はユーリアの言葉を聞くと、直ぐに応接間にある気配を探る。そこに感じるのはミシュナと、トワと、後一人……司羽も知っている人間の気配だった。それを感じ取ると、司羽は確認する様にユーリアに視線を向けた。


「何故あいつが此処にいる。よりにもよってミシュまで一緒に……。」


「なんでも司羽様に個人的に火急の相談があるとの事です。来客には丁度ミシュナ様と、トワさんが対応してくださったみたいで……。」


「……なんだそれは。とにかく待たせておけ、俺は少し出掛ける。」


「はい? い、今からですか?」


「急ぎの用事だからな。十分程で戻るよ。」


 着替え終わった司羽はユーリアに対し一言そう言うと、窓を開けて身を乗り出し、そのまま外へと出掛けてしまった。司羽が靴も履かずに窓から外へ出ると同時に、その姿が消えてなくなる。……ユーリアはそんな司羽を呆然と見送った。


「……靴くらい履いていけばいいのに……というか何故窓から?」


「んぅっ……司羽……出掛けたの?」


「あ、ルーン様。騒がしくて申し訳ございません、起こしてしまいましたね。」


「ううん、どーせ司羽が居ないと寝れないから良いんだけど……ふぁっ。」


 そして司羽が消えたのと時を同じくして、ルーンが眼を擦りながらその身を起こした。司羽が傍に居なければ眠れないとは日頃から聞いていたが、こうまで敏感に反応してしまうのは気配に聡いせいなのだろうか?


「司羽様は十分程で戻るとの事ですよ。」


「うん、分かった。それじゃあちょっと早いけど、司羽が帰ったらお昼ご飯にしよっか。……って司羽にお客さんが来てるんだっけ?」


「……聞かれておいででしたか。」


「あーうん、ごめんね。私は司羽が離れちゃうと直ぐに起きちゃうから。割と最初の方から聞いちゃってたかも。」


「そ、そうですか……。」


 ルーンがそう苦笑する前で、ユーリアは内心焦っていた。……これはもしかして大失態を犯してしまったのではないだろうか。少なくとも司羽を別の部屋に呼んでから話した方が良かったのかも知れない。どうしよう、なんと言って誤魔化すべきか。いや、既に不可抗力でミシュナにバレてしまっている以上ヘンに誤魔化すのもおかしい気がするし……。


「あははっ、大丈夫だよ。色々聞いたりしないから。司羽もあんまり言いたくなさそうだし、そういう事なんでしょ?」


「あうっ……す、すいません。」


「ユーリアさんは謝る必要なんてないよ、だからそんなに落ち込まないで? 私が勝手に聞いてただけなんだから。」


 ルーンは笑顔でそう言ってくれているが、やはり自分が不注意であった事も一因であるのは事実だ、しっかり反省しなくてはならないだろう。


「それじゃあ私も直ぐに行くから、ユーリアさんは先に行ってて。」


「は……えっと、ルーン様もお会いになるのですか?」


「今来てるのはただの司羽のお客様。なら私は司羽の奥さんとして、こんな所で寝てちゃ駄目だよね。ミシュナちゃん達が応対してくれてるのに私が寝てるのは失礼だよ。」


「それは……そうかも知れませんが。」


 これは、司羽に許可を取らずとも良いのだろうか? ルーンが決めた事ならば司羽も反対はしないだろうし、事実ルーンの言う事も尤もなのだが……。


「それじゃあ……あっ、ついでに窓は閉めて行ってね。外には誰も居ないだろうけど、私も今は裸だから念のために。私は司羽以外に見せる趣味はないからね。」


「はい、分かりました……って、ルーン様まで裸なんですかっ!?」


「うん、だから宜しく。司羽もこう言う所は気を使って欲しいよねー、自分で脱がしたんだから、ちゃんとケアしてくれないと。」


「っ………た、ただいまっ!!!」


 またもや顔を真っ赤にして叫んだユーリアに、ルーンは平然とそう指示して微笑んだ。そんな笑顔に対してユーリアは急いで窓へ駆け寄り、速やかに指示を実行する。そして次の瞬間には真っ赤な顔のまま部屋から飛び出していた。

 ユーリアにしては珍しく大きな音を立ててドアを閉め、それを確認すると、ルーンはモソモソとベッドから降り立ってクスリと笑う。


「ふふっ、ユーリアさんは本当に乙女で可愛いなー。司羽はともかく私は同じ女なのに………でも、ああいう純な感じを私がやったら司羽は喜ぶかな?」


 今しがた閉められたドアに向かってルーンはそう呟くと、上機嫌で司羽と共用になってしまっているクローゼットを開いた。いつもなら寝起きはもたつくのだが、司羽がルーンの気を矯正してからはかなり目覚めが良くなっている。おかげで朝の着替えが億劫ではなくなったのは、ルーンとしてもかなり嬉しい効果だった。

