表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第三章~エーラの気術士~
51/121

第49話:sweetpea

20000文字程度あります。一話にまとめてしまい申し訳ありません。

「そうしたら教官がなんて言ったと思います? 私のお姉ちゃんの様な人が傍にいるなら、アレンさんが道を踏み外しても引き戻してくれるだろう、なんて言うんですよ? ちょっと大袈裟ですよね。」


「へぇ……その教官さんがそんな事をね……。」


「はい。いつもは厳しいですけど、ちゃんと私達の事を見てくれてるんだって思ったら、嬉しくて……。」


 ある休日の昼下がり。今日はミシュナも一日予定がないという事で、ナナはいつも通りに花の勉強をしつつ、ミシュナにアドバイスを貰っていた。とはいっても、最近はナナもかなり植物に詳しくなってきていて、たまに質問する以外は世間話をするくらいなのだが。


「でも良いの? その訓練と教官の事を私に話しちゃって。一応リア達の秘密に抵触するんじゃない?」


「あ、それもそうですね。でも、ミシュナさんなら大丈夫だって思ったんです。……それに、今の話を聞いて貰いたかったし。」


「…………。」


 ミシュナの疑問に、ナナは動揺した様子もなく笑顔で答えた。ミシュナもそれに釣られる様に薄く微笑む。どうやらミシュナはいつの間にか、ナナに対してかなりの信用を得ていた様だ。


「もう、これで私がナナの敵だったらどうするのよ。そういう所はナナの魅力の一つだと思うけど、将来悪い人に騙されちゃうわよ?」


「あははっ、気を付けます。でもミシュナさんがそう言う人じゃない事は、私も何となく分かるんです。………ミシュナさんからは……なんと言うか、お姉ちゃんと同じ感じがします。」


「………まったく、これはお姉さん達がナナの事を心配するのも分かるわね。」


 ナナの疑心のなさに少し心配を抱きながら、ミシュナは溜息をついた。これでは直ぐに悪い人に騙されてしまいそうだ、家族の人が心配する気持ちも理解出来る。


「心配ですか……そうですね。やっぱり私も、早く皆さんのお役に立ちたいです……でも……。」


「あら、何かあったの?」


「あ、えっと、何かあった訳では……ないのですが。」


 何だかいきなり歯切れが悪くなったナナに、ミシュナは首を傾げた。ナナも何だか言い難そうな表情をしている。


「んっ、なあに? 何か悩みが出来たのかしら?」


「い、いえ、その、悩みと言う程の事では……えっと。」


「ん〜?」


 言い淀むナナの顔を覗き込むように、ミシュナは顔を近付けた。当のナナは、ミシュナの顔から少し視線を逸らしながら、少し頬を赤らめて……ボソリと呟いた。


「その……可哀相だなって……。」


「可哀相?」


「は、はい、私の為に苦しい思いをする花達が……私のせいで沢山枯らしちゃいましたし……。」


「ふふっ、だから最近ちょっと元気がなかったのね。でも………可哀相、か。そうね、確かに私もそう思うわ。」


 ナナの発言に対するミシュナの優しげな微笑みに、ナナが心の中で、ミシュナの前で子供っぽ過ぎる発言だったかと顔を真っ赤にしていると、ナナの頭にポンと掌が置かれた。そのまま顔を上げると、ミシュナは相変わらずの表情で微笑んでいる。


「ミシュナさん……?」


「そんな顔しないの。きっと枯れていった花達も、ナナに愛でられて幸せだったはずよ。貴女は花を消耗品とだけ見ているわけじゃない、一つの命として見ることが出来る子だもの。」


「………そうで……しょうか。何だか一方的に私の訓練に利用してしまっている様で………こんな事を考えるなんておかしいって、分かってはいるのですけど……。」


 ナナはそう言いながら、今付けている花の腕輪を見た。新しくしたばかりではあるが、今度の花はいつもと比べて少々弱りが早い。今までの訓練に基づくナナの予想では今日にでも枯れてしまうだろうと思われる。


「それでも、私は早く教官に教えを乞えるスタートラインに立たなくちゃいけないんです。……せめて、もっともっと私に才能があれば、花達も犠牲にせず、皆からの心配も減らせるのに……。」


「………そう……。」


 才能が足りないなら努力をするしかない。だが、これ以上の努力の方法が見つからない。司羽から受けたこの訓練を否定する訳ではないし、ミシュナの草花を知ると言うアドバイスを疑う訳でもない。だからこそ、自分に才能がないのが全ての原因なのだと感じてしまう。


「……純粋なのね、ナナは。家族だけでなく、花の気持ちまで考えてしまうなんて。」


「純粋、ですか?」


 ナナが首を傾げてミシュナに問う。


「ええ。ナナは花の事を利用している様に感じてしまうのはおかしいと言ったけれど、そんな事はないわ。ナナの心が、花も、家族も同じ様に愛せてしまえる程に純粋なだけ。それは凄く大切で、素敵な事よ。だから、そんな顔をしては駄目。大事な家族に余計な心配を掛けちゃうわよ?」


「ミシュナさん………はい、ありがとうございます。ミシュナさんにそう言ってもらえると、なんだか元気が出てきます。」


 ナナはミシュナの言葉に照れた様に赤くなり笑顔を見せ、一方のミシュナの方も、同じく照れた様に表情を緩ませた。そして、それからミシュナは口に手を当て何やら考える様な間を置くと、視線だけまたナナへと向けた。


「ナナは今日これから時間はあるかしら?」


「え? あ、えっと……はい、大丈夫です。今日は食事当番じゃないですし、夕暮れまでなら。」


「そう、じゃあ……私と一緒に来ない? 我が家へ御招待するわ。」


 ミシュナはナナの予定を聞くと、そう言って立ち上がった。ナナはミシュナの意図が掴めなかったが、とにかく反射的に頷くと、ミシュナに続いて立ち上がった。


「お、お供します!!」


「ふふっ、畏まらないでいいわよ。ナナも色々考え込んでるみたいだし、ちょっとした、息抜きのつもりで………ねっ?」


 ミシュナは少し緊張気味のナナに向かって、いつも通りの微笑み混じりの表情でそう言ったのだった。










−−−−−

−−−−−−−

−−−−−−−−−









「お、お邪魔します。」


「適当に座っていてね。今紅茶を………って、やっぱりリーフ全種類切らしてるし。新しいの買ってきて正解だったわ。………えっと、花びらは………。ちょっと待っててね、今準備するから。」


