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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第二章~恋の矛先~
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第24話:二人っきりじゃない夜

「反対反対反対じゃ!! 主、あやつはリアを殺そうとしたのじゃぞ!? それをそんな簡単に信用するなんて正気の沙汰ではないのじゃ!! 寧ろ生かしておくのも危ういくらいじゃ。」


「まぁまぁ、取り敢えず最悪周りに危害が無い様に気を張っておくからさ。」


「し、しかし主にもしもの事があれば………童はっ………!!」


「……んっ………。」


 リアは周りから聞こえる騒がしい声に薄く眼を開けた。確か自分はユーリアとか言う女に魔法を撃たれて直撃を受けた筈だ。ならここは敵のキャンプか何かだろうか? あれからどれだけ時間が経ったのだろう。司羽さんは心配してないだろうか?


「ああ、リア。目が覚めたか? 悪いな、そのローブの魔力切れちゃってたみたいなんだが、俺達じゃ魔力の入れ方分からなかったみたいで。」


「………ろーぶ………………はっ!?」


「おはよう、リア。」


「こ、ここは!?」


 リアは身を起こすなり辺りを見回す。場所は薄暗い洞窟、見当たるのは暖かい火と、苦笑する司羽、何やら不機嫌なトワに、毛布代わりに掛けられたローブ。外を見るともう完全に暗かった。


「え、え? 私はやられた筈……それに司羽さん? あ、そうだ筆談!! って私何でここに!?」


「あーあー、いいから落ち着け。頭に衝撃破食らってたからな、取り敢えず体におかしい所はないか? 気持ち悪かったりとか、どこか痛かったりとか。」


「え、あ………それは、大丈夫です、えっと………。」


「主が御主を助けたのじゃ。流石に最後のあれが直撃すれば命はなかったろうからの。…………お姫様抱っこなんて童でもされたことそんなにないのに………。」


「た、助けたって………。」


 リアは混乱した頭で状況を整理した。自分はあの『道化』とかいう傭兵団と戦って、二人倒したけど追い詰められて、最後はあのユーリアとかいう女に魔法で攻撃されて、でもそれを司羽さんが助けてくれて………。


「ま、まさか、私の事をずっと見ていたのですか………!?」


「ああ、悪いとは思ったんだが………。」


「そんな、酷いじゃないですか!! 付いて来ないって約束したのに!!」


「何を言っておるのじゃ!! 主が居なかったらおぬしは殺されておったのじゃぞ? あの狙撃だって主がわざわざおぬしに小石を当てて気付かせ、敵の攻撃に対して主がおぬしの試験用のセンサーを妨害したからこそ試験だってこうして続けられておるのじゃ!!」


「そ、それは…………ありがとうございました。」


 トワがいきり立ってそういうと、リアは二の句が継げずに押し黙ってしまった。司羽はそれを見てトワへもう止めるようにアイコンタクトを送った。今度はそれでトワがシュンとなってしまったが、頭をぐりぐりしてやると嬉しそうに頬を綻ばせた。


「いや、悪いのは先に約束を破った俺だろう、リアが礼をいう事じゃない。それに、今回俺は自分の為に動いただけなんだからな。」


「試験のパートナーを助けただけ、という事ですか?」


「まぁそれもあるけど…………。まだ、俺にルーンの全部を任せられちゃ困るんでね。」


 司羽がそういうと、リアは驚いた様に瞳を見開いた。リアの表情には聞かれていた事に対する驚愕と、ほんの少しの羞恥があった。


「俺はルーンの恋人だが、あいつの親友の分までルーンを支えてやれる程の男じゃないんでね。ルーンの親友に死なれると困るんだよ。俺には話せない事とか、そういう事も沢山あるだろうしな。リアはルーンの親友なんだろ? 言った分の責任は取ってもらうよ。」


「司羽さん………。」


 司羽の台詞を聞いてリアはくすりと笑うと、自分の照れ隠しも含めて少し仕返しをしてみる事にした。


「………司羽さん、それはちょっと気障過ぎますよ?」


「そ、そうか?」


「無自覚じゃったか………さすがは主。」


 リアは司羽の発言に毒吐く様にそういうと、赤い顔で微笑んだ。トワは気付いていなかった様子の司羽に呆れ混じりの溜息をついたが、リアは苦笑するだけだった。そして、当面の問題を考える為、少し頭を回転させた。


