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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第四章~秘密と覚悟と想いの行方~
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第52話:もう一つの恋語り(前編)

「あの人でなしっ!! ちょっと信用したらこれだわっ!!」


「ま、まぁまぁお姉ちゃん。教官もお姉ちゃん達が集中出来る様に気を使って………。」


「そんなの知らないわよ!! それにナナもナナだわ。命の危険のある訓練なら、ちゃんと断らないと駄目じゃない!!」


 腕を組んだまま険しい表情で叫んだネネに、ナナは困った様な笑みで応えた。助けを求めて周りを見回しても、リアを含めて全員複雑そうな表情で発言を控えてしまっている。どうやら概ね同じ意見だという事らしい。

 それはリア達の訓練が終わってから、司羽達の様子を皆で見に行った時の事だ。司羽達が消えた方向に向かったリア達が最初に見たのは、地に倒れて動かないナナと、それを観察する様な司羽の姿だった。持久走でも倒れたり、嘔吐者が出るのは珍しくなかったが、なんだか様子がおかしいと言う事で、慌てて司羽に理由を問いただしたのだ。


「司羽さんは信用していますけど、やはりあまりに危険な事は……。」


「そうだね。教官の説明を信じるなら、これは一種の拷問だよ。気と言うのはイマイチ分からないけど、本当にこんな荒行が必要なのかな? 時間が掛かっても安全策を取った方が……。」


「そう……、ですね。訓練で命を落としては何にもなりませんから。」


 ネネに続けて、リアやルークやアリサ達も各々の気持ちを言葉にした。やはりあの訓練は、周りから見て心穏やかな光景ではなかったのだろう。きっとナナが逆の立場でも同じ事を言う筈だ。……しかし、それでもナナは引かなかった。


「もうこれは……、気を学ぶ事は、フィリア様や皆の為だけじゃないんです。私自身が本気になってやりたいって思う事なんです。それに私は、司羽教官を信じています。司羽教官が必要だと言ったなら、それは必要な事なんです、絶対。」


「ううっ……、ナナぁっ……。」


「もう、お姉ちゃんもそんな顔しないでよ。私は本当に大丈夫だから。気術士になるには皆が通る道なんだよ?」


「でもでもぉ……。」


 何を言っても譲らないナナに、ネネは情けない声をあげた。ナナにとって気術は、もう家族を守る為だけの物ではなくなっていた。司羽に言ったような理由もある。だがそれだけではなく、ミシュナと短くない時間を過ごし、段々と気術士と言う存在に憧れを抱く様になっていた。それはもう、夢と言ってもいいだろう。もしかしたらそれは、ミシュナに抱いた憧れなのかも知れないが、それでもナナは、気術士になる事をもう心に決めていた。ネネが何度言っても頑なに聞かないナナに、リアが見かねた様に溜息をついた。


「はぁっ……もう、頑固なんですから。」


「すいません、フィリア様。でも私、この道を行きたいんです。教官が傍に居て教えてくれる今は、きっと私にとって凄いチャンスなんだと思います。皆が大変な時にこんな事を言うのは、我儘なのかも知れませんけど。」


「……いいえ、元はと言えば私の我儘から皆をこの様な危険に巻き込んだのです。ですからナナが本気でそれを目指したいと言うのなら……、私は応援しなければなりませんね。ですが、本当に危ないと思った事はしない様に。命あってこそですよ?」


「フィリア様っ……!!」


 リアが苦笑混じりに言った言葉に、ナナの表情は、ぱぁっと明るくなった。フィリアが言うならば仕方がないと、他の面々も納得してくれた様だ。ネネはまだ納得がいかない様子だったが、十分に気をつける事を条件に渋々了解してくれた。


「ううっ……、まさかナナがこんなに頑固だなんてぇ……。」


「いやー、ナナちゃんはネネさんの妹ですし。」


「……メール、それどう言う意味よ。」


「えっ? あー、いや、そのー……なんでもないですよ? ねっ、ユリ?」


「ちょっ、なんで私に振るのっ!?」


 先程のムードから一転、場の雰囲気はガヤガヤと騒がしいものとなる。ナナはそんな光景にホッと胸を撫で下ろした。気術の訓練の事がバレた時はどうなるかと思ったが、リアの賛同が得られたのが大きかったのだろう。そして話題は今やっている訓練の事に移り、マルサが不満そうに溜息をついた。


「でも今の訓練って、体力と集中力の強化だけなんだよな……。やっぱり技術的な事は自分達でやれって事なのかねぇ。」


「そりゃあ、ユーリアちゃん達の話では教官は魔法が何も使えないらしいからね。剣術に関しては知らないけど。」


 ユーリアとトワは何度も屋敷へ来ているのでその時に司羽について色々聞いたのだが、メールが聞いた限りでは魔法については初歩の初歩すら使えないそうで、人に教えることは出来ないのだそうだ。そういえばこの前の訓練の時もそんな事を言っていた気もするし、魔法の技術的な事に関しては自発的な訓練を行うしかないだろう。


「うむ、剣術に関して言うなら、前回の模擬戦で見た感じでは出来ない事もないという程度のレベルなのだろうな。あれは剣術というよりも、ただ物凄い身体能力と先読みで剣を振り回していると言った感じがした。恐らく剣術を習った経験はないのだろう。」


 それに続いてジナスも、以前の戦闘から司羽の剣術の腕を見抜いている様だった。戦闘中の剣に関しては、司羽はあくまで木刀を受けたり殴りつける道具としてしか見ていなかった様に感じられた。あれはもはや勘だけで使っているのだろう。そんなジナスの発言に、リンは溜息をついて思案した。


