第32話:我が愛しき者の為に
何故か3日続いて一日三万ヒットしました。驚きです、目茶苦茶嬉しいです。それと感想くれた皆さん、凄く参考になりましたし、それ以上に書いていく意欲が更に沸きました、感謝感謝です!!
「おはよう、司羽!! 呼び出しなんてされていたから心配してたけど、やっぱりAプラスクラスに残っていたんだね!!」
「ああ、おはよう。……って、ムーシェがなんで此処に? なんだ、教室を間違えたか。」
「司羽………親友に向かってそれはあんまりなんじゃないのかい……?」
「はははっ、冗談だ。クラス上がったんだな、おめでとう。」
教室に入った瞬間に歓声を上げたムーシェに、いつもの様に毒舌を吐きながら挨拶を返した司羽は、笑いながら祝いの言葉を述べた。どうやらムーシェは無事にクラスアップを果たしたらしい。いつもより割増でテンションが高いムーシェを横目に教室を見渡すと、確かに若干の人間が入れ替わっている。殆んどが以前と変わらないが、今居る人間だけでも三分の一程度の入れ替わりが見て取れた。事前にミリクから聞いていた話では、Aクラス以上にもなると殆んどの面子が固定化されてしまい大きな変動は珍しいらしいので、この程度でも十分大きく動いた範疇に入るらしい。だが司羽には、変動の規模以上に思う所があった。
「でもなんだか不思議な感じだな、まだ転入してから殆んど経ってないってのにクラスのメンバーが変わるってのは。」
「………そう言えば、司羽さんは随分遠くからいらっしゃったのでしたね。やはりこの学園とは違ったのですか? 私はこの学園しか知らないので特に何も感じないのですが。」
「ん? リンシェちゃんか、おはよう。それにAプラスクラスおめでとうかな。」
「おはようございます司羽さん、それとありがとうございます、これも司羽さんの御蔭です。それにしても話には聞いていましたが、本当に毎朝ルーン様を背負って御登校なされているのですね。あのルーン様が誰かに頼りきりになるなど内心信じられなかったのですが、やはり恋とは偉大な物ですね。」
司羽がつい独り言を漏らすと、それに反応して、近くで他の女生徒と話をしていたリンシェが話に加わった。そしてリンシェは司羽に対して挨拶とお礼を済ませると、その背中で寝ているルーンに視線を移した。今日も今日とて、ルーンは登校時間にも関わらず絶賛爆睡中である。そのくせ朝食の時だけはしっかり起きて、司羽にあ~ん攻撃を仕掛けているのだからミシュナが呆れて先に行ってしまうのも仕方がないだろう。そのミシュナも今日はかなり寝むそうだったので心配だったのだが、案の定机の上にうつ伏せになっている。どうやら昨夜は徹夜で読書をしていたらしい。
「ルーンを背負って来るのはもう日課みたいなものだよ。……それと前の学園との違いだけど、取り敢えず、こんなに頻繁にクラス替えはなかったかな。この学園のシステム的に仕方がない事なんだろうけど、頻繁にクラスの友人が入れ替わるっていうのはちょっと寂しい気がするよ。」
「そういう事ですか…………でもここはまだ良い方ですよ。他のクラス、特にBやCの辺りは激戦区ですからね、クラス替え試験の後にも入れ替え戦を行う生徒が多いですから。その目まぐるしさは此処の比ではないです。」
「そうだねぇ、僕も正直あのランクに戻りたくはないよ。試験の後は連日入れ替え戦を申し込まれるしね。体力もそうだけど、気疲れもするし。」
「………そうなのか。」
そう言えば入れ替え戦の事を忘れていたなぁ、と司羽は思考した。確かに実力が拮抗しているクラスでは入れ替え戦が多く行われるだろうし、試験での変動も此処の比ではないだろう。
「まぁ、少ないとはいえAクラスでも入れ替え戦の申し込みはありますけど………兄さま、負けないでくださいね?」
「リンシェ、心配してくれるのかい?」
「そんな訳ないでしょ、馬鹿なの兄さま。実力的に考えて兄さまがやられたら次に申し込みを受けるのは私です。折角ルーン様と一緒のクラスになれたのですから、協力してくださいね? その身が滅びて使えなくなるまで。負けたら次の入れ替え試験まで絶対に口利きませんから。」
