第44話:SM系な授業の風景
「それでは皆さん、今日も二人一組になって下さーい。クラスも変わった事ですし、今日は久々に一対一の攻撃訓練でもしようと思うので、日頃の鬱憤が溜まった相手とかで良いですよー。勿論フィールド発生装置は出力最大で付けてもらいますが、しっかりストレスを吐き出しましょうねー。」
「ああ、なら私の相手は兄さんで決まりですね。よろしく、兄さん。」
「司羽聞いてくれ、リンシェからペアに誘ってくれたよっ!?」
「あ、ああ、良かったな。おめでとう。」
「本当にもう、兄さんは相変わらずきもいですね。」
ある日の魔法学の授業。フリーダム過ぎる物言いのミリクから課題の指示を受けてから直ぐに、リンシェはムーシェを微笑みながら指名した。それに対して本気で喜ぶムーシェに、周りのクラスメイトは若干笑顔のまま引き気味な態度を取っている。と言うかキモいって……ムーシェ、兄の威厳も何もないな。
「ふっ、リンシェの罵詈雑言など僕は今更気にはしないさ。そう、リンシェはただ素直じゃないだけなんだっ!!」
「………ミリク先生。兄さんの分のフィールド発生装置はいりません。一つだけで十分です。」
「はーい。取り敢えず病院送りにはしちゃ駄目ですよー? 揉み消せる範囲で宜しくお願いしますね?」
「あっはっはっは、冗談を言うなんてリンシェは可愛いなぁ!! だからちょっと、その、本気で危ないから魔法は直接撃っちゃあああああああああああああああ!?!?」
リンシェが放った朱色の爆発と共に空高くあげられたムーシェの断末魔は、グラウンド全体に響き渡り、そして消えていった。地面に捨てられたように転がるムーシェを、司羽が可哀相な人を見る目で見ていると、ミシュナが司羽の側に寄った。
「相変わらず哀れね、あの人………。ところで司羽はどうするの? 今回も首席ちゃんと組むの?」
「んんー、攻撃訓練か。」
「私はそう言うのはパスだから、シノハ先生の眼を避けてサボるつもりだけど。」
「……相変わらずだな。」
堂々とサボタージュ宣言をしたミシュナに苦笑しながら、司羽は離れた所でミリクと話しているシノハの方を見た。攻撃訓練は入れ替え試験前にも一度やったが、その時もミシュナはサボっていた筈だ。ミシュナが入れ替え試験に今まで出ていなかったのも考えると戦闘や攻撃行為そのものが嫌いらしい。そういえば前に魔法の事も嫌いと言っていた。だがトワやユーリアから聞く限りでは、ミシュナはかなりの腕前の気術師だと言う話だ。司羽が何故ミシュナはそういった事が嫌いなのか等と考えていると、隣で話を聞いていたルーンが探る様な視線を向けながら司羽の腕に抱き着いて来た。
「司羽、今回は私とペアは嫌?」
「別に嫌って事はないけど……。ルーンは平気なのか?」
「うん、私なら大丈夫だよ。」
「あら、その言葉は意外ね。貴方の事だから司羽とは戦いたくないって言うのかと思ってたのに。」
ミシュナはルーンに対してそう言うと、クスリと微笑んだ。ルーンの言葉が意外だったのは司羽も同じだ。授業の攻撃訓練とは言え、前回の授業ではお互いに別の相手を探した事もあるし……。ルーンの様子からすると、リンシェの様にストレスが溜まっている訳ではないようなのだが……。
「………俺、ルーンに何かしたか?」
「毎日愛してくれてるよ?」
「これは言い方が悪かったな。俺がした事で何か嫌な事があったか?」
「昨日一緒にお風呂に入ってくれなかった。先に一人で入っちゃったし……。私、司羽の髪と体を洗うの毎日楽しみにしてるのに。」
「………そ、それは、悪かった。ほら、昨日は洗い物とか忙しそうだったから、ユーリア達も周りに居たし……。」
「あら、私は気にしないのに。二人が隠れてイチャついてるのなんて皆全部知ってるわよ。同居人舐めないで。」
ミシュナの発言はそれはそれで色々と思う所があるものの、ルーンの反応的には司羽がした何かが原因ではないらしい。それよりも、なんだか周りのクラスメイトに聞き耳を立てられている気がする。早くこの話から離れよう。
「えっと、じゃあなんで? 前回のこの課題の時は俺と組むの嫌がったのに……。」
「前回は………ほら、なんかその方が従順な子っぽいかなーって。男の人って、自分に従順な女の子を理想に持ってるって聞いたから。多分司羽と組んでも私何も出来なかったと思うし。」
「……成る程。」
どこで聞いた知識なのかは知らないが、確かにあの頃のルーンならそういう考えを持っていても不思議じゃない。ルーンは今でも充分過ぎるくらいに献身的だと司羽は思っているが。
「それよりも今は、司羽が他の女の子と組んで優しくする方が嫌だもん。それにもし、その子が司羽の攻撃で何かの趣味に目覚めたりしたら困るし……。」
「何かの趣味って……どんな趣味に目覚めるっていうんだ。」
「あら、そんなのSとM的な事に決まってるじゃない。わかってる癖に。」
ルーンの言葉にすかさず反応を示すミシュナに、司羽が苦々しげな視線を送るとミシュナはクスリと微笑んだ。クラスメイトの前でなんてことを言うのだろう。ただでさえ結構女関係にだらしないと思われているのに、今度は変態の烙印まで付ける気なのだろうか。下手すればもう遅いけど。だがどうやらルーンの意図もミシュナの言葉の通りの様で、何やらミシュナに同意する様に頷いていた。
「いやいや、これ授業だぞ? 流石にただの授業でそうはならないだろ。常識的に考えて。」
「そんなの分からないよ? もしかするともしかするかも。でもその点私なら、そんな心配しなくてもいいでしょ? ほら、色々と今更だし、彼女だし。」
「そうね、今更よね。主席ちゃんは司羽に叩かれ慣れてるもの。」
「「「えっ………!?」」」
ざわざわっ!!