「しかし、全て見られていましたか………。」


「あ、ああ、ごめんな。悪気はなかったんだけど。」


「それは分かっています。私も命を救われましたし………。」


 問題はこれからの事だろうとリアは考えた。流石に顔を見せたのとあの程度の会話では細かい所までバレてはいないだろう。司羽は異世界からの来訪者であるし、自分の顔も知れ渡っているというわけではない。だからこのまま何を聞かれてもシラを切り通せば誤魔化せるだろう。だが、それもなんだか気持ちが悪い。下手に調べられてその過程でルーンに知れても困るし、司羽ならちゃんと説明すれば自分の秘密をルーンに話してしまうような事はないだろうから、ちゃんと話してしまった方がいいのではないだろうか? 無論、隠すべき所は隠すつもりだけれど………。


「その………私の秘密の事なのですが…………。」


「その事なら、別に話さなくてもいいぞ。話してくれるなら聞きたいことは色々あるけど。」


「え………宜しいのですか?」


「ああ、最低限俺の判断に必要な事は聞いてあるし。興味があるのはリアの事っていうよりシーシナとかいう共和国の事だからな。個人の秘密に興味を抱くのは不謹慎だと思うし。」


 リアはその発言に安心する事半分、奇妙な違和感を覚えた。なんで司羽がシーシナ共和国の事を知っているのだろうか? そもそも聞いたとは誰に………。


「まさか、あの方達を捕まえて拷問でもしたんじゃ………。」


「拷問はしてないけど………ちょっと脅したかもしれないな。」


「…………どこまで聞きました?」


 リアは恐る恐る聞くと、司羽は暫く唸って考えた。


「取り敢えず、フィリアって名前とリアの国の事、共和国の事とかその辺だな。後、リアが共和国に対するレジスタンスの旗領に祭りあげられようとしてた事とか。」


「ううっ………殆んど全部じゃないですか。」


「悪いな、そこら辺を知ってないと俺もあいつらをどうしていいのか判断出来なかったものでね。」


「じゃが、その結果がどうしてこうなるのじゃ………。」


 司羽が落ち込むリアにそう言って謝罪すると、隣でトワが愚痴る様に呟いた。司羽はそれに対して苦笑していたが、リアにはその意味が理解出来ていない様で首を傾げただけだった。そんなリアに、トワは瞳をうるうるさせながら詰め寄った。


「リア、おぬしからも主に言ってやってくれ。あやつは主を誘惑して利用する気なのじゃ!! そもそもこんなに簡単に心変わりするなんて信じられる訳が無いのじゃ。主はあの女に騙されておるだけなのじゃ!!」


「あの、意味が良く分からないのですが………。」


 トワの色々と端折った台詞に困惑していたリアだったが、少し不機嫌そうに佇む人影が樹海の方から近づいて来たのを視界の端で捕え、そちらを振り返った。


「…………失礼ですね、私が司羽様を利用したり出来る筈がないじゃないですか。命がいくつあっても足りませんよ。」


「えっ………そんな、貴方なんで此処に………。」


「帰ってきたか、おかえり。」


 眼の前に現れたスケッチブックを持った女に、リアは驚きと困惑で身を固くした。薄い緑色の綺麗な髪をセミロングにし、黒いカチューシャで止めている。穏やかな琥珀色の瞳は大きく、肌の色は夜の闇に映える様に白い。背は司羽の肩より少し高いかどうかという程度で、顔立ちはどちらかと言えば童顔だったが、大人っぽい艶やかさも携えていた。胸も年相応に膨らみ、腰のくびれは服の上からでも分かる程。見る者からほぼ間違いなく美しいと形容される容姿だったが、リアは我に返るなりその女を敵意に満ちた視線で睨みつけた。


「ユーリア、何故貴方が此処にいるんです!!」


「何故、と申されましても………。それとこれは司羽様に頼まれたスケッチブックです。リア様、御確認ください。」


「え? た、確かに私のですけれど………。」


 リアはユーリアの行動が理解出来ないというように訝しげな視線をユーリアに送り、スケッチブックを確認した。ユーリアはスケッチブックがリアの物だと確認すると、そのまま司羽の傍へと寄った。


「悪いなユーリア、こんな夜中に取りに行かせて。」


「いいえ、元はといえば私達の責任ですから。それに星の明かりがありましたし、道を覚えているので大丈夫です。って、司羽様!? 私を子供扱いしないでください頭を撫でないでください、私は年上ですうううううううううううっ!?」