「…………何と言う事だ……あの可愛かったリンシェが……リンシェが…………うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「………これで良しと。」
本気泣きをしながら教室を飛び出したムーシェを眺めて、満足げに頷いたリンシェに、司羽は思わず苦笑してしまった。
「………結構えげつない事するなあ、リンシェちゃん。」
「……そうでしょうか? 私と兄さまはいつもこんな感じなのですが。」
「ムーシェ………不憫な。」
先程の発言がいつもの事だと言うのは流石にムーシェが可哀相に思えてきたが、リンシェが本気で分かっていないらしく、首を傾げる仕草が可愛らしかったので司羽は考えるのを止めた。いや、文脈的におかしいとは思ったが、なんかどうでも良くなった。
そんな時、司羽は背中でルーンが身じろぎするのを感じてそちらに視線を動かした。どうやら今の騒ぎ(と言うよりもムーシェが一人で騒いだだけだが)で目が覚めた様だ。
「ん、んっ………うるさいの………。」
「こら、ルーン。もう起きないと駄目だろ? ほら、髪やってやるから降りて椅子に座れ。」
「……やだぁ………司羽の背中が良い………此処でする……。」
「うっ…………いや、そこに居られたら手が届かないんだけど……どうしろと?」
ギュッと肩に回す手に力を入れたルーンの我儘に、一瞬折れそうになってしまった司羽だが、物理的に無理なものは仕方がないと、ルーンに言い聞かせる様に言った。それにも関わらず、何とかしてあげたいとか、甘やかしてあげたいとか考えてしまうのは決して自分がおかしい訳ではないと司羽は無理矢理自分に言い聞かせた。なんだかんだで最近はルーンが朝食の準備をしてくれたり、自分を起こしてくれる事が度々あるので、実はリンシェに言われた程毎日こんな感じではなくなって来ている。だからこそ、久しぶりに甘えた声でお願いされると破壊力が違う。つい応えて上げたくなってしまうは仕方のない事なのだ、可愛いは正義。以上、言い訳終わり。………とは言え、やはりそろそろ降りて貰わなくては困る。時間的にもギリギリだし。
「ほら、そろそろ先生も来るから早く席に着く。リンシェちゃんからもルーン言ってやってくれ…………って。」
「……はあぁっ………♪ ルーン様の我が儘………可愛らしい………。」
「……………。」
何かこっちの方でも一名トリップしていらっしゃる。何故だろうか。今この瞬間にリンシェちゃんと言う人間を理解してしまった気がする。
「………更に性格がムーシェに似てる様な感じすら受けるのは何故だろう。外面的には正反対な感じがあるのに……兄妹って……不思議だな………。」
「……ああっ……ルーン様ぁっ………はふぅっ♪」
リンシェの見せる年下とは思えない恍惚とした表情に、司羽はなんとも言えない微妙な表情なってそう呟いた。
結局そのせいでルーンを起こすのを忘却してしまい、この後ミリクから何故か司羽が怒られてしまうのだが、少しくらいは理不尽に思ってくれても良いんじゃないかなーと思う司羽なのだった。
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『朝から大変でしたね。……ムーシェさん達が何か余計な事を言わないかと心配でしたが、何もなくてなによりでした。』
「ああ、二人の方は心配要らないだろうな。リンシェちゃんは利口な子だし、ムーシェだってユーリアの事を告げ口する様な奴じゃない。うっかりって事はあるだろうが、そもそもそんな話題になる事もないだろう。それに元より、リアの事を何か知ってる訳じゃないんだし、気にしすぎだ。」
『………そうですね。』
入れ替え試験後初めての授業も無事に終わり、授業間の僅かな空き時間を利用して、司羽はリアに呼び出されていた。何もこんな短い休みを狙わなくてもとは思うが、リアもルーンに司羽を呼び出している所を見られるのが嫌なのだろう。やはりルーンにだけ黙っているというのはリアも結構気にしているらしい。
「それで要件ってのは、やっぱり昨日の事でいいのか?」
『はい。昨日一日考えて、私なりの答えは出ました。』
