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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第二章~恋の矛先~
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第36話:彼女達の休日(後編)

「うむ、あの店のフロートは絶品じゃった。さすがはミシュナじゃ。」


「はい、また来たいですねー。ミシュナ様が居れば無料ですし……。」


「まったく………太るわよ?」


「「うっ…………。」」


 その一言で表情が笑顔のまま固まった二人を見て、ミシュナはぷっと噴出した。やはりそこはトワとユーリアも気になるポイントであるらしい。とは言えこの二人のスタイルならば少々太った所であまり気にならないと思えたが。


「ふふっ、甘い物好きもいいけど程々にね?」


「そ、そうじゃな、気を付けるとしよう。」


「はぁっ……付き人として司羽様やルーン様に恥をかかせる訳にはいきませんからね。」


 そんな事を言い合いつつ、甘味処を離れたミシュナ達は遠くに見える高い建造物へと向かっていた。トワもユーリアもそこについては何も知らされていないまま付いて着ていたのだが、トワはついに我慢が出来なくなってミシュナに切り出した。


「むぅー、ミシュナ、あの高い建物は一体何なのじゃ? なんだか向こうの方に凄く沢山人の気配がするのじゃが………。」


「ああ、あそこはリースモールって言ってね。ここら辺だと観光名所兼なんでも揃う商店みたいな役割を持ってる場所なのよ。ビルの中に沢山の店が入ってるの。国有地なんだけど、旅の商人なんかに場所や設備を貸し出してて、国中から色んな特産品や工芸品なんかが集まるから結構見ごたえあるわよ。」


「ははぁ、これがリースモール……この国の貿易の要がある場所と言う事ですか。確かに国を代表するに相応しい立派な建物ですね。遠くから見てもそれと分かるほどです。」


「………まぁそうね、実際リースモールは各国の商人たちが、この国の商人と交渉する場としての意味合いが強いわ。国が他の国の商人たちに自国をアピールするのにも使われてるわね。魔法具の精度なんかはそのまま国力のアピールにも繋がるし。」


 ミシュナがトワに説明をしていると、ユーリアは感動し、納得した様にそう呟いた。そんなユーリアの反応にミシュナはつい苦笑を洩らしてしまう。


「侍従さん、リースモールは初めて?」


「あ、はい。なんだかワクワクしますねー、ああ言う大きい建物ってあまり入った事ないので。」


「そうね、この国には他にもリースモールが何か所があるけど、ここはその中でも一、二を争う規模だから。本当に、このくらいのリースモールが家の近くにあれば楽なんだけど……。まぁ、主席ちゃんの家も十分便利な立地だと思うけどね。」


 そう言って溜息を吐くミシュナを見て、今度はユーリアが苦笑を洩らす番だった。あんな巨大な建造物の近くに家を建てたら自分なら落ち着かないだろうなーと思う。なんだか最近ミシュナの素性が気になり始めたのだが、もしかしたらとんでもないお嬢様なのではないかと思う。実際この旅行も、司羽達の旅行もミシュナの発案なのだ。


「そうじゃ、ミシュナ。あそこでユーリアの杖か魔法具を買ってやってくれ。その内に主が買うと思うが、折角じゃ。」


「うーん。私は構わないけど、侍従さんにして見れば司羽が選んでくれた物の方が良いんじゃない? ほら、愛の力とかで使い勝手も良くなるかも知れないわ。」


「あ、愛の力って……私と司羽様はそう言うんじゃないですから。……まぁ、魔法具に関しては司羽様から許可を頂かないといけません。トワさんに聞いていただいても良いですが、今ではルーン様と司羽様のデートの邪魔になるかもしれませんし。」


「ふむ、それなら仕方がないのじゃ。」


 ミシュナのさり気無いからかいをなんとか回避しつつ、取り敢えず魔法具に関しては断って置く。一応自分は主である司羽を狙った立場なのだから、勝手な意思で武器を持つことは自粛する事にしているのだ。司羽はきっと気にしないだろうが、それでもケジメと言う物がある。自衛の為にもいつまでも持たないという訳にはいかないだろうが、そこは司羽も考えてくれている筈だ。ユーリアがそんな事を考えていると、ミシュナがクスリと笑って言った。