 ミシュナの家に上がったナナは、そのまま小綺麗なリビング風の部屋に通されると、ミシュナに促されて椅子に座った。ナナのこの家に対する第一印象は、幽霊の出そうな家。と言うのも、一般的な基準で言えば少し大きめな家にも関わらず、街から少し離れた場所にあり、外から見ても人が住んでいる様な印象を受けなかったからだ。中に入ってからもその印象は変わらない。掃除もされていて綺麗なのに、なんとなく人が住んでいる感じがしなかった。ナナが興味津々で部屋を観察していると、ミシュナが何かを持って部屋に戻ってきた。恐らく紅茶に使うものだろう。


「えっと………も、もしかしてミシュナさん、お一人で暮らしているんですか?」


「え………? うーん、どうかしら。一応名義の上では二人暮らしよ。母親はろくに帰ってこないけど。でも最近では、私もこの家の住人とは言えないわね。それこそ着替えとかの荷物を取りに帰るくらい。」


「………成る程、道理で。」


 ナナはその答えを聞いて納得したように頷くと、そわそわと視線をさ迷わせた。家の事情のせいもあるが、ナナは誰か他人の家に上がった経験がない。だからかも知れないが、なんとなく落ち着かなくなってしまう。そんなナナを見て、ミシュナは可笑しそうに笑う。


「そんなに珍しい? まぁ、周りからは幽霊屋敷なんて言われたりしてるけど。」


「い、いえ!! 凄く素敵なお家だと思います。外からは見えませんでしたが、お庭のお花も綺麗ですし……。」


「あら、嬉しいわね。そう言ってくれたのはナナが初めてよ。あの子達が育つ場所を探すの大変だったんだから。そんなに難しい花じゃないけど、元居た場所とはやっぱり違うもの。ちょっと酸性に弱いのよね。」


「へー。花びらが蝶々みたいで可愛いです。」


 ナナがそういって窓の外に咲くピンクの花に眼を細める。そういえばあの花の名前はなんだろう。育て方を調べる際に植物図鑑も読んだので、この大陸の草花は大体覚えたと思っていたが……あんな蝶々の様な花を咲かせる花はあっただろうか。ナナが記憶の引き出しを探っていると、ふわっと甘い匂いが漂った。


「はい、どうぞ。」


「ありがとうございます、………いい匂い。この浮かんでいる花びらは?」


「貴女が褒めてくれた、あの子達の花びらよ。私はいつもこうして飲むの。」


 そう言ってミシュナはナナの対面に座ると、甘い匂いに眼を細めて紅茶に口を付けた。何だかそれが一枚の絵になっている様で、ナナはドキリとしてしまう。顔が赤くなる様に感じながら、ナナも続いてカップを傾ける。


「美味しい。何だか安心する様な、懐かしい様な、そんな味。」


「そう、それは良かったわ。」


「……ミシュナさん、あの花はなんて名前なんですか? 私、見た事がなくて……。」


「そうね………。」


 ナナがそう言うと、ミシュナは優しく微笑んで、窓の外を見る。とても愛おしげに、その花の向こうに、何か別なものを見ているかの様な瞳で。


「スイートピーって言うのよ。見たことがなくても仕方ないわ、この辺りには生息していない花だもの。私が昔住んでいた場所には、野草として沢山咲いていたのだけれどね。」


「スイート、ピー……ですか。何だか不思議な響きですね。でも派手過ぎない落ち着いた感じがぴったりな気もします。」


 ナナがそういうと、ミシュナは嬉しそうに表情を綻ばせる。やはり大事に育てている花なのだろうと考えながら、ナナはスイートピーの花びらの浮いた甘い紅茶を楽しんだ。

 それから暫くして、紅茶を何度かおかわりした後、ナナはある事を思い出した。


「そういえば、ミシュナさんは最近あまりこの家には帰らないんですよね?」


「まぁ、そうね。三日に一度程度、あの子達の世話をしに、学園帰りに寄るけれど。」


「じゃあ、ミシュナさんって今何処で暮らしてるんです?」


「知り合いの家よ。」


 ナナの疑問に対してミシュナは即答する。主であるフィリアが言っていた、ミシュナと言う同じクラスの女の子は、現在司羽の住むルーンと言う女の子の屋敷に住んでいるらしい。……これは、やはりナナの考えている通り、そのミシュナと今ここにいるミシュナは同一人物であるのだろうか。


「此処にこんなに立派なお家があるのに、その方のお家で寝泊まりするのですか?」


「ええ、ここより学園から近いのよ。毎日の登校にも便利だし、街のショッピングモールや、私が利用する店にも近いし。」


「あー、やっぱりそういうのは大事ですよね。」


 ミシュナの解答にナナは頷きつつも、頭では別な事を考えていた。これはもう、直球が一番良い方法かも知れない。


「あ、ところで私の教官も居候の身らしいんですよ。聞いた話では、ミシュナさんに良く似た方も御一緒だとか。名前も一緒だそうです、珍しいですよね。」


「……え、ええ……そうね。」


 ナナがそこまで言って、ミシュナもナナの言いたい事を悟ったらしく、一瞬顔をしかめ、視線を逸らした。どうやら当たりだったらしいが、ちょっとあからさま過ぎただろうか。


「………ほら、食事の仕度も楽だし、食費も安く済むし、意外とそういう人はいるんじゃないかしら?」


「成る程、確かにそうかもですね。」


「ええ、合理的でしょう?」


「は、はい、凄く合理的だと思います。」


「ふふふっ……。」


「あ、あはは……。」










「はぁっ………ナナ? 私の事について司羽に変な事を聞いたりしてないわよね?」


「はい、それは大丈夫です。」


 明らかな作り笑いをしていた二人だったが、ミシュナは諦めた様な表情で溜息をつくと、ナナに確認の意味を込めてそう尋ねた。


「実はフィ………一緒に住んでいる方が、司羽教官とミシュナさんの事を話していたんです。それでその、もしかしたらって気になってしまって………ごめんなさい、興味本位で聞いてしまって。」


「別に構わないわよ、隠さないといけない事じゃないし。私の事を司羽に伝えてないなら………、それでいいわ。」


 ミシュナがばつが悪そうに頭を下げるナナに諭すようにそう言うと、ナナもホッとした様に表情を緩めた。そこでナナは好奇心から気になった事も思い切って聞いてみる事にした。


「でも、何故教官にはミシュナさんの事を秘密にするんです? 聞いた限りでは仲が悪い様には……。」


「………まぁ、私にも色々事情があるのよ。それに今回の事は貴女達の問題なんでしょ? 司羽にも侍女さんにも余計な詮索はしないって言っちゃったのよ。なのにナナから個人的に色々聞いてました、なんて裏切るみたいじゃない。」