「こ、これは一体どういう事なのですか………?」


「ううっ………主。」


 目の前で頭を撫でられてちょっと嬉しい様な複雑な様な顔をして文句を言っているユーリアを見て、リアはユーリアの発言の中に変な言葉がある事に気付いた。司羽様とはどういう事だろう? もしかしたらという予想はあるが………まさか、そんな事はないだろう。リアはまさかとは思いつつ、確認の意味で司羽へと視線を送った。


「司羽さん、まさか。」


「ああ、ユーリアを使用人として雇った。」


「そんなっ、なんでですか!? ユーリアは敵だったのですよ!?」


「そうじゃぞ主、いくらなんでも酔狂過ぎる。」


 溜息をついたトワに合わせて、リアはユーリアを撫でるのを止めた司羽と、頭を押さえているユーリアを交互に見つめ、その表情を険しくした。


「絶対に反対です、信用できません。」


「…………リアまでそんな事いうのか。」


「当たり前です、ユーリアは私を殺そうとしたのですよ!? 司羽さんにもしもの事があればルーンがどれだけ悲しむか!!」


「だけどなぁ。」


「主、リアも言っておるじゃろう? いくらなんでも簡単に人を信用し過ぎじゃ、ユーリアが主を騙そうとしていないという保証がどこにある。」


 不安気な表情で説得してくるトワと断固阻止しますと顔に書いてあるリアに挟まれて、司羽もどうしたものかなーと頭を悩ませた。ユーリアもさすがに居心地が悪そうな表情をしている。司羽もこの状況は想像していたのだが………。


「俺はユーリアを信じるに足りる人間だと思ってるんだよ。」


「そういう所は主の美徳だとは思うが……。」


 そう言い切った司羽に、トワは救いを求める様にリアを見た。ユーリアがここに居るという事は、リアが勝てなかった三人を少なくとも倒しているのだ。どんな手を使ったのかはリアには分からなかったが、ユーリアが司羽に従っている所を見るとそれは間違いない。ならば自分が暴力の面で司羽を心配するのは御角違いなのかも知れないと思ったが、ユーリアをただ信用する事も出来ない。取り敢えずリアは、今は司羽に考える時間を設けてもらうべきだと判断した。


「少なくとも、私はこの方を信用する事が出来ません。試験の間、共に行動するだけなら警戒も出来ますが、ユーリアの傍で眠るのは………正直怖いです。」


「……………司羽様。試験の間、私は離れていた方が良いかもしれませんね。私がリア様に攻撃を仕掛けたのは確かなのですから。」


 リアの発言を受けてかユーリアが司羽にそう言い、やはりこうなったかと司羽は心の中で溜息をついた。これも一応は司羽の予想の範囲だったのだが、リアにこうまで言われるのはユーリアに責があるとしても、司羽としては今日一晩ユーリアと離れて余計な不安をユーリアに抱かせたいと考えていた。ユーリアが司羽を騙そうとしているというのは司羽も考えたが、司羽はとっくにその考えを破棄している。これから一緒に過ごしていく上で、周りの誰もが自分を信用してくれていないとユーリアに思われるのは司羽としても心外だった。


「なら決まりだな。行くぞ、ユーリア。一緒に付いて来てくれ。」


「………はい? それは構いませんが、何処へ、何をしにですか?」


「何って、寝に行くに決まってるだろ? 場所はこの近くでさっき見つけた洞穴。もう夜も遅いんだから、それに俺は眠れる時に眠るんだ。ああ、ちなみに寝具は一つしかないから悪いが共用だ。トワの分は一応念のために貰って来てあるんだけど、流石にこの事態は想像してなかったからな。」


 司羽の発言に三人は暫く何を言っているのか理解できないという様に固まっていたが、暫くするとトワとリアは焦りの表情へと変化し、ユーリアは顔を赤くした。


「そ、そんな、司羽さん考えなおしてください!!」


「そ、そうじゃぞ主、危険すぎる!! 襲われたらどうするのじゃ!!」


「………なんだか寧ろ襲われる心配をしなくてはいけないのは私の様な気がしますが……………司羽様に襲われたら抵抗出来そうにありませんし………主従とか、力とか、その………色々……。あっ、司羽様、その様な事は私が………。」