 テキパキと下着を付け、白いワンピースに着替え、最後にいつも付けているアクアマリンのネックレスをかけてから、全身鏡の前に立つ。


「うん、今日の司羽は黒みたいだし、偶には対照になるのも良いよね。」


 ルーンはクローゼットの中の様子から瞬時に司羽の服装を判断すると、満足したように頷いた。そして司羽が出て行った窓を一瞥してから、自身も部屋を出る。


「さーてと、お客様はどんな子か楽しみだな。可愛い子か綺麗な子か、どっちにしても私の司羽を困らせる悪い子みたいだけどね。」










−−−−−

−−−−−−−

−−−−−−−−−










ガチャ


「ただいまー。」


「おかえり、司羽。……それで、これはどういう事なのかな?」


 外出から帰ってきて、来客に対応するべく応接間まで来た司羽が、最初に掛けられた言葉がそれだった。それを言った本人であるルーンの表情を見ると、珍しく怒っている様である。質問された司羽はいきなりの事に戸惑いながらも、取り敢えず聞き返すことにした。


「えーっと……何がだ?」


「何がって……分からないの?」


「うっ、い、いきなり言われてもな……。……ルーンに黙って出掛けたからじゃ……ないよな。えっと……えっと……。」


「おおっ、流石はルーン。主が圧されているのじゃ。」


「……トワ、良い子だから少し黙ってなさい。」


 司羽がルーンの気迫にたじろぐ横で、何やら感心しているトワをミシュナが窘めた。最初に来客に応対してくれたらしいミシュナとトワが此処に居るのは司羽も分かっていたのだが、何故かルーンだけでなくミシュナからも非難めいた視線を感じる。そんな状況下で助けを求めてユーリアを見るが、司羽の分の紅茶を入れていたユーリアは苦笑を返しただけだった。

 仕方がないので、司羽は恐らくこの状況を作った元凶であろう来客……ユーリアの入れた紅茶に口を付けていたアレンへと、視線を移した。


「おい、アレン。色々と聞きたい事はあるが……お前、ルーンに何を言ったんだ?」


「そこの子にお前との関係を聞かれたから、『鞭で叩く側と叩かれる側だ』と言った。他は特に何も言っていない。それしか聞かれなかったからな。」


「……………。」


 即答したアレンの応えに、司羽は思考を停止させた。そして、ルーン達の視線の意味も一瞬で理解する。まったく理解したくなかったが。


「お前……新手の嫌がらせか? ルーンとミシュに俺をなぶり殺しにさせる気なのか?」


「………? 他に良い言い回しが思い浮かばなかったんだが、何か不都合だったか。」


「………もういい。」


 本気で言っているらしいアレンの言葉に、司羽はウンザリしたように溜息をついた。身分を隠さなくてはいけない以上こうなるのは分かっていたが、アレンは機転というものが全く効かないらしい。そのおかげでどうやらルーンとミシュナには、SMな誤解をされているようだ。アレンが何故此処に来たのかは気になるが、とにかくまずは誤解を解くのが先だ。命に関わる。


「……ルーン、これはな……。」


「うん、これは?」


「い、いや、その……誤解なんだ。俺は別にそういう趣味はないし……。」


「そうなの? じゃあこの人が言ってた事は嘘なの?」


「えっと、別に嘘と言う訳ではないんだが……。」


「………ふーん。」


 司羽を責めるルーンの瞳が暗く光る。ミシュナに助けを求めて視線を送るが、ミシュナも相変わらず醒めた視線を司羽に向けるだけだ。


「頼む、信じてくれ……俺は別に男色の趣味はないし、アレンもただの知り合いで……。」


「そんな事は分かってるよ? 前に私が男は嫌だって言った時もそう言ってたし。」


「え、そうなのか? 俺はてっきり……。」


「……やっぱり司羽は、なんで私が怒ってるのか分かってないんだ。」


「それは……その……。」


 勘違いに驚いた様な司羽の態度に、ルーンはますます不機嫌になって行く。なんだか本格的に雲行きが怪しくなってきた。だがアレンの話を聞くにしろ、ルーンを放置する訳にもいかないだろう。そう思い司羽がアレンに視線を向けると、何故かアレンは何やらその様子を……特にルーンを興味深げに見ていた。そして、唐突にボソリと呟く。


「……君は泣かないのか?」


「何ですか、いきなり。」


「いや、女性は男に怒った後は泣くものだと今朝買った本に書いてあった。」


「私は司羽以外の人の前では泣かないって決めているんです。誰の前でも泣く女だと思わないで欲しいですね、不愉快です。」


「………そうなのか、それは済まなかった。やはり女性にも色々あるんだな、為になる。」


 アレンはそういうと何やら納得した様に頷いて、ポケットから手帳を取り出した。一方アレンの突然の質問に訝しみながらも答えたルーンは、アレンから興味を失った様に司羽へと視線を戻していた。そして再び司羽へと厳しい視線が突き刺さる。そんなちょっと間抜けにも見えるやり取りの後、アレンは取り出した手帳に何やらメモを取っている様だった。……と、司羽もアレンの様子は気になったが、今この状況をなんとかする方が先決だ。とはいえもうヒントがない、素直に降参するしかないだろう。


