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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第三章~エーラの気術士~
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第46話:家族の温もり

「あっ、ただいまお姉ちゃん。」


「こらっ、ナナ!! 一体、今まで何処に行っていたの? 最近は良く一人で出掛けているみたいだけど……ちょっと帰るのが遅過ぎるわよ。」


 ある休日の夜。朝から何処かへ出掛けていたナナが屋敷へ帰り、共用スペースである食堂へ行くと、ちょうど食事の準備をしていたネネが心配そうな表情でナナに詰め寄った。確かにもう日も暮れてしまっていて、ナナの様な歳の子が出歩くには少々遅い時間だ。


「あ、あはは……、ごめんなさい……。」


「もう……駄目じゃない。司羽さんの訓練がない日はいつもでしょ? フィリア様や皆も心配してたわよ。ナナが誰か悪い人に唆されて危ない事をしてるんじゃないかって。」


「そ、そんなんじゃないよ。危ない事なんてしてないし、その………。」


 ナナはそこから先を言おうとして、寸前の所でミシュナとの約束を思い出した。ミシュナと会っている事と、個人的に司羽の課題を手伝ってもらっている事は内緒なのだ。それに、ネネ達は司羽からナナが個別に課題を貰っている事も知らないはずだ。……本当は、ネネを含む一部の侍従はその事をユーリアから聞いていて知っているのだが、その事実をナナに漏らしたりはしていない。それは、ナナがその事を皆に話してくれるまでは聞かないでおこうとネネが言い出したからなのだが……。


「……司羽さんから言われた修行って、そんなに難しいものなの?」


「えっ……? お、お姉ちゃん知ってたの!?」


「それはまぁ、ね。この前ユーリアさんから教えてもらったのよ。何をやってるのかまでは知らないけど、ナナが司羽さんに何かの特別訓練をお願いしたみたいだって。」


「そ、そうだったんだ……。」


「ええ……。」


 ネネはそう言うと、小さく一つ溜息を吐いた。自分からは聞かないつもりだったのに、ナナの事が心配でつい口から漏れてしまったのかも知れない。ネネ自身も、ナナがしている事自体が危険な事でない事はなんとなく分かっていたのだが、最近のナナはその事に夢中になり過ぎているようにネネは感じていた。そんなネネの様子と溜息を、怒っているのだと勘違いしたナナはなんだか居心地悪そうに視線を泳がせた。


「その……怒ってるよね。」


「え………?」


「その、こんな事勝手に教官にお願いして、皆にも内緒にしてたし……。」


「……ふぅ………そんな訳ないでしょ。」


「んっ……、お、お姉ちゃん?」


 叱られると思って小さくなっていたナナの頭を、ネネは優しく、髪を梳くように撫でた。ナナは不思議そうに、自分の姉の顔を見上げる。その表情は怒りとは程遠いものだった。


「私達はフィリア様の家臣で、一つの家族よ。同じ家族を守る為に努力するナナを怒ったりなんて出来ないわ。………そりゃあ、貴方の姉として、一つの相談もなかったのはちょっと寂しいけど。」


「うっ……、そ、それは御免なさい。」


「いいわよ、もう。でも……帰るのがあまり遅くなるのは関心しないわ。」


 ほっとした様な表情を浮かべるナナに、ネネはそう言って嗜めながら苦笑交じりの微笑みを送る。訓練の事と門限の事はまた別問題だ。治安は良いとはいえ、ナナはまだ小さな子供なのだ。ナナはそんなネネの言葉に素直に頷いた。


「分かった、次からはもっと早く帰ってくる。今日はちょっと、図書館に寄って来たから遅くなっただけだし。」


「図書館?」


 ナナはそう言って、右手の手提げ袋に視線を落とした。今日はミシュナと会った帰りに、水分についての参考資料を見に行っていたのだ。植物全体としての資料は購入済とは言え、それは広く浅くとまではいかないまでも、個別の詳細な知識を得るには少し足りない。


「そういえば、貴方最近良く本を読んでるわね。それも訓練の一環なの?」


「うーん、そんな感じかな? 多分、きっと。」


「ふふっ、何よそれ、良く分かってないの?」


 何とも歯切りの悪いナナの態度と発言に、ネネは少し吹き出しながらそう言った。実際この事が気を感じるために必要な事なのか、ミシュナからは明確な答えが返ってきていない以上、そうとしか答えられないのだが……。ナナが複雑な表情でそんな事を考えていると、ネネが興味深そうに手提げ袋の中を覗き込んでいる。………ナナが時計を見ると、食事の時間まではまだ少しある様だ。


「………お姉ちゃん。やっぱり私の修行、気になる?」


「ええ、すっごく。」


 ナナの問いにノータイムで返すネネの言葉に、ナナからつい苦笑が漏れてしまう。もうバレてしまっているのだから、隠す必要もないだろう。ナナはそう思い立つと、手提げの中から数冊の本を取り出した。







