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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第三章~エーラの気術士~
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第50話:気術士の夜

「うーん、なんか私の乙女センサーに反応があった様な……。」


「……乙女センサー? なんだそれ?」


「主に司羽の女性関係を察知する為のセンサーだよ、所謂女の勘ってやつ。なんだかびびーって来たんだよね。何処かで誰かが司羽を狙ってるのかもよ?」


「女の勘ってのは良く聞くけど……なんか怖いなそれ。」


 真顔で乙女センサーとやらの説明をしてくれたルーンに対して司羽はカラ笑いで返した。ミシュナの帰りがいつもよりも遅いので、今日はミシュナに代わり、司羽がルーンと肩を並べて夕食の支度を手伝っている。ユーリアはトワと一緒に風呂掃除やベッドメイクなどをしてくれている筈だ。最近はそういった所は主にルーンとミシュナとユーリアがさっさと終わらせてしまうので、家事を手伝うのはとても久しぶりだ。トワも良く三人のお手伝いとしてちょこちょこと動き回っている中、自分だけが何もしていない様な気がしていたので、こういう時くらいはと思う。とは言っても、ルーン曰く『司羽は料理や家事の感想を言って、私を幸せにしてくれるのが仕事』らしいが。その上、最近ではユーリアも司羽が家事をしているとあまりいい顔をしない。……一応収入源の薬草や魔草の採取には貢献しているとはいえ、やっぱり何もしていない気がして落ち着かないといえばその通りなのだ。そんな心中がついつい口から溢れてしまう。


「なんかこうやって家事の手伝いをするのも随分と久しぶりに感じるな。此処に来たばかりの頃は家事を分担とかして、ルーンも朝ご飯作ってーとか言ってきたのに。なんだか昔が懐かしいよ。」


「あはは、懐かしむ程に昔の話でもないけどね。トワちゃんやユーリアさんが此処に来たのだってついこの前だし、司羽と初めて会ったのだって、まだ半年も経ってないよ?」


「んー……そういえば、そうなんだよな。」


「そうそう、もうずっとこうしてる様に感じちゃうけど、ついこの前の出来事なんだよね。」


 思い返してみれば確かにそうだ。色々と密度の濃い生活だが、時間的にはまだそんなに経っていない。こうして料理の時だけ髪をポニーテールに結い上げているルーンを見ると、なんだかずっと前からそうしていた様な気がしてしまうのだが。司羽はそんな風に考えながら、ルーンの言葉に少し感慨深げに浸っていたが、暫くしてルーンによって話題がずらされていた事に気付いた。


「いやいや、そうじゃなくてさ。危うくまた誤魔化される所だった。」


「むぅっ、誤魔化されてくれてればいいのに。」


「いーや、今日こそは待遇の改善をしてもらう。なんだか最近ルーンに上手くコントロールされてしまっている気がするんだよな。こういう話題になると直ぐに話を逸らされるし。」


 なんというのだろうか、手玉に取られるというのとはちょっと違うが、そういう感じだ。そんな風に考えていた司羽が溜息をついて愚痴るのに対して、一方のルーンはなんだか機嫌が良さそうである。


「別にいいじゃない、私が司羽にゆっくりしてもらいたいんだもん。それにほら、こうして人手が欲しい時には一緒にやってるんだし。」


「……なんだか納得がいかない。」


 ルーンに笑顔でそう言われては、司羽としても反抗する気がなくなってきてしまうのだが、最後の抵抗として司羽はそう呟いた。ルーンはそんな司羽の内心を分かっているのかいないのか、相変わらずのご機嫌だ。