「………ああ、成る程。確かに言われてみればそうかも知れません。」


 そこまで言われてから、ナナは納得した様に頷いた。確かにナナ自身と個人的な接点があって、何かと今回の問題についての知識があるミシュナを見れば、隠れて事情を詮索している様に見えなくもない。ミシュナにそんなつもりがないのはナナにも分かっているが、リアの事情は非常に複雑で、危険性のある事柄である。


「まぁ、そういう訳だから。」


「は、はい。ミシュナさんの事は秘密、ですよね?」


「そういう事。」


 ミシュナはそう念を推すように言った。ナナはそれに納得して頷いたが、同時に個人的に疑問に思った事も思い切って聞いてみる事にした。


「ミシュナさん、えっと、これはちょっと関係ない話になっちゃうんですけど……。」


「んっ? まだ何かあるの?」


 そう言って首を傾げたミシュナが、ナナの顔を良く見てみると僅かに赤くなっていた。


「ミシュナさんは、その……三日に一度この家に寄った時も、教官の家に行ってるんですよね?」


「ええ、そうね。でも正確には司羽の家じゃ………って、今はほぼ司羽の物なのかも知れないわね、家主が家主だし。」


「あ、あの、でもそれって寧ろ不便じゃないですか? 教官の家に居るのって、何か別の理由が………あったり、するのかなー………なんて。」


 ナナの何とも歯切れの悪い疑問に、ミシュナは少し考える様な間を置いて……さして興味もなさそうに、抑揚なく、目を細めて言った。


「そうかしら? 私はそれなりに便利に感じるけれど……感じ方は人それぞれでしょう? さっきも言ったけど、何も距離的な利便性だけじゃないし。それに、私はあそこでの暮らしも中々気に入っているのよ。……他に何か、理由が必要かしら?」


「………それも、そうですね。……ええ、その通りです、私変ですね、ごめんなさい。」


「謝る必要はないわよ。でも、今日のナナは変な子ね………ふふふっ………。」


「あ、あはは………。」


 何故だろう、何故だか分からないが、この話をこれ以上続けてはいけない気がする。女の勘という物だろうか、物凄い命の危険とプレッシャーをミシュナから感じる。取り返しのつかない場所に行く前に後退するべきだろう。ええと、ええと………そうだ。


「えっと、すいません、お手洗いを……。」


「ああ、それならこの部屋の向かいの………って壊れてるの忘れてたわ。入口の階段を上がった所にもう一つ有るから、そこまで行って頂戴。」


「は、はい。それでは少し、失礼します。」


 ナナはそう言って席を立つと、ミシュナの視線から逃げるように部屋を出て行った。ミシュナはそんなナナを目線だけで追いながら、部屋から出て行く姿を見て、深く、ため息を吐きながら頬杖を付く。その表情は、どこか気怠げだった。


「はぁっ………厄介な子に、知られちゃったのかしら………。」









――――――――――

―――――――――――――

――――――――――――――――








カチャ


「ふぅっ………もしかして私、結構危ない地雷踏んじゃったのかな? ……うーん、でもあれってやっぱり……そういう事なのかなぁ。」


 トイレから出たナナは、先程のミシュナの表情を思い浮かべてため息を吐いた。どんな人にも触れられたくない点と言うのは存在する。恐らくあそこがミシュナの触れられたくない点なのだろう。


「謝っておいた方が良いのかな……でも、これ以上あの話題は危険過ぎる気がするし……。うん、何事も無かった様に戻るのが一番だよね!!」


 ナナはそう結論付けると、ミシュナの居る部屋に続く階段を降りようとして………甘い匂いに足を止めた。そして何かに惹かれるように、奥の方に見える、少しだけ扉の開いた部屋に視線を移す。


「この匂いって、さっきのスイートピー……かな?」


 気付けば辺りはスイートピーの花の匂いでいっぱいになっていた。此処に来た時には気が付かなかったが………この匂いは、どうやらこの通路の奥の部屋から出ている様だ。何となくだが、そんな気がする。


「お部屋の中に花畑………はないよね?」


 ナナは口ではそう言いつつも、体は好奇心に耐え切れずにその部屋の方へと向かって行った。スイートピーの香りがどんどん強くなる。そして扉の前まで来ると、ナナは僅かに開いたその隙間から、中の様子を探った。


「誰もいない………って、当然だよね、ミシュナさんしかいないんだし………。それに、やっぱりこの部屋からスイートピーの匂いがするみたい。」


 最初よりも大分濃くなったその香りは、やはりこの部屋が発生源らしい。事実、扉の隙間から中を覗いているだけでむせ返りそうになる程だ。ナナはいけない事だと思いつつも扉に手を掛けた。こんな小さな隙間では中の様子が分からない。それにただ花を置いているだけではこんな風にはならない筈だ、一体中がどうなっているのか………凄く興味が惹かれる。


「ううっ、ミシュナさんごめんなさい…………えいっ。」


キィッ


 ナナが扉を少し押すと、そんな音を立てながら少しずつ扉が開いていく。そしてその場で立ち尽くすナナを、先程よりも遥かに濃いスイートピーの香りが包み込んだ。その強い香りに一瞬思考停止してしまったナナだったが、ハッ我に返ると、部屋の中を見渡して茫然となった。


「これは………子供部屋?」


 そんな言葉が真っ先に出た理由は、部屋の隅に一つ置かれているベッドだった。それだけなら普通なのだが、このベッド、ナナが眠るにも小さい気がする。それにこの部屋全体も他の部屋に比べるとかなり小さい。この小さいベッドが違和感がない程度の大きさしかない。


「………ミシュナさんの部屋……じゃないよね。でもお母さんと二人暮らしって言ってたし、やっぱり………。」


 ベッド以外には、小さい本棚、その上に置かれた花瓶、子供服が入っていそうな小さい箪笥。それと何かナナの知らない動物の縫いぐるみ。どれもこれも小さい子供の部屋に置いてありそうな物だ。正直、ミシュナの部屋だとは思えない。


「それにしても、この匂いは………って、あれ?」


 そこでナナは気付いた。今まで色彩の違う壁紙だと思っていた、ナナの後ろ一面に張られたそれが、壁紙等ではない事に。


「これは……潰れた花の………スイートピーの花の腕輪……なのかな? どうしてこんなに沢山……。」


「それは押し花って言うの。枯れて尚、花の形を保たせる為のものよ。」


「っ……!? ミ、ミシュナさんっ!?」


「全く………勝手に部屋に入っちゃ駄目じゃない。」


 ナナの疑問に答える様に隣に現れたミシュナに、ナナは飛び上がる程驚いた様子だった。そんなナナに、ミシュナは呆れた様に注意する。いつもナナを窘める時よりも思いの外強い口調だった。


