表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第二章~恋の矛先~
36/121

第34話:彼と彼女の初デート(後編)

予定では中編と後編に分割する予定だったのですがまとめてしまいました。これなら前篇も1つに纏めた方が良かったかも……。そしてそのせいかいつもより長いです。編集時間も長かったです、申し訳ない。



「綺麗………、お花の絨毯がずっと遠くまで続いてるみたい。」


「流石はホテルの人が薦めて来る場所だな、見える限りが一面の花畑だ。こんなに凄いのは今まで見た事がない。」


 ボーイから地図を貰った後、司羽達は先程薦められた遊歩道へと足を運んでいた。辺り一面を見渡せるくらいに見晴らしの良い緩やかな散歩道は、周りが花の道と言うに相応しい数の花で覆われていて、その風景は司羽もルーンも無意識に花畑に視線を持って行かれてしまう程の素晴らしい物だった。


「しかし本当に凄いなこれは。これだけ花が集まってるのに人工的な感じがまるでしない。全部がこの花畑を中心に、自然に出来たみたいだ。」


「………くすっ。」


 まるで童話の中の世界だ、と司羽は心の中でその花畑を評価した。それに対してルーンは、そんな風景を見てつい表情を綻ばせてしまった司羽の笑顔を見て、囁くように優しく微笑んだ。


「ふふっ、司羽も緊張が解けた?」


「えっ、なんでだ? もしかして俺、かなり緊張してる様に見えたのか?」


 司羽は、ルーンからあまり自覚のない事を指摘されてしまい、きょとんとしてしまった。確かにさっきまではあんなに豪華なホテルに居た訳だし、緊張せざるえない状況だった。もしかしたら今もそれが尾を引いていたのかも知れない。


「うーん。そんなに露骨にじゃないけど、何となくそう感じたかな。……実は私も結構緊張してたから、今さっきまで全然気が付かなかったんだけど。……全体的に今日の司羽、いつもよりちょっとだけ、ぎこちないよ? ホテルを出ても、今までずっとそうだったし。」


「………そ、そうか? 自分じゃあ全然そんなつもりはなかったんだけど。」


 全体的にぎこちないと言われて、司羽はギクリとしてしまう。確かに司羽もホテルでは緊張していると自覚していたが、もうルーンと二人だけになった事もあり緊張も解けたと思っていた。だがどうも傍から見るとそんな事はなかったらしい。少なくともルーンにはそう見えていたと分かって、司羽はなんだか自分の顔が熱くなるのを感じた。なんだか少し決まりが悪い。


「ふふっ、私は司羽の恋人なんだよ? 司羽の様子がいつもと違ったら直ぐに気が付くよ。それに司羽、今日は一度もそう言う風に笑わなかったもん。さっきまでの司羽は、笑顔で居ても少し固い感じがしたから。自分で気が付かなかった?」


「ああ、その……気付かなかったな。」


 ルーンはそう言って、誇らしそうに、そして嬉しそうに微笑んだ。一方司羽は、楽しそうに微笑みながら自分を見詰めるルーンの視線に、何だか小恥ずかしい気分になってしまい、少しだけ視線を逸らした。

 ……だが司羽は、ルーンの表情から一瞬注意を逸らした事によりある重要な事実に気が付いた。そして、それと同時にルーンの言っていた緊張が正しかったのだと自覚していった。


「………確かに今日の俺は緊張してたみたいだな、今、何となく納得した。」


「えっ? どうして?」


「いや、今まで凄く重要な事を忘れてたんだ。」


 司羽はいきなりそう呟くと、今度はルーンの方にしっかりと向き直って、ルーンの肩に手を置いた。本当に今更だが、とてつもなく大事な事が抜け落ちていた。


「司羽………?」


「あー、えっと、本当に今更だって思われるかも知れないけど。……その、紅いドレスと髪飾り、どっちもルーンに凄く良く似合ってるよ。その、なんだ、いつものルーンはどちらかと言えば可愛い感じだって思うけど、今日のルーンはいつにも増して、綺麗だって思う。」


「………はぇっ……?」


 司羽が唐突に発したその言葉によって、ルーンは数秒の間、何を言われたのか分からずポカンと立ち尽くしていたが、次の瞬間、その発言の意味を理解すると、一気に顔を紅潮させた。そんなルーンの朱に染まった表情を視界に入れながら、今までちゃんと見ていなかった分も合わせて、司羽はルーンのドレス姿を眺めてみる。