「仕方ないよ、私も司羽にたっぷり甘えて、べったりするのは好きだけど、最近の私はいっぱい司羽を甘やかしたいんだもん。司羽はそんな私の我儘を聞く義務があるんだよ?」


「我儘って言われてもなぁ、それ一方的に俺が甘えてるだけな気が……。」


「だーかーらー、それが良いの。普段は私が司羽に甘えてるんだし、折角の私の楽しみを取っちゃヤだよ?」


 結局司羽の最後の抵抗も虚しく、ルーンのご機嫌な笑顔の前に敗走してしまった。こういう事はこれが初めてではなく、幾度となく繰り広げられた敗走歴に新しく刻まれた一部分に過ぎないのだが、やっぱりちょっと悔しいものがある。司羽もルーンが元々こういう風な状況を望む女の子であったのだと、最近になって理解した。ルーンが司羽にかなり一方的に甘えていたのは、ルーンの生い立ちや、司羽のどちらかと言えば甘えられたい性格に配慮してのものだったのだろう。だからこういう形になっていくのは自然な事だと言える。それは分かっているのだが、やっぱりこういうのは色々と……モニュモニュするのだ。うまい表現がないためそうとしか言えない。………やっぱり、何よりも男として悔しいからなのかも知れないが。


「むぅ……。」


「ふふっ、ほら司羽、機嫌直して? 味見させてあげるから。」


「…………。」


 ルーンが鍋の中から一つ鳥団子を取り上げてお皿に乗せるが、司羽はあまり乗り気ではない様子だ。そんな司羽の態度が可笑しかったのか、ルーンはクスリと少し噴き出す様に苦笑すると、箸で鳥団子を一口サイズに切った。そしてそれを箸で取り、自分の口元へ運ぶ。


「もう、仕方ないんだから………ふーっ、ふーっ……、はい、あーん。」


「うっ………。」


「あーんだよ、司羽♪」


 自分で軽くふーふーして鳥団子を冷ますと、ルーンはそれを司羽の方へ差し出して微笑んだ。所謂あーんと言うやつなのだが、司羽は一瞬たじろいでしまう。別に恥ずかしい訳ではない、というのも恥ずかしがるのも今更というやつなのだ。二人きりの時は勿論、人目があろうと関係なしにルーンはあーんをしたがる傾向にある。そしてそんな時は決まって、断られる事など考えていないような信頼しきった瞳で司羽を見てくるのだ、ハッキリ言ってもう慣れた。問題は、このままだとまたルーンに話をはぐらかされて終わってしまうと言う点だ。………とはいえ、これを断ったらルーンがとても悲しそうな表情をするのは考えるまでもない事実だ、断れる筈がない。


「………あーむ。」


「どうかな? 美味しい?」


「……うん、美味い。」


「それじゃあもう一つだね、ふーっ、ふーっ……、はい、あーんっ♪」


 司羽が美味しいと言う度に嬉しそうに表情を輝かせるルーンに、司羽は何も抵抗出来ないまま、あーん攻勢は続く。そして数回それを繰り返している内に、お皿からあーんするものが無くなった。するとルーンは、鍋の中からスープをお皿に取ってまたふーふーと冷ましてくれる。そんな時、ルーンは何かを思いついたように声をあげた。


「あ、そうだ。司羽、ちょっと屈んでもらえる?」


「ああ、いいぞ。……これでいいか?」


「えっと、出来ればもうちょっとだけ低く……うん、そんな感じ、それでは…………んっ。」


 ルーンは司羽が屈んだのを確認すると、スープの皿を自ら煽って、そのまま司羽の唇に自分の唇を重ねた。司羽も最初は呆気に取られたが、直ぐにルーンの意図を理解してルーンとのキスを続けた。慣れない事をしている為か、唇の間からスープが溢れそうにもなったが、ルーンの顔を引き寄せることでそれを回避する。司羽がルーンを味わうようにじっくりとキスをすると、ルーンは体を預けるように司羽に寄りかかった。


「ちゅっ……んくっ、ぷはっ、これ、結構難しいね。液体だったからかな?」


「まぁ、そうかもな。それより、こういうことするなら前もって言ってくれ、心の準備ってものがある。」


「ごめんね、司羽ならちゃんと受け止めてくれると思ったの。それに口移しって、流石にミシュナちゃん達の前じゃやりづらかったし、いい機会かなーって。」


 照れ気味にそう言って視線を逸らした司羽に対して、ルーンはそう言いながらいたずらっぽく笑った。どうやら完全に計画通りだったらしい。


「まぁ確かに、流石にこれはあいつらの前じゃ恥ずかしいな。そうじゃなくてもかなり恥ずかしいけど。」


「隣のクラスの子にね、彼氏とキスするならこういうのもあるよって前から聞いてて、気になってたの。結構前からチャンスを狙ってたんだけど……でも食事の前も食事中も、基本的に他の誰かがいるし、なかなかね。」


