第39話:魂契約の力
「ふふふっ、やっと出来ましたっ!! どうですか司羽様、中々様になっているでしょう?」
「おお、確かに様になってる。なんだかやっぱりメイドさんっぽいな。」
「へー、ユーリアさんそれ自分で作ったんでしょ? 凄いな~、私も御裁縫出来る様に練習しようかな。」
いつもの就寝時間の少し前、リビングでいつも通りのまったりタイムを過していた司羽達の所に、なんだか少し興奮気味のユーリアが突入して来た。リビングに居た四人の視線がユーリアに集まると、ユーリアは自分が着ている服を司羽達に見せる様にその場でくるりと回って微笑んだ。司羽が評した様に、ユーリアが着ている服はロングスカートに少しフリルのついたメイドさん宛らのエプロンドレス。これを一人で作ったと言うのならユーリアの裁縫技術は中々の物があるだろう。素直に司羽は感心してしまった。そんな司羽の様子を見たミシュナはクスリと意地の悪い笑顔を浮かべた。
「ふふっ、なぁ~に? 司羽はああいうヒラヒラした服が好きなの? 確かに侍従さんにはとても似合っているわね、可愛らしくて。ちょっと嗜虐心を煽る辺りも好みかしら?」
「…………ま、まぁ否定はしないけど。」
「あははっ………この服は司羽様の仰っていた向こうの世界のメイドと言う奉公人の制服を、自分なりにアレンジしたデザインなんです。実は私の御婆様も侍従をしていまして、その時の衣服のイメージを少しお借りしました。これで中々機動性に優れているんですよ?」
「ふむ、所謂仕事着と言う奴かの。なんだか『ぷろふぇっしょなる』な感じがする服じゃな。」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると作った甲斐があったと言う物です。仕事着は侍従の心を移す鏡になると御婆様からよく言われていましたから。」
「………なるほどな。」
トワが最近覚えたばかりの横文字を使いながらそう言うと、ユーリアは擽ったそうにそう言って笑った。どうやらユーリアの美しい所作はその祖母譲りの物だったらしい。ユーリアの反応を見ていたら、ユーリアがその祖母の事をどれ程好きだったかが手に取る様に理解出来た。ユーリアが侍従と言う道に進む事になったのは、あながち偶然でも無かったのかも知れない。司羽がそんな事を考えながら隣を見ると、ルーンが先程よりも興味深げな表情でユーリアの服を凝視していた。
「ふ~ん、その服って司羽の世界にあった物なんだ………。」
「はい。とは言っても、メイド服の実物を見た事がないのでかなり想像が入ってしまっていると思いますが。…………それと、ルーン様にお借りしていたお洋服の件なのですが。」
「え? ああ、それなら暫くユーリアさんが使っていていいよ。私じゃまだお母さんの服着られないし、ユーリアさんもそんなに服持ってなかったでしょ? その仕事着一着じゃ限界があるだろうし、もう何着か作り終わるまではユーリアさんに貸して上げる。」
「えっと、それは凄く嬉しいのですが………宜しいのですか? お母様の大切なお洋服なのでは?」
「んー、大切って言えばそうなんだけど………やっぱり服は誰かが着てあげなくちゃね。着れる人が居るのに着ないのも勿体ないし。」
「………そう言う事でしたら、もう少しの間お借りさせて頂きます。」
ルーンがそう言って微笑むと、ユーリアは軽く頭を下げた。だがどうやらルーンの関心は相変わらずユーリアのメイド服にある様で、そこから視線が動かなかった。
「ねぇ、司羽ってああ言う服が好きなの?」
「え? まぁ、嫌いな男はいないと言うか、例に洩れずと言うか………。」
「ふふふっ、男って言う生き物は何時だって自分に従順な女に弱い存在なのよ。司羽はああ言う服を着た主席ちゃんに、御主人さま~とか言われたいのよ。」
「ふむ、つまり童もこれからは主の事を『御主人さま』と呼んだ方が良いのじゃな?」
「い、いや、トワはそのままで居てくれ。俺が色々と落ち込みそうな気がする。………ちょっと聞いてみたい気もするけど。」
取り敢えずトワに御主人さま~とか呼ばれたら確実に周りからの視線が痛い事になると思う。少なくともミリクは眼を輝かせる事だろう。そして楽しそうに笑っているミシュナは間違いなく俺の事を変態扱いしてくる筈だ。司羽がそんな事を考えていると、そんな司羽の隣でルーンがなんだか不満そうに頬を膨らませていた。
「ああ言う服が好きだって、この前私が司羽の世界の事を聞いた時には教えてくれなかったのに………好きな格好は特にないって言ってたのに………。」
「あー、そ、それは………。」
