第4話:入替戦
朝のHRが終わると、予想通り机の周りにクラスメイトが一斉に集まって来た。そして今更気付いたけど、クラスは司羽、ルーンを入れて20人程度で、その全てが女子だった。何だか喜ぶ所か目茶苦茶落ち着かない空気だ。それに加え、かなり特殊な転校生ってのは皆、随分興味があるようで……。
「ねぇねぇ、どこから来たの? 前の学校では歳毎に人が分かれてたの?」
「歳は? 趣味は? 彼女は? どこに住んでるの?」
「クラス初の男の子だねぇ。ルーンさんの知り合いみたいだけど、どういう関係?」
とまぁ、こんな感じで質問責めに遭うわけで……。ルーンには話しちゃったけど、やっぱり迂闊に元の世界の事は話さない方が良いんじゃないか? と思う。白銀の少女のことは、マスターが任せろって言ってたし。これ以上は秘密を明かしても、無駄に噂が増えるだけだろう。
「もう、皆ストップ!! 司羽が困ってるよ。転校生って珍しいから他のクラスからも野次馬が来てるし……。それに男の子でこのクラスって至上初だからね。騒がれて当然だけど。」
ああ、ルーンの気遣いが凄く嬉しかったり。でもこういうのも満更じゃなかったりする。こうやって質問攻めにされる事も、向こうじゃ有り得なかったからな。
「いや、ありがとうルーン。俺は大丈夫だよ。」
「司羽……本当に?」
取り合えず、立ち上がって皆と向かい合う。さっきはかなり緊張しててちゃんと出来なかったし、改めて自己紹介をした方がいいな。
「あー……、俺の正式な名前は萩野司羽って言うんだ。司羽で構わない。少し特異な生まれで、ここら辺の事は良く知らないから、たまに変な発言しちゃうかも知れないが、そこら辺は教えてくれると助かる。……そうだな、趣味と特技はないが、家事は一通り好きかな。ちょっと前まで旅をしてて、ルーンには道に迷ってる時に助けられたんだ。いきなりA+クラスに編入して来て、おかしく思うかも知れないけど、これから宜しくなっ!!」
自己紹介が終わると何だか黄色い歓声が飛び交う。うーん、最後の営業スマイルは余計だったか? まぁ受けてるから良しとするか。親父の御蔭で国の御偉いさんとも良く会ってたからな。偶には役に立つじゃん、親父も。この容姿も使い方によっては悪いもんじゃないし。
「……あ、そうだ。司羽にちょっと紹介したい子がいるの。」
「ん、紹介したい子?」
「うん、リア。」
良く分からない内にルーンは、人ごみの中から、黒いローブを纏い、布の様な物で顔を完全に隠した謎の人を連れて来た。なんか謎の組織とかに所属してそうだ。司羽も一瞬たじろいでしまう様な怪しさだが、ルーンが友人と言うのなら、大丈夫だろう。
「この子は私の親友のリア。顔は勿論、声も殆んど聞いた事がないんだけど……でも、すっごく良い子なんだよ? ちなみに成績は私の次に良いの、次席だね。」
『リアと申します。司羽さん、宜しくお願いします。姿はお見せできませんが、私は女ですので。』
まさかの筆談ですか……しかし、首席にも驚いたが次席もまた……。でもまあ、ルーンが親友だって言うくらいだし良い子なんだろうな、本当に怪しいけど。身長だけ見ると、ルーンと同い年くらいに見えるけど……、謎だなあ。まあ、なんにせよ。
「リアか、こちらこそ宜しく。」
そう言うとリアはコクリと頷いた………様な気がした。素直な子であると感じる。この子もルーンの様な美少女なのだろうか? まぁ、親友と言っているルーンですら見た事がないんじゃあしょうがない。
……それにしても、さっきから嫌な視線を感じる。どうやら野次馬の中からみたいだ。そんな事を考えている内に、原因の男子らしい奴が近寄って来た。うん、こいつの視線だな。他の奴からも感じるけど、こいつ程じゃないし。歳は……俺と同じくらいかな? 少なくともルーンよりは年上っぽい感じがする。
「……君、いきなりこのクラスに編入したんだってね?」
「へ? ああ、そうだけど。」
言葉と同時にクラスに静寂が訪れた。何だかお坊ちゃまっぽい感じがするな。薄い金髪に人を見下した様な眼。非常に感じが悪い。整った顔ではあるんだろうけど、あの眼は気に入らないな。
「………お前は?」
「僕はムーシェ、Aクラスだ。どんな卑怯な手を使ってA+クラスに入ったかは知らないが……。僕は君に入替え戦を申込むよ。」
「入れ替え戦!? いきなり!?」
ざわざわ……
誰かの驚く声が響き、ざわめきが広がる。入替え戦……って何だ? 何だかその言葉だけで、クラスの雰囲気が一気に悪くなった様に感じる。ルーンなんてムーシェを完全に軽蔑した視線で睨み付けてるし。
