第35話:彼女達の休日(前篇)
一カ月以上の遅れ申し訳ありません。年末年始は色々あったので。。。次回からは通常のペースで上げたいと思います。
「ふぃ〜……、あー、えっとこういう時は確か………極楽極楽ぅ〜じゃ。」
「何ですか、それ? 何かのおまじないですか?」
「主が言っておったのじゃ、大きいお風呂に入った時のマナーじゃと。」
「へー、何だか良いですね………。では私も、極楽極楽ぅ〜。」
「まったく、二人揃って何やってんだか………あっ、トワはちょっとこっちに来なさい。髪は濡らしちゃ駄目よ、上げてあげるわ。貴方はそこまで長くないけど、お湯に浸かるくらいはあるんだから。」
司羽達が旅行に行っているその頃。ミシュナとトワとユーリアは、ミシュナ主催の温泉旅行に出掛けていた。実は司羽達だけ旅行に行くのは良くないと、ミシュナが自分で三人分の予約を取り付けて居たのだ。ミシュナが少々強引に決定したプランだが、トワもユーリアも既に予約をしているなら仕方ないと言って受け入れて同行することになり、現在三人で温泉を満喫中と言う訳である。
「やり方はちゃんと覚えて、次からは自分で出来る様にするのよ?」
「うむ、分かった。流石はミシュナじゃな。」
「やっぱりミシュナ様はトワさんのお姉さん見たいですねー。何だか心まで温まります、温泉だけに。」
「………はぁ、別に普通の事を教えてるだけよ。司羽ったら、こういう事には完全に無知だし。偶に思うのよね、変な所で気が付く癖に根は結構適当なんじゃないかって。」
「まぁ司羽様は男性ですからねぇ、仕方ないですよ。」
温泉で蕩けているトワの髪を上げてタオルで固定しているミシュナを見て、姉妹の姿を連想したユーリアはふとそんな感想を漏らした。優し気な表情でトワの世話を焼くミシュナはさながら、かいがいしく妹の世話をするお姉ちゃんの図、と言うやつだろう。正直な所見た目はどちらかと言うとトワが姉なのだが………そう、あくまで身長的に。あまり変わらない様にも見えるが身長的にだ。
「侍従さん、貴方今凄く不愉快な事を考えていなかったかしら? もし今すぐ正直に話してくれたら、揉むだけで許してあげなくもないわ。」
「いいえ、決してその様な事は考えていません。ミシュナ様はとても面倒見の良い方だなと思っておりました。………それにしても温泉は気持ち良いですね、些細な事など気にならなくなります。そうは思いませんか、ミシュナ様。」
視線をユーリアの方に向けず、いつもの調子でそう言い放ったミシュナにユーリアは即答した。何故か早口になってしまった上、ミシュナの方から目を逸らしてしまったが、理由は特にない。ミシュナの目が笑ってないとか、声に微妙に抑揚がなかった事も別に関係のない事だ。
「……………トワ、侍従さんを拘束しなさい。」
「うむ? 何だか良く解らぬが分かった。」
「ええっ何でですか!? ちょっ、トワさんやめてやめてひゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
「くっ………トワより大きいのは何となく分かってたけど、やっぱり触って見ると違うわ。80台後半なのは確実ね、これ。形も良いし、弾力も凄いし……トワも触って見なさい、癖になるわよ。」
「ふむ、経験は大事じゃな。」
「お、お願いですから冷静な顔で分析しないで下さい!! ひゃんっ!? もうトワさんもやぁぁめぇぇてえええぇぇぇっ!!!」
背後からトワに拘束されているユーリアの胸を揉みしだきながらミシュナがそう呟くと、トワも同調する様にそれに参加し始めた。トワが参加した事により二倍になったユーリアの悲鳴をBGMにして、ミシュナとトワがひとしきり満足するまでそんな事が続き、結果としてその跡地には、ぐったりして露天風呂の岩にもたれ掛るユーリアと、なんだか満足気な二人が残った。
「ふぅ………そう言えば、主も最近たまーにユーリアの胸に目が行っておるのじゃ。やはり男子にとっては大きい方が良いのかの?」
「さぁね、取り合えず司羽はあんまり気にしないんじゃないかしら? とは言っても、司羽の好みなんて正直全然解らないけどね。………ただ個人的には、最近司羽に抱きついても反応が薄いのが問題ね。この前なんて…………くっ、思い出しただけでも屈辱だわ。前はあんなに照れて顔を赤くしてたのに、主席ちゃんと付き合い出してから耐性が出来ちゃったみたいだし、忌々しいわね。」
「み、ミシュナ、顔が怖い………。」
トワの些細な発言がミシュナの記憶を呼び起こしてしまったのか、ミシュナは湯船の中で握りこぶしを作りながらぶつぶつと呟き始めた。余程の屈辱だったのか、いつもとまったく違う表情を見せているミシュナに、トワは若干恐怖を感じながら言った。
