第27話:明るい家族計画エーラ編
「……ふーん、ユーリアさんは司羽の侍従なんだ。」
「は、はい。その……駄目でしょうか……?」
「え、なんで? そんな事ないよ? 司羽が信用してる人なら私は信用出来るから。この家はまだ部屋が空いてるし、好きな所を使っていいよ。」
緊張して委縮してしまっているユーリアに対して、ルーンはそう言いながら眠たそうに眼を擦った。時刻は三時をまわり、今までマスターの所に居たらしいミシュナとトワ、そしてユーリアが帰ってきた。それまでルーンは司羽に抱かれながら睡眠を取っていたのだが、ユーリアの事を紹介する為に起きてもらったのだ。司羽に寄り添って座っているルーンの機嫌は中々良い様で、それを聞いたユーリアは緊張の糸が切れた様に固まっていた表情を和らげた。
「まぁ、その………俺もルーンに何も言わずに勝手に決めたのは悪いと思ってるんだが……。」
「でもどういう経緯で知り合ったかくらいは私達にも教えてくれてもいいんじゃない? 司羽とあの次席ちゃんは試験中だったんだし、そもそも学園の生徒ですらないこの侍女さんと知り合うタイミングなんてないと思うんだけど? あ、それと前から知ってたって言い訳は聞かないわよ。三人で居る時にトワが若干警戒してたからね。この子はあんまり人にああいう態度を取る子じゃないもの。」
「うっ……そ、それはじゃな………。」
ミシュナがそう言うと、トワは一瞬苦い表情をして司羽に視線を送った。まぁユーリアへの警戒心が抜けきらないのは仕方ないが、やはりミシュナにはバレてしまったらしい。トワと一緒にいる時間は司羽以外だと一番ミシュナが長いのだ。表情や気配の変化などには敏感になっているのだろう。もともとトワが分かりやすい性格だというのもあるかもしれないが。
「………それについては聞かないでくれると嬉しいんだが………色々と事情があるんだ。」
「そうなんだ。私は別にいいよ、司羽がそういうなら。ちょっといきなりでびっくりしたけど、別に人が増えて困る様な状況じゃないし。寧ろ家事手伝いの人が欲しいなって思ってたくらいだもん。広くて掃除とかも大変だし。」
司羽が若干渋い顔をすると、ルーンは直ぐに笑って追求を止めた。そんなルーンに、今度はミシュナが呆れと諦めの表情になった。
「………貴方はもう少し警戒した方がいいと思うわ。主に旦那の身の回りの女性関係についてね。誰かに寝取られても知らないわよ? まぁ、この国では規則的に寝取られるってよりも虫が付くって感じでしょうけど。」
「うーん。私は、司羽が私を愛して、束縛して、独占してくれればそれでいいから。司羽は絶対に私を捨てたりしないって信じてるし。それに、隠れてこそこそ何かされるよりも、おおっぴらに愛人とか作ってもらった方が私としては安心するしね。…………その人が司羽を一人占めするようなら考えるけどね………? 司羽に独占されるのは嬉しいけど、司羽を独占する様な人は………。」
「わ、私はそんなつもりはありません!! というより愛人じゃないです、ただの侍従です使用人ですっ!!!」
ルーンの表情に影が差したのを読み取ったユーリアはルーンの発言を即座に否定した。というより司羽もルーンの発言について言いたい事があったのだが、ユーリアの発言にかき消されてしまった。ミシュナはそんな司羽を見て呆れ混じりの視線を送りながら溜息をついた。
「まあいいわ。司羽の周りに唐突に人が増えるのはトワで慣れたし、その人が美人なのにも慣れてるもの。別に私は困らないし、主席ちゃんがいいなら私もとやかく聞く気はないわ。……それじゃあ、改めて宜しく。司羽の侍女さん?」
「あ、私も宜しくね。えっと、ユーリアさん。」
「は、はい。これから宜しくお願いいたしますミシュナ様、ルーン様。」