 いつもは大人しめな色を好む傾向のあるルーンだが、今日は大人っぽくデザインされた深紅のドレスを身に纏っていた。それだけでも十分珍しい事だが、あまり装飾品を着けないルーンが蝶の髪飾りを着け、良く見てみれば薄く化粧もしている。更に言えば、ルーンの美しい金色のストレートだって、今日はいつも以上に丁寧にセットされているのが分かった。これは毎日の様にルーンの髪を整えている自分が言うのだから間違いない。………さて、ルーンがこれだけの手間を掛けて色々と着飾っているのは何故だろうか。まぁ、そんな事は考えるまでもない事だろう。そもそもこれは自分とルーンのデートなのだから、それが誰の為にしている事なのかは明白だ。これは彼氏としては、かなりやってしまった状態なんじゃないだろうか。そんな事を考えながら司羽が深く後悔の念を抱いていると、顔を赤くしたルーンが膠着状態から回復した。


「あっ、えっ、えと、今更なんて、そんな事全然ない……よ……?」


「いや、これは彼氏としては重要な事の筈だ。俺は今朝からルーンとずっと一緒に居るっていうのに、自分の事ばっかりでちゃんとルーンを褒めてあげられなかった。……正直こういうのは俺も初めてだし、ルーンの言う通り緊張してたんだと思う。でも、そんな事は関係ないだろ? ルーンが俺の為にこんなに綺麗になってくれてるんだ、それを褒めるのは彼氏の権利であり義務だ。……うん、ルーンは可愛いし綺麗だ、取り敢えず抱きしめていいか?」


「………うぅっ、司羽がいつもよりキザだよぉ………。」


「はっはっはっ、キザ上等っ!! なんかもう吹っ切れた、恥ずかしい奴って言う奴がいたら取り敢えず黙らせる。今はそれよりもルーンを褒めたい気分なんだ、いいだろ?」


「………あぅ、う、うん………。」


 司羽から発っせられたいきなりの賞賛の言葉に、ルーンは耐え切れないかの様に赤い顔を司羽から逸してそう言った。そして赤くなったまま、なんだかホッとした表情で視線だけ司羽の方へ向けた。


「………え、えっとね。わ、私も実はドレスなんて前に見せた戦闘衣装の奴しか持ってなかったの……必要ないって思ってたし。だからその、このドレスはミシュナちゃんにアドバイスしてもらって選んだんだけど……その……、このドレスって色もデザインも凄く派手でしょう? だから着るかどうか今朝まで迷ってて、でもでも、今日は司羽との大切な日だからって思って、そ、それで思い切って着て見たんだけど………、でも、心の中ではずっと、私にはこういうのはまだまだ早かったかもって思ってて………ほっ、ほら、私はなんてスタイルもユーリアさんみたいに良くないし……だからって、ミシュナちゃんみたいに、大人っぽい訳でもないし………、だから……、だから私、司羽に褒めて貰えて………凄く……嬉しくてっ………、ぐすっ………、よかったぁっ………司羽に、褒めて貰えたっ………よかっ、たっ……。」


「ルーン、待たせちゃってごめんな。」


 ルーンは話の途中から徐々に声を震わせて涙を流し、一区切り着くと関を切った様に泣き出してしまった。そんなルーンの唐突の感情の変化に司羽は少し戸惑いもしたが、取り合えずルーンを宥めようと、司羽は出来るだけ優しく声を掛けた。だがそれでもルーンは泣き止まず、そのまま司羽に縋り付く様に抱き着き、身を震わせた。


「………でもな、そんな心配しなくても俺はルーンの可愛い所なんて数え切れないくらい知ってるんだぞ? 態々他の人と比べなくてもルーンにしかない良い所くらい沢山ある。だから自分をそんなに卑下しちゃ駄目だ。」


「でも……でもっ………私っ……。」


「他人のスタイルがどうかなんて、そんな事は気にしなくても良いんだ。俺はルーンがルーンだから好きなんだから、他の人の事なんか気にしても意味ないだろ? それに誰を好きになるとかそういう事は、その人のどこが優れてるとかだけで決まるんじゃないって、ルーンもちゃんと分かってる筈だろう?」


「………う、んっ……分かってる……私だって、司羽が………司羽だから………。」


 司羽はそう諭す様に話しながらルーンの髪を梳くように撫でた。ルーンは司羽に顔を埋める様にして抱き着いたまま離れず、司羽に訴える様に言った。


「でもっ、わた……し、怖くて………ずっと……、不安だった……。司羽は私なんて、これからどんどん、どうでも良くなっちゃうのかな……って………。」


「どうでもって、そんな訳ないだろ? ルーンの事を褒めるのが遅れたのは、その、完全に俺が悪かったけどさ。それはルーンに興味がないからじゃなくて、単純に俺に余裕がなかったからだ。俺が、ルーンの事がどうでも良くなるなんてある筈がない。」