「じゃ、じゃが主もドキドキはしている筈なのじゃ。童はいつも主の心の中に居るのじゃから間違いない。」
「…………ふーん、ポーカーフェイス決めてたって訳ね。本当に生意気なんだから。」
「……ぽーかーふぇいす?」
「ええ、表情に出さない様にしてるってことよ……ふふふっ。」
トワの発言に何か思う所があったのか、幾分か機嫌を直したミシュナにトワはホッと息をついた。しかし何故だか少し、自分の主に対してもやもやとした感情が沸き出てくるのもまた感じていた。それもこの温泉のリラックス効果の前では一瞬の事だったのだが。そんな話をしながら暫く湯に浸かり、ユーリアがなんとか回復してきたあたりでミシュナが切り出した。
「さてと、そろそろ出ましょうか。」
「むぅ、もう少し此処に居たいのじゃ………。」
「別にもう入れない訳じゃないんだから、また夜に来ればいいでしょ? それより、この宿の近くに美味しい生クリームとアイスのお店があるのよ。トワも好きでしょ、生クリーム乗せコーヒーフロートとか、ああいうの。」
「「なっ、生クリームっ!?」」
駄々を捏ねたトワを釣る為のミシュナの煽り文句に、予想外の声までハモったかと思うと、トワとユーリアは同時にお湯から立ち上がってミシュナに詰め寄った。二人の勢いのあまりの強さと真剣さに圧され、ミシュナは咄嗟に少し後ろに下がってしまった。その時のミシュナの表情は、珍しく引き攣っていたという。
「湯上がりに甘いものとは、それ良いですねっ!! アイスとかもとても良いと思います、はいっ!!」
「うむ、湯上がりのコーヒーフロートはまた格別じゃろう。さぁ行くぞ、どこまでも!!」
「そ、そうね………なんだか、都合のいい事に予想外の人まで釣れてくれたわね。ま、まぁいいわ、じゃあ早く行きましょ。」
ミシュナの言葉にニコニコ笑いながら手を取り合うメイドと使い魔を見て、ミシュナは思った。二人の甘いもの好きは利用出来るかもしれないが、下手をすると厄介な事になりかねないから注意しておくべきだと。………取り敢えず、これから甘い物を食べる時は人数分用意して置こうと決めたミシュナだった。
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「……あら、浴衣着たの? と言うよりトワったら着付け出来たのね。そこに驚きだわ。」
「うむっ、少し前に教わったのじゃ。この前町を歩いておったら急に主が浴衣を見つけて騒ぎ出しての。何やら懐かしいとかこの世の宝とかでいたく感動していたので、童が店員さんに習って着てみたのじゃ、主も喜んでくれたぞ。」
脱衣所から先に出て二人を待っていたミシュナは、後から出てきたトワの浴衣姿を見て思わずそう言葉を漏らしてしまった。そういえば自分の分の浴衣も部屋に置いてあった事を思い出しながら、トワが部屋の浴衣に興味深々だった事を思い出す。どうやら気付かない内に持ち出していたらしい。少し前に習っただけと言うにはえらくピシッと決まっているトワの浴衣姿は温泉から上がったばかりなせいもあるのか、なんだかいつもにはない色気があり、とても可愛らしいものだった。白い布地に赤いストライプのワンポイントが入ったスタンダードな旅館の浴衣だったが、やはり素材の良さが目立つ。セミロングの銀髪に浴衣もまた可愛らしいものだ。そんな感想のミシュナの隣で、ユーリアもまた珍しそうにトワの浴衣にコメントした。
「………それってたしかこの地方の伝統の着物でしたよね? ユカタと言うのですか、私も後で着てみようかな。なんだか可愛いです。」
「私も着付け出来るから、後で温泉に入りなおした時にでも教えてあげるわよ。………それより、思わぬ所で性癖が知れたわね………ふふふっ。」
「性癖……?」
「なんでもないわ、トワはまだ知らなくて良いのよ。」
言葉の意味を理解出来ずに首を傾げるトワの横で凄く楽しそうに微笑んだミシュナに、トワは疑問を抱くのを止めた。大抵こういう時は自分の主にとって都合の悪いことなのだ、主の顔を立てる為に敢えて見て見ぬふりをすることも重要だ………気になるから後でもう一度聞くかもしれないが。そんな事を話している間に目的の場所についたのかミシュナが脚を止めた。
「着いたわ、ここよ。」
「へぇ、ここが例の店ですね。えっと………あれはなんて書いてあるんです? というか何処の言語ですか?」
「あー、あれは漢字って言う文字よ。甘味処の甘嫁って読むんだけど、まぁ読めなくても仕方ないわよ。」
「カンミドコロのアマヨメですか………ミシュナさんは博識ですねぇ。」
「うぅむ、なんだか名前の通り甘い匂いがするのぉ………。」
