第26話:お姫様の限界と特効薬
「司羽………っ!!」
「おっと!? ルーン、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「………ううん、私良い子で待ってたよ………ギュッてして、司羽……。」
「……本当にどうしたんだ?」
司羽達が選手控室に入ると、瞳を潤ませたルーンが飛び付く様に抱き着き、司羽はそれを受け止めた。ちなみにユーリアは校門の辺りに待たせてある。ユーリアからトワに聞きたい事があった様なのでトワも一緒だ。ムーシェ達はまだ中なのでここに一緒に戻って来たのはリアだけである。そのリアも、ルーンが泣きながら司羽に抱き着いているのを見て困惑しているようだ。ルーンが何も答えずにいるので、司羽は説明を求める様に近くでぐったりと座り込んでいるミシュナに視線を向けた。ミシュナは司羽の視線に気付くと、溜息を一つついてから立ちあがった。
「………私に感謝しなさい? なんとか犠牲者はゼロよ。」
「………犠牲者って……どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。」
「あ、司羽君戻ってきたんですね。時間内と言う事でペナルティも無しです。ミシュナさんもお疲れ様でした。」
ミシュナの言葉に訳も分からず司羽とリアが呆けていると、半放心状態のシノハを連れたミリクがいつも通りの笑顔で近づいてきた。ミシュナはそんなミリクを恨めしそうな眼で見て、直ぐに諦めた様にまた嘆息した。
「えっと………どうしたんだ? 放送も良く分からなかったし、何が起きたんだ?」
「あら、放送でも言ってたでしょ? そこのお姫様の限界が来たのよ。」
「いや、だから意味が………。」
「………こっちの試験は開始早々にこの子があんたの帰りを此処で待つ為に暴れて直ぐに終わったの。でもそれじゃあスカウトにも見せ場作れないし、試験にならないって言うから私達だけAプラスクラスに合格扱いで抜けて、仕切り直ししてるの。だからそんな訳で私達は昨日の昼からずっと此処で待ってたってわけよ。」
「……そっちはそんな滅茶苦茶な事になってたのか……。」
『滅茶苦茶って言っても、司羽さんもルーンの事言えないんじゃないですか? こっちの場合は試験前にやらかしていますし。』
今日のリアは若干不機嫌っぽく感じるが、まぁ理由は分かっているので今はスルーしておく事にする。しかし昨日からずっと待っていたって、先に家に帰ってたりすればいいのにと思わないでもないが、個人的にはかなり嬉しい。ミシュナもルーンに付き合ったのだろうが、結果的に待っていてくれたのだし。
「でもそれで、流れでお姫様ってのがルーンってのは分かるが、ルーンの何が限界なんだ? 待ちくたびれたとか? 確かに凄い長い時間ではあるけども流石に一学生の希望で放送が掛かったりしないだろ? 試験中で、他の人から見れば結局はルーンの我儘って事になるんだし。」
「そうね、いくらこの子がVIP格って言っても、流石にそこまではね。学園側の体面もあるし。………でもまぁ、それが今回の直接的な原因って言えばそうかもしれないわね……。」
疲れきった表情でそう言ったミシュナに、司羽も若干嫌な汗が出てきた。ルーンは依然自分に抱きついたまま擦り寄ってきている。………そういえば、ルーンは俺の事になるとかなり過激になったりする事があるし………。
「………まさか…………此処で暴れたのか?」
「ええ、暴れたって言えば暴れてましたね、といっても主にルーンさんの魔力がですが。シノハちゃんなんて今回のストレスの元凶ですからねー。抑え込む時にもかなり当てられたみたいですよ? 私がいたずらしても反応すら億劫みたいですし。」
そういってクスリと笑ったミリクに、支えられるようにして立っているシノハは恨めしそうな視線を向けた。いたずらとは何をされたのだろうか? なんだか気になるが気にしてはいけない気がする。司羽がそんな事を考えていると、リアがミリクの言葉に何か気になる事があるようで、スケッチブックに鉛筆を走らせた。
『………魔力の暴走? そんな馬鹿な事が本当に? 死刑囚じゃないんですから。』
「………ええ、本当にね。馬鹿げてるわ、どうしてくれるのよ、司羽はさっさと責任取りなさい。もう帰る気力も残ってないわ。」
「いや………えっと………魔力の暴走って?」