「へぇ、いいのか? そんな簡単に決めちまっても。」
『………なんだかちょっと意地悪ですよね、司羽さんって。』
「………そうか……?」
司羽の問いにリアは小さく微笑んでそう言い、司羽は最近少しだけ自覚が出てきた、微妙に否定しずらい事を指摘されて、なんとも言えない表情になった。
「………まぁそれはいいとして、本当に後悔しない答えが出たんだな?」
『そうですね………きっと、必ず後悔しない答えではありません。私の選択のせいで私の家族が、皆が傷つけば、私は絶対に悔むでしょう…………、正直今でも怖いんです、皆を巻き込んでしまう事が………、あの人達は私に付いてきてくれるって、信じられてしまうから。』
「あいつらならそうするだろう。」
『………やっぱり、司羽さんは意地悪です。』
「………そうか。」
再びリアに意地悪宣言をされてしまい、司羽は苦笑混じりにそれを受け止めた。悩んでいるリアの気持ちは理解出来る。だが、今の司羽はリアに掛けられる言葉は持ち合わせていなかった。リアを救ってやれる言葉など存在しない。そこで救われた様な気になった所で、結局は自分で決める事になるのだから。そして、どうやらリアもそれは理解している様だと司羽は核心していた。
『………でも、私は決めました。この意思を変えないだけの覚悟も出来ました。』
「ああ、そうみたいだな。………それで、答えは?」
司羽はそう言った切り黙ってしまったリアに一言促すと、リアは暫くの間の後、手に持っていたスケッチブックを伏せた。
「私の……いいえ、私達の答えは決まりました。私達は、この街に残ります。逃げてもまた隠れて、違う街へと逃げる事の繰り返しになります。此処へ戻る事は難しいでしょう。ですから、私の願いを叶える為にこの問題から逃げる訳にはいきません………絶対に。」
「………成る程な、それがお前達全員で決めた答えか。」
スケッチブックを伏せ、わざわざ簡易の結界を張ってまで自分の声で話し始めたリアの独白に対し、司羽は一言そう言って、表情を和らげた。しかしリアはそんな司羽の前で、微かに俯き加減のまま、ポツリと一言呟いた。
「……司羽さんは馬鹿だと思いますか? 自分の小さな願いの為に、大切な人達を危険に晒す私が。私は、自分の大事な家族を危険に晒すのです。きっと、一生付いて回る危険に。」
「さてな。だがそう言うって事は、リア自身が馬鹿げた行動だと思って居るんじゃないのか?」
「そんな事は………。」
ない、とは言えない。確かに自分の意思を通す覚悟はしたが、正解かどうかと言われればやはり疑問が後を絶たない。自分に掛かっている命と責任はそれだけ重いのだから。
結局残ったままだった自分の疑問を、司羽に直接突き返されてしまったリアは、咄嗟に言葉に詰まってしまった。それを見て司羽は、小さく溜息を吐いて言った。
「まぁ本来俺が言い出した事だしな、本当に馬鹿な選択だと思うならリアに推しちゃいないさ。危険な選択である事には同意するけどな。」
「……………。」
「リア、俺は言ったはずだぜ? この選択にはそれ相応の努力が必要だって。それと、最悪の場合犠牲もな。」
「………はい、それは重々承知しています。」
結局リアの心配はそこに尽きるのだろう。覚悟が甘い、とは言わない。ただ、リアは自分の我を通すには少し家族に優し過ぎるだけの事だ。リアの意思の強さは、以前の戦いで司羽なりに見せて貰っている。だから司羽は、少しだけ後押しをする事にした。
「安心しろよ。お前の覚悟は馬鹿な選択でも間違った答えでもない、俺が保証してやる。」
「……司羽さん……。」
「もしもそれでも不安だって言うなら、自分一人で全員を護れるだけの力をつけろ。覚悟を決めて、変える気がないなら後やる事は一つだ。そうだろ?」
「………そうですね。悩んでる時間なんて無駄なだけです。私達はもう決めたんですから。」
「そういう事だ。あん中じゃあ最悪の場合に一番戦力になるのはリア、お前自身なんだ。一番頼れる自分自身を、しっかり磨いとけ。」
「はい、そうします。私の決めた未来で後悔しない為に。」