「うーん……、そうなるとやっぱり自分達でなんとかするしかないのかなぁ。でもネネさん達との魔法の訓練もなんだか頭打ちになってるし、いっその事、私達も纏めて気術の訓練をすれば……って言いたいけど、やっぱりそんな簡単にはいかないよねぇ。」


「あはは……、流石に気術の訓練はあまりオススメ出来ませんから……。」 


 ナナはリンの冗談混じりの発言に苦笑しつつもそう応える。皆に見せた訓練だけの話ではなく、やはり命を感じる過程が難しいだろう。自分にはミシュナが居てくれたが、独力でならどれ程時間が掛かってしまったか想像も出来ない。……そんな時、ナナは気を習いたいと言っていたアレンの言葉を思い出し、彼の表情を見ようと咄嗟に姿を探した。


「………あれ? アレンさんは何処に?」

「ああ、そう言えば、訓練が終わった後から姿が見えませんね。」


「…………。」


 ユリがナナに言われてふと視線を巡らすが、やはりアレンの姿はない。他の皆の反応も似たようなもので、無意識にネネの方へと視線が集まっていく。そんな周りの視線に応える様に、ネネは溜息をついた。


「……飽きもせずに自主訓練だって。最近はまた夜遅くまでやってるみたいだし、今頃は走り込みでもしてるんじゃないかしら。」


「訓練って、今終わったばかりじゃないですか。無理をしていなければいいのですが……。」


 皆から視線を逸らしながらも、アレンの行動に憤る様な口調で話したネネの言葉に、フィリアが心配そうに呟いた。アレンがいつも誰よりも真面目に訓練に取り組んでいる事は皆知っている。だからこそ無理をしているのではないかと思ってしまう。怒ったように言ったネネだって、実は一番心配をしているのだろう。

 そんな苛立った様子のネネに、マルサがフォローする様に声を上げた。


「あー、アレン隊長が訓練を続けてるのに、俺達がサボる訳にはいきませんね。……ルーク、行くぞ。」


「そうだね、また隊長との差が開くと困るから。フィリア様を護衛する必要もない距離だし、行こうか。……それではフィリア様、我々は隊長の所へ行きます。……あ、そうだネネさん、夕飯の時は教えにきて貰えませんか? 隊長は誰かが呼びに来なければ一生続けるでしょうし。」


「ええ、分かったわ………、ありがとう。」


 ネネが礼を言って了承すると、ルークとマルサは身を翻して元来た道を走り去った。そんな二人を見送り、ネネはまた嘆息する。


「まったく、周りの心配が分からないんだから……。」


「はははっ、アレンは昔からそうだったからな。自分より先輩の騎士に剣術で負ける度に、勝てるまで特訓を重ねていた。あいつはその頃から何も変わっていない。」


「笑い事じゃないですよ。司羽さんに負けたのが悔しいのは分かります。でも、最近はちょっと無理が過ぎるんです。」


 昔を懐かしがる様なジナスに対して、ネネは不安そうに声のトーンを下げて言った。深刻そうな表情のネネを見て、ジナスもばつが悪くなってしまう。


「………まぁ、確かに最近は少々無理をしているかも知れんな。状況が状況だ、訓練とは言え体調は常にベストにしておかなくてはならない。」


「はい……。」


 短く言って頷いたネネに、ジナスもなんと声をかけるべきかを悩んだ。明らかにネネが心配しているベクトルが、敵の来襲に寄るものではなく、アレンの体調に関するものだと、その場の全員が察していた。


「ごめんなさいね、ネネ。」


「っ……!! フィ、フィリア様が謝る必要はありません!! 皆に心配をかけるアレンが悪いんですから。ちょっと負けたくらいでフィリア様にだって心配をかけて……アレンは……馬鹿なんです。」


「そんな事はないですよ。彼は私達を良く守ってくれています。一人では生活する事も出来ない私の為に、尽くしてくれる皆の事くらい、私にも心配させて下さい。」


「……はい、ありがとうございます。でも、フィリア様が謝る必要はありません。これはきっと、アレンの問題なんです。もしかしたら私の問題でも、あるのかも知れませんが。」


 リアにそうまで言われては、ネネも素直にならざるを得なかった。それにジナスの言った通り、状況が状況だ。今は意地を張っている場合じゃない。


「私、今夜にでもアレンと話をしてみようと思います。フィリア様が心配しているって知ったら、きっとアレンも無理を止めるでしょうし。」


「……分かりました。ではアレンの事はネネに任せます。アレンを一番知っているネネになら、安心して任せられますから。」


「そっ、それはまぁ、幼なじみですから。でもここにいる皆も同じ様なものです、たかが数年の違いですよ!!」


 リアの冗談混じりの発言に、ネネは顔を赤くしながら視線を逸らした。いつもよりも少し子供っぽいネネに戻り、アリサやメール達侍女の面々も安心した様に胸を撫で下ろし笑い合う。そんな中、ナナはアレンが司羽に詰め寄った時の事を思い出していた。司羽はああ言っていたが、ナナはやはり心配だったのだ。そして何より、大好きな姉が胸を痛めるのを見ていたくなかった。


「………良かった。」


「ナナ、何か言った?」


「ううん、何でもないっ。頑張ってね、お姉ちゃん!!」


「ちょっ、ナナまで何言ってるのよっ!!」


「あははっ。」


 いつもは頼りになる姉も、こういう時は本当に可愛くて魅力的だと思う。そんな姉だからこそ、その気持ちは絶対に報われて欲しい。

 ナナは照れて赤くなったままの姉に対して、心の中でもエールを送りながら、くすくすと笑いかけるのだった。



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