「さて、そろそろ人が多くなって来るわ。こういう場所はたまーに観光客を狙ったスリとか犯罪者が居るから気をつけなさい。入る時に持ち物チェックされて武器類の持ち込みは禁止されてるし、魔法具なんかも結界のせいで発動出来ない様になってる上、リースモールには特別な自警団が居るから基本安心だと思うけど………油断は大敵よ。」


「ふふっ、大丈夫ですよ。私捕られて困る物なんて何一つ持っていませんから!!」


「右に同じく、じゃ。」


「ああ、そう言えばそうだったわね……。」


 まぁそうそうそんな連中に出くわす事もないだろうと思いながら、三人はリースモールへと歩いて行った。











ーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーー












「あー、こういうパターンは想定外だったわねー………。」


「うむ、まさに僥倖と言う奴じゃな。」


「いや、トワさん。それは意味が違うのではないかと………。」


「そこ!! 勝手に喋るな、殺されたいのか!!」


「………………。」


 ミシュナ達三人がリースモールでゆっくりショッピングをすること約二時間、広過ぎて全部は回れないとは思っていたが、トワ達は依然怪しげな物を売っている店などに興味深々で、ミシュナも共に楽しい時間を過ごしていたのだが……。


「くそ、自警団の奴ら………。おい、B班とC班とは連絡が取れたか?」


「い、いや、応答がない。………恐らく失敗して捕まったんだろうな。」


「……………。」


 それは三人で『売らないの館』なる嫌がらせとしか思えない店から出てきた所だった。階段やエレベーターのある場所からいきなり強い魔力反応があったかと思うと、次の瞬間爆音が轟き、ミシュナ達のいる階は悲鳴が飛び交った。その後何が起こったのかと思っている内にそのままそのフロアは四人組の男たちに制圧されてしまったと言う訳だ。そして店の人間や客は人質として一か所に集められた。勿論その中にミシュナ達の姿もあった。


「………もう本当、勘弁して欲しいわ。」


「むぅ、武器の持ち込みは禁じられている筈じゃろ。何故あの者達は武器を持っておるのじゃ。」


「うーん。多分、自警団を集団で奇襲して武器を奪ったのでしょう。あの方達の持っている武器には見覚えがあります。ここの自警団の方が持っていた物と同じです。」


「………なるほどね、武器を奪う事で相手を同時に無力化した訳だ。本当に何やってるのよ、プロなんだからしっかりして欲しいものね。とはいえ、他の組の強奪は阻止したみたいだけど。」


 先程注意されたので若干小声で会話をしながら、ミシュナは四人組の男達が持っている武器に視線を移した。銃の様な形だが、恐らく一定の魔力を予め内部に溜め込み発射する形式の魔法銃器だろう。この国の警察組織ではポピュラーな部類の武器で、魔法の扱いに長けていない物でも一定の破壊力がある。これを二人が携帯している様だ。残りの二人が強化警棒を携帯している所を見ると、四人組で二人組の自警団を襲って奪ったのだろう。厄介なのは魔法銃器の方だ。これは自警団の性質上結界の中で使えるように作られている筈だし、威力の方も先程の爆発を考えるとかなりの物だろう。


「どうする? B班とC班が両方失敗するのは予想外だった。このまま脱出するにしても武器と人員が足りなくないか?」


「だから、それを今考えてるんだろうが………。取り敢えず、男を別のフロアへ誘導。ここでは魔法具が使えないし、筋力で劣る女を残した方が危険が少ない筈だ。……ゆっくりだぞ、銃を持ってるロウが中心になって動くんだ。それと、それが終わったら脱出後に使えそうな魔法具は確保しておけ。作戦が失敗した以上それが最優先だ。それとロウ、お前はその後残って向こうの階段を見張ってろ。エレベーターは機能を停止している筈だから、後は階段とエスカレーターだけだ。」