司羽の言葉を受けて微かに笑みを浮かべたリアは、真っ直ぐに司羽を見詰めてそう言った。どうやら迷いの方はもう大丈夫らしい。そう思うと、司羽の顔にも小さな笑みが浮かんだ。
「まぁ俺が言い出した様なもんだからな、出来る限り助けになるよ。学内でもそれ以外でも、危険だと思ったら直ぐに教えてくれ。……ああ、それとその内にまた、リアの屋敷に行くことになるだろうな。」
「ふふっ、そうして頂けると嬉しいです。特にアレンとネネは司羽さんに勝つ為に訓練に励んでいますし、来て頂けるときっと喜ぶと思います。」
「…………ユーリアの言う通り、若干嫌われたか?」
「ふふっ、あの二人だってちゃんと時間を置けば、司羽さんの思惑を見抜く眼力はありますよ。結構あからさまでしたし。」
「………やっぱり手厳しいな、リアは。」
リアがクスリと笑って司羽の心配を否定すると、司羽はわざとらしく溜息をついて返した。そしてリアは一言付け足す様に言った。
「それと、私に時間を割いてくれるのは嬉しいのですが………。」
「ああ、ルーンの事か。情けない事にミシュにも同じ事を言われちまったよ。俺はやっぱりルーンに対する配慮が欠けてるのかも知れないな。」
「………そういえば、ミシュナさんも御一緒に住んでいらっしゃるのでしたね。」
「おいおい、あんまり変に勘繰るなよ?」
急に眼を細めて司羽に対する視線を強めたリアに、渇いた笑いを漏らしながら司羽は一歩後ろに下がった。美人は怒ると怖いと言うが、こういう視線はやはり別に迫力がある。取り敢えず、まず話を元に戻そう。
「ルーンとは次の休みに旅行に行くつもりだ、短いが泊まりがけで。」
「………なるほど、ルーンの機嫌がいつもより良いのはそう言う理由でしたか。」
「………本当にルーンの事を良く見てるよな、リアは。」
「当然です。とは言え、今回は司羽さんを呼び出す為の警戒の意味もありましたが。」
まぁそれは確かにそうなんだろうが、やはりリアのルーンへの気の掛けかたは少し大袈裟な所のある様に思える。だからこそ、こう言った質問にも間違いなく答えてくれるだろうと核心している。
「あー、ちょっとルーンについて聞きたいことがあってだな………。」
「なるほど、つまりデートの前にルーンの好きな事を私から聞いて置こうと言うわけですね。」
「………まぁそんな所だ。鋭いな。」
しかし、リアはルーンの事になるといきなり鋭くなるな。何だか若干怖くなってきた気がするのは何故だろう。
「がっかりさせてしまい申し訳ありませんが、ルーンは基本的に娯楽関連にこれと言った好みはありません。しいて言うなら魔法の研究をするのが何より好きな子でしたが、取り敢えずその目標も達成してしまった訳ですし。」
「ああ、そういえばそうだったな。」
そうでもなければあの若さで一つの分野のスペシャリストになる事など出来ないだろう。天才とは才を持つだけでは何の役にも立たないのだから。
「ですから私としては、あの子の楽しみを沢山作ってあげて欲しいんです。これは本当に個人的な、貴方へのお願いになってしまうのですが。」
「………いいや、そうでもないさ、俺もそれには賛成だからな。異議なんてない。」
「………そうですか。」
司羽の答えにリアは満足そうな笑顔になると、一言だけそう返した。司羽はその笑顔の中に、ほんの少しだけ、陰りを見た気がしたが、リアが普通に笑っている以上、追求するべきではないだろう。
「ああ、そうです。取り敢えずアドバイスがあるとすれば……。」
「おっ、何かあるのか?」
「デート先の女の子に不用意に優しくするのは止めた方が良いですよ? それとなるべくルーンを一人にしない事。」
「………胆に命じておくよ。」
最後に若干の皮肉の混ざった発言をされた所で次の授業を知らせるチャイムが鳴り響いた。フードを付けて結界を解いたリアに、苦々しげな表情で一言返すと、リアは教室に戻るべく踵を返し、何かを思い出したように振り返った。
『デートとは二人で楽しむべきだと私は思うのです。』
「………了解。それも覚えとく、心配するな。」
最後のやり取りを行うとお辞儀を一つ残してリアは去って行った。そんなリアの後ろ姿を、司羽は優し気な視線で見送ると、タイミングをずらして教室へと帰るのだった。