「うん……、分かってる……、分かってるけど……、そうじゃないの……。」


「そうじゃない………?」


 縋り付いて離れないルーンに、泣き止まないままそうじゃないと首を横に振られ、司羽はその後に続く言葉を無くしてしまった。司羽はいつもより弱弱しく感じるルーンの腰と頭に腕を回して、暫くの間宥める様に抱きしめて、そのままルーンの震えが落ち着くのを待った。数分の時間が経ち、だんだんルーンの小さい嗚咽が収まるって来ると、眼の周りを少し赤くしたルーンが顔を上げて小さく苦笑した。


「………面倒な女って、思わないでね……?」


「別に面倒なんかじゃないよ。まぁそれは……ルーンに泣かれると困るのは確かだけど、それは面倒な事ってのとは違うだろ。少なくとも俺はそう思ってる。………それに、俺だって充分過ぎるくらい面倒な男だぞ。こんな男とまともに付き合ってくれる人なんて、きっとルーンくらいしか居ないだろうってくらいのな。」


「………ふふふっ………うん、自覚あるよ。きっと私、凄く面倒で、凄く切なくなる人を好きになったんだって………ちゃんと分かってる。……でもそれが凄く、泣きそうなくらい幸せなのは………狡いよ。」


 ルーンの言葉に、司羽が茶化す様に返すと、ルーンはそのまま苦笑混じりにそう言った。そして小さく深呼吸をするように息をはいて、未だに震える自らの呼吸を調えた。


「私、司羽の事を信じてるとか、司羽の望む事なら全部受け入れるなんて都合の良い事を言ってた。……でもね、ユーリアさんが司羽と仲良くしてたり、リアが司羽と何かしてるのを見てるだけでずっと、ずっと不安だったの。それだけじゃない、司羽に友達が増えたり、司羽がこの世界に慣れていくのを感じるとそれだけの事で不安になった。司羽の世界が広がる度に、司羽にとっての私の存在がどんどん小さくなる様な気がしてた。」


「………その結果、俺にとってルーンがどうでも良くなるんじゃないかって心配してたのか?」


「うん………、だから司羽に綺麗って言って貰えて凄く嬉しかった。私もまだ、司羽の中で輝いて居られてるんだって思えたから。………馬鹿だよね、私。一人で勝手にそんな事考え込んで、司羽の事を何も信じられてない。この前司羽に受け入れて貰ったばかりなのに、これからも司羽が私の事を愛し続けてくれるって、全然信じられないの。ユーリアさんだって、リアだって、何か困った事があったから助けたんだって、頭では分かるのに、私はただ司羽が何時離れて行くかだけが不安で……皆が邪魔だなって思ってる………司羽の世界には、心には、私だけが居ればいいって………そんな事考えちゃってる。最近はいつもそんな事ばっかり考えてて、少しでも長く司羽の心に居られる様に、司羽にも都合のいい事ばっかり言って…………でもね、本当は不安で不安で仕方なかったの………ずっと、苦しかった………。」


「……そうだったのか……。」


 ルーンは俯きながら表情を歪めてそう言った。そんなルーンの悲しい表情を見て、司羽は今までの自分の行動を振り返ってみることにする。ルーンと付き合い始めたのはそんなに昔の事じゃない、入れ替え試験があった少し前、本当についこの前の出来事だ。だが、付き合い始めてから自分がルーンの為にしてあげた事はなんだっただろうか。思えばこれは、リアにもミシュナにもそれとなく注意されていた事だ。今回のデートの件だって、もしミシュナからの後押しがなかったら、自分は気付くのにどれだけの時間が掛かった事だろう。リアの身の安全の確保と事情の解明、ユーリアの身の振り方を考えること、それも確かに重要だった。それは人命に関わる事でもあるし、あまり猶予のない話題であった事は確かだ。だがそれは、ルーン自身の目にはどう映ったのだろうか? もしそれを自分に置き換えてみたら、恋人である自分よりも他の女性に対して強く感心を持っているのではないかと不安を感じていたんじゃないのか? 考えてみれば、入れ替え試験の時にルーンの魔力が暴走した事だって自分と会えない事と同様に募っていくそういう不安を含めた色々なストレスが一気に爆発したと考える事が出来る。あの時はユーリアの事をまだルーンは知らなかったが、リアとトワが自分と行動を共にしていると言う事実だけでも、ルーンに不安を感じさせるには十分だった筈だ。