「了解。………おいお前ら、男はこっち、女はあっちだ。早くしろ。」


 リーダー格らしい男がそう言うと、ロウと呼ばれた銃を持った男が人質を二つにわけ始めた。男はそのまま階段まで誘導され、そして結局その場に残ったのは二十人程度の女性だけになった。


「………このリースモールが横に狭い構造で助かったぜ。後は脱出方法だが………。」


 暫く男は壁を背にして人質に銃を向けたまま思案を始めた。どうやら脱出までの流れをシミュレートしているらしい。その後暫くして、先程誘導の為にこの場を離れていた男がそこに戻ってきた。


「リーダー、男の誘導と魔法具探しは終わったぜ。流石に魔法具もそれなりの物が揃ってる。」


「………よし、何とかなりそうだな。自警団の包囲網が完成しない内にさっさと脱出するぞ。一応万が一の為に自警団の包囲網を調べておいた。これで後はリースモールから脱出するだけだ。」


「……だがよ、リーダー。ここはこのまま立て籠って身代金でも要求してから逃げた方が良いんじゃねぇか? 人質取って逃げればあいつらも追って来れないだろうし。」


「馬鹿かお前は。逆だ、人質なんて足枷して逃げられるほどリースモール自警団の包囲網は甘くねぇんだよ。そもそも包囲網が完成したら終わりだ、人質なんて盾にもならねぇぞ。チャンスは今しかない、一端結界の外に出たら包囲網の穴目掛けて魔法具使って逃げまくるしかねぇんだ。分かったらロウを呼んで来い。」


「わ、わかった……。」


 リーダーの男がそう呼びかけると男はロウと言う男を呼びにその場を去った。それを見て人質の女性の中からも安堵のため息が漏れ聞こえた、これでようやく解放されると思ったのだろう。………しかし、男の次の一言でその場は緊張感に包まれた。


「だが、脱出するまでの人質は必要だろうな。………おい、そこのお前。」


「あら、私かしら?」


「ああ、そうだ。取り敢えずここを脱出するまで付き合ってもらう。異論はないな?」


「………レディーを誘うにしてもあんまりな文句ね……。」


「悪いな、こちとらそんな余裕はないんだ。」


 リーダーの男に銃を突きつけられたミシュナは溜息をついてそう言った。さて、どうしよう。正直このまま何事もなく解放されるのが最もミシュナの望んだ展開だったのだが、そうそう上手くは行かないらしい。そんな事を頭の端で考えつつ、ミシュナは横目で、隣でリーダーの男を睨みつけているユーリアを見た。………どうやら、選択肢はないようだ。ミシュナが心でそう決めると、先程から離れていた仲間が全員その場に集まった。


「よし、これよりこの場を脱出する。……嬢ちゃん、大人しくすれば傷つけるつもりはないから安心してくれ。………アクス、連れてけ。」


「了解。」


「はぁっ……仕方ないわね。」


 リーダーの指示の元、アクスと呼ばれた警棒を持った男がミシュナに近づく。面倒な事になったが仕方がないだろう、ここには自分以外にも人質がいる。特にトワとユーリアは自分が責任を持って預かっている立場なのだから、自分が我儘を言う訳にはいかない。そんな事を考えながら、自ら男達の方に行こうとして………気付いた。


「………ぐあっ……。」


「なっ!?」


ドサッ


 その次の瞬間、アクスと呼ばれた男が仰向けに倒れ、心臓の辺りからどす黒い血が噴き出した。一瞬の様で、長い時間を掛けた出来事の様でもあった。男達は何が起こったのか分からず、硬直し、倒れた男の体を見つめた。同じ様に人質になっていた女性たちも声が出ず、ただ倒れた男を見つめる。そしてそのまま全員が、男が倒れた原因である人物に視線を向けた。