 三者三様な反応を見せたが、司羽としては完全にそれをスルーで出ていく仕度を始めている。それを見たユーリアも顔は赤いままだったが、司羽の仕度の手伝いを始めた。リアとトワは焦りつつも顔を見合わせて頷きあった。


「そ、それなら童が主と一緒に行く!! それなら寝具も三つで足りるじゃろう。童が主の中へ戻れば良い!!」


「駄目だ、リアを一人には出来ない。」


「わ、私なら大丈夫ですからトワさんを連れて行ってください!!」


「まだ体調が完全じゃないんだから無理するな。」


「ですが司羽さんとユーリアを二人にして貴方に何かあっては………。」


 堂々巡りにしかならない会話に司羽は呆れ混じりの溜息を抑えられなかった。司羽としてはそのユーリアに余計な事を考えてほしくなかったのでこういう会話の繰り返しは早く終わらせたい。取り敢えずユーリアは何やら赤くなっていてこっちの話にまで頭が回っていないようだったが………。今の内に二人を説得しなければならないだろう。


「あのなぁ、俺がユーリアに襲われたからってどうにかなると思ってるのか?」


「そ、それは、確かにそうかもしれませんが………。」


「トワ、お前の主は誰だ? 心配してくれるのは嬉しいけどな、主を信用する事が出来ないのか?」


「ううっ、そんな事はないのじゃが………。」


「なら、決まりだ。明日の昼までには迎えに来る、二人共ゆっくり休んでくれ。特にリアはさっきまで気絶してたんだから、気を付けろよ? トワなら俺の居場所が判るだろうし、何かあったら直ぐに俺を呼びに来ること。」


 司羽がそういうと、二人は渋々と言った感じだったが頷いた。リアとトワがユーリアとこのままなのは問題があると思うが、それも時間を置くべきだろうと司羽は思考した。ユーリアが司羽の荷物をまとめ終わると、司羽は手を挙げて二人に分かれを告げる。


「二人共、おやすみ。」


「あっ、そ、それでは、失礼いたします。」


 司羽が荷物を持って洞窟から出ると、ユーリアはそれを追いかけて司羽に付いて行った。後に残された二人は司羽達を見送った後、お互いに顔を見合わせると、大きく溜息をついた。


「司羽さんって、結構強情なんですね。」


「ああ、その様じゃな。」


 ユーリアの事は信用した訳ではなかったが、司羽ならそう大きな問題が起きる事もないだろう。………取り敢えず、リアとしては自分の問題をなんとかしなければならなかった。ユーリアの事は試験が終わればルーンにも話さなくてはならないだろう。そうなると、リアの秘密の事がバレる可能性がある。なんとか誤魔化す方法を考えなくてはならない。


「トワさん、ルーンへの言い訳を一緒に考えてもらえますか?」


「ああ、まだ眠くもないしの。お安いご用じゃ。」


 そうして、二人はルーンへの言い訳案を夜の間話し合いながら過したのだった。












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「あ、あの………司羽様?」


「ん、どうした?」


 司羽とユーリア、二人は光のない樹海の中を歩いていた。星の明かりがあるとは言え、先ほどユーリアがスケッチブックを探しに行った時よりも闇が深く、前は殆んど見えない状況だ。魔法で光を灯せばいいのだが、先ほどトワに危険だと言われてユーリアの持っていた杖は破棄された為それも出来ない。仕方が無いので夜目の利く司羽がユーリアの手を引いて歩いている状態だ。ユーリアとしては自分の手が汗ばんでしまっていないかと気になってしょうがなかったが。


「あの…………先ほど仰っていた事なのですが。」


「えっと………どの事だ?」


「私を信用してくださっているという事です。」


「ああ、その事ね。」


 ユーリアはなんでもない事の様に言う司羽を、不思議な物を見る様な眼で見た。司羽はそれに気付いて苦笑したが、何も言わずにユーリアからの言葉を待った。


「いきなり押しかけて来た私自身が言うのもおかしいのかもしれませんが………。何故、私を信用してくださったのです? もしかしたら貴方を油断させて、そのままフィリア………リア様を捕えようと考えていたのかも知れないのに。」


「………さぁ、何故だろうな?」


「………惚けないでください。貴方はトワ様の言う様な、酔狂で行動する様な方ではないでしょう?」


「まぁ、確かに。」


「……………きゃっ!?」


 ユーリアは真剣に受け答えをしていない様に聞こえる司羽の反応に一時押し黙り下を向いていた。その為、司羽が急に足を止めたのに気付かず、司羽の背中に突っ込んでしまった。