「ねぇ君、誰? Aクラスとか言ってたけど……転入生の司羽にいきなり入替え戦を申込むなんて、ちょっと頭おかしいよ? そんなに戦いたいなら、入替え戦なんかじゃなくて、私が私的に闘ってあげるけど?」
ルーンは最低、とでも言いたげにムーシェを睨みつける。というか、君誰? の時点で周りが一歩下がるくらいルーンの雰囲気が怖い。なんでルーンはこんなに不機嫌なんだ。と同時にルーンが首席と言うのに少し納得した。明らかに周りが一歩引いたところを見るに、恐らくルーンはかなり強いのだろう。ムーシェもまた、ルーンを見て一歩下がって、こめかみを引きつらせた。
「ぼ、僕を知らないのかい……!? 僕は男子首席のムーシェだっ!! 総合の首席だか何だか知らないが、僕だって首席だぞ!? せめて顔と名前位覚えておいて欲しいね!! ……まったく……。」
ムーシェはルーンから眼を逸らし、溜息をついてこっちを睨んだ。うーん、相変わらずルーンの眼が怖い。眼を逸らしたくなる気持ちは分かる。
「僕が申し込むのは君との入替え戦だ!! ちょっと周りに恵まれてるからって調子に乗るなよ? 僕の方が強いに決まってるんだからな。下のクラスからの入替え戦は拒否出来ないから逃げられないんだし、覚悟を決めるんだな、裏口入学生!!」
「………むぅ。」
さっきからいちいちムカつく奴だな。大体入替え戦ってなんだよ。ルーンが面白くなさそうな顔してるけど、やっぱり言葉通りな感じなのか?
「司羽はまだ知らないのも無理ないけど……入替え戦って言うのは名前の通りにクラスを入替える為の模擬戦だよ。例えば司羽が負ければ司羽のクラスがAに下がってムーシェのクラスはA+に上がる。逆なら司羽は変わらずムーシェがA-に落ちる。これが強い人が上に上がって行くって言った理由。」
「あー、成る程。」
つまりムーシェは俺を倒して上に上がろうと言うわけか。確かに転校生狙いってのは卑怯な感じがするなぁ。とはいえ、いきなり最高ランクの此処に入って来た俺に対してのプライドもあるんだろうけど。
「それじゃあ広場に出よう。ふふふっ、可哀相だがこれも仕方がない事なんだよ、司羽君?」
「はぁっ、拒否出来ないんだっけ。面倒だなぁ……。」
あんまり気が乗らないんだけど、とムーシェの見下した笑みを軽く流し、ルーンの不安とは違う不満が混じった表情を不思議に思いながら、司羽は広場へと向かった。
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広場にはA+クラスの皆は勿論、他のクラスの者も集まっていた。俺が落ちたら次は自分が戦おうとか思ってるのだろう。つまり俺は絶好のカモと。嫌だなぁ、こういう視線。
「ふふふっ、降参と言う手段もあるがどうする? 今ならまだ間に合うよ?」
「面倒事は嫌いなんだがな。……それに……。」
こういう事にはあんまり良い思い出がないからな。この前もこのせいで親父から責任の押し付けされたし。……でもまあ、こういう奴は少しお仕置きをした方が良いかもな、後の為にも。
「……ああ、そうだ。どうせだしお前降参してくれよ? 弱い奴と闘うと、後味悪くなって嫌なんだ。」
「…………な……にっ!? 弱い? この僕が!?」
あ、怒った。まぁ別に降参しても良いんだけど、マスターが折角俺を最高クラスに入れてくれたんだし、俺も期待に応えなきゃな、うん。ルーンが一緒のクラスの方が何かと教えて貰えそうだし。怒ったムーシェを観察して遊んでいると、ミリクが『始めてくださーい♪』と言って、結界の様な物を張った。空間が隔離された感じだけど、こんな事も出来るのか魔法って。便利だな。
「ふっ、先手を君にあげるよ!! さぁどんな屑魔法を見せてくれるんだい!?」
「……魔法?」
あ、もしかして魔法で戦わないといけないのか? それは困る、そんな物使えない。いきなりピンチの予感がする。
「………ちょっと待った。」
ミリク先生の方を向くと『なんですか?』と不思議そうに返して来た。ムーシェが降参かい? とか言っているが気にしない。
「魔法で戦わないといけないのか? 他の素手とか気とか……そう言うのは使っちゃ駄目な感じ?」
「……キ……ですか?」
そう言うとミリクはいきなり何を言うのですか? と言った感じで首を傾げた。うん、でも魔法の事もこの世界の事も全然知らないからね。仕方ないよね。