「此処って私達がいた部屋の真上なのよね。誰かが入れば丸分かりよ?」


「ごめんなさい……スイートピーの匂いがしたもので………つい。」


「………ああ、さっき花びらを取りに来た時に閉め忘れたのね。」


 ミシュナは納得した様にそう呟くと、少し困った様な表情で、ナナに向かって微笑んだ。


「………あ、あの、此処って………ミシュナさんの部屋なんですか?」


「あら、そう見える?」


「ああ、いえ………見えませんけど。確かこの家ってお母さんとミシュナさんの二人暮らしなんじゃ……。」


「ふふっ、そうね……母さんの部屋とは流石に言えないわね、確かに此処は私の部屋よ。今はもう、自室としては使っていないけど。」


 ミシュナはそう言って、何だか複雑そうな瞳で部屋を見回し、小さなベッドに近付くと、そのまま腰を降ろした。そして、ベッドのシーツを撫でる様に触った。そんなミシュナを見ているだけで、ナナは何だか切ない気持ちになって来てしまう、何か声を掛けなければいけない様な気持ちに……。


「あの、ミシュナさ……。」


「ナナはどう思う、この子達?」


「……えっ?」


 突然言葉を遮られ、ナナは間の抜けた声を上げてしまった。ミシュナの質問の意味を考えると、つまりこの子達と言うのは、ミシュナの視線の先にある……。


「えっと、このスイートピーの………押し花って言う物の事ですか?」


「ええ、そうよ。」


「………えっと………。」


 どう思うかと言われても……分からない。ミシュナはどう言う意味で聞いているのだろうか? 出来の事を聞いているのではないだろう、そんな事を聞かれても分からない。では、ナナがどういう印象を受けたかという事だろうか、それならば………。


「なんだか凄く愛されている感じがします、でも……。」


「……でも?」


「この子達自体は、何も愛されていない様にも……感じます。……すいません、意味が分からなくて。」


 ナナがそう言って謝ると、ミシュナは立ち上がってその押し花の一つを壁から取った。何やら透明な板の様な物で加工されていて、ミシュナの手つきから見ても、とても大事にされて来ている物だと分かった。そしてミシュナは、その表面を撫でる様にしながら話し始めた。


「………この子は、一番始めに貰ったの。凄く元気だったのに、三日で枯れ落ちたわ。だからこんなにボロボロなの。」


「え……?」


 ミシュナの突然の言葉に、ナナは驚きの声を上げた。しかしミシュナは気にした様子もなく、淡々と続ける。


「二番目はこの子、枯れるのが嫌で沢山水を上げたけど駄目だった。今じゃもう分からないけど、一番色が綺麗だったのよ。……その次のこの子は結構頑張っていたわ、私もこの辺りから花についてキチンと調べ始めたからかも知れないわね。」


 ミシュナはそう言って、次から次へと花を指差し説明をしてくれた。ナナにはそれらの違いが良く分からなかったが、ミシュナには見分けがついているのだろう。スラスラと思い出を振り返る様に話を続ける。そして幾つもの花の腕輪の押し花を紹介し、遂に最後の一つとなった。


「そして最後………私は、この子で最後だったわ。この子が死ぬ時に、私は初めて生命を感じた。あの時の気持ちは、今も忘れていない。」


「生命を、感じる……それって。」


 そこまで聞いて、ナナはミシュナと初めて会った日に言われた事を思い出した。


『ナナが生命を感じられる様になるまで、先生になってあげるわ。』


 あの言葉の意味が、今ナナが思っている通りの意味だとしたら………では、生命を感じると言う事は………そして目の前にいる、このミシュナと言う少女は……そこまで考えて、ナナはミシュナの視線が自分に向けて固定されている事に気付いた。


「ナナ、分かるかしら? この子達も私達と同じ様に生きていたの。勿論この子達だけじゃないわ、貴女の腕にいるその子もそう。草花に限らずとも、この世界には生命が満ち溢れているのよ。」


「………はい、分かります。」


 ミシュナの真剣な瞳に真っ直ぐに見つめられながら、ナナは頷いた。自分が訓練に使っているこの花にも命がある事は以前から理解していたが、最近は理屈以上に、生きている事を感じる様になった。ミシュナが言っているのは恐らくそういう事だろう。


「ミシュナさんは、それを教えて下さる為に、私にあんなアドバイスを下さったのですか? 草花にも生命があると教える為に。」


「ただ生命を知っている事と、生命を理解する事は違うわ。だから私が何かを教えるだけでは駄目だったのよ。ナナが自らその子を愛して、死を悼む事が出来る様にならなくては。」


「私が……この子を自ら愛する。」


 ナナはミシュナの言葉を反芻する様に呟いて、自分の右腕に視線を移した。はたして自分はミシュナの言うように、この花を愛してあげられているのだろうか? 草花の様な人間以外の存在にも生命がある事は、何となく分かるつもりだ。でも、それを知りながら訓練の為に草花を犠牲にする自分は、本当の意味で生命の大切さを理解出来ていないのではないだろうか。そんな事を思うナナに、ミシュナは優しく微笑んだ。


「そうやって真剣に考えられるナナだから、きっと生命を理解する事が出来るのね。……大丈夫よ、この子への愛を忘れなければ。」


「………はい。」


 その言葉を信じて、無理矢理気持ちを抑えながらナナは頷いた。ミシュナはそんなナナに近付いて両手を取ると、ナナの左手を右腕の腕輪に触れさせる様に置いた。ナナはミシュナのそんな突然の行動に困惑しながらも、抵抗せずに従った。


「……ミシュナさん? 一体どうして……。」


「大丈夫、今のナナなら感じられるわ。ボンヤリとならともかく、ハッキリと生命を感じる事はとても難しい事だけれど、資質と条件が揃えば、それは可能になるの。」


「生命を感じる、資質と条件……ですか?」


 それは、ナナが一番知りたかった事だ。生命を感じる事が気を感じる事であるならば……。


「資質は、第一に集中力。余計な物事を排除して、この子の生命を感じる事だけに集中しなければならないわ。そうでなければ小さな生命の動きなんて、誰にも知られる事なく見逃されてしまう。……この世界の多くの生命がそうである様に。」


「集中力……。」


 それは、司羽が最初に褒めてくれた事であるらしい。ナナはその場には居なかったが、侍女隊の皆がそう教えてくれた。


「そして何よりも大事なのは、生命を理解し、真摯に愛おしむ感受性。この子達の生命を感じる為には、ただの興味だけではいけないのよ。」


 それは、きっと今ミシュナが言っていた事だろう。自分が特別だとは思わないが、花や植物に宿る命に対して悲しみを抱ける人間は、そう多いと思えない。自ら語らず、動かない存在に生命を感じる事は、意識をしなければしないものだ。