「ユーリア。」


「………つ、司羽………様?」


「あの時、ユーリアは俺が見る物を見てみたいって言ったな? それに、俺がどういう人間なのかを知りたいって、だから仕えてみたいんだって言ったな?」


「………はい、言いました。」


 いつの間にか、司羽が真剣な顔で自分を見つめているのに気付き、ユーリアははっきりとそう言った。ユーリアが去っていく司羽を追いかけ、そして司羽に言った事。そこに嘘はなかった。ユーリアが自分で考え、進もうと思った道だ。司羽の使用人として生きる事が、復讐よりは良いと感じたからと言うのは確かにある。だがなんとなく、そうする事が自分にとっても正解なのだと思ったのだ。それは別に傭兵の仕事先で出会った一人の男に付き従う事などではない。この司羽という人間の傍にいる事が、自分のあるべき姿だと。ユーリアは何故かそう思ったのだ。


「何故だと思う?」


「………はい?」


「ユーリアは何故だと思う? 何故俺がユーリアを信用したんだと思う?」


「……それは………。」


 それを聞いているというのに。質問で返されてしまった。だが、司羽はユーリア自身をからかっている様には見えなかった。真剣にユーリアに質問してているのだ。少なくともユーリアはそういう感想を抱いた。だからじっくり考えてみて、それに答える事にした。


「分かりません。」


「……………。」


「でもやっぱりさっきの私の質問、司羽様は答えなくてもいいです。その答えは私が考えます。司羽様の傍に居れば、いつか全部分かる時が来ると思いますから。なんかそうじゃないと意味がない気がしますし。」


 ユーリアがくすりと笑ってそう言うと、司羽は無言で微笑んだ様に見えた。司羽が直ぐにまた前を向きユーリアの手を引いて歩き始めてしまったので、ちゃんとは確認出来なかったのだが。

 手を引かれているユーリアは、なんとなく司羽と繋ぐ手に入れる力を強めた。やはり、ここは正しい場所だ。誰がなんと言おうが、ここが自分の居るべき場所なのだと、そう思えた。ユーリアは司羽の方を見て優しげに笑みを深めると、この話はもう終わりにしようと、わざと別の話を切り出した。


「でも、司羽様もラッキーですよね。私みたいな可愛い女の子を賃金無しで雇えるんですから。」


「自分で可愛いとか言うなよ。それに金の事は勘弁してくれ。俺は家なき子で実質居候みたいなものだからな。家の家主はそういう事は気にしないだろうが、居候の身分としては自分の侍従の食費くらいは自分で出したいし。近くで色々採取出来るからそこまで金には困ってないが、流石に人一人の給料なんて出せないんだ。」


「まぁ私も両親の遺産がありますのでお金にはあまり困っていませんし、食事さえあれば問題ないのですが…………司羽様って何処かに居候なさっているのですか?」


「ああ、ちょっとした事情があってな。」


 司羽がそう言って苦笑すると、ユーリアはちょっと気不味そうに頭を下げた。失敗してしまったかもしれない……と。それを見て司羽はユーリアが何を勘違いしているのかすぐに理解した。


「申し訳ありません。司羽様の事をまだ良く知りもしないのに不作法な発言を………。」


「あーいや、こっちも勘違いさせる様な事言って悪かった。家が無いって言っても親がいなくてとかそう言った理由じゃないんだよ。」


「………そうなのですか?」


「ああ、まぁ、実質こっち側にはいないんだけど………。」


「こっち側………? なんだか良く分からないのですが。」


 司羽の方も分かるはずがないだろうなと思いながら、ユーリアには話しておいた方がいいだろうと判断した。その内容というのは勿論世界間移動の事なのだが。


「えっと、だな。俺は実はこの星の人間じゃなくてだな………。まぁ、ぶっちゃけ異世界から来たんだよ。」


「……………………………え?」


「ああ、分かってる。そういう反応されるって事も分かってた。取り敢えず後で説明するから今は置いておいてくれるか? その為に紹介しなくちゃいけない人もいるし。」


 表情を引き攣らせて首を傾げたユーリアを見て、司羽はついつい苦笑してしまった。そういえばトワにもちゃんと説明しなくちゃいけないかもしれないな。色々とあって説明するのをすっかり忘れていたからいい機会だろう。思えば、あのかくれんぼ事件からもう大分経った様な気もする。つい最近の事なのだが。