「汚らわしいお主らがミシュナに近づくな。その者は、童が主の大事な友人じゃ。」


「と、トワ………。」


 先程までミシュナの隣に居た筈のトワは一歩踏み出し、薙刀の様な物で男の心臓を貫いていた。その返り血は、まるでトワの体を汚すのを拒否するかのようにトワを避けて飛んでいる。その時のトワの姿には、そう思わせるだけの美しさがあった。だが、そんな不思議な時間は悲鳴に寄って掻き消された。


「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!」


「ちっ、貴様あああああああああああああああ!!!!」


「魔法具が使えなければ魔法が使えないと思うのは浅はか過ぎじゃの。まぁお主ら程度、これで十分じゃろう。主の力を借りるまでもないのじゃ。」


 一気に現実に引き戻させるような女性たちの悲鳴に混じって、仲間を刺し殺された男達の怒声が混じった。トワはそんな男達を冷めた視線で見つめながら薙刀に付いた血を払い、構え直してそう言った。どうやら、結局こうなってしまったらしい。ミシュナは溜息を吐きたいのをなんとか我慢しつつ、言った。


「トワ、下がりなさい。正当防衛とは言え、あんたを預かってる以上私はあんたに戦いなんてさせたくないのよ。」


「むぅ、しかしミシュナ。童だってミシュナを………。」


「人質はまだ居るんだ、てめぇは死ねぇぇっ!!」


 ミシュナの言葉によってトワの視線がミシュナへと移ったその瞬間、ロウと呼ばれていた男がトワへと銃口を向けた。そして次の瞬間………男の体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


「………はぁっ、この子に人殺しなんかさせるくらいなら、最初から私がやってれば良かったわ。」


「ロ、ロウ………。」


 崩れ落ちた男の前には、そこまで一瞬の内に移動したミシュナの姿があった。ミシュナが男に何をしたのかを把握出来た者はその場には居ない。唯一つ分かるのは、この魔法銃器ではミシュナは止まらないと言う事。リーダー格の男は咄嗟に銃を構えると、ミシュナとの間合いを取った。


「………馬鹿なっ………魔法具無しで魔法を使える奴がそうそう居てたまるか!!」


「ふふっ安心して、死んでないわ。それにこれは魔法じゃない、私魔法って嫌いなのよね。これは気って言うの、魔法が心や意思の力だとするなら、気は存在その物の持つ力って所かしら。」


「気………だと?」


「ええ、貴方は知らないでしょうね。まぁ知る必要はないわ、そんなに便利な物じゃないもの。利便性で言えば魔法の方が何十倍も優れてるし、使い勝手が良いわ。……まぁ、それでも気術が魔法に劣ってるなんて言わないけどね………さて。」


 ミシュナはそう言って自分に銃口を向ける男に背を向けた。こんな状態ではその内自警団が乗り込んでくるだろう。そうなればアクスとか言う男を殺したのがトワだと知れてしまう。正当防衛ではあるが、この事はトワの主である司羽にも伝わるはずだ。司羽はミシュナを護っての行動だと知ればトワを褒めるかも知れないが、今は司羽とルーンを邪魔する様な行動は控えたい。それに、この状況ではこの後自警団に事情聴取をされるかもしれない。そうなれば不味そうな人が一人いる、ここは引くべきだ。ミシュナはそんな事を考えながらトワとユーリアの方を見て、今日何度目か分からない溜息を吐いた。………そして、振り向きざまに光速で飛んでくる魔弾を撃ち払った。


「もう、折角逃がしてあげようと思ったのに。」


「ふんっ、味方が二人もやられちゃあもう逃げられねぇよ。ならせめてリーダーとして仲間の仇くらいは取ってやらなきゃな。まぁ、ちょっとくらい付きあってくれや………スケ、一斉に掛かるぞ。」