店の前でミシュナがその店の名前を読み上げると、隣でトワがその甘いバニラの香りに魅了された様にふらふらと店の中へ向かった。店の外装は小さいながらも和を想わせるデザイン、木で造られた木造建築であった。だと言うのに店の前にはパラソルカフェなどにある傘付きの席とテーブルが置いてあると言う、司羽が居ればTVなどで見る江戸時代辺りの甘味処をそのまま現代に持ってきた見たいだと評したであろう外見である。そんな中ミシュナはどうやら我慢が限界らしいトワに苦笑すると、声を上げて店の人間を呼んだ。
「お邪魔するわよー、天音さん居るー?」
「………天音なら留守よー。ったくあのリア充め、私にだって鬼嫁の経営があるってのに。態々私をこっちに呼びよせたから何かと思ったら………あああああああああああああああああ腹立つっ!!!!!」
そう言ったミシュナに咆哮で答えたのは金髪ポニーテールの女性で、会計のテーブルに突伏している彼女の年齢は二十代前半くらいに見え、髪と似た色の黄色い瞳の女性であった。スタイルも座っている所を見ただけだが良いのが分かるくらいの、とても綺麗な女性なのだが、現在なんだかかなり近づきたくない雰囲気、と言うかオーラみたいな物を身に纏っていて、ミシュナを含めて三人とも若干身を引いたくらいだ。
「う、うわー、なんか荒れてる人がいますね。と言うよりミシュナ様はここの店の人とお知り合いだったんですね。」
「ええ、まぁ昔此処に来た時にね。………と言うより、天津さん? 何してるんですかこんな所で。」
「え? なんで私の名前を………………んっ?」
ミシュナはこの女性を知っているらしく天津と呼んで苦笑いをした。天津と呼ばれた女性は名前を呼ばれた事に気付くとミシュナの方を向いて、暫く思い出す様な間を置いた後にポンと手を打った。
「うわー、もしかしてミーナ? 大きくなったわねぇ。えっと………十年ぶりくらい?」
「引っ越す前に会ってますから八年か九年か、まあ大体それくらいですね。天津さんはお変わりない様で。」
「なんだそれ、イヤミ? 私は何時までたっても恋も出来ない子供だってか? ううっ、天音の奴散々バカにしてぇ………くそぅ、泣くわよぉ。」
「……………訂正します、ちょっと卑屈になりましたね。」
天津にミーナと呼ばれたミシュナは、急に一人で落ち込みだした天津に呆れ混じりの引き攣った笑みを送った。トワとユーリアは二人の会話を聞いてどうもこの二人も知り合いらしい事は察した。天音と天津、見たことはないが名前が似ているし姉妹なのだろうか?
「ふぅっ………それで? また凄い面子で来たわね。夢喰いにメイドさんなんて。そっちの子は使い魔か何かみたいだけど………メイドさんは趣味かしら?」
「………えっ?」
ふと天津が言ったその言葉に、トワは驚き眼を丸くした。そんな様子にミシュナはまた苦笑が漏れてしまう。驚くのも無理はないと言う様に。
「いいえ、二人とも別の人の趣味です。………それにしてもやっぱり凄いですね、トワが夢喰いって分かるなんて。」
「ま、ねぇ。人かそうじゃないかくらいは気配で分かるわよ。でもその子の……トワちゃんの主人、ミーナじゃないんだ。だとしたら凄いね、その子。あくまで貴方達の基準での話だけど。」
「う、うむ、主は凄いぞ。なんせ心の中にいる童を捕まえたのだからな!!」
「そっかそっか。…………今度一度、服の趣味について語り合いたいわね。」
ミシュナと会話をしながら、自分の主を褒められたと分かり胸を張るトワと、その横で若干緊張した面持ちのユーリアを順番に眺めると、天津は瞳の奥を光らせてそう呟いた。そう言えば天津の趣味はコスプレだったなぁ、なんて事を思い出しながら、ミシュナはここに来た当初の目的を思い出した。
「えっと、天津さんがいるって事は、お店やってますよね?」
「ええ、やってるわよー。本当なら仕事放っておいて逃げたいんだけど、あの子にはこの前借りを作っちゃったからねー、仕方ないわ。」
溜息をついてそう言った天津の言葉にユーリアとトワはハッっとした様な表情になった。どうやら此処に来た目的を思い出したらしい。
「あ、そう言えば私達ってアイス食べに来たんでしたね。」
「ふふふっ、童は忘れてなどいなかったぞ。天津とやら、コーヒーフロートが食べたいっ!!」
「コーヒーフロートね。メイドちゃんとミーナはどうする?」
「私はバニラアイスでっ!! もうこの匂いは反則です。ミシュナ様は如何いたします?」
「うーん、それじゃあ旬のシャーベットってやつで。」
「はいはーい、ちょっと待っててねー。」
眼を輝かせる二人に混ざってシャーベットを楽しみに待ちながら、ミシュナはクスリと笑う。誰にも見られていない筈だったその笑みを、天津に見られて微笑まれ、少し顔を赤くしたミシュナは、その後照れ隠しに追加でコーヒーゼリーを頼んだと言う。