第3話:学園
「ん……。」
マスターと話した翌日、昨日は今日からの学園生活への期待と不安でかなりの夜更かしをしてしまった。こんな事は久しぶりだが、悪くない気分だった。ベッド横の窓から日が射し、一日が始まる空気が心地よい……心地よい?
ふにっ
「……ふにっ?」
眼を開けると、そこは真っ暗、闇の中。というか、なんだ、まだ夢の中だろうか? なんだか柔らかいし、甘い匂いがするし……いや、この感触は……昨日も感じたことがあった筈だ。
「……やっぱりか。」
司羽は少し頬が熱くなるのを感じながら、真正面から上に抱き付く様に乗っかっていたルーンを無理矢理剥して、起き上がった。全くこいつは、なんて危ない事をするんだろう……色々な意味で。
「にゅ……ぅ……つか、ばぁ……? ……おふぁよぅ……ふぁぁっ……あふっ。」
「昨日あれ程止めろと言ったのに……。」
全く反省していない様子で朝の挨拶をしてくれたルーンに、司羽はこめかみを引き攣らせて睨み付けた。別に嫌じゃないんだが、毎日やられるとその内理性を保てなくなる心配があるからな。こんな美少女が毎朝無防備に添い寝してくるとか、間違いが起きてもおかしくない。そもそもいつ入ったんだ。寝入った頃を見計らいやがったな?
「あのなあルーン。こういうのはちゃんとした恋人とかが……。」
「んー……司羽、早くしないと遅刻しちゃうよ?」
「は……?」
良く見てみると、ルーンはもう既に登校服だ。学院の服装は自由らしく、ルーンは学園用に別の服を用意しているらしい。まぁ、どっちにしろ昨日の今日で俺の制服を用意しろってのは無理な話だから助かる。
「なんでその服を着たまま寝てるんだ?」
「ん……? 私は……司羽を起こしに来たんだよ……? でも司羽が気持ち良さそうに寝てたから……私も……。」
なるほど? つまりは俺をルーンが起こしに来て、ついついそのまま一緒に寝ちまったと……ふむ……。
「なにぃぃぃぃぃっ!? はっ!! 時間は!?」
バッっと時計の方を見る。この世界は地球と時間の見方が変わらない、便利だな、じゃない。学院までは昨日の時間感覚だと一時間くらいで、学院の登校時間は八時半だった。で、今の時間は……。
「八時二十分……?」
普通に準備してたんじゃ間に合わない、遅刻だ、完全に、初日から。
「くそっ、着替えだ!! 朝飯食ってる時間もねぇっ!! おいルーン、何寝てるんだ、起きろっ!!」
「……後十分。」
「無理に決まってんだろ!!」
こうして慌ただしい一日は始まった。
「ま、間に合った。奇跡だ……俺は奇跡を起こした……。」
まさか五分前に着くとは思わなかった。日頃ってか、小さい頃から鍛えているとはいえ、あの距離をルーンと荷物を抱えて、更に準備も合わせて五分弱。うん、頑張った。ってか多分なんかの力が働いてるんだな、この世界に来てから少し体が軽いし、多分重力の関係だろう。本気で走ったのは久しぶりだ。
「ほら、ルーン。着いたぞ、起きろ。」
背中で寝ているルーンの頬を肩でつつく。くそっ、寝入りやがって。てかあんだけ猛スピードで走ったのに良く起きなかったな。
「うううぅっ、いやぁ……司羽と一緒に連れてってぇ。」
「甘えるな。ルーンのクラスの場所を知らないし、そもそも俺は今から職員室だ。」
転校初日は三十分前に着こうと思ったのに……不覚である。いや、起きれなかった俺も悪いんだけどさ。なんで目覚まし止まってるかなあ………ルーンだろうなあ。
「……しょうがないなぁ、自分で歩くよ……。」
そう言ってルーンは背中からスルッっと降りて自分で昇降口の方に向かった。フラフラとしているが、まぁ大丈夫だろう。というかこれが毎日になったら嫌だな、昨日も学院に来た時間って昼過ぎだし。あいつ遅刻を気にしてないな。
「さて、俺も行くか。異界の学校の先生か……どんな人なんだろ。」
期待半分、不安半分の気持ちで、司羽は職員室に向かった。
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「……此所が職員室か……。」
時間ピッタリ。なんだか早く来るよりこっちの方が良かったと言う感じもする。時間に正確な出来るサラリーマン見たい。
「ふぅ、行くか……。」
深呼吸をしてドアに手をかける。なんか緊張するな、今までの中でもトップランクの緊張だ。マスターが手続きをしてくれたらしいけど、速攻で編入出来るなんて思ってなかったし。あの人は何者なんだろう。とにかく、中に入ったら礼儀正しく……。
「失礼しまっ……!?」
ヒュンッ
職員室の扉を開けた瞬間に殺気を感じ、中からクナイ手裏剣が飛んで来る。司羽はそれを指で挟んで受け止めてからドアから離れて殺気の主に視線を送った。
「ほう、私の手裏剣を指で処理するか。」
そこにシュバッっと現れたのは忍者っぽい格好をした女性で、黒い髪を後ろで簡単に束ねているスタイルの良い美人だった。……なんだか、凄く地球の方なんじゃ? と思う位に忍者服が似合っている。まんまくの一である。ここ、本当に異世界なんだよな?
