表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第三章~エーラの気術士~
45/121

第43話:その日の終わりに

パソコンが壊れました……

「まぁそういう訳なので、アレンさんにはナナちゃんとの訓練の事は……。」


「成る程、良い発破掛けになるか。」


「………司羽様、私の話をちゃんと聞いていましたか?」


「勿論だ。アレンには一層の努力を積んでもらう必要があるからな。」


 ジト目で睨むユーリアの視線をスルーしながら、司羽はそう言って紅茶を啜った。

 放課後、リアの護衛がてらユーリアとトワをリアの屋敷から連れ帰った司羽は、ユーリアから相談を持ち掛けられて、ルーンとミシュナとトワが夕食の準備をしてくれている間、自分の部屋でユーリアの話を聞いていた。


「ですが、ネネさんがアレンさんを心配しているんです。やり過ぎては可哀相ではありませんか?」


「そんな事言ってる場合じゃないだろう。今地獄を見るか、後で地獄へ行くか、あいつらには二択しかない。」


「確かに司羽様の家的にはそうかも知れませんが……私の感想では、アレンさんはかなり高い水準の戦闘力を持っていると思います。それこそ、あの場にアレンさんがいらっしゃれば、私達がリアさんを追い詰める事は出来なかったと思いますし。」


「まぁそれはユーリアの言う通りだろうな。実際、平均水準よりもかなり高い身体能力はあるし、魔法に寄る危険察知や能力強化とアレン自身の剣術も合わせて見ると、全体では中々のものだ。」


 アレンは決して弱くない。リア達の中では戦い慣れしている感じはするし、魔法に寄る攻撃は魔力によって読まれ易い為、剣技で攻撃すると言うのも、相手が熟練である程結構効果的な手段になる。


「でもあいつは高確率で仲間を守ると言うリスクを負って戦う事になる。これはかなり大きなハンデになるだろうな。いくら俺が頻繁に稽古をつけた所で、今直ぐにメール達を戦力として数えられる様には出来ない。足手まといにならない程度に成長させる事は可能だろうけど、今まで鍛錬を積んできた者とそうでない者の差は明確に出てくる筈だ。あいつらが戦いの天才でもない限りはな。」


「むー……司羽様の言ってる事は分かるんですけど……。」


「ネネには悪いけど、アレンは戦力の中核になる。今のリア達に戦力を遊ばせておく余裕はないんだ。」


 アレンを休ませて、その分他の人間に努力をさせる事も出来るが、何分体力回復のスピードにも差がある。その影響で司羽の訓練をまともに受けられなくなっては意味がない。事実、今まで戦闘訓練を受けていない人間が、いきなり司羽の指導を受けてついて来れているだけでも大した物なのだ。それにアレンが訓練をしているのを見れば、他の騎士の士気も上がるだろう。そう言う意味でもアレンが努力をする事で与える影響は大きい。


「まぁそういう事だから諦めて……。」


「……これがネネさんではなく、ルーン様やミシュナ様、トワさんの心配なら絶対にそんな事は言わないのに………。」


「うっ………いや、それは………ルーン達は関係ないだろう?」


「それは確かにルーン様と比べるのはどうかと思いますが、あの方達だって司羽様やルーン様の御学友であるリア様の御家族なのですから、司羽様はもっとネネさん達にも優しくなられて良いと思います。………これではまた、司羽様がネネさん達から悪く思われてしまいますし……。私もトワさんも、そんな事は望んでいません。」


「………ま、まぁな、うーむ……。」


 ユーリアはルーン達の事を取り上げたかと思うと、司羽の周りからの評価の事を案じる様にそう呟いた。司羽としてもそれを言われると弱い。前回も似た様な事をユーリアから指摘されているし、ユーリアは本気で司羽の事を想って言っているのだ。……それを考えると、どうしても首を横に振る事が出来ない。


「………分かったよ。元々そんな予定はなかったし、今回は止めておく。」


「本当ですか? ふふっ、流石は司羽様です。これで私もネネさんとの約束を違えずに済みました。」


「茶化すなよ、戦力が足りないのは事実なんだ。」


 結局はユーリアの言葉に折れてしまった司羽の発言に、ユーリアがクスッと笑ってそう言うと、司羽は少し照れた様に視線を逸らして溜息をついた。どちらにしろ、アレンに頑張って貰わなければならないのは変わらないのだが。司羽がそんな事を考えていると、ユーリアが思い出した様に言った。