ルーンが司羽に叩かれ慣れている。そのミシュナの言葉とルーンの反応で、その場の空気は大きくざわめいた。そして司羽の方へ、話を盗み聞きしていたクラスメイト達からの視線が集まってくる。
「も、もしかして司羽君ってそういう趣味……。」
「……え、なになに? 司羽君ってやっぱりそういう系なの!? きゃーっ!!」
「ミシュナちゃんがからかってるだけじゃなかったんだ………ルーンちゃんも大変だなぁ………。」
「…………どうしてこうなる。」
「ぷ……ふふっ。司羽、これで主席ちゃんと組む他なくなったわね。」
司羽がいきなりやってきた劣勢に頭を抱えてそう言うと、ミシュナが堪え切れない笑みを口元に湛えながらそう言って肩を叩いた。ここまでミシュナのシナリオ通りか、なんということだ。恐らく今の空気では司羽がルーン以外の子を誘っても即時お断りされるだろう。というかやっぱりってなんだ、やっぱりって。とにかく、なんとかしないとこれからの学校生活が危うい、割と本気で。
「その………ミシュ、皆の誤解を解いておいてくれないか?」
「誤解……って? 何か誤解されてたかしら?」
「い、いや……と、とにかく、真面目にこれ以上周りから危険人物扱いされたくないんだ。このままじゃ恐らく噂に尾ひれがついて大変な変態扱いをされる。」
「んー、仕方ないわね………せっかく面白そうなのに。」
「おいっ………。」
楽しそうに微笑むミシュナに司羽が頭を下げると、ミシュナは少し考えてから渋々それを了承した。なんだかあまり気が進まなそうな口調だったが、ミシュナに任せておけば大丈夫だろう。………いや、そもそもこうなった原因の大部分がミシュナにあるような気がしないでもないのだが……。
「……なんだかごめんね、司羽。私が変な事言ったせいで。」
「いや、まぁ……気にするな。はっきり言っていつもの事だしな。よくよく考えてみれば、悪いのはどっちかっていうとミシュな気がするし。というか完全にミシュに扇動されただけな気がする。」
「あはは………でも、司羽の周りから変な害虫が減るのは良い事かな……。」
「ん、何か言ったか?」
「ううん、何も?」
困った様な笑みで司羽に謝ったルーンの頭を、手を乗せるように撫でながら、司羽はそう言って深く溜息を付いた。それと同時に、なんだかルーンの口から凄く不穏な言葉が聞こえた気がするけど……恐らく気のせいだろう。なんにしても、いつまでも悩んでいても仕方がないので、早くルーンと今日の課題を始めるとしよう。
「気を取り直して、取り敢えず今日もルーンと組むか。最初からルーンがそれでいいならそのつもりだったんだしな。それじゃあミリク先生にフィールド装置を………。」
「ふふふー♪ そ、の、ま、え、に、司羽君には色々と質問をしなければなりませんけどね? フィールド発生装置はSM補助装置ではありませんし。お二人の健全なお付き合いの為にも、担任であるこの私は司羽君の性癖を知る必要がありますから!! という事で、生徒指導室へ行きましょうか?」
「………………。」
「うん、司羽……本当にごめんね? ………えっと、いってらっしゃい。」
「……うん、行ってくる。」
その時間、久々に面白いネタを掴んだとばかりにニコニコと笑みを浮かべるミリクに連れられて、司羽は生徒指導室まで連行され、たっぷりとミリクの趣味である生徒弄りに付き合う事となった。余談だが、司羽が戻ってきた後ミシュナによってクラスメイトからの司羽への好奇の視線は止んでいたものの、リアからは、『もしかして、あの訓練の時の鞭をルーンに使ったんですか!?』とさんざん追及される事となり、その誤解を解くのに一日を費やしたと言う。