ミシュナが苦笑しながらそう言うと、ルーンも続く様にユーリアを迎え入れる言葉をかけた。ユーリアの方はまだ緊張が抜けきらないようだが、司羽としては肩の荷が下りた気分だ。一番心配していたルーンの反応がこの程度で済んだのがありがたい。魔力の暴走の話を聞いてかなりビビっていたのだが、どうやら大丈夫らしい。司羽の心配も解消されてやっと空気も完全に弛緩した所で、ルーンが唐突に提案をした。
「それじゃあ、トワちゃんの時にもやったみたいにパーティしよっか?」
「ああ、良いな。でも今貯蔵庫に備蓄とかそんなにあったか? 帰りに買い物してくるの忘れたし、有り合わせで料理を作るのもなぁ。………うん、取り敢えず今から買いに行くか。」
「あ、あの、何もそこまでしていただかなくても………。」
「ユーリアさんも遠慮しないの。あ、司羽。私とユーリアさんで買い物に行って来るから、今あるもので先に作っててね。ミシュナちゃんとトワちゃんもよろしく。ほら、行こう? ユーリアさん。」
「あ、は、はい!!」
ルーンはそう言ってユーリアの腕を取ると、手早く荷物を取り、他のメンバーの返事も待たずに二人で出かけて行った。なんだかルーンがいつもより行動力がある感じがして司羽は少し疑問に思ったが、取り敢えずルーンがユーリアを受け入れてくれてる様だったので問題ないと納得した。そんな司羽にミシュナが茶化す様な意地の悪い笑顔で近づいてきた。
「あら、奥さんと愛人が買い物に取られちゃったわね? トワ、貴方の出番よ?」
「………おい、トワの教育に悪いだろ。」
「主、愛人と奥さんと言うのはどう違うのじゃ?」
「トワも悪い影響を受けないでくれ、頼むから……。」
司羽は純粋な疑問を投げかけてくるトワへの対応に四苦八苦しながら、ルーンから任された仕事をする為に貯蔵庫の方へと向かって行った。途中ミシュナが良いタイミングで煽りを入れるせいで危うくトワに要らない知識を与えてしまう所だったりと、ミシュナとは一度ちゃんと話をした方がいいだろうかと悩む司羽であった。
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「あ、あの、ルーン様? お荷物なら私が……。」
「ううん、大丈夫だよ? 半分持ってもらってるし、全部は重いでしょ?」
「あ、ありがとうございます。」
ルーンとユーリアはこの街一番の市場へと来ていた。ルーンの顔は流石に色々な人物に知れている様で、事あるごとにオマケをしてくれるので予想より大荷物になってしまったのだ。荷物を任されようとするユーリアに半分の荷物を渡したルーンは、残り半分をリュックへとしまい込んだ。
「ですが、流石はルーン様ですね。凄い人気です。」
「うん、この辺りは私が昔から利用してる場所だから顔見知りが多いんだよ。私に両親がいない事を気にかけてくれる人が多いから、結構オマケも貰っちゃうんだよね。」
ルーンは苦笑とも取れる笑顔でそう言った。ユーリアは確かにあの屋敷には大人は居なかったと思い出し、その事に興味を惹かれた。
「御両親が……ということは、やはり司羽様と二人暮らしだったのですね? トワ様が司羽様の使い魔になられたのは最近とお聞きしましたので。」
「そうだよ。でも最近はミシュナちゃんが帰るのを面倒がって家にいる事が多いし、トワちゃんを入れて四人かな。ミシュナちゃんにトワちゃんの面倒を頼めるから、私としてはミシュナちゃんに居て貰った方が司羽と二人の時間が沢山取れて嬉しいんだけどね。司羽は二人きりにならないと私の事を可愛がってくれないし。」
「か、可愛がって……ですか………。」
「うん。私は皆が居る前でも構わないんだけど、司羽は恥ずかしがり屋だから。だからユーリアさん、あんまり遅くに司羽の部屋に来ない様にしてね?」
そう愛おしそうに言ったルーンが、ユーリアには一瞬とても大人びて見えて、思わず赤面してしまった。そしてそんなユーリアの様子に、ルーンは笑みを深めた。ユーリアはその照れ隠しにコホンと咳払いをすると、僅かに疑問に思った事をルーンに聞こうと思い立った。