「い、いきなり手裏剣……。」
「ふふふっ、面白い。確かにこいつならばトップクラスに入れても良いだろう。」
「もう、シノハちゃんったら。」
一体なんなんだ? この人がトップクラスとやらの先生なのか? と、忍者な先生を訝しげに見ていると周りからおっとりとした声が聞こえた。現れたのは忍者さんより少し背の低い、ピンク色のウェーブの掛かった長い髪にゆったりしたドレスの様な服を着込んだ美人だ。服のせいで分かりにくい筈なのに、シノハと呼ばれた女性に負けず劣らずスタイルが良い事が分かった。なんだこの世界は、美人しか居ないのか。それとも俺の運が良いだけか?
「ごめんなさいね? シノハちゃんがどうしてもって言うから……。あっ、私の名前はミリク、よろしくね。こっちのシノハちゃんと同じく貴方のクラスの担任よ。」
「は、はぁ……。」
自己紹介されたがいきなり過ぎて訳分からん。誰か説明してくれ。
「ミリク、何かこいつ挙動不信だぞ? 本当にこいつがその転入生なのか?」
「……挙動不審って、いきなり攻撃されたら誰でもこうなりますよ。」
挙動不審の原因が何を言うんだか。大体仕方ないだろう、分からない事だらけなんだから。そりゃあ挙動不審にもなりますよ。……というか、この世界の学院ってこんな目茶苦茶な所なの? 常日頃から警戒しないといけない所なの?
「でもシノハちゃん、イメージ画と同一人物なのは間違ないでしょ? 私もいきなり学院長に転校生をトップクラスに入れるって言われた時には驚いたけど……。ねぇ、司羽君だったわよね? どんな手を使ったの? 賄賂? それとも逆色仕掛け?」
そんなにジロジロ見ないで下さいミリク先生。正直、マスターが何やったかなんて知らないし。それに顔を近付けられると顔が紅くなる。これだから美人は。態となんだろうか。
「俺も良く分かりません、知り合いに全部任せろって言われたから任せただけですし。それより、トップクラスって何ですか?」
取り合えず分からない事を一つずつ聞いていこうとした司羽に対し、それを聞かれたシノハがニヤリと笑った。
「トップクラスとは極めて合法的に生徒を苛め抜く事が出来る私達教師にとって至福極まりない……むぐぅ!!」
なんだか凄い危ない事を言おうとしたシノハの口をミリクが押さえる。何か段々不安になって来たな……。
「と言うのは冗談で、この学院のクラスには5ランクあってA、B、C、D、Eと言った感じになってるの。ランクにも3クラスあってA-クラス、B+クラスとかね。ちなみにAの方が優秀な子を集める感じね。私達が聞くには、司羽君は誰かに最高クラスのA+に推薦されたらしいんだけど、何故か学院理事が昨日の今日でそれを通しちゃったのよ。普通はあり得ないわ。」
なるほど、だから最初に試したのか……というか手裏剣で試されても困る、下手したら普通に怪我するし。……でも、マスターは何者で何をやったんだろう? 聞く感じエリート校っぽいのに、昨日の今日で最上のクラスに無償編入って、虫が良過ぎないか。
「まぁ、腕は立つ様だし。私は構わんがな? 無論、弱ければ直ぐに切り捨てたが……。」
そう言って、シノハは面白い物を見る様に笑った。なんかこの先生普通に怖い……。こんなんで教師になるのか。
「ふふふっ、私も美形男子なら何の問題もありません。男の子ってなかなか私達のクラスまで上がって来ないんですよねぇ……。」
うん、このミリク先生も危ない。色々な意味で。それにあの眼は苛めっ子の眼だと司羽は一瞬で見抜いていた。気を付けなければ。
「さて、じゃあ早速クラスに行きましょうか。」
「……はい。」