「わ、わかった。」


 どうやらもう引き返せないらしいと察し、ミシュナも諦めた。これはトワの性格を読めなかった自分の責任だろうか。なんだかもう全部司羽のせいにしてしまいたい気分だ。ミシュナのそんな心境とは裏腹に、男二人は一斉にミシュナへと詰め寄った。どうやらリースモールを占拠しに来るだけあってかなりの熟練の様だ、魔法無しでもかなりの強者なのだろう。とはいえ、自分が負ける要素など何処にあろうか。なんといっても、自分が使うのは実践用に作られた最強の武術、その気術なのだから。


「…………流、気術………。」


「死ねえええええええええええええええっ!!」


「………はい、残念でした。」


ドサドサッ


 ミシュナに向かって飛びかかって来た男達は、ミシュナが前に出るとそのまま横を通って地面に叩きつけられた。トワやユーリアからは、ほんの少しだけミシュナの指が二人の男に触れた様に見えた気がしたが、それも一瞬の事だ。


「さて、二人共。面倒なことに巻き込まれない内に帰りましょう。温泉にも入り直したいもの。」


「………ええ、そうですね。事情聴取はちょっと勘弁してほしいです。」


「むぅー、もう少し見ていきたかったが、仕方がないの。」


 ミシュナがそう言うと、三人は早々とその場を去った。どうやら事情聴取はその場に居た他の人質の人達が対処をしてくれたらしく、リースモールでの不祥事を隠蔽する意味も含めて、トワの行動も黙認された様だ。とは言え、この後ミシュナからキツイお灸が据えられるのだが、それはまた別の話である。











ーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーー

ーーーーー










「トワさん、寝ちゃいましたね。」


「ええ、今日は疲れちゃったみたい。まぁ無理もないけど。」


 あの後部屋に戻って夕ご飯を食べてから数時間、ユーリアにお茶を注いで貰いながら、ミシュナは寝入っているトワを見てそう呟いた。時刻はまだ夜九時半である。まだまだ時間としては早いが、今日ははしゃぎ疲れた上に、あんな出来事まであったのだから無理はないだろう。ユーリアに注いで貰ったお茶を啜りつつ、ミシュナは愚痴る様に言った。


「………まったくもう、司羽ったらトワにどんな教育してるのよ。命の大切さを学ばせるのは何より大事な事だって言うのに。帰ってきたら言ってやらなくちゃ。」


「あはは………それは確かに………。」


 ユーリアとしてはミシュナの教育方針には大いに賛成するが、自分達に殺気を飛ばして威圧して来た司羽を知っている上に、自分達もフィリアの命の狙っていた為に強く言う事が出来ないで居た。もしかしたらトワはそういう自分達を見たせいで躊躇なくあの男を刺したのではないかと、少し罪悪感も感じてしまう程だ。そんな気持ちを誤魔化す為もあり、ユーリアはふとミシュナに付いて感じた事を口に出してしまった。


「なんだかミシュナ様って、お姉さんって言うよりもトワさんのお母さんかも知れません。」


「何よいきなり………。」


「いえ、なんだかそう感じてしまって。ですがそうなると、お父さんは司羽様ですか。」


「………それじゃあ、絶対に父親に似ない様にしないといけないわね。男を何人も垂らし込むようになっちゃうわ。」


 ユーリアはそう言いつつ、自分の言っている事はあながち外れてる事でもない様な気がするなぁと考えていた。まぁもしそんなことになればルーンがどんな状態になってしまうか、考えただけでも恐ろしい物があるが。でももしかしたらルーンも、案外自分の子供以外でも大事にする良いお母さんになるかも知れない。……うーん、ミシュナならば、なんだかんだで上手く纏めてしまいそうな気がする。


「侍従さん? また変な事考えてるでしょ?」


「い、いえ、そんな事は……。」


「………まぁ、いいけどね。」


 ミシュナはそう言って、寝ているトワの髪を梳くように撫でた。その姿を見ていると、本当に母子の様に感じてしまう。そんなミシュナを見て、ユーリアは今日のリースモールで気になった事を聞いてみることにした。


「あの、ミシュナ様? どうして今日、トワさんが行動を起こす前にあの集団を倒してしまわなかったんですか? 正直ミシュナ様なら他の人質に攻撃させずに、直ぐに倒してしまえたのでは?」