司羽はそれを聞いてあの夜の事を思い出した。確かにそんな質問をされた気もする。だが待って欲しい、彼女から好きな服装を聞かれてメイド服と堂々と答えられる人間がこの世にいるだろうか。いや、居るかも知れないが自分では無理だ。
「私、あの時は司羽が素直に求めてくれて嬉しかったのになぁ。司羽は私よりもユーリアさんに好きな服着せて楽しみたいんだね。」
「あ、あれは、そうじゃないんだ。あの時はその事がたまたま頭から抜け出てただけで………。」
「司羽の嘘つき。本当はあの服も頭の中にあった癖に。もう司羽の事は信じないから。」
ルーンは司羽の嘘をあっさり見破ると、不満そうな表情を変える事なくそう言って司羽から顔を逸らした。これには司羽も言い訳出来ずに気まずい表情になってしまう。
「か、勘弁してくれよ……ルーンだっていきなり自分の彼氏からフリフリのメイド服が好きですとか嬉々として言われたら引くだろ!?」
「引かないもんっ、司羽が好きなら私は何でも着るもんっ。ふーんだっ、そんな事言う司羽なんてもう知らないから。」
「あーもうルーン、俺が悪かったから機嫌直してくれ。」
「………ミシュナ、あれは一体何なのじゃ?」
「さぁ、何なのかしらね。私、何だか胸やけがして来たわ………。」
プイっと司羽から自分の不機嫌全開な顔を逸らしつつも、司羽の隣に座りながら腕をギュッと掴んで離さないルーンに、トワとミシュナは心底呆れた様な視線を送った。話の起爆剤になったユーリアも何とも言えない半笑い表情になっている。二人がデートに行った日以降の日常と化しているこの光景だが、部外者から見ると正直見るに堪えない光景である。
「………ちゃんと反省してる?」
「反省してるよ。」
「私の事愛してる?」
「勿論愛してる。」
「えへへっ、私も司羽の事を世界で唯一愛してるよ♪ でも、今回はどうしようかな〜?」
「あああああああああっ!? 何なのよこの二人!! 侍従さん、貴方が何とかしなさい!!」
「うっ、わ、私ですかー? ……仕方ないですね。」
完全に二人の世界に突入したルーンと司羽に、とうとうミシュナが耐え切れなくなってユーリアを指名した。ユーリアも自分が巻いた種であると感じたのか、渋々それを了解して溜息をついた。
「そう言えば司羽様、私も向こうの世界の事に興味があるのですが、お話して頂けませんか?」
「ん、向こうの世界の事か。やっぱりそう言うのって気になる物なんだな。」
「………うーん、私もこの前の話だけじゃなくて、もっと色々と聞いて見たいかも。……司羽の好みについてももっと詳しく。」
「んー、そうだな。この前は向こうの歴史とか文化について話したから………向こうの技術なんかについて話すか。」
こっちで生活してると色々と不便に思う事もあって、今更向こう側の現代科学の凄さに驚いたりもするし。
「あ、それは気になりますね。魔法はないと聞きましたし、やっぱり皆さん司羽様並の変態能力を持っていて魔法等必要ないのでしょうか。」
「うむ、恐らく挨拶代わりに互いの力をぶつけ合ったりするのじゃろうな。恐ろしい所じゃ。」
「もうユーリアとトワには話さない。」
「あんっ、もういじけないで下さいよー。」
「主、妾が悪かったのじゃ。早く聞かせておくれ。」
挨拶代わりに気のぶつけ合いをする世界なんて嫌だ。トワとユーリアの中の俺の世界は何でそんなに武道派なんだ。と言うか魔法があるこの世界の方が余程変態世界な気がする。……ま、それはともかく。
「ごほん。まず魔法がない事に関してだが、正直必要ないレベルの科学技術がある。」
「科学………ですか? それって学問の科学ですよね。魔力を使わずに、物質の特性を活かして治療をしたり、魔法と同じ様な反応を起こす、あの。」
「そうだな、少しの違いはあるけどその科学だ。ある程度の下準備を必要としてしまうが、どれだけ離れた場所同士でも話をしたり出来るし、ロボットとプログラムを使えば人がいなくても一定の動作をさせ続けさせる事も出来る。」
「確か司羽の世界って、工場でそのロボットを使って食べるものを生産したり、日常で使う便利な物を造ったりしてたんだよね。」
「ああ、この世界の魔法も便利だけど、正直科学がないことで不便に思う事も多いよ。科学には誰にでも使えるって利点もあるし、自動で色々出来るから人が付いてる必要がないし。俺の世界ではテレビって機械や、インターネットって言う技術を使って何時でも必要な情報を揃えたり出来たしな。不確かな情報も流れるから信用度はまちまちだけど、かなり便利だ。」