「ああ、そういえば魔法学でも基礎中の基礎過ぎて司羽君には説明してなかったんですねー、Aプラスクラスですし。魔力の暴走っていうのはその名前の通りの意味です。正確には三つのタイプがあって、自衛型の暴走と、制御出来なくなっての暴走と、その複合型があるんですけどね。今回は自衛型の暴走ですね。自分に身の危険が迫ったりとか、どうしても許容出来ない事が起きた時とか、どうしようもないくらいストレスが堪ると自分の心の命ずる儘に、自分の心を、あるいは体を守る為に魔力が勝手に動いちゃうんです。制御系も実質凄く危険な実験とかしないと起きませんが、自衛型だって、それこそ死刑囚とか変な薬の禁断症状でとかじゃないと起きないんですよ? そのレベルでも起きない事の方が多いですし。」
………ああ、なんとなく想像はしてたけど魔力の暴走ってやっぱりそういう類のやつだったか。一日待って退屈だったとはいえそんなにストレスを感じるなんて………でも日ごろからのストレスの蓄積みたいのでってレベルの話でもなさそうだしな……。
「なんというか、司羽君がちょっと分かってないみたいなので言いますけど、ルーンさんは昨日試験の後に此処に戻ってきてからさっきまで、ずっとあそこの隅っこの辺りで動かずに、飲まず食わずで睡眠も取らずに司羽君を待っていたんですよ?」
「……………はい?」
「ピクリとも動こうとしないのが心配なのでずっとミシュナさんが付いていてくれましたけれど、話しかけてもずっと返事がありませんでしたし。夜に見周りに来る度に私も気にはしていましたけど、ルーンさんはじーっと司羽君のいるエリアの方を見て固まっていました。寝てるのかとも思いましたけど、何かを呟いてるようでしたから起きていたとは思います。とはいえ眼が完全に据わってましたし、殺気が凄くて途中からとても怖くて近寄れませんでしたが。」
「………………。」
ミリクが発言とは真逆のなんでもないような口調で話していたので一瞬それがどういう事か上手くつかめなかったが………想像してみたら何故か簡単にその場面のルーンの状態が把握出来てしまった。
「まぁ魔力の暴走はここに司羽君を呼んだ瞬間、私達の苦労はなんだったんだってくらいに一瞬で収まりました。それから見ても今回の暴走の原因はもはや言うまでもないんですが……………司羽君?」
「………なんですか?」
「こんな可愛い女の子に、たかが一日離れてたら頭がおかしくなって狂っちゃうくらいに愛されて依存されまくってる気分はどうですか?」
「…………弁明はない………。」
今更だが周りにいる教員の方達もかなり疲れた顔でこちらを見ている。なんだか視線がかなり痛い。俺のせいか? やっぱり俺のせいなのか? なんていうかかなり不可抗力には違いないんだけど、まぁ、ルーンの責任ってのは嫌だし。甘んじて批難の視線を受けることにする。でもリアまで批難臭い視線を向けてくるのはどうなんだ? 俺が何かしたか?
「………ちなみに、暴走って具体的には何が起こったんだ?」
「今回はほぼ未遂だったので被害自体はありませんでしたが………そうですね……取り敢えず、今回二人を引き裂く原因になったシノハちゃんがルーンさんに近づいた瞬間に次元の狭間に飛ばされました。」
「……………。」
「それから私達でシノハちゃんを助け出す為にルーンさんの魔力を辿って無理矢理次元の入口を開いていたんですけど、その途中でルーンさんの魔力貯蔵用の魔法陣の魔力まで暴走し始めまして、これが本格的に暴走したらハルマゲドンが起きかねないって事で、私が司羽君に放送で呼び出しを掛けたんです。放送を掛けたら直ぐにおさまったらしいですけど、それまで私が居ない間に放射線が漏れたりしない様にミシュナさんが頑張ってくれていたり、次元の狭間に閉じ込められたシノハちゃんが完全に何処かへ飛ばされない様に皆が頑張って魔力を抑え込んだりしてくれてたみたいですね。……本来本当は制御されていないただの魔力なんて大して力がない筈なんですが………ルーンさんのはちょっと質が違ったみたいですねぇ。流石は世界に名高い才女って所でしょうか。」
なるほどな、それでさっきからシノハ先生や皆が何も喋らないのか。現状喋る事が出来ないくらいに消耗していると。しかしそれは………なんというか……。
「………御迷惑をお掛けしました。」
「まぁ、そう言いましても今回のペア決定は故意の変更がありましたし、こうなる事を予想出来なかった私達教師にも非があると言えば言えます。ですから取り敢えず今回の事を教訓にして、これからは司羽君はルーンさんとなるべく一緒に居てあげてください。下手したらまた暴走するかもしれませんし。…………まぁ面倒なので本音駄々漏れな言い方をすれば、ルーンさんが暴れると学園的にも凄く困るので司羽君はちゃんと手綱を握っていてくださいって事です。不純な異性交遊だろうとなんだろうと文句は言いませんからルーンさんのストレスだけは溜めない様に。」