「ルーン……俺はもう降参だ。悪いが、今回は教えてくれないか?」


「……もう、仕方ないなぁ。私が怒ってるのは、私じゃなくてなんでこの人にそういう事をしてるのって事だよ!!」


「ああ、そういう事か……って、それは分かれってのが無茶ってものだろ、普通分からないぞ!?」


「私達は普通じゃなくて恋人で家族だもん!! 私は彼女として司羽の願いは全部叶えたいと思ってるんだから!! ミシュナちゃんが司羽は絶対そういうのが好きだって、鞭も渡したって言うから、ずっと心の準備もしてたのに……。」


「ちょ、ちょっと主席ちゃん、それは内緒って………あら、何よ司羽、顔が怖いわよ?」


「…………。」


 どうやらミシュナがルーンに余計な事を吹き込んでいるらしいと確信した司羽は、ミシュナをジト目で睨みつけた。そういえば最近はルーンがそういう話題を振ってくる機会がやたらと多かったが、恐らくそれも原因はミシュナなのだろう。


「………み、ミシュ……お前……。」


「……あら、人のせいにするなんて男らしくないんじゃない? 今回の原因は間違いなく司羽なんだから。ちなみに私は司羽が遂に女に飽きたんだと思っていたわ………違ったのね。」


「違うに決まってんだろっ!!」


 不機嫌モード全開のルーンとは対照的に、クスクスと笑いながらそう言ったミシュナに対し、司羽はどうやら自分が遊ばれていたらしいと察した。……色々と釈然としない上に何やら有耶無耶にされた気がするが、取り敢えずはルーンの誤解だけ解けば良くなったのは吉報だろう。アレンとの話を進める為にも、まずはこの問題を解決しなくては先に進めない。


「……ルーン、聞いてくれ。」


「何?」


「ミシュナのは嘘だ。俺は別にそういう趣味がある訳じゃなくてだな、これは……。」


「うん、それが嘘だね。あ、これってペナルティ1回目だよね。この前言った事実行していい?」


「…………。」


「ほら見なさい。やっぱりそういう趣味があるんじゃない。」


 ……何故だろう、周りからの視線の温度がどんどん下がっていくのを感じる。そしてこうまで堂々と嘘だと言われてしまうと、改めて否定する事が出来ない。いや、断じてそういう趣味があるとかではなく、状況的に。司羽はそんな事を考えながら、静かに考えを巡らせた………そして、


「……えっと、だな。」


「うん。」


「…………。」


ギュッ


 結局何も浮かばず、取り敢えずルーンを抱きしめることにした。何やらミシュナからの視線が更に冷凍光線と化してきた気がするが、恐らくこれが司羽に出来る最善にして最後の手であった。


「……すまん、許してくれ。」


「うーん……あっ。」


 物凄く男らしく情けない謝罪をしている司羽の腕の中で、寧ろ抱きしめ返しながら唸ったルーンは、何かを思いついたように声を上げた。


「それじゃあ、これからは恥ずかしがらずに、素直に私と一緒にお風呂に入る?」


「うっ……分かった。」


「もう私の知らないところで、今回みたいな事しない?」


「勿論、約束する。」


「私がお願いした日はちゃんとペアルックで学園に行く?」


「ああ、それも約束……え?」


 司羽は、それに言ってから気付いた。そして、ニコニコと微笑むルーンの笑みは司羽の次の言葉を打ち消してしまう。……それがルーンの誘導だと言う事に気付いた時には、もう全てが遅かった。


「ふふっ、じゃあ今回は許してあげる。」


「いや、ちょっ……。」


「ユーリアさん、この前言った司羽とのお揃いの服なんだけど、何着か用意してもらっていいかな? 連続して同じ服だと飽きちゃうし。」


「あっ、はいっ、分かりました!!」


「あらら……ラブラブじゃない。ねぇ、司羽?」


「……………。」


 そう言ったミシュナの表情は凄く楽しそうで、司羽はどっと疲れた様に感じた。今更ルーンに言った事を取り消したのでは、きっと先程以上の深みにハマってしまう事になる。もうこれは諦める他ないだろう。……絶望の中にいる司羽が顔を上げると、この空気の元凶でもあるアレンはまたしても手帳に書き込みをしながら、何やらしきりに成程と頷いていた。何が成程なのか、というより何故アレンは此処に居るのか。そんな事をひたすら考えながら、なんだか全てが敵の様に思える部屋の中で、司羽はガックリと肩を落として溜息をついたのだった。

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