 思い出してもみろ、ルーンから好きだと言われ感情をぶつけられたあの日、ルーンは泣いては居なかったか? この星に残ると決めてから、ずっとルーンを待たせ続け、ルーンの感情が爆発するまで自分はそのルーンの不安に気付かなかった。自分はあの時に学んだと思っていた、頭ではルーンの事を一番に考えようと思っていた………それなのに、またそれを繰り返してルーンを泣かせてしまったのだ。もしミシュナがデートを提案してくれずに自分がルーンの不安を知ることが出来ずにいたら。リアとユーリアの事でまた不安が増してきたルーンの感情がそのまま溜めこまれ続けていたとしたら。それは魔力の暴走で周りに被害が出るというレベルの話ではない。隠れんぼの勝負に勝ったあの日にルーンが見せた、絶望に染まった様な、無いと分かっている希望をなんとか繋ぎ止めようとする様な、そんな痛々しい瞳を再びルーンにさせてしまう事になっていたのかも知れない。


「………今更ながら自分に腹が立ってくるな。俺はルーンが不安に思っても仕方がない様な事をずっと続けてたんだ。いつの間にか、ルーンなら分かってくれるから何も問題ないんだって、それが当たり前みたいに思ってた。ルーンを一番大事にしてるって勝手に思いながら、俺に優しいルーンに甘えて全部後回しにして、ルーンに許されてまた調子に乗って………結局俺は、あの時から何も学習してなかったって事か。」


「そんな事ないよ、司羽が私の良い所を見つけてくれるみたいに、司羽の良い所だって私はちゃんと知ってる。司羽がユーリアさん達に良い事をしたんだって、必要な事だったんだって、私は疑う事なく信じてるから。だから司羽が望むことをして欲しいって言うのは全部嘘だって訳じゃないの。それに今回だって色々頑張ってくれたんでしょ? さっきのホテルでのマナーだって、ちゃんと調べて、私に恥をかかさない様にってしてくれたんだよね? それだって、私は凄く嬉しかったんだよ?」


「それはそうかもしれない………でも俺はデートの内容を考えたりするより先に、ルーンの事をもっとちゃんと考えてやるべきだったんだ。そんなことはまず一番最初に頭になきゃいけない事なのに、いつの間にかデート自体を上手くやればルーンが喜んでくれるって思って、その大事な事を見落としてた。俺はまず、最初に謝らなくちゃいけなかったんだな。………ごめん、ルーン。今まで本当に寂しい思いをさせて。…………これじゃあデートとか以前に、彼氏失格だな。ルーンに俺を信じてくれなんて、言える立場じゃなかったんだ。」


 司羽がそこまで言って表情を歪めると、ルーンはそれに対して先程見せた様な花の咲く様な微笑をして見せた。自分の感じている不安に気付いてくれたと言う事に対してもあるだろうが、それ以上に司羽の見せる表情の一つ一つが自分の為に存在していて、それ自体がたまらなく嬉しいと言っている様に。


「そんなに自分を責めないで? ちゃんと自分の気持ちを言わなかった私にも問題はあるの。ただ司羽に良く思われたくて、ちょっとでも邪魔に思われたくなくて、本音を隠してた私にも、この責任はあるんだから。」


「ルーンがそう言ってくれるのは嬉しい。でもそれをさせてたのは、ルーンにそんな悲しい事を強いていたのは、彼氏である俺だ。本当なら嘘なんて吐かせる必要はなかった。あんなに泣かせる事はなかった筈なんだ。俺はもう、ルーンに泣いて欲しくない。ルーンは俺が護ろうって、俺達が恋人になった日に俺がそう決めたんだ。………まるっきり護れてないけどな。」


「司羽、そんな事は………。」


「………勝手だって思われるかも知れないけど、今回は俺に償わせて欲しい。ここでただルーンに甘えたら、俺が俺自身に誓った意味がなくなるんだ。恋人同士なら、きっと二人の責任にするんだと思う。そうやって、許し合うんだと思う。だからこんな事は最後にする、俺の我儘をルーンに聞いてほしい。」


「………………。」


 司羽がそう言ってルーンに懇願すると、ルーンは暫く考える様に沈黙した。そしてその後、司羽の背中に回されたままだった腕を司羽の顔まで持って行き、強い視線と共に司羽の頬を撫でた。その瞳には、しっかりと司羽の意思を汲み取り、支えようとする輝きがあった。