「まぁ、確かにな。」


 司羽自身、最近家では曖昧になりつつあるが、あまり人前でイチャイチャと出来ないタイプだ。ルーンもそれを分かっているから、こうやって我慢してくれていることもあるのだろう。その分やはり二人きりの時は目一杯我儘を聞いてやりたい。


「って、またそうやって話題を変えやがって……本当に油断出来ないな。」


「あははっ、バレちゃった?」


「当然だ。………仕方ない、今日の所はこの話はここまでにしてやる。」


「ありがと♪ じゃあ今日はもうゆっくりしてていいよ? 後はお鍋を見てるだけだし。」


「むっ、そうなのか……。」


 確かにルーンはちょこちょこと片付けを始めており、鍋も蓋をしてしまっている。その片付けももうすぐ終わるし、手伝うことも他にないだろう。というか此処にいても邪魔になりそうな気がする。取り敢えず、いつも通り本でも読みながら全員揃うのを待つとしようか。


「……しかし、ミシュは本当に遅いな。こんな時間まで何処かに行ってる事なんてあったか?」


「んーっ、そういえばそうだね。ミシュナちゃん凄く可愛いから心配かも。でも、凄く強いってトワちゃん達も言ってたよね。無理に言い寄った男の子達が、3日間も体が動かなくなったって噂とかも聞いたことあるよ。なんでも良くわからない、道具も準備も要らない魔法を使うんだとかで。私もミシュナちゃんの戦ってるところ見たことないからちょっと見てみたいかも、入れ替え戦の時は私がみんな倒しちゃったし。」


「まぁトワ達の言う事が本当なら、ミシュは魔法じゃなくて気術を使ったんだろうけどな。3日間生きたまま動けなくなったってのが本当なら、相当の術師なんだろ。気術の練度もうちの上位門弟クラスはあるな。気術が使えるだけでも珍しいのに、あの年で、個人の力でそこまで登り詰めたんだとすれば、かなりのもんだ。くくっ、親父なら間違いなく弟子にするって駄々を捏ねるな。エーラに生まれて正解だ。」


 司羽は父親が駄々を捏ねるそんな場景を思い浮かべ、喉を鳴らして笑った。とはいえ、それだけではミシュナの力は測れない。確かに初めて会った時のミシュナはかなり高度に気を消していたし、聞いた話を総合すれば実力者であるのは間違いないが。そんな風に、司羽がミシュナについて考えていると、ルーンが司羽の顔を下から覗き込んでいた。


「……ねーねー、司羽。」


「んっ? どうかしたか?」


「んー、その気術っていうのがイマイチ良く分からなくて。軽く説明はしてもらったけど……気ってどういうものなの?」


「そうだな……言ってしまえば存在そのものが持つ力の事かな。魔力ってのは、そこら辺にあったり、何かの中にあるものみたいだが、気は何か生きているものの中にあるものだ。似てるようでちょっと違うんだな。人によっては気の事を生命って言ったりもする。つまりはそういう分類のものってことだ。」


 司羽の説明に、ルーンはわかった様な、そうでない様な複雑な表情で頷いた。これだけで分かれというのも色々と雑な説明だが、司羽としてはそうとしか言い様がない。特にルーンには魔力の知識がある分その区別がつきにくいのだろう。


「気っていうのは生きてるものが持ってる力なんだね。」


「ああ、そんな認識で構わない。例えば人に流れている気が普段果たしている役割は、人を動かすことだ。」


 司羽がルーンの答えに同意しながらそういうと、ルーンはますます分からなくなったという風に首を傾げた。


「人を動かす? 人間は脳からくる命令で動くんでしょ? つまりは脳が命令する力が気なの?」


「いや、脳は確かに微弱な電気信号を送って人の体にある筋肉に命令を送ったりするが、それとはまた別だ。……ルーンは、どうして脳が体を動かせているんだと思う?」


「うーん、それはやっぱり人が考えるからで……。」


 司羽の問いに、ルーンは目を閉じて考えを巡らせた。しかし、うまい言葉が思い浮かばない、なんとなく分かるようで、分からない。


「体自体が脳の命令によって動くように作られて生まれてきたからだよ。そもそもの体が脳に栄養を送る食べものを採るために作られているんだ。神経や器官はその補助的な役割を持ってる。」


