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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第三章~エーラの気術士~
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第45話:wishing song

「うーん……やっぱりお花を長持ちさせるなら、お水は大事ですよね……。」


「そうね。根を取って腕輪にしている以上限界はあるけど、何もしないよりはずっと良いわ。」


「とすると、ちゃんと栄養のあるお水を吸収させてあげられるようにしなくちゃいけないのかな……。」


 ミシュナが学園の昼休みを利用してナナと会った森に来ると、ナナは既に大樹に腰掛けて何かの本を熟読している様子だった。呟いていた内容から察するに、花の育て方の本か何かだろう。随分と分厚い本だが……。


「へー、それにしても凄い付箋の量ね。図書館から借り出した物じゃないの?」


「あはは……丁度欲しい資料がなかったので思い切って買っちゃいました。これだけ情報量があると、付箋やラインでチェックを付けてまとめたいので。流石に図書館の本にそういう事をする訳にはいきませんから。」


 そう言ってナナが見せてくれた分厚い本の表紙から、植物学と植物の育成に関する資料である事がハッキリした。なんとも随分と本格的な本を買ったものだ。とは言え、花の腕輪をどうしたら再び咲かせられるのか、などと言うピンポイントな書物はないので仕方ないだろう。こういう時は膨大な情報をまとめて、地道に研究をするしかない。


「ですがミシュナさん、これで本当に気が感じられる様になるんですか? 前とやっている事は変わらない気がするんですが……。」


「うーん、ナナ次第なんじゃないかしら? 気なんて普通は感じる事が出来ない物だもの。焦るのは分かるけど、いきなり結果を求めちゃ駄目よ。」


「それは………分かっているのですが………。」


 ミシュナのそんな答えに、ナナは結局自身の疑問を解決することができなかった。そもそも今ナナが植物学の本などを買って読んでいるのはミシュナからのアドバイスによる為なのだ。気を感じる修行と言うのだから、何か特殊な訓練等を想像していたナナだったのだが、ミシュナがナナに指示したのはたった一言だけ。


『花の事をよく知りなさい。』


 それはアドバイスと言うには弱すぎる言葉だったが、ミシュナはそれしか言わなかった。それがどういう意味なのかナナには分からなかったが、取り敢えずその言葉通りに受け取って、その日の帰りに本を借りて読むことにしたのだ。まずは花の名前を調べた。それから花の分布や、花が咲くのに適切な条件、根を切ってしまった後の花を長持ちさせる方法も調べたし、実際に腕輪になっている花と同種の花を摘んできて、一番栄養の吸収効率の良い方法などを模索しても見た。その過程で、これまでに何度も花の腕輪を枯らしてしまったが、結果としては少し花の寿命が延びてくれるようになった。ミシュナがそれについて褒めてくれた事もあり、ナナはこの方向性で間違ってないと判断している。


「………でも色々試しても結局、普通に咲いてる花みたいに綺麗に咲いてはくれないんですよね……。」


「それはそうよ。さっきも言ったけど、今のその花は根を取られた状態にある。人間で言うなら口がないの。貴方がしている応急処置は、花に言わせれば口が使えないからこまめに点滴を打って生き延びているだけ。水と栄養と太陽の光がいくらあっても、いずれは衰弱してしまうわ。」


「そうですよね。もっと違う方向性で考えてみないといけないのかな……。」


「まぁ、焦っても仕方ないわ。ゆっくり考えていけばいいわよ。」


 ミシュナはそう言うと、その場で一番大きい木の根元に座り込み、傍に咲いていた花を撫でた。その位置は最近のミシュナの定位置の様なものだ。大木と言う言葉が相応しいその木の下は、ミシュナと初めて会った時にミシュナが歌っていた場所でもある。ナナは、考えても考えても出てこない答えを取り敢えず先送りにして、その大木を見上げた。本をずっと眺めていて目が疲れてしまった、暫く休憩をしよう。