なにはともあれ、今日からはここの学院生なんだし、慣れなくちゃいけない。そんな事を考えつつ、ミリクを筆頭にA+のクラスとやらへ向かった。
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ミリクが教室のドアを開けると、ざわめいていた教室がシンと静まる。凄く転校生な気分だ。いや、実際そうなんだけど。取り合えずミリクに、待っててね? と言われて教室の外で待たされる。シノハ先生と二人にしないで……この先生がさっきからニヤニヤと見てきて怖いよ……。
「皆さーん!! 今日は新しいお友達、つまり転校生がいまーす♪」
ミリク先生が言うと同時に教室がざわめく。そりゃあ、さっきの説明を聞いた時から分かってたさ。俺は明らかに異常である。ううっ、また緊張してきた。第一印象は大事だから、ちゃんとリラックスして受け答えないと……。
「はーい、司羽くーん、いらっしゃ〜い!!」
ミリク先生の声でシノハ先生に連れられる様に中に入る。同時に教室が再びシンと静まり返った。
「えっと、とある事情でこのクラスに編入致しました、司羽です……よろし、く……?」
無難に行こうと考えながら自己紹介をしつつ、視界端っこに見慣れた顔がある事に気付いた。いや、気のせいだよな。だって、ここって聞けば一番レベルの高いクラスなんだろ? まさかなー。
「司羽ー!! 司羽ってここのクラスだったんだ!! これからはクラスまで運んでもらえるね?」
「…………。」
……うん、窓側の前から二番目、横からもニ番目の席でさっき背負って来たばかりの少女が嬉しそうに手を振っているのは幻覚じゃなさそうだ。
「ルーン……此処のクラスだったのか? でも、そもそもルーンって同い年じゃないだろ?」
まさかあのルーンが最高クラス? あの人のベッドに入って来たり、買い出し忘れたり、俺に背負われなきゃ遅刻確定なルーンが……?
「ルーンさんはこの学院の現首席ですが、お知り合いだったんですか? それとルーンさんは十五歳です、何か問題があるのですか?」
「しゅ、首席……? それに何で十五歳が同じクラスに……?」
うーん、分からない事だらけだ。流石異世界、学校のシステムが違うらしいな。それにルーンが首席なのも色々とおかしい……。かなり混乱していると、ルーンがクスッっと笑って説明してくれた。あ、なんかデキる子な感じ。
「司羽の所はそうだったのかもだけど、ここはクラスに年齢は関係ないんだよ。クラス分けの成績も、試験で強い人順だから勉強が出来なくてもクラス自体に関係ないし。……でもいきなり此所に入って来るなんて司羽何したの? まさか、先生を籠絡したとか……。」
「籠絡なんてしてない!! それに、何故かは俺も聞きたい。」
てか籠絡って……なんか周りからの視線が少し変わったぞ。転校初日にいきなりなんてことを言うんだ!!
「……ふーん……ふふっ、成る程ー、司羽君とルーンさんは仲が良いんですね? さて、それでは司羽君はルーンさんの隣りと言う事で。ルーンさん、司羽君に色々教えてあげて下さいね? 昼夜交代です。」
「昼夜……? うーん、良く分からないけど任せて下さい!!」
「ふふふー、よかったですね司羽君?」
ミリクの言葉にルーンは嬉しそうに答えた。なんかミリク先生がニヤリとこっちを見た後、これは楽しくなりそうです。とか小声で言ってたけど聞こえない、気にしない。もう完全に理解した、この人はそういうタイプの人だ。つまりは人をからかって遊ぶタイプの人。こんな人が先生でいいんだろうか? ……まぁ、うん、頑張ろう。
かくして、学院生活が始まった。