「……まぁ確かに、当たり前だよね。」


 単純すぎる答えにルーンは納得した様だった。しかし、これでは結局気の説明になっていない。そんなルーンの疑問に答えるように司羽は指を立てて説明した。


「じゃあ脳が種の保存とか生命の長期持続の為に活動して、体の各部分がその命令を実行する。このシステムは、どうして動いてるんだと思う?」


「やっぱり、生まれた時にそういう風になってたからじゃないの?」


「ああ、その通りだ。そして生まれた瞬間から、正確には生まれる前の、体が作られるその時から、そのシステムを正確に実行し続ける為の力が気なんだ。」


「………ううっ、よく分からない。」


 説明のあと、少し涙目になってしまっているルーンがとても可愛い。普段は主席なだけあってかなりの優等生だからこういうルーンが見られるのはとても珍しい。そんな事を考えていたのがルーンにバレたのか、不満そうな顔で視線を逸らされてしまった。


「………意地悪。」


「別に意地悪してる訳じゃないんだけどな。簡単に言えば、『脳や体が何かをする』って言う人間に取っては当たり前の大前提をちゃんとミスなく実行させる力が気だ。だから気が長時間乱れたりすると脳の為に動く筈の体が勝手に動くのを止めたりする。上手く使えば、活動限界を超えた働きを脳や体の器官に行わせたり、逆に自分に都合のいいところだけ活動を停止させたり、活動を鈍化させることが出来る。さっきのミシュナがやったって言うのはそれだろうな、恐らく心臓とかの主要な部分を除いて体を動かなくしたんだろう。」


「うーん、なんとなくは分かったかも。」


「まぁ、俺としては魔力の方が意味の分からない力なんだけどな。あるんだから仕方ないって納得してるよ。それに気だってその存在が完全に解明された訳じゃない。感じられたからその存在の輪郭が掴めてるだけで、こればっかりはやっぱり気を感じた者にしか分からないんだよ。」


 司羽がそう言って苦笑すると、ルーンもやっと納得してくれたようだ。気の様なものは科学的な根拠を提示できない。それを使って存在を証明する事は出来ても、それは『あるからあるのだ』と無理矢理納得させているに過ぎないのだ。司羽が今言った説明だって、そう言われていると言うだけの話で、確固たる証拠はない。


「でも、気術って凄いね。そんな事が出来たら、人を操る事だって出来ちゃうんじゃない? 気持ちを操ったりとかも……。」


「んー、まぁそうだな。考える器官である脳に対しても影響力がある以上は、気を乱す事で別のシステムを擦り込む事は出来る。例えば脳で、『生きる』っていう目的を『死ぬ』って目的に擦り替えたりすれば、そいつは勝手に何かで死ぬだろうし。ルーンの言うように好きって気持ちも感じる必要がないってシステムに書き換えたり、誰か指定の人物を好きになるって事を擦り込む事も出来るさ。」


「そんな事が出来るんだ……魔法では心や体を操る事は出来ないって言われてるんだよね。相手の中に長時間自分の魔力を入れなきゃいけないから、魔力が合わなくて直ぐに追い出されちゃうし、それ以前に自分の体の中の魔力をその人以上に上手く操れる人が居ないから。」


「……ルーン……怖いか?」


「………少しだけ。」


 そう司羽が聞くと、ルーンは小さく頷いて呟いた。予想していたとはいえ、これは仕方がない反応だろう、いままで気の本質とその力をあまり人に話さなかったのはこのためでもある。そしてそれは、司羽が地球で避けられていた原因ともいえる部分だ。こちらの世界で魔法が常識なのと同じように、萩野の家のせいで気に関する知識は地球の常識だ、避けるのもハッキリ言って無理はない。人の感情は人に取ってアイデンティティの全てを占めると言ってもいい、それを操る人間なんて怖くない筈がない。自分が信用出来なくなるのだから。