「………ねぇ司羽。だったら司羽は私に許してほしい? 私を放っておいた事。私がユーリアさんやリア、ミシュナちゃんやトワちゃんに嫉妬してた事に気付かなかった事。恋人の問題は二人の問題なのに、そうやって悪いのは自分だって言っちゃう事。そして一人で私の想いまで背負ってくれるなら、私が司羽に対して感じてる、ごめんって気持ち。全部全部、私に許してほしい?」


「ああ、彼氏失格のままなのは嫌だしな。」


 ルーンが真剣な顔でそう言ったのに対し、司羽もまた真剣な顔でそう返した。だがルーンの表情は、その返答が不満だったのか不機嫌そうに歪んだ。


「そんな答えじゃ、絶対許さない。………ねぇ、司羽は彼氏失格だって思うから、私に許してほしいの?」


「………いや、それは………。」


「私は司羽の真面目な所も好きだよ。………でも、今だけはそんなの嫌だよ。もう二度と私に寂しい思いをさせないって、私を司羽が一生護ってくれるって言うのなら、その気持ちを私の心まで届けて。私が疑う事なんて馬鹿らしく思っちゃうくらいに激しく。もし今回の事の全部が司羽に責任があるとするなら、私が司羽の気持ちを疑っちゃう事の責任も司羽にあるんだよ? だから、そんなんじゃ足りないの。そんな答えじゃ、私の愛には釣り合わない。寂しいよ、私の愛も護ってくれるんでしょ? 私も司羽に護ってほしい、心ごと全部私を護って。」


「………ああ……当たり前だろ。」


 ルーンは今まで司羽が見てきた中で、最も強い視線で司羽の瞳を捉えた。その真っ直ぐな視線と愛はぶれる事無く司羽の心まで射抜いていた。確かに、今の自分の言葉では到底それに釣り合わないだろう。だが今回の事は絶対にルーンの責任にはしたくなかった。ルーンの我慢をルーンのせいにしてしまったら、ルーンに心のまま愛してもらえなくなってしまう。これからもルーンは自分に遠慮する事になってしまうのだ。自分を想ってくれるルーンの気持ちに何かの枷など必要ない。とはいえそれは、きっと自分だけの気持ちではない筈だ。ルーンだって同じ様に想いを伝えてほしいと思っている。今の言葉は、そういう意味の筈だ。


「俺はルーンに全部許してほしい。そしてこれからは遠慮なんてなしに俺の事を愛してほしい。少しの遠慮だって嫌だ。俺に嫌われるかも知れないとか、そんな気持ちで躊躇わないでほしい。もし疑いそうになったら俺がルーンの気持ちを護るから、ルーンは俺だけのルーンで居てほしい。これからずっと、身も心も俺だけのルーンで居てくれ。」


「………信じてもいいの? 私が自分の想いで苦しくない様に、ちゃんと護ってくれる? 私の事愛してるって、ずっと伝えてくれる?」


「ああ、約束する。」


「…………そっか。」


 司羽が断言すると、ルーンは司羽の瞳の奥を捉えていた視線をスッと和らげ、司羽の顔に当てていた手を下した。その表情も柔らかいものに変わり、司羽を包み込んだ。


「うん、なら全部許してあげる。それに司羽の事も全部信じるよ。」


「………ありがとう、ルーン。」


「ううん。でも覚悟してね。分かってるとは思うけど、私の愛はすっごく重いよ? 今すぐにでも愛してくれないと、不安になっちゃうんだから。」


「ああ、覚悟してるよ。だから手始めに………。」


「うん………。」


 司羽は抱き合う様に寄り添っていたルーンの手に自分の手を絡ませて笑った。デートの基本を手を繋ぐ事。基本は忘れずに実行するべきだ。


「さて、デートの続きでもしようか。初めてのデートの想い出は沢山欲しいだろ?」


「うんっ!!」


 司羽が手を引くと、ルーンは幸せそうに笑った。なんだか時間が掛かってしまったが、きっとこれが二人の初めてのデートのスタートになるのだと司羽は内心で微笑んだ。きっとこれは遅くはない、まだ二人は始まったばかりなのだから。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーーーーーーーーーーーーーー


ーーーーーーー













「うわぁー、大迫力だねこれ。こんなに星が綺麗だって思ったの初めて。」


「ああ、なんだか今日は凄いしか言ってない気がしてくるくらい凄いな。っていうか双眼鏡付きのテラスが一部屋毎に付いてるとか本当になんなんだこのホテル。」


 あれから散歩道を二人で歩き、ある程度回ってから帰ってきたらホテル備え付きの劇場でオペラ(と似た様な音楽主体の劇)を見ながら昼食を取り、その後は二人で部屋に戻り軽く盤上ゲームをしながら時間を過ごした。そして夕食はせっかくだからと夜景が見えるテラスに移動して食べたのだが、そこから見える星空があまりに綺麗だったので、夕食を取り終わった後も二人で星空を眺めていると言う訳だ。風も気持ちいいし、良い場所だ。


「あははっ、本当だね。でも凄いものは凄いんだからしょうがないよ。お昼ご飯も夜ご飯も豪華だったし、ミシュナちゃん様様だね。」


「ああ、なんだかもうミシュには色々頭が上がらないよ。チケットの事もそうだけど、ユーリアとトワの事も任せきりだし、色々と頼りっぱなしだな。あいつは嫌がるかもしれないけど、帰ったら何か礼をしないと。」


 まぁこちらの気を収める為だと言えば多少の恩は返させてくれるだろう。事実ミシュのあの面倒見の良さには凄く感謝しているのだから。たまに性格が黒化ってかS化する時もあるが、それを差し引いても本当に良い奴だ。ミシュみたいな人間と言うのは世界中探しても中々見つからないと思う。


「んー、そうだよねー。私も正直な話、ミシュナちゃんだったら司羽を一緒に愛してもいいかなって思うよ。実際にそうなったらどうなるかはまだ分からないけど。」


「………またそんな事を言って。無理してそういう事言わなくて良いんだって言っただろ? この世界がどうだか知らないけど、俺の居た場所は一夫一妻が基本だったし、俺にその気はないよ。それにそんな事言ったらミシュに悪いだろ、あいつにもその気はないだろうし。」


 実際、ミシュにもいままでそういう素振りはまったくなかったし、今のところは男で一番接触があるのは自分かもしれないけれど、それだけの話だろう。確かに自分でもあまり人の気持ちに、特に好意に対して鈍い事は感じてはいるが………正直、ミシュに好かれる理由が無い。


「ミシュナちゃんがって言うのはもしもの話だよ。それと司羽は勘違いしてるのかも知れないけど、私は別に奥さんが増えることに関しては無理なんてしてないよ? 家族が増えるのは良い事だと思うし、司羽がそうしたいって思って、私も許せる人なら受け入れたいって思ってる。」


「うーん、そう言われてもな………。やっぱりこればっかりは倫理感の問題だからな、今すぐ考えを変えたりってのは出来ないよ。」


「確かに司羽はそういう場所で育った人だから、こういう事への理解はしづらいかも知れないけどね。実際に一夫一妻の国との文化の違いに悩む人もこの国にはいるし。でも私達の中ではずっとこれが常識だったから、特に嫌だって言う気持ちはないんだよ。勿論、変わらずに私の事を司羽が愛してさえくれればの話だけどね。…………それに本当にその相手が嫌なら、心配せずとも私は全力で阻止するから心配いらないよ。んっと、まず男性は絶対に却下だね。オカマな人も駄目、司羽以外の男の人なんて近寄りたくもないし。それと司羽を独占する女の人も当然嫌だし、好色な人も嫌かな。他には変な思想を持ってて私達家族を壊しそうな人とか、司羽目的じゃなくてその家族内の女の子目当てで結婚する人も嫌、なんか最近たまにいるらしいし。………というかそもそも、そういう人達とは司羽は知り合いになったりしないで欲しいな、司羽が汚れるし。触れるのも話すのも禁止、その分私が司羽の事を愛するから、そんな人たちは司羽に必要ないもの。………ねっ、そうでしょ?」


「そっ、そうだな………。」


 そう言って笑ったルーンの瞳に、一瞬黒い炎が映った様な気がして、司羽は表情を引き攣らせた。何故だろう、似た様な事は前々から言っていた様な気がするが、今までとは迫力が違うし内容も少し厳しめになった感じがする。…………さて、これは良い変化だと言っていいのだろうか。司羽がそんな事を悩んでいると、ルーンは半トリップ状態から元に戻って呟いた。


「………それはそれとして、実は私司羽に聞きたいことがあったんだ。」


「ルーンが聞きたい事か。珍しいな………なんだ?」


「そんなに難しい事じゃないの。うん、私が聞きたいのは………。」


 ルーンにしては珍しいそんな発言に興味を惹かれつつ、司羽がそう答えると、ルーンは空を見上げて言葉を切った。司羽がルーンの目線を追って空を見上げると、そこには何もなかった。司羽はルーンの言う難しい事じゃない物が、何であるのかを暫く思案して、結論に至った。