「ナナには素質があったのね。司羽が見込むのだからあまり疑わなかったけれど、今日確信したわ。」


「…………それでは、条件とはなんです? 私が今までやって来た事は、ただ草花を、この子達を長く生かす事だけです。」


 必要な素質は分かった。では、条件は? どうすれば今まで犠牲になった生命に報いる事が出来るのだろう。どうすれば姉や家族の心配に報いる成果を挙げられるのだろう。


「生命なんてものはね、普通の人間は感じる事が出来ないものなのよ。当たり前過ぎて、それを感じられる素養を持つ者であっても、感じ方が分からないの。一度でも生命の存在を感じてしまえば話は別だけどね。」


「では……私がそれを感じるには。」


「ナナ、生命が一番分かりやすく人前に現れるのはいつか分かる? 素養を持つ者、持たざる者に区別なく、人が知覚出来る時があるのよ。」


「…………。」


 ナナの疑問への解答に変わり、ミシュナから唐突に出された問題に、ナナは直ぐに言葉を返せなかった。生命は大事な物で、どんな物にも等しくあって……その程度の、倫理感を誰かに教えて貰った程度の知識しかナナにはなかった。そんなナナに、ミシュナが変わらぬ口調で言う。


「ナナはどうして、この子達の生命を大事だと思う様になったのかしらね。」


「っ……!! もしかしてそれって……。」


 ミシュナの言葉にハッと気付いた様な表情になったナナは、自分の左手が置かれている花を見た。生命の存在が人に突き付けられる瞬間、それは……。


「生命が感じられる時とは、生命が尽きる時……、死ぬ時……ですね。」


「そうよ。……人は失って初めて、生命の本当の意味を知るのよ、戻らない生命の意味をね。……そしてその瞬間は、生命を感じる一番の好機でもあるの。」


 そう言ってミシュナは、ナナへと向けていた視線を花の腕輪に移した。


「今のナナは、心で生命を理解出来ているわ。だから条件は、後一つだけよ……命が消える瞬間、生命の終わりをしっかりと感じなさい。ナナが大切に思うこの子の生命ならば、きっと感じられる筈よ。その対象物は関係ない、ナナにとって、愛情や失う物が大きい程、感じやすい筈だから。」


「………教官が何度も失敗しろと言った理由が分かりました。ミシュナさんが私に花の事を知れと言ったのも、単に生命の大切さを教えるだけじゃなく、私が花を大切に思う様に仕向ける為だったんですね……。」


「ええ、そうよ。あの時の貴女は、気を感じる事しか頭になかったみたいだから。」


「………酷いです、最初から殺すのが目的で摘み取るなんて。でも、そのお陰で私は気付く事が出来たんですよね。」


 ナナの責めるような言葉に、ミシュナは怒る様子もなく微笑み返した。ナナだってミシュナや司羽が本気で酷い人間だと思っている訳じゃない、この訓練を終わらせる為には犠牲が必要なのだ。そしてそれを確実に成功させる為も、倫理的な面でも、何度も挑戦出来る草花である必要性も分かる。だが、草花だからと言ってそれを肯定してしまう事はナナには許されない。これはそういう意味のある訓練でもあるのだ。


「そろそろ、この子の時間が来るわね。………ナナ、これで最後にしましょう。」


「この子の………時間。本当にこの子の生命に触れる事が、私に出来るでしょうか。」


 ナナの左手越しに花の寿命を感じ取ったミシュナに最後を告げられると、ナナは俯いて不安そうにそう呟いた。だが、ミシュナはそんな風に俯くナナの頭を引き寄せて抱きしめると、元気付ける様に優しく撫でて、ポンポンと軽く叩いた。


「大丈夫、ナナなら感じられるわ。この子の為に、心を痛める事が出来る貴女なら。………さあ、眼を閉じて感じなさい。この死ばかりが集まる部屋で、この子が私の思い出達と同じになる時まで。」


「………はい。」


 確かに頷いたナナは、ミシュナに促されるまま、瞳を閉じて、左手の下に全ての意識を集中させていく。窓からは肌を朱く焼く様な夕日が差し込み、ナナとミシュナを眩しく照らしていた。スイートピーの甘い匂いのする、朱く染まった部屋の中、二人が浴びる夕日はもうこの家に来てから随分と時間が経った証拠だった。


「…………。」


 ミシュナもナナも何も声を出さないまま時間が過ぎる。ナナはもう、何も感じない。部屋に漂うスイートピーの香りも、抱きしめてくれるミシュナの温かい感触も。ナナはただ掌にある大切な生命を感じる為だけにそこに立っていた。


(この子に応える事が出来るなら、それがきっと一番の恩返しになる。)


 自分に大切な事を教えてくれて、これまで勝手な我が儘に付き合ってくれた物言わぬその友人に、感謝しながら。ナナはずっと待った。動かぬまま、声もあげず、ただ長い長い時間が経って………そして………。


「っ………。」


「………もう、泣かないの。」


 ミシュナの腕の中でナナの体が震える。左手に掛かる力がほんの僅かに強くなって、ナナは何も言わずに息を呑んだ。そしてミシュナは、そんなナナの頭を優しく、諭す様に撫でた。


「温かくて、優しくて………これが、生命の力なんですね。」


「……そうよ、おめでとう。ナナはちゃんと生命を感じる事が出来たのよ。」


「………それを、この子は………この子達は、身を持って教えてくれた……。私は、この子達の心に応えてあげる事が出来たのでしょうか……?」


 ミシュナの祝福の声を受けながら、それでもナナは自信が持てない様だった。その花から、もう一度生命の力を感じようとするかの様に胸に抱いて、ナナはミシュナに問い掛けた。


「それは、私に聞いても仕方のない事ね。……でも、きっと大丈夫よ。ナナが一生懸命にこの子達に応えようとしていた事は、この子達もちゃんと知っている筈だもの。」


「………はい。」


 ナナの髪を梳く様に撫でる、ミシュナのあやす様な言葉と手つきに、ナナは安心した様に表情を綻ばせた。


「……私、今日という日の事を、ずっと忘れません。この子達が教えてくれた温かい力も、それが消える瞬間に感じた切なさも………ずっと、忘れません。」


「ええ。」


「私、この力を誇りだと言ったミシュナさんの気持ち……今なら分かります。私も、同じ気持ちですから。」


 ナナは咲き誇る花の様な笑顔でそう言って、先程と同じ様に、静かに、祈る様に瞳を閉じた。先程と同じ、ミシュナの体温と、甘く、優しいスイートピーの香りに囲まれて。心の奥で、大切な友人にいつまでも感謝の気持ちを述べながら………。