「とはいえ、気で人を操ったり出来るのは余程の気術士でないと無理だ。特に永続的に操るのはただ気術を学んでるだけの人間じゃ一生出来ないと思うぜ。少なくともミシュは、人を操るレベルまではいっていないだろう。少しならともかく、永続的に操るなんて事が出来るのは俺以外に見たことがないしな。親父なら出来るだろうが……あの人はそう言うの嫌うからなあ。」


「司羽はそんなに凄いの? 普通の人が一生出来ない様な事が出来ちゃうくらい。」


「まあな。操るのも、気術士以外の人に正常化する気を流すのも、何度かやった事がある。洗脳ってのは便利だからな。そっち系の催眠術やら魔眼やら薬なんて物が重宝される訳だ。まぁ気術ってのはそういう物の対策としても効果があるからな。元々軍の尋問で薬や催眠術の類は良く使われたみたいだし、魔眼なんてのは本当に一、二度しか見た事がないくらい珍しいが、相手の脳や器官に影響があるタイプのものは確実に効かないな。気術が自身を正常化させ続けるものである以上、そういう内的な攻撃は気術士には効かないし、効いても直ぐに正常化される。気術士同士でも同じ事だ。だからこそ気術が俺の世界で流行ったんだろうけどな。自白剤も催眠術も効かないなんて捕虜としては面倒な奴だし。殆んど都市伝説の魔眼までも内的な効果は効かないんだ。脅威以外の何物でもない。」


 一度懐に飛び込んでしまえば、普通の人間相手に負けはない。それほどに強いからこそ、萩野流は最強と言われていたのだ。その上戦闘術まで身に付け、現代兵器にまで対抗してしまうのだから、司羽の周りの人間が司羽を恐るのは仕方のない事だった。正直言って、こんな話をルーンにするのはどうかと迷った。しかし、ここで嘘を吐いては、ルーンを騙す事になる。ルーンに嘘が通用しないのは身に染みて分かっていた。


「魔眼なんて、司羽の世界にもあったんだね。あれって魔力が関係あるって研究発表があったから、司羽の世界にはないのかと思ったよ。あの研究、結局合ってるのかな。」


「まぁあんなの突然変異だしな。魔眼って言っても本当に千差万別などころか眼についてない物もあるって話だし、良く分からないよ。まぁ千里眼なんてのなら便利そうだから欲しいなーって思った頃もあったけどな、中学二年生の頃に。……ふぅ……、まあ、気に関してはこんな所だ。」


 一通り話し終わった司羽は、そう言って溜息をついてから、ルーンを見た。ルーンは何かを考える様に唇に手を当てて、沈黙したままその場に立っている。視線はどことなく焦点が合っていない感じで、考える事に集中しているのだろう。鍋も吹きこぼれたりしていない様だし、そろそろ本でも読もうかとルーンに背を向けた時だった。


「そうだ!!」


 そして直ぐに司羽はルーンの方に振り返った。ルーンは何かを思いついた様に手を叩いて瞳を輝かせている。


「ねぇ、司羽。その気術ってやつ私にやって? 司羽にそれしてもらえば内的な攻撃とかって効果なくなるんでしょ? だったらアンチマジックの結界とかにも効果ありそうだし。もしもの時の自衛の為にもいいかも!! この前ミシュナちゃん達の話を聞いてから、ちょっと怖かったんだよね。私、魔法使えないと何も出来ないし。」


「……いやまぁ、確かにルーンの中の気を俺が操って矯正しちまえば、俺から以外の内的攻撃は効かなくなるだろう……けどなぁ。」


「いいでしょう? 私がして欲しいの、司羽に。」


「うっ………うーん。」


 ルーンの真っ直ぐな瞳に、司羽は少し、たじろいでしまった。司羽はルーンのこういった真っ直ぐ過ぎる瞳は苦手だった。感情を直接ぶつけられている様な感覚がして、嬉しい半面、戸惑ってしまう。


「こんな話をした後だし言うけど、無理するな。俺を安心させてくれようとしてるんだろうけど、その気持ちだけで十分だよ。さっき怖いって言ってただろ? 恋人でも、仕方のない事はある。こんな話をしちまった俺も悪いんだし。」