「星の事………、じゃないよな。もしかして、俺の住んでた場所の事か?」


「えへへっ、半分は正解だよ、流石は司羽だね。こっちの世界に呼んだ立場の私は、やっぱり司羽の住んでた場所の事とか何も知らないから知りたかったの。司羽の会話の端々から少しずつ予想したりしてるけど、やっぱり司羽の口から聞きたいなぁって思って。」


「そう言われてもな………、向こうの話とか、取り分けて面白い事は何もないぞ? 制度が少し違ったり、魔法がなかったりするくらいだし。まぁ、俺が出来る面白い話なんて元々そんなにないんだけど。」


 ルーンのお願いに対して、司羽は久しぶりに向こうの世界での事を思い浮かべながらそう言った。確かに、こっちの世界の人にとっては気になる事なのかもしれない、あのミリク先生も好奇心を持っていて、そうであったように。………いや、ルーンの場合はそれだけではないのかもしれない。ルーンが自分の事をどれだけ好いてくれているのか、自分はもう分かっているのだから。考えてみれば確かに気になりもするだろう、それはきっと当然の感情なのだ。理屈ではなく、自然に沸き出る物なのだろう。司羽がそう考えていると、ルーンは司羽の予想した事と近い答えを返してきた。


「それでも良いの、私は司羽が今まで生きてきた世界の事を知りたい。さっきの結婚の事もそうだけど、私の居る世界とは価値観も違ってくるのは当然だよ。だから知りたい、きっとそれは司羽の事を知って行く事に繋がると思うから。」


「………そうか。なら、ルーンが聞きたい事をいくらでも話すよ。俺もルーンには知っていて欲しい。」


「うん。ありがとう、司羽。」


 司羽がそう言って了承すると、ルーンは照れくさそうに笑った。司羽もそれにつられて表情が和らいだが、先程ルーンが言っていた半分正解という言葉が脳裏に過ぎった。司羽は続いてそれに付いて考えたが、ちょっと予想が付かずに困ってしまい。ルーンに答えを教えて貰う事にした。


「それで、残り半分ってのはなんだ? 他にルーンが聞きたい事って言われても予想が付かないんだけど。」


「えっと、残り半分の知りたい事はね。何を隠そう私の知らない司羽自身の事についてなんだよ。」


「………ルーンの知らない俺自身? それって向こうに居た時の俺の体験談とかか?」


「うーん、大雑把には違わないしそれも凄く聞きたいけど、多分司羽の考えてる事とは違うと思うな。」


「難しいな………結局何を話せばいいんだ?」


 司羽がそう言って星を見上げる様にルーンから視線を逸らした事に対して、ルーンは気付かないふりをした。ルーンはそんな司羽の反応に一瞬躊躇ったが、意を決して司羽に言った。


「司羽ってさ。多分私と同じ様な経験してるよね。きっと、私と同じ様に大事な人を亡くしてる。私がお父さんとお母さんを亡くしたみたいに。そしてそれをずっと引きずってる、司羽に会う前の私みたいに苦しんでる。」


「……何でそう思うんだ? 別に俺はそんな事………。」


「あれ、私言わなかったっけ? 司羽が此処に残るって言ってくれた日、司羽を引き止めようとしてた時に言ったと思ったけど。司羽は私と同じ傷を持ってる、だから呼べたんだって。」


「………そう言えば、そんな事もあったか。」


「司羽も忘れてない筈だよ。ほんの少しだけど司羽、悲しそうな顔したもん。私は忘れない、あの日の事、あの時の司羽の表情、言葉。きっと一生忘れないよ。」


「………………。」


 ルーンは司羽と一緒に星を見上げた。お互いの表情は見えず、ただ少し肌寒くなってきた風がその場の空気を緩和させていた。勿論司羽もあの時の事は忘れてなどいなかった。あの時ルーンが言った言葉の意味も理解していたし、そもそもムーシェからそういうものが人同士を魔法で引き寄せてしまう原因になると聞いていた。だからという訳ではないが、ルーンからこういう質問が来るかも知れないとは心の隅で考えていた事でもあった。


「もう私は寂しくない、傷だと思ってた場所には司羽が居てくれて、今まであった以上の物が今の私にはあるの。勝手に呼び出したのに、私は癒された。でも司羽は……、まだだよね?」