−−−−−−

−−−−−−−−

−−−−−−−−−−










「はい、出来たわよ。」


「ありがとうございます。……この子の生きていた証、なんですね。」


「そうね………土に還してあげる事をせずに、こうして押し花にする事が本当に正しいかは分からないけど。これがある限り、ナナも生命の大切さを忘れる事はないでしょうね。」


 全てが終わって、ミシュナがその花を押し花にしてくれると言うので、ナナは再び紅茶を飲みながらそれを待っていた。そしてナナの手に、ミシュナから白い花のリースの押し花が渡される。


「綺麗……。」


「さてと……もう遅いから、家まで送って行くわ。治安の良さに甘えて、何かあったら困るもの。」


 ナナが紅茶を飲み終えたのを確認したミシュナがそう言って席を立つと、ナナもそれに続いて部屋を出た。外に出てみると、辺りは一面の闇。この辺りが人工光の少ない事を考えても、確かに一人で帰るには心細い。


「うわぁ……本当に真っ暗ですね。すいません、ミシュナさん……。」


「気にしないでいいのよ、どうせ私も同じ方向に帰るんだもの。ついでよ、ついで。」


 ナナが申し訳なさそうにしているのを見たミシュナは、そう言って笑った。それにつられてナナも笑顔になってしまう、そういうミシュナの笑顔を、ナナはとても尊敬出来ると思った。


「ああ、そう言えば教官の家も向こうの方だと聞いた様な………あれ? ミシュナさんってなんで私の家の場所を知って………。」


「えっ………あー、うん、それは……。」


 ナナが自分は喋った事は無かった筈じゃなかっただろうかと、ささやかな疑問を口にすると、ミシュナはあからさまに視線を逸らした。表情も硬くなっている。……これは、確実に何かを隠している様子だ。


「……ミシュナさん?」


「………学園のデータベースを開いて調べたのよ。あの学園は、緊急用の各生徒の住所を機密に記録してあるから………仕方ないじゃない、気になったんだもの………ちなみに、裏も取ってあるから間違いない筈よ。」


「………確か、教官には追求しないって約束したんじゃ……。」


「あら、私は司羽と侍従さんについて、何をしているか追求しないと言ったのよ? 私は自身の知的好奇心に従って、学園のデータに誤りがないか調べただけよ。」


「……………。」


 それは明らかに言い逃れで、言っているミシュナですら苦しいなー、と感じる様なものだった。


「で、でも学園の記録ってかなりの機密だって聞いてるんですけど……ミシュナさんって何者なんですか?」


「んー……さてね。期待されても、実際大した人間じゃないわよ。私が人に誇れる物は、気術くらいなものだから。」


 疑問に答えるでもなく、はぐらかして微笑むミシュナに、ナナは知的な興味を惹かれたが、ミシュナが嫌がりそうなのでそれ以上の追求は止める事にした。それに、それはともかくとしてミシュナにはもっと聞きたい事があったのだ。


「ところで、ミシュナさんも私と同じ様な方法で生命を感じる様になったんですよね?」


「ええ、そうよ。」


「じゃあやっぱり、私と同じ様に先生も居たんですか?」


 そう聞いたナナの眼はある種の確信に満ちていた。ミシュナはそんなナナから視線を逸らすと、一面に広がる星空を見上げた。


「………単純に先生とは言えないかも知れないけど、居たわ。」


「へぇ……どんな人だったんですか?」


「そうね……。」


 そう言って言葉を区切ったミシュナの表情は、複雑そうな、どことなく嬉しそうな、そんな表情だった。


「無口で無愛想な人だったわ。たまに本を読んでくれたり、たまに歌を教えてくれたりするだけで、そうでなければずっと私のベッドの隣に座ってボーッとしてたわ。」


「へーっ、読書家で歌の上手な人だったんですね。」


 そんな説明にナナが感心した様な声をあげると、ミシュナは少し噴き出して笑い出した。そんな様子に、笑う部分があっただろうかとナナは首を傾げてしまった。


「ふふっ、全然そんな事ないのよ? 私に読んでくれるまでは本を自分で読んだ事もないみたいだったし、歌も私の方が余程上手かったわね。それに読み聞かせも歌も、殆ど無表情でするのよ? どっちも驚くほどの棒読みでね。」


「えっ……そ、そうなんですか?」


「ええ、最初に本を読み聞かせ出した時なんて呆れちゃったわよ。何だか良く分からないシリアスな童話を、いくらなんでもそれはないだろうってくらいに抑揚無く読むの。」


 そう言ったミシュナは、その時の事を思い出したかの様にまたクスクスと笑った。ナナはこんな風に子供っぽく笑うミシュナは初めてだった。


「私は昔、気術を使いこなせる様になる前は体が弱くてね。ベッドからも起き上がれなかったの。それである日、何を思ったのか花の腕輪を作って持ってきてくれたのよ。私が映像や図鑑でしか見たことがないって言ったからかも知れないわね。」


「体が……そうだったんですか。じゃあそれが始まりで気の訓練を?」


 ミシュナはその言葉に眼を細めて頷いた。遠い昔に想いを馳せる様に、少し楽しげで、切ない様な複雑な表情をナナの前に見せながら。


「元々は気の訓練なんかじゃなくて、単純に作ってくれてただけだったのよ。彼は枯れる度に持ってきてくれたわ。決まって近くに咲いていたスイートピーの花だったの、きっと最初に私が綺麗だって喜んだからでしょうね。………でも、待ってる時間は好きじゃなかったわ。いつも傍で座っている彼も、その時ばかりは居なくなるの。元が不器用だから、腕輪一つにもやたらと時間が掛かってね。花も決まってスイートピーだったから、探す時間も徐々に掛かる様になるし、私はその時間が何より嫌いだったの。でもその反面、彼からのプレゼントは好きだったわ。」


 ナナは黙ってミシュナの思い出話に耳を傾けた。夜の静けさがいつも以上にミシュナの声を綺麗に響かせる。


「そうなってからの彼との思い出は、窓から見える同じ風景といつもの部屋、そしてスイートピーの甘い香りがいつも一緒だった様に感じるわね。スイートピーと一緒に彼は居なくなって、一緒に戻ってくる様な気さえしたものよ。」