「あの、ルーン様。もしかして私に何か聞きたいことか言いたいことがあるのでは?」
「えっ、どうして?」
「いえ、その………ミシュナ様から、ルーン様は出来る限り司羽様の傍に居ようとする方だと聞いていたので、私を買い物に誘われたのは何か理由があるのかと。それにルーン様が私をお誘い下さった時に、司羽様が不思議そうな顔をしていたので、なんとなくそう思いまして。」
「ふうん……中々鋭いねユーリアさん。そうだよ、ちょっと聞きたいことがあるの。」
ルーンはユーリアの問いに対して、僅かに眼を細めながらそう言った。ユーリアとしてはルーンに質問されても答えられる事ばかりではないので、失言だったかと後悔したが、それこそ今更である。取り敢えず司羽との関係に関しては、先ほど追求しないと約束してくれていたので恐らく大丈夫だとは思うのだが。
「それじゃあ、聞いてもいいかな?」
「ええと……私が答えられる事でしたら。」
「……うん、大丈夫だと思うよ。多分だけど。」
戸惑いを隠しきれないユーリアを見たルーンは、ユーリアを安心させる様にそう言って薄く微笑んだ。だがユーリアは逆に、そのルーンの表情に若干の違和感を覚えた。僅かだが先ほどの笑みとは違う様な……そんな不確かな感覚があったのだ。それをユーリアが感じ取ると、ルーンもまたそれに気付いて苦笑した。
「……本当に鋭い人みたいだね。」
「ルーン様……? どうされました? もしかして体調が悪いのでは……。」
「ううん、なんでもないの。……ごめんね、なんだか私ユーリアさんに嫉妬しちゃってるみたい。私は司羽を独占しないなんて言ったのに。誰かが私の知らない司羽を知ってるってだけで、なんだか苛々しちゃって。」
「ルーン様……。」
そう言って溜息にも似た息を吐いたルーンを見て、ユーリアはルーンに対する認識を改めようと思った。次元魔法の権威とも言える地位を持っていて、周りから天才と言われていようとも、眼の前にいる少女はまだ十五歳の普通の女の子でもあるのだ。司羽の周りに他の女性が居れば、嫉妬だってするに決まっている。そうだ、自分はこれから司羽の侍従として仕えていくのだ。その中でルーンは決して軽視出来る存在ではない。司羽が自分を身内として受け入れてくれている様に、自分自身も司羽の身内を、自分自身の身内として受け入れなくてはならないのだ。ユーリアはそう思う内にだんだんとルーンに対して緊張していた理由が理解出来る様になっていた。きっと自分自身も、今まで別の世界の人間だと思っていた人を身内として迎える事に不安を感じていたのだと。
「……私はね、私の想いを司羽に受け入れてもらって、そこで初めて分かったの………私は司羽の事何も知らないんだなって。」
「そんな事、きっとありません。だって御二人は今まで一緒に暮らして来たのでしょう? 知らない事も勿論多いと思いますが、お互いに知っている事だって多いはずです。」
「……あれ、ユーリアさんは知らないんだ。司羽が今なんで私の家にいるのか。私が司羽と一緒に暮らし始めたのは本当に最近なんだよ?」
「それは……多少聞いてはおりますが……。」
ユーリアはそこで言葉を区切った。なんというか、あの発言が司羽の冗談であったと考えられない事もなかったからである。だが、ルーンはそれをしっかりと読み取った様で、苦笑気味にそれを肯定してくれた。
「成程ね。うん、司羽の話は本当だよ。司羽はこの星の人間じゃない、私が魔法で呼んだの、つい最近ね。詳しくは司羽に聞いた方がいいかも、私は説明下手だから。」
「………あれは冗談ではなかった訳ですね。ですが俄かには想像できませんが、星を超えた恋愛と言うのは素敵ですね。運命的な物を感じてしまいます。」