「取り敢えず、そろそろ着くから今日は早めに寝ようか。」


「………そ、そうですね。色々と聞きたい事はありますけど、明日にしましょう。」


 司羽がそういうと、ユーリアの顔は急に赤くなった。手を握る力も自然と強くなってしまっている。司羽が見たところなんだか緊張しているようだ。無論ユーリアはこれから二人っきりで眠る事に対して緊張しているのに他ならないのだが。そんな事とは知らず、司羽がユーリアに大丈夫かと声を掛けようとしたその時、司羽は少し離れた場所、司羽の記憶だと洞窟があった場所から気配を感じた。司羽がまたもや足を止めたのに気付き、ユーリアが司羽の顔を覗き込むと、何かを考える様に表情を険しくしている。


「ど、どうなさいました?」


「この先の洞窟から人の気配を感じる。恐らく先客だろうな。」


「私は何も感じませんが…………その洞窟ってどれくらい遠くにあるんです? それにその様な方達は失格にしてしまえばいいのでは? そういう試験なのでしょう?」


「まぁ、確かにそうなんだけどな………ちなみに距離にすると二キロって所だ。気を抜いてて気付かなかった。」


「それは近くありません、リア様達の居る洞窟からまだ半分以上あるじゃないですか。……………それで、その方達が何か問題でも?」


 司羽の反応に対して心底不思議そうにしているユーリアの隣で、司羽は唸る様に考えた。と、言うのもその気配が以前にも感じた事がある気配で………はっきり言ってしまえば友人の気配だったのだ。まぁ試験前にはこういう事もあるだろうとは覚悟していたのだが。


「やっぱり、友人だからって見逃したりするのは良くないよな?」


「なるほど、そういう事ですか。………まぁ確かに試験的にはそうかも知れませんね、ペーパーテストで言うカンニングの様な物でしょうか? 私はこういう事は良く分かりませんが。」


「………今から失格になってもA台には残れるだろうし………まぁいいか。取り敢えず、寝込みを襲うのは嫌だからな。今ならまだ起きてるみたいだし、急ぐぞ。そっちの荷物もこっちに渡せ。焦らなくていいけど、ちょっと速足で行く。」


「は、はい。」


 司羽はそう言ってユーリアから荷物を受け取ると、ユーリアが付いて来れるスピードで夜の樹海を走りだした。












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「大丈夫か、ユーリア?」


「………司羽様、なんで荷物持ってくれていたのに息が乱れてないんですか? さすがに理解出来ません………。」


「たかが二キロだろう。」


「あんな速度で走る二キロなんて初めてです………短距離じゃあるまいし………。」


 呼吸を整えながら話すユーリアに苦笑しながら洞窟の入口へと向かう。中にいる人間は取り敢えずまだ起きているらしい。だから取り敢えず呼んで見ることにした。


「おーい、出てこーい。出てこないと入口を岩で封鎖するぞー。」


「この声は………つ、司羽!? 何故ここに!?」


「あーやっぱりそうだったか。」


「この方達が司羽様のご友人ですか…………あまり強そうには見えませんが………。」


 司羽の脅迫染みた発言で奥から現れた二人の内の一人は司羽の予想通りの人物だった。司羽と同じくらいの身長に、少し癖のある金髪の少年、ムーシェは司羽がそこに居る事に大層驚いた様子だった。


「よお、ムーシェまだ残ってたんだな。」


「ああ、ほんの少し司羽の御蔭でもあるのかもしれないけどね。君が開始早々にあんな騒ぎを起こしてくれたおかげで君の隣にいる事の多い僕まで敬遠し出した生徒がいたのはたしかだし。その御蔭で魔力もあまり消費していない。僕は魔力の回復がどちらかと言うと遅くてね、ありがたい事だよ。」


「ああ、そういえば私が侵入する時にも教師やスカウトが噂されていましたね。今回試験準備時間中に強化中のフィールドすら貫通して襲い掛かってくる恐ろしい生徒がいると…………あれは司羽様の事でしたか。」