「ふうっ………。」


「あらら、疲れちゃったかしら。」


「はい、少しだけ………。でも、なんだか此処って落ち着きます。何故でしょう、これが森林浴の効果なんでしょうか?」


「うーん、そうね……、でもここは少し特別かもしれないわ。なんと言っても、この木があるんだもの。」


 ナナが本を閉じてそう言うと、ミシュナはクスリと微笑んで、自分が背にしていた大木の幹に手を付いた。ナナは思わず首を傾げる。どういう意味だろうか? この大木は何か他の木と違う何かがあるのだろうか。


「ふふっ、この木は所謂長老様なのよ。ここら辺一体の森を取り仕切る、ね。」


「…………? 長老様って、その木がですか?」


「まぁ、そうは言っても本当にここら辺の森全部を管理してるわけじゃないけどね。この街と、向こうの迷いの森辺りの木を人間に例えるならってことよ。」


「うーん………良く分かりません。」


 ナナはそう言うと何やら思案し始めた、きっと今の言葉の意味を考えているのだろう。今の発言はミシュナにしてみればちょっとした小話のつもりだったのだが、ナナはそれが通じない程度の真面目な子だったと言う話だ。休憩タイムを邪魔してしまうつもりはなかったのだが、仕方ないので簡単に説明することにした。


「この木はもう何百年と生きている木なんでしょうね。だからか分からないけど、物凄い生命力を持っているわ。ナナもなんとなく分かる筈よ、この木の持っている力の大きさに。特に貴方は魔法にも触れたことがあるみたいだし。」


「それはまぁ、確かに。凄く存在感がありますし。」


 この木はナナが両手を広げても到底胴には回らない程で、高さもかなりのものがある。この森の中では、いや、下手をするとここら一帯全てを考えても一番大きな木だろう。同じ質問をされて、この木を弱弱しいと形容する者はいないはずだ。


「なら、この木の周りはどう?」


「周りの木ですか?」


「そう。でも木だけじゃないわ、他の草花も全部合わせてよ。なんだか他よりも元気だって感じない? 木のせいで太陽光も凄く当たるとは言い難いのに花は綺麗に咲いてるし、周りの木だって他よりもずっと大きく成長してるわ。」


「そういえば………確かに。」


 よくよく見てみると、確かに他よりもよく成長しているし、花も綺麗に咲いている。ナナが聞いた話ではこの自然公園の森は最初からあった森を流用したらしい。そしてここはその中心に近い。もしかしてこの森自体がこの木を中心に広がっているのだろうか。


「確かにこの木の力だけじゃないでしょう。栄養の多い土壌だったのもあるでしょうし、人間の手が加わっていない場所だからこそここまで大きく成長しているというのもあるかも知れないわ。でも、それでもやっぱりこの木は森の中心にいるのよ。この森だけじゃなく、近くの他の森にまで影響を及ぼす程にね。」


「この木が…………。」


 何故だろうか、木に人の意思のような物はない筈だ。だというのに、ミシュナの言葉に納得してしまうのだ。理解はせずとも頷いてしまえるだけのものがそこにはある。いや、もしかしたら理解しているのかも知れない。頭でではなく、心で。ナナはそんな事を考えながら、ここでミシュナが歌っていた事を思い出した。


「ミシュナさんがここで歌っていたのも、この木があるからなんですか?」


「えっ?」


「前に歌っていたじゃないですか。」


「…………。」


 ナナがそう言うと、ミシュナは視線を横に逸らして沈黙した。何か不味いことを聞いただろうか。それに最初にあった1回以来、ミシュナはここで歌を歌っていない。もしかしたら歌について聞く事自体が何かいけない事だったのではないか。ナナは自分の発言に若干後悔しながらも、素直に謝ることにした。


「ごめんなさい。」


「別に良いのよ、謝られる程の事じゃないし気にしないで。」


「はい…………。」


「…………はぁっ。」


 ミシュナは咄嗟に気にするなと言ったものの、ナナは申し訳なさそうな表情で俯いてしまった。そんなナナに、ミシュナはつい溜息を漏らしてしまう。まだ数回会って話をしたに過ぎないが、ナナが良い子だという事はとっくに分かっている。ミシュナは仕方がないと言う様な表情に微笑を湛えながら、ナナの隣にそっと移動した。そして、ナナの頭を数回ポンポンと撫でた。