「あははっ、そうかもしれないね。これが運命なんだとしたら、私も出会ったのが司羽で良かったって心から思ってる。でも、そういう訳だから私は司羽の事を殆んど知らないの。」
ルーンは微笑みながらそう言い、その中に少し寂しそうな色を滲ませた。だがそれも一瞬で、直ぐにいつもの表情へと戻った。
「それでは、ルーン様。私に聞きたいことと言うのはやはり?」
「うん、司羽の事。司羽のユーリアさんへの態度って言うのかな、なんだか私やミシュナちゃん達への信頼とはちょっと違う気がして、もしかしたら何か知ってるんじゃないかなって。」
「……何かとは、どの様な事でしょうか?」
ルーンの漠然とした問いに対してユーリアは一瞬戸惑い、聞き返した。ルーンの知らない司羽と言う事ならば、悪寒すら感じたあの見下す様な瞳を思い出したが、ユーリアはその事をルーンに教える気にはならなかった。あの事は直接的ではないにしろ、司羽が黙ってくれている自分の事をルーンに話してしまう事にもなる。ユーリア自身は困らないにしても、フィリアにも何か事情がありそうなので、なるべくなら協力して上げたいとも思う。それに何故か、あの時の事は自分の胸にだけ留めておきたいと思うのだ。司羽が自分を身内として受け入れてくれた時の事と合わせて、自分の胸の内に。
ユーリアがそう思っていると、そんなユーリアの心情を理解したのか、ルーンはユーリアから視線を外して体をそむけてしまった。
「うん、やっぱりいいや。それにきっと、これは人に聞く様な事じゃないと思うから。私が自分で見つけて、私が解決する問題だもん。だって私は、心も体も司羽の一番傍にいる人になるんだから。誰よりも近くで、司羽と歩いて行く人に。」
「……ルーン様は司羽様の事を愛していらっしゃるのですね。」
「愛してるよ、誰よりもね。だから私が取り去って、必要なら埋めてあげるの。司羽が抱えてる事の全てを。私と司羽を出会わせてくれた事には感謝するけど、司羽を苦しめるものは全部私の敵だから。」
ルーンは真面目な顔でそう言って、ユーリアの方を向いてから笑って見せた。ユーリアにはいまいちルーンの言っている意味が理解出来なかったが、それもまたルーンに聞くことではないだろう。司羽が自分を受け入れてくれた理由と同じ様に、それもまた自分自身で考えていく必要がある事なのだから。それが、司羽に仕えて、同じ景色を見るという事なのだ。ユーリアはそう思い、ルーンに習って微笑んだ。だがユーリアは、どうしても気になった事があったので最後に一つだけ聞いてみる事にした。
「あの、ルーン様。ミシュナ様ではありませんが、あまり油断していると他の誰かに司羽様を取られてしまうかも知れませんよ? 取られるまでいかなくても、司羽様程の方でしたら人気も出るでしょうし。……本音ではどう思っていらっしゃるのかなと。」
「うーん、でもこの国は法律で制限されてないし、司羽は気が多そうだから少しは許容して上げるのが理想の奥さんだと思うよ。………あ、話は変わるんだけど私思うんだ。司羽って子供が出来たら子煩悩になって他に愛人とか作らなくなりそうだよね? 取り敢えず、体温はちゃんとチェックする様にしてるんだけど………。ほら、多少なら良いんだけど、やっぱり人が多いと私と二人っきりでいる時間が減っちゃいそうだし、対策は取らないといけないよね? でもしょうがないよね、愛し合ってる二人なら自然にそうなっちゃうものだし………。まあそういう事だから、協力よろしくね?」
「………意外と策士……ですね、ルーン様。」
ユーリアの問いに笑顔で答えたルーンに対し、先ほどと言っている事が違うのでは? などと無粋な事を言うユーリアではなかった。取り敢えずいつの間にか雁字搦めにされそうな自分の主人の顔を思い浮かべて、なんとか自分で気付いてくださいと思念だけを送ったユーリアなのであった。