「別に素手や他の方法でも……、簡単に言えば魔法でなくとも戦いに勝てればルール上は問題ありませんが……キ、と言うのは良く分かりません。それと魔道具等の使用も出来ますが、そういう物は持参ですから、あげる事は出来ませんよ?」
よかった、魔法じゃなくても良いのか。……武器がないのも別に構わない。元々武器使いじゃないし、素手でも気絶させれば良い訳だ。
「ムーシェとかいったな? 先に攻撃して良いぜ。もっと魔法とやらを見てみたいしな。」
「何……? 君は一体何を言っているんだ? 魔法を見た事がないのか?」
……うーん。周りから奇異の視線を感じる。地球で言う電気を知らない感覚なんだろうなぁ、俺って。どちらにしても、魔法とやらには興味がある。正直、あの銀髪娘の様なのは困るけどな。あれは恐らく少数派だろう。
「ほら、屑魔法だっけ? さっさと使えよ。出来ないのか? 出来ないならさっさと降参しちまえ。俺も弱い者苛めはしたくない。」
「貴様っ………!!」
そう言うとムーシェは本気で怒ったようで、細い杖の様な物を構えた。あれで魔法を使うのか、昔見た小説みたいだな。面白くなって来たじゃないか。
「……後悔しても知らないよ……? 喰らえ、ファイアバグっ!!」
ムーシェがその言葉と同時に杖を振ると、ムーシェの前に現れた魔方陣から大量の火の玉が司羽に飛んで来る。十、二十、数えきれないな。火に見立てた何かではない、あれは完全に炎の塊だろう。
「うわぁ、魔法っぽいなぁ……でもやっぱり、銃弾の方が速いか。」
ここでも親父の無茶苦茶な特訓が役に立った。戦闘を学ばせる為に戦場に子供を放り出すんだからな、人のやる事とは思えん。そんな事を考えつつ、司羽は自分に当たる筈の炎だけを避ける。その間、炎の方を全く見ずに。当たる寸前で全ての火の球を回避していく。
「………よっと、これで全部か?」
「なっ……避けた……? あの数を? レジストしたのではなくて避けただって!?」
「ふーん、魔法で生み出した物にも質量はあるみたいだな。風圧が多少あるけど、それに加えて力自体に気配の様な物を感じるな。……で? 魔法ってのはこんな物か? 他にはどんな事が出来るんだ? もっと見せてくれ、後学の為にな。」
司羽の言葉にムーシェだけではなく、ミリクやギャラリーまで言葉を失った。でもまぁ本当に興味深いな。感じた力の感じだと、俺の世界で言う錬金術と同じ様な物か? 同じ様な物だったとして、あの杖に秘密があるのかな。……まぁ、どちらにしても非効率的な力の使い方だ。まぁ、こっちの人間が無意識にやってる肉体制限も効率的とは言えないけどね。火事場の馬鹿力とか。常に自分にリミッター掛けたりとか。
「っ……ならばこれでどうだ、避けられまい!! 『己の価値に酩酊する愚者に、手向けの花を!!』」
「おっ…………。」
『爆砕しろ!!』
ムーシェは何かを念じる様に杖を天に掲げた後に、杖をそのまま司羽の方に振り降ろし、命じた。………しかし、
「……な……馬鹿な、爆発しない……?」
「……お前はアホか? 身体の中なんて気配を感じるに決まってるだろ? その前に気……いやお前には魔力って言った方が分かり易いだろうが、身体にはそれが溜り易いから、そんなに送り込むのに時間掛けてたら、それを相殺するのなんて指を動かすより簡単なんだよ。自分の力の事だろうが、把握しろよ。」
「……そんな馬鹿な事が……。」
司羽はそう言って溜息をついた。ムーシェを見る限りもう手はなさそうだ。うちの武器使いの門下生の素手の方がまだ強いぞ、こいつ。本当に男子の首席なのか?
「そんじゃあ興味も失せたし、そろそろ終わりって事で。……クラスも、また頑張って上がれよ?」
「がっ……!?」
ドスッ
ムーシェが驚愕に表情を歪める間もなく、一瞬で近付き、腹に一撃ボディブローをいれる。その動きを捉えられた者がその場にいたかどうかも疑わしいスピードだった。うん、やっぱりこの世界は重力の関係か動く速さが妙に速くなるなぁ……朝の遅刻しそうな時も間に合ったし。と、そんな事を考えながら崩れ落ちるムーシェを確認して、……少し遅れてミリクが終了のコールをした。
「……しょ、勝者、司羽君です!!」
「………どーも。」
ミリクのコールに司羽が軽く応えると、同時に静かになっていた周りのギャラリーから歓声が沸く。ルーンの方を向いて笑うと、ルーンもクスッっと笑ってくれた。どうやら不機嫌はもう治ったらしい。まぁ、どうにも荒っぽい学院だけど、なかなか楽しくやっていけそうだ。司羽は四方からの歓声に包まれながら、そんな事を思ったのだった。