この世界に来てからと言うもの、今までどれだけ科学技術が便利な世界にしていたかを実感させられた。必要な情報を仕入れるのにわざわざ図書館に行かなくてはならないし、トワ以外とは離れている時に連絡が取れない。買い出しだって冷蔵庫がない分かなり頻繁に行く必要がある。他にも細かい点を挙げればキリがないくらいだ。
「へー、何だかエーラの技術よりもかなり進んで居るんですね。」
「まぁ次元魔法に寄る瞬間長距離移動とか、魔法の方が優れている点も多いから、一概にはどちらの方が良いとは言えないけどな。今俺が言ったのはあくまで科学の与える良い影響についてだ、逆に科学にも欠点はある。科学を支える電気を作る為に、必要な資源とか手間とかリスクもあるし、何にでも効率を求めるあまり人道的な道から外れた物が生み出されてしまったりもする。誰にでも使える分、制作者と使用者で考え方に食い違いが起きるんだよ。」
「そうね。人間が分不相応な力を持つと録な事にならないわ、人には踏み込んではいけない領域があるもの。人は力を手に入れれば自制が出来ない生き物だし、人の理性なんて物は何より信用ならないわ。仕方ない、何て言葉では許されない世界があるのよ。」
「………うーん、ミシュナちゃんが言うと凄く深い言葉な気がするよ。」
司羽が話した科学の危険性に対して、一言零す様に放ったミシュナの言葉に、ルーンは感心した様にそう言った。
「ま、貴方ももうちょっとは落ち着きなさいよ? 貴方は他の人よりずっと強い力を持ってるんだから、司羽の事を何か言われたからって一々怒ってちゃ駄目。貴方が本気になったら止められる人間なんてそうそういないんだから。」
「………だって、あの女。司羽の事を小さい子しか愛せないロリコン悪魔って………。」
「ルーン、それちょっと詳しく。俺が大人の話し合いをしてくる。」
俺はルーンが好きなだけであってロリコンじゃない、断じて違う。これ以上変な噂を流されて堪るか。自制とか無理、絶対。
「司羽……あんたまで何言って……。」
「ルアルって女の子だよ。勉学クラスが一緒の私より一つ年上の子なんだけど、司羽を私とミシュナちゃんみたいな胸の小さい子ばっかり侍らせて喜んでる変態ロリコン野郎だって言って……。」
「ああ、あの胸ばっかりデカイ乳牛ね。そう、あの子そんな事言ってたの。司羽、残念だけど貴方の出番はないわ。あの雌は私が平和的に話し合いで後悔させてあげる。」
「いやいやいや、ミシュナ。お主さっきと言ってる事が………。」
「トワは黙ってなさい。私の邪魔をしないで。」
「うっ………わ、分かったのじゃ………主ぃっ……。」
珍しく表情を引き攣らせながらミシュナを止めに入ったトワは、ミシュナに睨まれてそのまま固まってしまった。その後、涙目になりながら司羽に縋って来た所を見ると、余程怖い思いをしたらしい。前は胸に対してそんなにコンプレックスがある様には見えなかったのだが、何かあったのだろうか。聞いてみたいが、聞いたらかなりヤバい事になると本能が告げているので自制する事にする。そんな場の空気を変えなければならないと感じたのか、ユーリアが唐突に話を司羽に振った。
「つ、司羽様。そう言えば司羽様は向こうではかなりの名門の出なのですよね。科学が魔法並に発達しているならやはり武道にも科学が関与して来たりするのですか?」
「………いや、武道ってのは元々科学の力に頼らない物だからな。まぁ、戦いの中で科学兵器を相手に使われる場合があるから関係してるっちゃしてるかもな。特に俺の家の武道は、相手に重火器や広域破壊兵器を使用される事が前提の、気を使った実戦武術だからな。他の人間同士が前提の武術よりも科学との関わり合いが強いかも知れない。」
「成る程………やっぱり凄いんですね。」
「いや、正直創始者が捻くれてただけだよ。科学に人が負ける訳がないって決め付けて掛かったらしいからな。行き着く先が違えば、もしかしたら俺も魔法使いだったかも………。」
とは言え、この世界で魔法を習っても才能のカケラも見せない自分では魔法使いは無理だろうと思う。
「むー。そんな事より、司羽が向こうの世界で好きだった事とか、好きな服とか、そういうのが知りたいなー……。」
「うっ……。そんな事言われても、俺はずっと武術ばっかりで趣味もないし………。」
趣味に費やす時間は全部稽古に宛ててたしなぁ。………でも、好きな服か。正直俺はメイド服みたいな洋服よりも、浴衣みたいな和服の方が……。
「………ふむ。主は、その和服とやらが好きなのじゃな。」
「そうそう、ああいう落ち着きのある服の方が…………って、えっ?」
「わ、和服? トワちゃん、それについてもっと詳しく。」
あれ、俺今自分で口に出してたか? ………いや、出してないよな? と、すると普通に考えて今の会話は色々とおかしくないか?