「無理なんてしてないよ。それに、私が怖いって言ったのは気術だよ、司羽じゃない。その話をしてくれたのだって、司羽が私の事を本当に愛してくれてるって、信じてくれてるって分かって、凄く嬉しかったもん。」


 ルーンはそう言って司羽の手を取った。そしてそのまま一歩も引かずに司羽に詰め寄る。ルーンはこういう時は本当に頑固になる。女性関係に関してはそこまで深く追求してこないというのに、何故だろうか。まぁそれはやはり、強い信頼を寄せられているという事なのだろうか。


「私は司羽になら何されてもいいもん。司羽は私の嫌がる事しないから。でも気術はちょっと怖い、だから司羽が私に気術をかけてくれれば良いんだよ。」


「それはなんというか……滅茶苦茶だな。」


「滅茶苦茶じゃないよ。それに私、ミシュナちゃんに対して怖がりながら接したくないもん。今の話聞いちゃったから、きっと心の何処かでミシュナちゃんの事を疑う様になっちゃうかも知れない。」


「あー……でもミシュは大丈夫だって。」


「そんなの分からないよ。もしかしたらミシュナちゃんが司羽を私から奪うためにそうするかも知れない。出来るように練習するかも知れないじゃない。」


 ルーンは乗り気にならない司羽に対し、ミシュナを引き合いに出してきた。ルーンがこういう風にミシュナを引き合いに出すことは初めてじゃないが、こういう風にミシュナを悪く言うような事は初めてだ。仮にミシュナがルーンに何かしようと、それに司羽が気付かない筈がないのだが……この場合それを言っても何か別なものを引き合いに出されるだけだろう。困ってしまった司羽に、ルーンから最後の一撃が放たれる。


「司羽は私の事、ずっと守ってくれるんでしょ? 体だけじゃなくて、心も全部守ってくれるって言ったんだから、こんな所で怖気付かないでよ、あの言葉は嘘だったの? そんなんじゃ私……また、泣いちゃうよ?」


「……分かった、だから泣くな。」


 本当に瞳を潤ませながらそうルーンに言われては、司羽も折れるしかなかった。ルーンの涙は対司羽決戦兵器としてはチート過ぎる性能を持っているのだ。効力は司羽の無条件降伏及び、全要求の受諾。


「じゃあ……してくれる?」


「分かった分かった。俺も一生ってのは無理だから、一週間に一回くらいは掛け直すからな。……それと、体の調子自体は良くても変な感じが続くだろうから覚悟しとけよ?」


「うん、わかったっ!!」


「………はぁっ。」


 心底嬉しそうな表情で抱きつくルーンを見て、きつい口調とは裏腹に、司羽はこっそり表情を緩めた。気の力は司羽の誇りだ、それは気術士であれば誰もが抱く気持ちであり、最も理解され難い気持ちだと司羽は思っている。力を手に入れる代償と言えばそうなのかも知れないが、気術を誇りと思っている気術士達には、それは最も辛い事でもある。……そもそも、他人を操るなんて下らない事に気術を使うと思われること自体が、気術への侮辱だと感じる者も多い。


「それじゃあ、行くぞ。」


「……来て、司羽。」


そして司羽は、ルーンの中にある気の流れを読み取った。司羽に取って、流れを乱す事や押し付ける事は容易だ、だが安定化させるのは違う。何しろ自分の体ではないのだ、気と一言に言っても、人によって流れは様々であり、ただそれを安定化させるだけならともかく、自分の気を流し込み、長期的に矯正させるのはかなりの難題である。出来るだろうが、やった事がないのが現状だ。失敗すれば気を乱して体調を崩してしまう可能性も高い。それでもこれはルーンの為だ。確かに自衛の為の気の矯正は有効であるし、何よりルーンがそれを望んでいる。そしてきっと、この選択は自分の為でもある。……覚悟を決め、司羽はルーンに自分の気を送り込んだ。


「……よし、安定してるな……成功……か。」


「…………ぁっ。」


「おい、どうした!?」


 司羽が気術による矯正を終了した直後、司羽に抱きついていたルーンが、急に足元から崩れ落ちた。司羽に緊張が走る。まさか、失敗したというのだろうか? いや、それはない、気術士特有の拒絶反応の様なものはなかったし、そもそもルーンは気術士ではない。体に流れる気も安定している。だったらこれはなんだ。司羽は初めて自分の力に不安を覚えた。もし、ルーンに何かあったら、それは自分の責任だ。いや、そんな事はどうでもいい、とにかく早く気を取り除いてしまわなければ!!


