第42話:meeting in forest
「………そう言えば今日って、お姉ちゃん達が魔法の練習する日だっけ……。」
リア達が住む屋敷から数キロ離れた自然公園。司羽達が通う学園と街の調度間に位置するその場所で、ナナは一つ溜息をついた。
「お姉ちゃん、変に思うかな? やっぱり一言行かないって言って置いた方が良かったかも………。」
自分には魔法の才能がないのかも知れない。そう思っていたナナだが、せめて努力はしようと今まで頑張って来た。それがいきなり練習から離れたのだから、変に思われるのは確実だろう。
事実ナナは知るよしもない事ではあるが、ナナがそう考えているその瞬間には、ネネがナナを探してユーリア達にナナの行方を尋ねていたのだった。
「………はぁっ、でも結局図書館にも魔法以外で枯れてる花を咲かせる方法の資料なんてなかったし、教官の言う『気』に関する資料も………。」
魔法でないなら方法は問わないと言われたので、昨日から色々試してはみた。肥料を溶かした水を上げてみたり、朝の太陽の光に当ててみたり……だが成果は実っていないのだ。このままではこの白い花は、今日の夕方にも枯れてしまうだろう。……気分転換のつもりで図書館から出て公園に来たのに、何だかマイナス思考ばかりが募ってしまう。
「だめだめっ………リラックスしないと、焦っても仕方ないもんね。」
ナナはそう呟くと、先程本で調べた森林浴をする為に、公園から繋がる深い森へと入って行く。この自然公園自体はそこそこ人の出入りの多い場所なのだが、そこから繋がる森はあまり人の立ち入る場所ではなかった。だからこそ、森林浴をしてリラックスするのには最適なのかも知れないが。そう思いつつ、ナナは段々と森の奥深くまで入り込んで行く。
「…………はぁっ。」
もう何度目の溜息だろうか。司羽の言葉から、そう簡単に達成できる課題ではない事は分かっていた。だが、こうも手掛かりが無いとどういう努力をしていいかも分からない、ナナにはそれがどうにももどかしかった。そしてリラックスには程遠い事を考えてまた溜息をついて…………そんな時だった。
「声………これって、歌? ……こんな所で?」
ナナの下へ微かに聞こえる女性の、いや、少女の歌声。こんな場所で何故。そんな事を考えるより先にナナの足は歌声の方へ向いていた。段々と大きくなる歌声の方へ、ナナは酔ってしまったかのような足取りで歩く。そして、不意にその歌声が止んだ。
「あっ…………。」
「誰かしら、せっかく気持ち良く歌っていたのに。」
「あ、ご、ごめんなさい………邪魔しちゃって。」
そう言って謝ったナナの視線の先には、一人の少女が不満そうな顔で立っていた。自分よりも幾らか年上だろうか? 長く美しい黒髪に、精緻な人形のように整った顔立ち、可愛らしいと言うよりも綺麗だと言った表現の方が似合う少女だった。ナナは自分の姉やフィリアの事をとても美人だと思っていたが、眼の前の少女もそれに全く劣っていない。それどころか、ナナが見惚れてしまうくらいの美貌を持った少女だ。
「別に、謝る必要はないけどね。ここは私の私有地って訳でもないし。」
「は、はぁ………。」
面識のない人の前だと言うせいで、緊張して話せなくなってしまったらしいナナを、その少女は訝しげな瞳で観察した。
「…………それで、私に何か用かしら?」
「あう、い、いえ、散歩の途中で、綺麗な歌声でしたので、その…………。」
「…………なるほどね。」
しどろもどろになりながら発したナナの言葉に、その少女は何かを悟った様にそう言うと、少しだけ微笑んでその場から立ち去ろうとした。
「あっ、待って下さい!! その、本当に邪魔するつもりじゃなくて、私、直ぐにどっか行きますから!!」
「………そう言われても、もう歌う気分じゃ…………あらっ?」
その少女の時間を邪魔してしまった事に、なんだかとても罪悪感が沸いてしまったナナは、立ち去る少女を咄嗟に引き留めてしまった。そんなナナの声に、少女は困った顔で振り向いて………視線を、ナナの手首の辺りで固定した。丁度、司羽が作った花の腕輪のある辺りで。
「…………右手を出して……。」
「え? は、はい。」
少女はそう一言だけ言ってナナに歩み寄ると、ナナがおずおずと差し出した手を取り、花をそっと撫でた。そして次の瞬間、ナナは自分の花の腕輪を見て絶句した。
「っ………!? 花が………。」