「それってどうなんですか………教師的に。」
「いいじゃないですか、これで貴方達は学園公認のカップルです。心おきなくイチャイチャできますよ? というか流石の私も今日はちょっと疲れました。本当なら司羽君を弄り回して体力と気力を回復したいんですが、今日は貴方を拘束した瞬間に私が八つ当たりの標的にされかねないのでそれも出来ませんし。まぁ早い話が司羽君とリアさんのクラスは現状維持にするので今日は帰ってルーンさんに欲望でも何でもぶつけててくださいって事です。私達はこれからまだ仕事がありますから。」
「………身も蓋もありませんね。」
「仕方ないじゃないですか。殆んど皆倒れちゃって稼働人員が凄く減っちゃったんですから。これ以上心労の種をこの場に残しておきたくないんですよ。」
「………了解です。」
良く見ると、なんだかミリクも周り同様いつもより元気が無い様に見える。ミシュナがさっきから恨みがましい視線をミリクに送っている所を見ると、ミリクはさっさとルーンから避難していた様だが、それでもかなりのダメージが残っている様だ。取り敢えずこの場はミリク達に任せて、御言葉に甘えるとしよう、実際今抱きついてきているルーンの無言がなんだか怖いし。
「えっとな……ミシュ、トワと、その…………もう一人、面倒を頼みたいんだけど………取り敢えず夜まで。」
「トワは分かるけど……もう一人? ………仕方ないわね……今日だけよ? それと、後でちゃんと説明する事。」
「ああ、すまん。恩に着る。」
「まぁ、昨日から一日あんな姿を見せられたらね…………責任はちゃんと取るのよ?」
ミシュナはそう言うと、ルーンを一瞥して溜息をついた。司羽は昨日初めて会って、尚且つ敵対していた為に微かに緊張状態が続いているユーリアをいきなり誰かに任せるのはどうかと思ったものの、この状態のルーンにユーリアをいきなり合わせると良くない事が起りそうな気がしたので取り敢えずミシュナに面倒を頼んでおく事にした。とはいえトワもなんだかんだで警戒は解きつつあるみたいだし、万が一共和国のレジスタンス連中がまだこの辺りに居て、口封じの目的でユーリアの身柄の確保を要求してきたとしても、トワが付いていれば戦力的には大丈夫の筈だ。何かあったらトワから連絡が来るから直ぐに飛んでいけばいいし。………まぁ、相手も過激な奴らといえどそこまで馬鹿な真似はしないだろう。取り敢えずトワ達の要求で捨ててしまったユーリアの杖の代わりに、後で護身具は念のために買っておくが。
司羽がそんな事を考えていると、ルーンは司羽が何か別の事に感心を向けているのに気付いたのか、抱きついたまま顔を上げると拗ねる様な表情で言った。
「司羽ぁ、私お風呂入りたい。」
「ああ風呂か。シャワールームはあるみたいだけど流石に風呂はないよな。」
まぁ、この学園は滅茶苦茶広いし、温泉が沸いててもあんまり驚かないけどな。司羽がそんな事を考えていると、ミリクが苦笑気味に微笑みながらそれに答えた。
「いいえ、お風呂でしたらありますよ? 学園長が趣味で作った大浴場が。私達も良く入ってますし、特別生徒に使用させてはならないとは言われていませんから。」
「ああ、そうなんですか。………本当にあったんですね。というかいずれ学園長にも会ってみたいですよ。色んな理由で。」
まぁ学園に入学させてくれたお礼とかも兼ねてどっかで挨拶しておきたい。マスターとの関係も気になるし。まぁ、それはともかく。
「ルーン、家の風呂は沸かさないといけないしちょうどいいからここで入って行くか?」
「ううん、私は司羽と二人で入りたいの。前に見たけど、ここのお風呂って混浴じゃないみたいだし。混浴だったとしても絶対に司羽以外に裸見られたくないもん。結界張ってもいいけど、魔法を使えばお風呂の準備もそんなに時間掛からないんだし、帰ってから一緒に家で入ろ?」
「……………。」
「ああ、司羽君。後日色々聞きたいことが出来ましたので職員室まで来てください。今日は空気を読んで遠慮しておきますけど。」
「明日になったら忘れてると思いますよ?」
「私が覚えてるので大丈夫ですよ♪ ………ふふふっ、楽しみです。」
「………ルーン、帰ろうか。」
「うんっ♪」
司羽が遠い目をしながらそう言うと、ルーンは誰もが見惚れる様な笑みを浮かべて司羽の腕を取った。こうして、司羽の長い長いクラス入れ替え試験は幕を閉じたのだった。