ーーーーーー

ーーーーーーーー

ーーーーーーーーーー








「うわー……ちょっとこの本、絵がないんだけど……。」


「論文に絵なんてあるわけないでしょう。植物に関してですし、図解等ならあるかも知れませんけど。」


「ナナちゃんこんなの読むんだ……私じゃあ一冊読むのに十年くらい掛かりそう……。」


「あ、あはは……私も論文は得意じゃないんですけどね。植物関連でこれ以上詳しい物って論文ばかりなので……。」


 ナナが乾いた笑みを浮かべながらそう言っている隣で、図書館で借りて来た植物関係の資料を、ネネやアリサ達侍従隊の面々が難しい顔で読み続けている。最初はネネに、司羽から与えられた課題と、今調べている事の説明をしていただけだったのだが、どうやら夕食の支度を終えたらしいメール達も、最近帰りが遅いナナの事が気になっていた様で、次々と集まって来てしまったのだ。そんな中、花にあげる水の中に混ぜると良い栄養価についての資料と睨めっこしていたネネは、資料を閉じて大きく息をついた。


「はぁ……、でも司羽さんもナナに無茶な事を言うわよね……。枯れ掛けた花を魔法無しで咲かせろなんて。そんなのどうやれってのよ。………まぁ、本当に危なくない事みたいで安心したけど。」


「心配かけてごめんね。正確には、気って言うのを感じられればそれで良いみたいなんだけどね。その為に花を咲かせることが必要みたい。だから花について色々と調べてるの。」


 そうは言ったが実際ナナも、現状は完全に手探り状態である。ミシュナのおかげで大体の方向性は掴めては居るものの、それ自体になんの意味があるのかも分かっていない。そもそも気がなんなのかも分かっていないのだが。


「うーん。気ってあれよね? フィリア様が言っていた、司羽教官が使ってるって言う謎の力。」


「多分そうでしょうね。司羽教官は魔法が使えないと仰っていましたし、教えて下さると言っているのならば、その気と言う力についてでしょう。残念ながら気についてはフィリア様も良くは知らない様でしたが。」


 メールが呟いた言葉に対して、アリサが同意する様にそう言った。つまりはこの屋敷で、気に対してアドバイスをする事が出来る人間はいないのだ。分かってはいた事であるが、自分が今目指している物は相当ハードルの高いものであるらしいとナナは再確認した。そんな時、不意にナナの両肩に手が置かれた。


「皆集まって何をしてるんです?」


「あ、フィリア様。ナナったら凄いんですよ? こんな字ばっかりの本読んでて……。」


「い、いや、その、す、凄くなんてないです!!」


 突然現れたリアの前で持ち上げられ、ナナは咄嗟に顔を真っ赤にして恐縮してしまった。元々こういう風に褒められるのには慣れていないし、今回の事は必要に追われて資料として使っているに過ぎないのだから、と。そんなナナの様子に微笑みを浮かべながら、リアは机の上に置かれた本の一冊を手に取ってタイトルを見た。


「『土壌栄養学』……ですか? 他の物も、なんだか植物についての難しそうな本ばっかりですね。これどうしたんですか?」


「えっと、実は今、この花を咲かせなくちゃいけなくて……。」


「花の腕輪……、それってこの間からナナが付けてるやつですよね?」


「はい。教官が、私が気を感じられたら色々と教えてくれると。だから色々と植物や育成に関しての資料を集めたりしてて……。」


 そう言ってリアに見せた腕輪は、もう八個目だ。最近では少しずつ寿命が延びてきている手応えはあるし、それについては司羽もミシュナも褒めてくれた。とは言え、もう一度咲かせる事に関してはまったく先が見えない状態なのだが。ナナがそう言ってリアに説明すると、リアは何故かほっとした様な表情になった。


「………成程、この間から度々姿が見えなかったのはそういう理由だったのですか、安心しました。」


「えっ?」


 リアの言葉に対しナナが何か言うよりも早く、リアはナナの頭を、先程ネネがしたのと同じように撫でた。ナナは自分の顔が紅潮するのを感じ、そのまま俯いてしまう。


「今までは学園から帰ればいつも屋敷にいたのに、最近は気が付くと居なくなっていましたからね。これでも心配していたんですよ?」


「…………。」


「ナナは凄く素直ですし、可愛いですから。どこぞの悪い男に騙されているのではないかと思っていました。もう少しで騎士隊の誰かを尾行に付かせる所でしたよ。」


 困惑するナナの頭を同じ調子で愛でるように撫でながら、リアは真面目な顔でそんな事を言う。冗談のように聞こえるが眼が本気である。それに対してメール達は苦笑していたが、ナナはリアから褒められて顔をますます真っ赤にしていた。


「そ、そんな、可愛くなんて………。」


「いーえ、可愛いです。将来はとても美人さんになるでしょうね、それこそ引く手数多でしょう。無論、半端な男性の下へは行かせませんが。そういった男性が現れなければ私が一生面倒を見ます。」