「…………ちょっと待て、トワ。ちょっと待て。」
「うむ? 何じゃ、主。妾は何かマズイ事を言ったかの。」
「いや、何で俺の考えている事が分かったんだ? 声に出してたか?」
「ふむ、そういえば主は声に出してないのぉ。何で分かったのじゃろ?」
「いや、俺が聞きたいんだけど。」
そんな可愛らしい表情で首を傾げられても困る。しかしこれは、ひょっとして………。
「………ま、普通に考えればトワの魂が司羽の魂に馴染んで来たって事でしょうね。司羽の考えがトワにも分かるのは、それが影響してるんだと思うわ。」
「………? トワさんの魂が……ですか?」
「………薄々そんな気はしてたけど、やっぱりか。」
ミシュナの言葉を聞いて、司羽は小さく呟くと視線をトワへと移した。当のトワはまるで分かっていない様子だ。ミシュナはそんなトワの様子に溜息をついてから司羽に視線を送った。
「分かっているとは思うけど、司羽とトワの契約はただの使い魔を雇う契約とは訳が違うわ。トワのした契約は魂契約、トワは自分の魂を司羽の魂に添わせてるのよ。魂と自我、つまり心って言うのはかなり関係が深いって言われているわ。貴方達が心で会話出来るのも恐らくそのせいよ。それに加えて、トワは元々夢喰いって言う心に関係の深い種族だし、そういう理由もあって司羽の考えが読める様になったのかも知れないわね。今は双子がお互いの考えを読めたりするレベルの物だと思うけど、それはこれからのトワ次第って所かしら? 何分魂契約なんて殆んど記録がないし………ちょっと分からないわね。」
「う~む……。魂の事は良く分からぬが、主の思っている事が分かるのは、童と主の仲が良くなった証拠と言う訳じゃな?」
「まぁ、かなり簡単に言えばそういう事になるのかな?」
「適当ねぇ、………ま、あんたがそれで良いなら私は良いけど。ねっ、主席ちゃん。」
ミシュナの話を良く理解していない様子のトワを苦笑しつつフォローした司羽に、ミシュナはそう一言呟いてからルーンの方を見た。話を振られた当のルーンは何やら考える様に眼を閉じて、それから司羽の服をちょっと引っ張って言った。
「司羽ぁ、私なんだか眠くなってきちゃった。」
「えっ……? う~ん。まぁ、そうだな。もう遅いし、そろそろ部屋に戻るか。取り敢えず向こうの世界の話はまた今度な。」
「え? あ、はい、おやすみなさい。」
「ああ、皆御休み。」
「おやすみー……。」
ルーンの甘えた声での唐突の申し出に若干戸惑った司羽だったが、残りの三人に挨拶を済ませると、ルーンを連れて先に部屋を出た。そんな様子を見て、ミシュナが感心したように薄く笑う。
「本当に変わったわね。あの子の事だからトワの力に嫉妬して自分も魂契約するとか言い出すと思ったのに。これが成長って奴かしら。」
「うむ、それは童も思ったのじゃ。」
二人が消えたドアの方を見ながらミシュナが呟くと、トワもそれに同意する様に頷いた。
「あはは………でも、ルーン様ならその内に司羽様におねだりなさるかも知れませんね。先程は可愛らしい独占欲も、ありましたし。」
「………独占欲ねぇ、私はあの子が独占欲で動くようには見えないけど。ま、それも成長なのかもね。あの子には必要な成長よ。」
ユーリアがクスリと笑って言った言葉に対し、ミシュナはそう返して溜息を吐いた。そしてそのままトワの方を見て言った。
「トワ、その力はあまり使わないようにしなさい。今は無理でも、直ぐにコントロール出来るようになる筈だから。」
「うむ、分かったのじゃ。」
「ふふっ、偉い偉い。それじゃあ私達はそろそろお風呂に入りましょうか。」
「行ってらっしゃいませ。私は二着目の準備をして御先に失礼いたします。」
ミシュナはそう言ってトワの頭を撫で、そしてトワを連れだって浴槽の方へと歩いて行く。ユーリアはそれを見送ると、その場でくるりと一回転してメイド服の調子を見てから、自分の部屋へと向かって行った。