「戦力と言えば、ナナちゃんはどうなんです? もう何か始めたんでしょう?」


「ん? 今日は姿を見せなかったからまだ頑張っているんだろう。………本当なら、今日の夕方が花の限界だから取り替えに来ると思っていたんだが………読み違えたか。」


「花、ですか? そう言えばメールさん達もそんな事を言ってましたね。花で何をやっているんですか?」


 司羽が言った花と言う言葉に思い当たる所があった様で、ユーリアは興味を惹かれて司羽に尋ねた。


「んー、簡単に言えば気を感じる為の訓練みたいなものだ。俺はそういう訓練をやった事ないから良く分からないけど、成功例が過去にあるから大丈夫だろう。その原理は理解してるしな。」


「俺はやった事ないって………。気を感じる訓練、でしたっけ? そんなので大丈夫なんですか? そもそも司羽様はどうやって……。」


「まあ、俺の事はいいだろう。確かにユーリアが疑問に思うのも分かるけどな。俺に出来る事と言えば、今までの経験から丁度良さそうな訓練をしてやる事だけだ。リア達の方は、家で採用している訓練をそのまま当て嵌めているから問題はないけど、気に関しては皆独自の方法で極めて行くからな………。せめて基礎の内は、俺よりも教え方の上手い人が居てくれれば良いんだけど。」


 司羽はユーリアの言葉に対しそう答えると、そんな人間が都合良く居るわけないだろうけど、と心の中で付け加えた。そもそもこの世界でなら、魔法を教えた方が資料や施設もあり効率が良いのだ。気の存在を知っている人間がどれ程居るかも疑わしい。だからこそ戦いでは有効なカードにもなるのだが。


「成るようになるさ、ナナが本気ならな。」


「………まあ、司羽様がそういうなら大丈夫なのでしょうが。」


「おいおい、俺だって間違える事はあるんだぜ?」


「そうですねー、もうちょっと女の子の心情には詳しくなられた方が宜しいかとは思います。特に今朝とか。」


「……これでも気にしてるんだ、あんまり言わないでくれ。」


「ふふっ、あれは司羽様らしからぬミスでしたね。」


 丁度今朝の事であった。朝の生理現象を処理する為にトイレに行った際、鍵が壊れている事を忘れてしまっていた司羽が、ミシュナが中に入っているのに気付かずにドアを開けてしまった。ただそれだけの悲劇である。珍しく真っ赤になってうろたえるミシュナを見る事が出来たが、その代償としての平手打ちはとても痛かった。


「……朝からドアの修理をする事になるとは思ってなかった。」


「ふふっ、司羽様でも気配に気付かない事ってあるんですね。ルーン様が、もしかして司羽様はそういう趣味があるんじゃないかと疑っていましたよ?」


「そういう趣味って………俺は変態か。自分の家で、トイレの中の気配を探らなきゃならない様な生活は御免被るよ。気配察知は癖みたいなものだけど、家やルーンの傍にいる時はなるべく気にしない様にしてるんだ。ルーンは俺の動向にどうも聡いからな、気を使わせちまうし。」


 最近のルーンは前にも増して司羽の変化に良く気付く様になった。元々気遣いの上手い子なのだろうが、やはり心に余裕が出来始めたのが一番の理由だろう。


「つまり、それが逆効果になって司羽様の顔にミシュナ様の手形が付いてしまったと。」


「………いや、まぁ、あれは完全に俺が悪いし。と言うか、いつまでこの話を続ける気だよ。ミシュナから今朝の事は直ぐに忘れるよう言われてるんだ。もしこんな話をミシュナに聞かれ………。」


「………?」


 司羽はそこで中途半端に言葉を切った。そんな司羽の様子にユーリアは小首を傾げたが、直ぐにその理由が分かった。


コンコンッ


「お二人さん、もうお話は良いのかしら?」


「え? あ、はい、大丈夫です。」


ガチャ


 ドア越しの声にユーリアが応えると、エプロン姿のミシュナがドアを開けて部屋の中に入って来た。ミシュナやルーンが長い髪を後ろで束ねてから料理をしている姿が司羽は個人的に好きだったりする。前にそれをルーン達に話したら、ルーンはとても喜んでくれた。その後ミシュナからエプロンの下はどんな状態が好みかとニヤニヤしながら聞かれたが。