「あうぅ……。」


 リアからの予想外なべた褒めに、ナナは何も言えずにされるがままに撫で回される。ネネやメール達も流石にリアが相手では止めに入れないのか、ただ苦笑を漏らすだけだ。そんな中、ふとリアが真剣な表情になった。


「だからナナ、無理だけはしてはいけませんよ? 私やネネだけじゃない、此処には貴方の事を大事に思っている人が沢山いるんですから。貴方が無理をしたら、皆心配してしまうんです。」


「フィリア、様………。」


 真面目な表情になったリアの言葉に、ナナはドキリとしてしまう。ふと周りを見てみると、メールやアリサ達もリアと同様にナナの事を見ている。きっとこうしてナナの訓練の内容に興味を示したのだって、ただの興味本位ではないだろう。ネネと同じように、皆ナナの事を心配して集まって来ているのだ。


「家族に心配を掛けてはいけません。分かりましたか、ナナ?」


「………はい、分かりました。」


 ナナがリアの言葉に対し頷くと、リアはまた優しく微笑む。リアの手の感触を思い出しながら、ナナの胸の中には暖かい気持ちが溢れ返っていた。自分の仕えるべき人間から心配されて喜んでしまうなんて、従者としては良くないのかも知れないが、きっとリアは自分の事を妹として見てくれている。この家にナナと住んでいるのは主と従者ではなく、きっと四人の兄と、七人の姉なのだ。そう思うと、この修行に対するやる気も増してくる。これをやり遂げれば、この大事な家族を守れるのだから。


 そんな優しい沈黙の中、リアが思い出した様に告げた。


「あ、そうそう、言い忘れてました。明日の訓練は中止になりましたので、明日は各自ゆっくり休息を取ってくださいとの事です。」


「中止? 訓練がですか?」


「まぁ、それならそれで個人で魔法の訓練をするので構いませんが……珍しい事もあるものですね。」


 いきなりの中止報告にリンとアリサが咄嗟にそんな事を口にする。確かに、今まで二日に一度の体制が崩れた事は一度もない。司羽にも司羽の用事があるのだろうが、なんとなくあの司羽が訓練を中止にしてまで優先する用事が思いつかない。そんな周りの反応に苦笑しながら、リアはその理由を告げた。


「えっと……明日はルーンにおねだりされてダブルベッドを買いに行くらしいので、訓練は急遽中止だとの事です。その後は終日デートだと言っていました。」


「うっわぁ。……なんか、それ聞くと相変わらずギャップが凄いんだけど。ユーリアさんも家での司羽教官の事言ってたけどさ………それ本当に教官なの?」


「うーん、次元の魔女のルーンさんって物凄い美少女だって聞くしね。やっぱり教官も男だって事なんじゃないの?」


 先程の空気から一転、その場はすっかり恋バナに花を咲かせる女子会ムードになりつつあった。ナナも正直司羽のそんな一面はまったく想像出来ない。ユーリアから身内に甘いとは聞いていたが……。


「ま、まぁ司羽さんはルーンとミシュナさんには特に甘いですからね。基本的に二人のお願いには逆らえない様な事を言ってましたし。」


「えっ……?」


「………? ナナ、どうかしましたか?」


「い、いえ、今、ミシュナさんって……。」


「ああ、ミシュナさんと言うのは、ルーンの家に住んでいる女の方ですよ。私やルーンと同じクラスなんです。」


 ナナが驚いたようにそう言うと、リアはナナの言葉に疑問を覚えながらもそう説明した。


「ルーンに負けず劣らず凄く綺麗な方で………。ふふっ、言ってしまえば司羽さんの弱点みたいな方ですね。魔法と試験嫌いで有名な方でもありますけど。」


「そ、そうなんですか………。」


 ナナはそんな返事をしながら、頭の中で自分に気を教えてくれている少女を思い浮かべた。ミシュナと言う様な珍しい名前の女の子はそうそう居ないだろうし、あんな綺麗な容姿の子も滅多にいないはずだ。恐らく自分の想像しているミシュナと同一人物なのだろう。


「そうなんだ、教官とミシュナさんは……。」


「……ナナ、どうかしたの?」


「え? ううん、なんでもない!!」


 ネネに不審げに表情を覗き見られ、ナナは咄嗟に首を振って誤魔化した。下手な事を言えばミシュナと自分との関係がバレてしまうかも知れない。それではミシュナとの約束を反故する事になる。


「あ、そろそろアレンさん達戻ってくるんじゃないかな? 御飯の準備しないと。」


「おっと、それもそうね。メール達は当番なんだから早く行きなさい?」


「うー、もうちょっと教官の話聞きたかったのに……。」


 ナナの咄嗟の機転による誤魔化しによりその場は解散となった。だが、ナナは食事中もずっと、ミシュナの事に何か小さな引っ掛かりを感じていたのだった。

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