「もう枯れそうだったから。歌を褒めてくれたお礼程度に思って頂戴。」
「………魔力を感じない………これは、気の力……?」
「えっ……?」
ナナが驚きながら呟いたその言葉に、今度は少女が驚いた様に反応した。ナナの視線は花の腕輪に釘付けになっている。枯れ掛けていた白い花は、すっかり元気に回復してしまっている様だ。魔法が使われた様な感じはしなかった、ならばこれは司羽が言っていた気なのではないのだろうか。確証は持てないが、もしかしたら。
「貴方、気を知っているの?」
「や、やっぱりこれは気って言う力なんですね!?」
「え、ええ、確かに私は気術を使ったけど。」
やっぱりそうだ!! ナナはそう心の中で叫んでしまった。司羽は沢山失敗しろと言っていたが、自分はそんなに長い間立ち止まって居られない。だからこそ図書館にも行ってみたが気に関する資料はなかった。でも、この人ならば、気を使って花を咲かせたこの少女なら。
「お、お願いします!! 私はこの花を自分で咲かせないといけないんです!! だから、だから………私にやり方を教えて下さい!!」
「………………。」
そこに希望を見つけたかの様に、先程の委縮していた様子など何処かに置いて来たかの様に、ナナは少女にそう言って頭を下げた。それに対して少女は、ナナのそんな姿を見ながら一つ溜息をついた。
「別に花を咲かせるだけなら魔法で良いじゃない。それに私、これを誰かに教えたくないの。それが誰であっても、この力は私の誇りだから。」
「ま、魔法じゃ駄目なんです。魔力は強くても、私には魔法の才能がないから………何度やっても駄目だったから。でも、私に才能があるって言ってくれた人が居るんです。私にも大事な人を守れる力が使えるようになるって、そう言ってくれた人が居るんです。その人が言ってました、この花を咲かせて、気を感じられる様になったら色々教えてくれるって。だから私、なんとかして早く出来る様になりたいんです!!」
「………花を咲かせて………気を感じる………。」
少女はナナの言葉を反芻する様に呟くと、何かを考え込む様に瞳を閉じた。
「ねぇ、貴方の先生はそれで気が感じられるようになるって言ってたの?」
「は、はい………多分そういう事だと思います。昔私と似た様な才能を持った子が居て、その子がやった事と同じ事を教えてくれると言っていたので……。」
「……………。」
少女の問いにナナが答えると、少女はまた何かを考えるような間を置いて、言った。
「……貴女、あのリアって子の関係者ね?」
「えっ……!?」
「まさかとは思ったけど……その反応、図星みたいね。」
ナナは唐突に自分の主の仮の名を出され、動揺した。何故その様な事が分かるのか? まさか、敵の人間だったのではないか? そんな考えが頭の中を駆け巡った。
「貴女が何を考えているのか良く分からないけど、警戒する必要はないわ。多分私は、貴女の敵じゃない。リアの秘密にも興味ないわ、今のもあてずっぽうだしね。」
「………………。」
「ふふっ、成る程。その秘密ってのは結構危ない事みたいね。」
「………貴女は……一体……。」
少女はそう呟くと、クスリと笑った。ナナは警戒を解いていいのか悩んだが、その少女が嘘を言っている様にも思えなかった。……そして何より、ナナの白い花を撫でた時に見せた、あの優しい笑顔を思い出すと、この少女が悪人には思えなかったのだ。
「……教えてあげるわ。私から教わったと言う事を誰にも………貴女の先生にも、絶対に教えないと誓えるなら。」
「ほ、本当ですか!? 誓います、誰にも言いません!!」
少女のその言葉に、ナナは瞳を輝かせて即答した。そんなナナの様子に、少女はまた優しく微笑む。それは何処か、嬉しそうな笑みだった。
「貴女、名前は何て言うの?」
「ナナです。ナナ・アイリスと言います。」
「そう、可愛い名前ね。私はミシュナ。技術的な事は貴女の先生の方が適任でしょうから、ナナが生命を感じられるまで、先生になってあげるわ。………とは言え、そろそろ学園に戻る時間だからまた明日からにしましょうか。またこの時間に、この場所に居るわ。」
「は、はい、宜しくお願いします!!」
少女……ミシュナが言った言葉に、ナナは向日葵の様な笑みを浮かべて深く頭を下げた。そんなナナの姿を見て薄く微笑むと、ミシュナはその場から静かに立ち去ったのだった。