「本当に話してただけみたいね。司羽と二人になりたいなんて侍従さんが言うから、何かえっちな事でもしてるのかと思ってたわ。首席ちゃんは司羽にそんな度胸ないって笑ってたけど。」


「なあ、それに対して俺は喜んで良いのか?」


「………それよりも、なんで皆さん私をそういう立場に置きたがるのでしょう……。私ってそんな風に見えますかね……?。」


 ミシュナのいつも通りの台詞に、司羽は微妙に嬉しくなさそうな表情になり、ユーリアは何やら深く溜息をついた。良く分からないが、ユーリアにも何かあったらしい。


「それはともかくとして、司羽。ちょっとひとっ走りして味噌を買って来てちょうだい。さっき買って来るの忘れちゃったのよ、司羽なら直ぐでしょう?」


「味噌か。分かった、それだけで良いんだな?」


「ええ、助かるわ。」


 そう言って司羽はミシュナから共用の財布を受け取ると、上着を取って出掛けようとして、服の裾をミシュナに引かれているのに気付いた。


「どうしたんだ? まだ何かあるのか?」


「ちょっと、聞きたい事があるんだけど………。」


「聞きたい事? また改まって何だよ。」


 珍しく歯切れの悪いミシュナの物言いに、司羽も少し緊張気味に応える。だが司羽が次の言葉を待っても、ミシュナは何も言わずに視線を泳がすだけだった。そしてそのまま、ミシュナは短い溜息をついて裾から手を離した。


「…………ううん、やっぱり何でもないわ。」


「何だよ、気になるな。」


「女の子の秘密に一々突っ込まないの。それより、さっさとお味噌買って来てちょうだい。貴方の愛しい首席ちゃんがお待ちよ?」


 ミシュナはそう言って司羽の追求をヒラリとかわすと、そのまま買い物に行く様に促した。何かをごまかしたのは明らかだが、これ以上は司羽が聞いても無駄だろう。司羽はそう考えると、ミシュナの頭にぽんっと手を乗せた。


「………全く、何かあったら直ぐに言えよ? それじゃあ行って来る。」


「ええ、行ってらっしゃい。お味噌はいつも使ってるやつで宜しくね。」


「はいよ。」


 司羽はそれだけ言うと、上着を着て部屋から出て行った。直ぐに気配が消え去ったので、恐らく超特急で買いに行ってくれたのだろう。


「………何かあったら直ぐに言え、ですって。私も前に同じ事を言った気がするけど、隠し事の多い司羽にそんな事言われてもね。侍従さんはどう思うかしら?」


「あ、あはは……そうですねー、司羽様もミシュナ様の事は大切に思っている様ですし……。」


「大切に思ってるなら、もう少し隠し事はしないで欲しい物だけど。」


「………それは……。」


「そんな顔しないで。分かってるわ、聞かないって約束したものね。」


 ミシュナはそう言って、ドアの方を見詰めた。そして何か、鬱屈した物を吐き出す様に大きく息をついた。そんなミシュナに、ユーリアは申し訳なさそうな表情になる。ミシュナは好奇心ではなく、自分達の事を本当に心配してくれているのだ。


そう言ったミシュナの性格は、まだそう長い時間を共にした訳ではないユーリアも良く理解していた。


「危険な事はしないって約束、本当に覚えているのかしら。」


「まあ、取り敢えずその心配はないかと。司羽様はちょっとおかしいくらい強い方ですし。」


「……………。」


 フォローをするユーリアの言葉を、ミシュナは何だか複雑そうな表情で、溜息混じりに受け止めた。


「力の強さなんて関係ないわ。……それより、その言い分だとやっぱり危ない事をしてるのね。」


「あ………いや、その……。」


「……まあ、何となく分かってたけどね。」


 ミシュナはそう言うと、しまったと言う様な顔をしたユーリアから視線を外し、ドアの方へ近付いた。


「ほら、首席ちゃん達の手伝いに行くわよ。司羽が戻って来る前にね。」


「え? ……は、はい。」


 ミシュナはそう言ってユーリアに促すと、司羽の部屋から出て行った。ユーリアもそれを追う様に続いて部屋を出る。ユーリアは、最後にミシュナが司羽に何を聞こうとしたのかを聞こうと思っていたのだが、タイミングを逃してしまった様だ。ミシュナが聞きたい事とは、やはりあの秘密の事だったのだろうか? それとも、全く別の何かだったのだろうか? ユーリアは先に歩くその小柄な少女の背中を見ながら、そんな事を考え続けていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