「んー………そうねぇ。それじゃあ、私からも質問良いかしら? 答えられなかったらそれでも良いんだけど。」


「え? あ、はい、どうぞ。」


 ユーリアはミシュナから何かこういう風に聞かれるのは初めてなので出来る限りの事は答えようと思った。しかし、ミシュナからの質問は、質問と言うよりも確認に近い物だった。


「もしかして侍従さんって、共和国の人なのかしら?」


「………え? なんで……。」


「あら、やっぱりそうだったの。司羽が正体を隠したがる訳ね。共和国みたいな閉鎖的な国の人間が司羽の侍従なんてやってられるわけないもの。」


「な、なんで分かったんですか!? もしかしてトワさんから……。」


「この子は人の秘密を勝手に話す様な子じゃないわよ? 少なくとも司羽に口止めされてる事は絶対に言わないでしょうね。」


 それならどうして分かったのかと言いたげなユーリアに、ミシュナは苦笑しながらトワの髪を梳いた。ミシュナは、緊張状態のユーリアにまるでなんでもない話をするかの様に話す。


「別に大した事じゃないわ、殆んど勘よ。ただ、リースモールを貿易の要なんて考え方をするのは共和国の人みたいだなって感じたのよ。この国みたいにリースモールを多数作ってる国だと、殆んど大型の店って感覚だけど、リースモールを持ってない国からすると、貿易の要の凄い場所って印象が強いから。今じゃリースモールを持ってない国なんて閉鎖的な共和国くらいだし、もしかしたらってね。それなら司羽が隠す理由にも一応納得がいくし。」


「………………。」


「まぁ、司羽が侍従さんの事隠すのは他にも理由があるんでしょうけど。それはどうでもいいわ。貴方が悪い人じゃない事はもう分かってるもの。」


「それじゃあ、さっきあの集団に手を出さなかったのって………。」


「まぁ、そんな所ね。流石に私に何かしようとしたら全員お仕置きしてたけど。何もないならそれに越した事はないじゃない?」


 つまり、あそこで揉め事が起きれば事情聴取などのゴタゴタに巻き込まれ、素性を聞かれるケースが出てくる。そうなった時、事情があって此処に居るユーリアの対応が面倒な事になるから、ミシュナは敢えて何もしなかったのだ。


「ミシュナ様、ありがとうございます。ですが、私達の事ばかり考えていないで偶にはご自分の事を考えて下さい………それでは、司羽様が悲しみます。」


「そうかしら?」


「ミシュナ様。それ、本気で言ってるなら怒りますよ?」


「………そうね、ごめんなさい。」


 ユーリアの真剣な眼差しから眼を逸らして、自嘲する様に言ったミシュナに対し、ユーリアが語気を強くすると、ミシュナは息を吐くようにそう言って謝った。


「ミシュナ様は、ちょっと優しすぎると思います。」


「そんな事ないわよ、貴方にはそう見えてるだけ。私は意気地無しで、計算高くて、狡い女なの。」


「そうでしょうか?」


「そうよ。」


「私は、そうは思えないのですが。」


 ユーリアがそう言っても、ミシュナは何も答えなかった。暫くして、ミシュナの湯飲みにお茶がない事に気付くと、ユーリアは先程と同じ様に御茶を注いだ。ちょうど良いくらいの温度の御茶が湯飲みに満たされた。


「それじゃあ、これ飲んだら寝るわ。いつもより早いけど、今日はちょっと疲れちゃった。」


「はい、それでは私もそろそろ眠る事にします。」


 ユーリアはそう言うと、残りの御茶を自分の湯飲みに注いだ。なんだか不思議な沈黙の中、ミシュナがふっと笑ってユーリアを見つめた。


「貴方、ちょっと似てるかも。」


「……え? 誰にですか?」


 ユーリアが聞いたその問いの答えは、結局返ってくる事はなかった。そして、彼女たちの長い休日は過ぎていったのだった。

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