「もう、そんな顔しないの。………ここには、お祈りに来てたのよ。」


「えっ………? お祈り、ですか?」


「そう、お祈り。」


 その言葉に、ナナはつい想像してしまった。ミシュナが言ったお祈りとは、何に対するお祈りなのだろう。もしかしてこの木には何か伝説のような物があるのだろうか。この木にお祈りすれば願いが叶うとか、ミシュナは女の子であるし、恋愛成就とかの可能性もあるかも知れない。ナナがそんな事を考えていると、ミシュナはまたクスリと笑って言った。


「ふふっ、ナナの考えているような事とは違うかも知れないわね。私はここが好きで、勝手にお祈りをしていただけなんだから。」


「勝手に、ですか。」


「そう、勝手にね。お祈りされる側にしてみればいい迷惑かも知れないけど。何度も何度も此処に来て、勝手に歌って、お祈りして。昔から何かあると良く来てたのよ。………とは言っても、もうお礼も済んだし、歌う事もないかも知れないわ。」


「えっ………。」


 お礼とは恐らく歌の事なのだろう。お祈りの意味も、お礼の意味も分からなかったが、それだけはなんとなく分かった。だが、もう歌う事もないと言われて、ナナはなんだか寂しい気持ちになる。前回偶然に聴いたミシュナの歌は、とても綺麗だったから。だから、咄嗟に聞いてしまった。


「なんでもう歌わないんですか!?」


「だって、私の歌を本当に聴いて欲しい人には、もう聴かせてはいけない歌だもの。私にとっては、もう意味なんてないわ。前回歌ったのは、最後のお礼のつもりだったのよ。」


「そんな………あんなに綺麗な歌声だったのに………歌が可哀想です。」


「ナナ………。」


 ミシュナが意味なんてないと断言すると、ナナは寂しそうな表情をしてそう呟いた。歌が可哀想だと、ナナは言った。そしてミシュナは、何故かその言葉から耳を背ける事が出来なかった。暫く考えるような沈黙の後、ミシュナはまた小さく微笑んだ。


「そうね………。私の歌はもう、伝えたい人に、伝えてはいけない。本当は誰にも聴かせないつもりだったけど、でもそれじゃあ歌が可哀想だものね。せっかく生まれてきたのに、誰にも聞いてもらえないなんて……。だったらせめて、ナナに聴いて貰おうかしら。………これで、本当に最後よ。」


 ミシュナはそう言うと、静かにその場で立ち上がり、長老の木の近くでナナに振り返った。そして上着の中から何か箱の様な物を取り出すと、その中身をそっと指に嵌めてから、手を胸の前で組み合わせる。緊張した様子でミシュナを見るナナの前で、ミシュナはそっと微笑むと、そのまま瞳を閉じた。







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私の声を聴いて―――――


私の愛を聴いて―――――


遥か遠い場所にいる貴方に―――――


せめてこの歌が届きますように―――――



「…………。」


 ミシュナの歌が響く。この歌を歌う為だけに整えられたかの様な声が、森に溶け込むように、深く深く響いていく。



私の声を抱いて―――――


私の愛を抱いて―――――


もう会う事の出来ない貴方に―――――


どうかこの歌が響きますように―――――



 その歌声に、ナナはいつの間にか瞳を閉じて聞き入っていた。ずっと聴いていたいけど、なんだか悲しくなってしまう、そんな歌だと感じた。



忘れられていますか―――――


覚えてくれていますか―――――


遠い世界の果てまでも―――――


私の声は届いていますか―――――



 眼を閉じるナナの中に、ミシュナの声を通して出る想いが伝わってくる。この歌が伝わるべき相手が誰なのか、ナナには分からなかったけれど。



忘れないでください―――――


覚えていてください―――――


どれだけの時を経ようとも―――――


私は貴方の為だけに歌います―――――



 この歌も、ミシュナの想いもとても綺麗だから。いつか伝わるべき人に伝われば良いと、伝わって欲しいと、そう心から思った。




私は貴方の事を想っています―――――





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