「そんな噂になってるのか………。」


 あんまりそういう噂は好きじゃないんだが………と司羽が渋い顔をしていると、ムーシェはユーリアの事が気になった様子で、観察する様な視線を送っていた。ユーリアがなんと自己紹介していいのかわからないといった感じで視線を向けて来たので、司羽は助け舟を出す事にした。


「司羽、君は確かリア嬢とペアではなかったのかい? それにこの人、この学園の生徒でもないよね。こんな美人なら流石の僕も忘れる筈ないし………。」


「ああ、ユーリアは俺の侍従だ。ちょっとした訳があってここにいる。それとリアは今別行動なんだ、まぁトワを置いて来たから問題ないさ。」


「ユーリアと申します、司羽様の侍従をさせて頂いております。」


 不思議そうに訪ねてきたムーシェに司羽がそう言ってユーリアを紹介すると、ユーリアはそれに合わせて綺麗にお辞儀をした。その時のユーリアの動作がとても優雅で、家の都合上で上流階級と会う事も多かった司羽もそれに感心した。そういえば自分に付き従っている時の立ち居振る舞いも中々様になっている、一体どこで習ったのだろうか? 取り敢えずユーリアの事を深く聞かれると面倒なので、直ぐに話題を逸らす事にした。


「それで、ムーシェのぺアってのは………。」


「ああ、紹介するよ。この子は僕の妹の………。」


「リンシェです。司羽さんには不出来で無礼な兄さまがいつもお世話になっております。」


「り、リンシェ、それはあんまりではないかい?」


「本当の事でしょう。」


 表情を若干悲しみの色に染めて話すムーシェの隣で軽蔑混じりの視線を送っているリンシェと名乗った少女に、司羽は視線を移した。髪はムーシェと同じダークブロンドとでも言うべき色感の金色でショートヘアーという程度の長さ、身長は百三十と少し程度だろうと司羽は推測した。色感が違うとはいえ同じ金髪で小柄なのに第一印象がルーンと全く被らないのはその橙色の瞳のせいというのもあるだろう。今その瞳からムーシェへ発せられている視線は少々キツイ感じがする。まぁ、ルーンも最近俺の周りの人間に滅茶苦茶キツイ視線を送る様になったけど………ミシュナは今頃大丈夫だろうか?


「リンシェは十二だが、これが中々魔法の才に長けていてね。年は低いがクラスは僕と同じAマイナスクラスなんだ。」


「へー、君凄いんだな。」


 ムーシェの言葉に司羽が素直に感心すると、リンシェは謙遜している様子もなくただ当たり前の事の様に首を横に振った。


「凄くはありません、司羽さんの恋人であるルーン様は私の年で既に学園全体の主席でした。それに色々な方々から既に認められていましたし………私はまだまだです。」


「あー………司羽、リンシェはルーン嬢のファンなんだ。とは言ってもいきなり君を襲ったりはしないから安心してくれ。」


「ああ………しかしルーンは本当に人気なんだな。」


「当然です。ルーン様はこの学園の、いいえ、この町、この国の誇りなのです。憧れを持たない筈がありません。」


「誇りって………。」


 なんだか聞いてるとルーンが地球での俺の家みたいな扱いをされてるみたいで妙に受け入れ難いな、良い事なんだろうけど。と、司羽がそんな事を考えていると、ユーリアが少し青くなった顔で手を挙げてきた。何やら質問があるらしい。


「どうしたんだ? 何かあったか?」


「い、いえ、その………司羽様の恋人と言う方の名前がルーン様と聞こえたのですが………それはまさか、次元魔法の………?」


「ああ、その次元魔法のルーンだと思うぞ? ちなみに言い忘れてたけど俺が住んでる家の家主もそのルーンだ。」


「はい、ルーン様が司羽さんをそれはもう異常な程に愛していらっしゃるのは、ルーン様と同じ教室で授業を受けている私達には知れ渡っています。司羽様の事を話すルーン様はそれはもう嬉しそうですし、司羽様の悪口を言っていた学生がルーン様に次元の彼方へ飛ばされそうになったりしていましたしね。あの時はミシュナさんがルーン様を説得して救出しましたけれど、それがなければ確実に一人の命が消え去っていたでしょう。あの時のルーン様はミリク先生が止めに入るのを躊躇うくらいに怖かったですし、それ以来私達のクラスで司羽様の悪口は死と同義となっているのです。」