「ルーン、じっとしてろ!!」


「……ぁ……んっ……つか……ぁっ……。」


 喘ぐような声と共に司羽の服にしがみつくルーンに、段々目の前が赤くなってくる様な感覚を覚えた。興奮してはいけない、気の操作は慎重に行わなければならないのだから。


「何も言うな、今気術を……。」


「……き……もちぃ……のぉ……。」


「辛くても今は……………はっ?」


「……こ、れぇ………しゅごぃぃ………つか、ば………もっとぉ。」


「……………。」


 ………そういえば、気の相性の良い人間同士だと副次効果があるとかなんとか聞いたことがあるな。テレパシーとかそういうのは聞いたことはあったが………なるほど、こういうのもあるのか。


「……ルーン、どんな感じだ?」


「ふぁぁっ……わらぁっ……しの、な……かっ……ひぅっ!? つか、ばぁ……でぇ……いっ、ぱ……いぃっ。」


 そう言ったルーンの表情は真っ赤に染まり、焦点の合わない涙目で辛そうに熱い息を何度も吐き出している。……と言ってしまえば単なる風邪の症状なのだが、抱きとめている司羽の胸にしがみついて体を震わせているルーンは、どうみても……完全にアウトな気がする。


「と、取り敢えず、ルーンをベッドに………。」


「連れていって、何するのかしら………?」


「…………え?」


 司羽は、自身の言葉に続くように聞こえた声に、とても嫌な予感を覚えながら首だけそちらに振り向いた。するとそこには、黒い長髪の後ろから、更にドス黒いオーラの様なものを感じさせる少女が立っていた。


「ただいま、司羽。」


「オ、オカエリ、ミシュ。」


 ミシュナは簡単に挨拶を済ますと、ニッコリと微笑みを浮かべ………氷のような瞳を向けた。


「私はスルなとは言ってないわ、ここは司羽とその子の家だしね。」


「え、いや、これはですね……。」


「……くるっ……し、け、どぉ…ぁっ……しゃぁ……わせぇ………はじめ…っ…ての……とき、とぉ……おん、なっ、じっ……なのぉっ……んっ……ふ、ぁっ……。」


「…………。」


 ダメだ、これは言い訳が通用するような状況ではない。色々とまずい、本当に色々とまずい。というかミシュナの微笑みが怖すぎる。


「司羽、TPOって知ってる? ここは貴方達の家であると同時に、トワの様な子が住む家でもあるの。そしてここはあの子も出入りするキッチンって場所なの。鍋の調子は私が見てるから……分かるわよね?」


「…………あの、これには訳が……。」


「いいから、は・や・く・い・けっ!!!」


「失礼しましたぁっ!!」


 ミシュナの地の底から響く様な声に、背筋を凍らせながら立ち上がると、ルーンを抱き上げたまま司羽はその場を急速に離脱した。










―――――――――

―――――――――――

―――――――――――――










― 数時間後 ―






「司羽、さっきのって一日に一回くらいやればいいのかな?」


「い、いや、一週間に一度くらいで十ぶ……。」


「そっかー、じゃあ毎日しようね? 外では怒られちゃうから、お風呂とか、この部屋で♪ ふふっ、気術って凄いんだね、やってもらって良かったぁっ♪」


 今日の一件で、ルーンが何やらハマってしまったのは言うまでもない。


年越し前なので頑張ってしまいました…w

前回は直ぐに感想なども頂き、ちょっとテンションが上がってたからかも知れませんね。やはり皆様が楽しんで読んでくださると言うのはとても嬉しく、励みになりますです、ハイ。

今年最後の投稿になると思います、それでは皆様良いお年を!!

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