「傷か。心配してくれるのは凄く嬉しいけど、俺のは傷なんて言う様な大層な物じゃないんだ。確かに悲しんだ時もあったが、それはもう過去の事だ。悲しんだって死人は生き帰りはしない。それだったらせめて、少しでもあの人が笑ってくれるように………なんてな?」


「司羽………。」


「……ごめんな。ルーンが知りたいと思ってる事は全部教えるつもりでいたんだが、あの時の事はもう忘れたんだ、思い出せない。他の事で勘弁してくれ。」


「……うん、分かったよ。……でもね……。」


 司羽がそう言って話を終わらせようとすると、ルーンはコクリと頷いて微笑み、自分よりもずっと背の高い司羽の顔を仰ぎ見る様に見上げた。空を見上げていた司羽も、ルーンの方へつられる様に顔を向ける。ルーンは分かったと言いながらも続けた、まだ終わらせないと司羽に伝える様に。


「私は負けないよ、司羽が一人で悩もうとしてもね。今はまだ無理かもしれない、でもいつか、司羽の感じてる辛い思い出もいつか一緒に背負って見せる。私は世界で一番司羽に近い人になる、司羽を一番に支えていく人になるの。司羽の心の中に居る人よりもずっと、司羽に愛されて生きていくの。だから絶対に負けない。」


「……負けない、か。なんだか久しく聞いてなかったな、そんな言葉。何年振りになるか。」


「うん、今までだったらきっとこんな風には言えなかった。司羽に嫌われるのが怖くて、自分の中にあったモヤモヤした物も全部心の中に溜め込んでた。でも私は司羽に背中を押してもらえた。私の事を全部、心も愛も合わせて一生護るって司羽が言ってくれたから、だからもう怖くないの。」


「やっぱり、諦めてはくれないのか? 俺は特にそれについて悩んでる訳じゃないんだぞ?」


 自信満々に負けないと言ったルーンに、司羽は真剣な顔でそう問いかけた。だがルーンは、司羽のそんな言葉に虚を突かれた様な表情になって小さく噴き出した。


「司羽は、もし私の立場だったらどうした? 私が嫌だって言ったら引き下がった?」


「………いいや、引き下がらなかっただろうな……。」


「うん、だから司羽の事大好き。あのね、私だって司羽と同じ気持ちなんだよ? 勿論さっきも言った通り、無理には昔の事は聞かないよ、今はまだ司羽の事を何にも知らないって自覚あるから。でもね、もしこれから先に司羽が苦しむ様な事があったら、その時は私が傍に居る事を忘れないで? 私はいつでも司羽の傍に居る、司羽の事だけ愛してるから。」


「……………。」


 そう言って微笑みかけるルーンの瞳はどこまでも澄んで真摯だった。そしてそれによって司羽がルーンを敬遠する筈がないと言う深い信頼が読み取れた。司羽はなんとなく、これからルーンには一生敵わないんだろうなぁと思い、心の中で苦笑を洩らした。それはもしかしたら、ルーンのそんな態度をどうしようもなく嬉しく思ってしまった自分に対してであったのかもしれない。


「………ああ、わかった。心に留めておく、忘れないよ。」


「うんっ、それで良いの。………さて、それじゃあ司羽の世界の事を教えて。」


「そうだったな………でもその前に、一つお願いがあるんだ。」


「え? 何?」


 司羽の発言に満足した様子のルーンに司羽がそう尋ねると、ルーンは不意を突かれた様にキョトンとした表情になって聞き返した。そして司羽はそんなルーンを見て、少しおかしそうに笑いながら言った。


「なんだかキスしたくなった、良いか?」


「………うん。愛してるって言って、ギュッって抱きしめてくれたら良いよ。」


「ああ、愛してる。それと………俺をこの世界に呼んでくれて、ありがとう。」


「えっ? あっ………んっ………。」


 そういえば、自分からこうしてルーンとキスをしたいと言ったのは初めてだったかもしれない。なんというか、ルーンが不安がるのも本当に仕方ない話である。でもなんとなく分かったのは、こういう気分を人は幸福と言うのではないのか、と言う事である。いつもよりも情熱的に唇を押しつけて、蕩けた様に司羽に全身を預けたルーンを抱きしめながら、自分の柄にもない事を考えているなと思いつつも、司羽はそんな風に思ったのだった。

皆さまから誤字についての指摘を頂いているのですがチェックが進んでおりません。皆さまの意見を見ていない訳ではないので、早めに進めたいとは思っているのですが……重ね重ね申し訳ありません。皆さまからの意見、感想などは作者の励みになっており、とても感謝しております。これからも異世界かくれんぼ改め、異世界と絆な黙示録を宜しくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