「それってまさか……。」


 頭の中をその光景が過ぎり、咄嗟にその先を言おうとして、ナナは止めた。そんな事は今更聞くまでもない事だと、自分の中で結論を付ける。今はただ黙って、ミシュナの話に耳を傾けるべきだ。


「私は彼がくれた花が枯れるのも、一人になるのも嫌だったの。でも彼にそれを止める様には言えなかったし、言いたくなかった。だから勉強して、一分でも長持ちさせようと頑張った。でも結局は枯れてしまって、段々枯れていく花に申し訳がなくなってきて………そんな事を繰り返してたら、いつの間にか生命が見える様になっていたってわけ。」


「………気の存在も何も知らずに、偶然見えるようになったなんて……凄いんですね。」


「……偶然ではないんだけどね。」


 素直に感嘆していたナナに、ミシュナが苦笑混じりの表情で、何処か非難めいた口調でそう言った。


「彼ったら、私に気の才能があるかも知れないって途中で見抜いたらしくてね。体の弱い私も、運よく気に目覚めれば元気になるかも知れないって思ってたみたいなの。………それだけならまだ分かるけど、あろうことか、わざわざ弱った花を使って腕輪を作っていたのよ? 私が頑張った挙句に悲しむ隣で、彼は私の純粋な気持ちを無視してそんな事をしていたのよ、酷いと思わない?」


「う、うわぁ……それは、酷いですね……。で、でもそれはやっぱり、その人なりの気遣いだったんじゃ……。」


「それはそうかも知れないけど……、もうちょっと方法や人選を考えて欲しかったわ。それを知った時なんて、大泣きしたんだから。母さんもグルで全部知ってたみたいだし、だったら彼じゃなくて母さんが私に花をくれれば良かったじゃない。それなら私も仕方がないなって思うけど、よりにもよって彼にやらせ続ける辺り性悪よね。花を送られるなんて、子供ながらに物語のヒロインになったみたいで嬉しかったのに……。もしくはちゃんと説明して花を育てさせるとか。」


「あ、あはは……そ、そうですね……。」


 過去を思い出しつつ本気で怒っている様子のミシュナに乾いた笑みを送りつつ、ナナは同意した。そんなミシュナも一通り愚痴り終えたらしく、一息ついていつもの調子に戻ると、ふっと微笑んでナナを見た。


「まぁ、私の話はこんな所よ。満足してくれた?」


「……はい、でも、一つだけ疑問があります。」


「あら、何かしら。」


 ナナの言葉に興味を惹かれた様に振り返ったミシュナは、ナナの悲しそうな表情を見た。そして……。


「良い思い出の筈なのに、ミシュナさんはどうしてそんなに辛そうに笑うんですか?」


 その言葉に、表情を一瞬だけ驚愕に変えて、直ぐに取り繕う様に苦笑した。


「私には、それがとても疑問です。」


「んー……これはまた、唐突ね。」


 そしてナナが話の展開をぶった斬る様に言った一言に、ミシュナは笑うでもなく、困ったような表情をするでもなく、単なる感想を告げるようにそう返した。夜の静寂に二人の沈黙が広がり、やがてミシュナが何も話そうとしないのを確認して、ナナが口を開いた。


「だってそうじゃないですか。楽しい思い出は、普通は楽しそうに話すものですよ。」


「……無理よ、そんなの。だって今の話、楽しい思い出でもなんでもないもの。」


「っ………。」


 そう言ったミシュナの表情は、とても寂し気で、ナナは胸の奥がズキリと痛んだ。それでもナナは、ミシュナの心の奥に入り込むのが無遠慮だと思っても、言わずにはいられなかった。


「そんな筈ありません!! 先程スイートピーの押し花の事を話してくれたミシュナさんは、とても幸せそうでした!! 表情を取り繕っても分かります、あんな風な顔になれる思い出が、辛い思い出の筈……ありません!!」


「…………。」


 そんな言葉を投げかけながらミシュナに詰め寄るナナの表情は、どういう訳か泣きそうだった。そんな表情で詰め寄られたミシュナは、なんと返していいのか迷って、悩んで………そして、ナナの頭に手を乗せた。


「この物語の終わりはね、バッドエンドで終わるのよ。」


「バッド……エンド?」


「そうよ、バッドエンド……分かるかしら? 主人公はハッピーエンドとは正反対の結末を迎えるの。」


 そう言ったミシュナの声は、いつもの優しい声だった。穏やかで、緩やかで、諦めに似ていて、どこか、今日あのミシュナの部屋で感じた、沢山の死にも似ていた。


「そんな……そんなの酷いです。」


「……そう、酷いのよ。彼はいなくなった、私なんかじゃ引き止められなかった。私じゃ役者不足だったの、物語のように上手くはいかないものなのよ。」


「っ………ミシュナさん……。」


 その時のミシュナの表情に、今度はナナが絶句する番だった。拳を握り締めて、俯いて、ナナが今までに見てきたミシュナとはかけ離れた表情をしていた。ナナの前ではいつも優しく微笑んでくれていたミシュナが、辛い思い出だと言いながら表面上は笑っていたミシュナが、ナナには泣いている様に見えた。


「それだけじゃ……ないわ。」


「……え?」


「私は、逃げたの。ずっとずっと待ってたのに、また思い知らされるのが怖かったの。お前なんか必要ないって、あの人の瞳の中には私なんか居ないんだってもう一度思い知らされるのが怖かったのよ。それで結局、他の子に丸投げして………もう私には………恋をする資格がないの。」


 ナナは初めて、自分がどれだけ愚かな言葉をミシュナに投げかけたかを悟った。ミシュナの気持ちも考えずに、子供の正義感と好奇心とがミシュナを傷つけるとも知らずに。そんな風に考え、黙り込んでしまったナナを見て、ミシュナは先程と同じように、そっと抱きしめる。


「ありがとう、ナナ。」


「えっ……な、なんでですか!? 私はミシュナさんに勝手な事ばかり……っ!!」


「だって、誰にも言えないままなんて……辛いもの。もう終わってしまった恋だけど、せめてナナが知っていてくれれば……。」


 抱きしめるミシュナの腕の中で、ナナが小さく頷いた。自分に出来る事なんてそれくらいしかないのだろうか。いや、ここで余計な事を言おうものなら、またミシュナに辛い想いをさせてしまうのだ。自分が出しゃばるべきじゃない。


「でも……、最後に一つだけ……お願い聞いてくれる……?」


「は、はいっ!! どんな事でも!!」


 もう完全に涙声になってしまっているミシュナの言葉を聞いて、ナナは頷く。もしもミシュナの苦しみを少しでも和らげる事が出来るのならばそれでいい。


「ずっと………見てるだけで良いの、それだけで良いから………、もう何処にもっ……何処にも連れて行かないでっ……!!! ……司羽をっ………何処に、も……行かせ……ないでっ………お願……い。」


「っ………。」


 ナナの体を抱きしめる力が強くなる。そしてそれと比例する様に、あげる声は小さく、弱々しくなっていく。ミシュナの口から司羽の名前が出てきたことは、もう驚かない。確証はなかったが分かっていた。でも連れて行くとはなんだろう? 誰かに連れ去られる程に彼は弱くないし、今回の件で狙われるのはフィリアであって司羽ではない。そんな思考が脳裏を過ぎって……、そんな事を考えるよりも、もっと大事な事があることに気付いた。


「こんなの………っ。」


「……ナナ……?」


「やっぱりこんなの認められませんっ!! なんでっ、なんでそんなに想っているのに諦めなきゃいけないんですかっ!? 私絶対に納得出来ませんっ!!」


 ナナはミシュナを引き剥がすと、怒声もよろしくミシュナに叫んだ。その勢いたるや、当の本人ですら驚く程だった。


「でもね、ナナ、恋ってそういう物で……。」


「駄目ですっ!! この国は多夫多妻ですよね? それが嫌なら奪いましょう!!」


「だ、だからそういう問題でもなくて!!」


「気持ちの問題なら乗り越えましょう!! 私、ミシュナさんの想いが届かないなんて絶対に駄目だと思います!! ミシュナさんは凄く美人です!! 優しいです!! 歌も上手いですし、紅茶もとっても美味しかったです!! それでも駄目ならあとは気持ちだけでしょう!? 気持ちの問題ならなんとかなるまで粘るだけです!!」


「いや、でもそれストーカーじゃ……。」


「お言葉ですが、家にまで押しかけてずっと見ていたいって、それで十二分にストーカーです。ただ後を付けてるストーカーより余程重症です、末期です。心中とかしちゃうレベルだと思います。」


「うぐっ……。」


 ナナに真正面からはっきりと宣言され、ミシュナは胸を抑えて絶句した。ナナの勢いに圧倒されているのもあるのだろうが、地味にグサリと来たらしい。元々涙目だったが、なんだかそうでなくても涙目になっていたような気がする。


「聞いた話ですと、ミシュナさんはまだ教官に歌も届けていないじゃないですか。はっきり言って私ならミシュナさんが私の為に歌ってくださったってだけでノックアウトです!! 大体振られたその話って子供の時の話ですよね!? 人の気持ちなんて日進月歩だから日々アピールしてないといけないってお姉ちゃんが言ってました!! 何年間も引きずるくらい好きなら、また会えて喜んでるなら泣いてるだけじゃ駄目じゃないですか!! ルーンさんってメールさんの話だと超絶美人らしいですけどフィ……リア様もミシュナさんも負けないくらいだって言ってましたし!!」


「……そんな事言われても……私に今更どうしろっていうのよ。それに、私と違ってあの子は凄いの、自分で司羽を引き寄せて、引き止めて、恋人になって……それをぶち壊せですって? あの子は自分で死ぬ想いで司羽を捕まえたの……ナナは知らないかも知れないけど、あの子は私がどうしても越えられない壁を越えたのよ……私なんかは越えようともしなかったのに……。」


 ミシュナの劣等感も、原因なんてものはナナは知らなかった。自分でもミシュナがどんな思いでいるのか分かっている。それでも、長年想い続けた恋は実って欲しいのだ。誰かに重ねているだけなのかも知れないが、きっと報われるべくして続いた恋なのだと信じたい。


「じゃあ、諦めるんですね。」


「ええ、だからそういって……。」


「じゃあ、いつか司羽教官はいなくなっちゃいますね。」


「っ……。」


「ミシュナさんが教官に起こる何を怖がっているのかは分かりません。でも、私なんかにお願いするって事はルーンさんだけでは止められないかもしれないって思ってるんでしょう? じゃあいつかは居なくなっちゃいますね。……そもそも、ルーンさんと司羽教官がいつまでもミシュナさんの傍にいるとは思いませんし。」


「そんな事……分かってるわよ……。」


 言われて、ミシュナは俯いてしまった。ナナは言い過ぎたかも知れないと感じながら、同時にここで諦めたらミシュナはもう立ち上がれないのではないかとも感じていた。だから自分の我儘と思っても、我慢しようとは思わなかった。ナナは俯くミシュナの両手を取って、そのまま笑顔で言った。


「ミシュナさんなら大丈夫です。」


「………もう、そんな保証何処にあるのよ。」


「重く考えすぎなんですよ、振られても死ぬ訳じゃないんですから。人生は80年あると言いますし、毎月告白しても960回告白出来ますよ? まだまだ余裕じゃないですか。」


「960回って………本当にそんな事して行き遅れたらどうするの?」


「ミシュナさんなら普通の基準で行き遅れた所でずっと綺麗なままでいそうですが……どうしても無理なら私がお嫁に貰います!! そもそも960回計画を推進するなら行き遅れなんて関係ないじゃないですか。」


 大真面目な顔してそんな事を言ってのけるナナに、ミシュナはつい、笑顔で溜息などついてしまった。……どうやら、諦めさせてはもらえないらしい。その事にホッとしている時点できっと……もう覚悟は崩れてしまった。


「………分かったわよ。仕方ないから、ちょっと……頑張ってみるわよ。」


「……そんな事言って、どうせミシュナさんは諦められなかったと思いますよ? ミシュナさんは、私のお姉ちゃんと一緒の感じがしますから。恋なんてしてる場合じゃないって頑張って吹っ切ろうとしても、結局駄目なんです。」


「………うるさいわね。もう、可愛い弟子が出来たと思ってたのに……。」


「えへへっ、ミシュナさんはもう私の先生ですから!! これからは気術は教官から教わりますけど、ミシュナさんからは紅茶とか教わりたいです!!」


「………勝手にしなさい。」


 ミシュナはちょっと怒ったような口調でそう言い捨てると、さっさと先に歩いて行ってしまった。そんなミシュナの、どことなく先程よりも嬉しそうな背中を見てナナは微笑むと、小走りになってミシュナへと駆け寄っていった。


「ふふふーっ、照れ隠しはもっと可愛くしないと教官分かってくれませんよー?」


「ナナ……いい加減にしないとそろそろ怒るわよ?」


「…………うっ。」



久しぶりの後書きですね!! といっても今回の謝罪を少々。多分クリスマス前の嫉妬が原動力です。就活あるのに自由です、ストレスです、いやホントごめんなさい。一話20000文字はやりすぎですね。せめて半分くらいにします、はい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