「「………………。」」


 司羽の発言に表情を引き攣らせたユーリアは、続けたリンシェの言葉に顔色を一層青くした。余程ショックだったらしく、そのまま沈黙してしまっている。司羽もそんな事があったとは聞いていない。どうやらミシュナには色々な所で世話になっているらしい。やはりミシュナに指輪を贈ったのは間違いではなかったようだ。


「……………もしルーン様に司羽様を攻撃しようとした事が知れたら………私はどうなってしまうんでしょうか………。」


「ユーリアさん、どうかなさいましたか?」


「あ、い、いえ、何でもありません!!」


 真っ青になって呟いたユーリアの声を微かに聞きとったリンシェが尋ねると、ユーリアは声を裏返しながらそう答えた。聞き取ることが出来た司羽はそれを見て苦笑してしまったが、ルーンにはリアも本当の事を隠したがっていたし、心苦しいが何か考えておいた方が良いかもしれないと思いなおした。


「そ、それより司羽様。これからどうなさるのですか?」


「ああ、そういえば忘れてた。」


「ん? 何がだい?」


「いや、何がって決まってるだろう。これは試験なんだぜ? ………取り敢えず、友人相手に不意打ちはどうかと思うから、そっちからどうぞ。」


 ユーリアが咄嗟に話題を変えて司羽に言って来たのを聞いて、司羽も忘れかけていた試験の事を思い出してそう言った。ムーシェはそれを聞いて暫く沈黙すると、冷や汗を流した。


「えっとだね………それはつまり………。」


「ああ、勝負だって事だな。そっちには悪いが試験に不正はいけないと思うんだよ。」


「ちょ、ちょっとお待ちください司羽さん!!」


 司羽がムーシェの問いに答える様にそう言うと、リンシェが焦った様な表情で前に出て司羽を制止した。どちらかを失格にすれば良いのだから戦うのはどちらかでも、二人相手だろうが司羽は構わないのだが、出来ればこんな小さな女の子を攻撃したくはない。どうしてもやらなければいけないなら話は別だが、ムーシェを攻撃して済むならそれが一番だろう。………若干酷い思考だとは思ったが。そんな事を考えつつ、司羽はリンシェに視線を移し、言葉を促した。


「あの、これは相談なのですが…………ぶっちゃけ正直な話、私達を見逃してくれませんか? 出来れば保護もお願いしたいです。」


「………うーん…………。」


 まぁ、そう来るだろうとはなんとなく思っていた。今朝の一件はリンシェも知っているみたいだし、ムーシェと自分は一度対戦済みなのだから、それを見ているとすればそこから検証して勝てないと判断したのかもしれない。交渉は妥当な選択といえばそうなのかも知れないが………。


「ユーリアは参加者じゃないから今なら二対一になるよ?」


「前にやっていた兄さまと司羽さんの対戦は私も見ていましたが兄さまは戦力になりません、ですから一対一です。そして私は司羽さんに勝てると思うほど判断力が鈍くはありません。我武者羅に逃げて逃げ切ったとしても魔力を使い果たして他の人達にやられちゃいます。」


「リ、リンシェ!? 酷いじゃないか、兄さんが嫌いなのかい!? それに兄さんにもプライドっていうものが………。」


「プライドでクラスが上がるなら安いものです。それに転校生で右も左も分からない司羽さんを無理矢理戦わせて、挙句に遊ばれて、結局無様に負けた兄さまなんてとっくに大嫌いです。学園主席の兄さまを少しは尊敬していたのに、正々堂々戦ったのならまだしもあんな真似するなんて、最低です。さっさと失せてください。」


「り、りんしぇえええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!!!!!!!」


ダッ


 ムーシェはリンシェのごみを見る様な視線を受けると、泣きながら夜の樹海の中へと走り去っていった。まぁ、杖は持っていた様だし大丈夫だろう、そもそも教師とかスカウトから監視されているから遭難の心配はないし。誰かに会って倒されるならそれはムーシェが悪い。


「まぁそれで見逃すって話だけど、やっぱりいけないと思うんだよね、そういうの。」


「そこをなんとかなりませんか? 実際手を組んでいる方達は沢山いますし、ルール違反にはならないかと。」


「うーん、でもそういう人ってのはお互いに利益を感じてそうしてる訳でしょ? 正直俺は一人で足りてるし、リアを今あんまり戦わせたくないからこれ以上護る対象が増えるのも困るんだよね。」


「ううっ、結構ドライですね。」


「司羽様は身内には滅茶苦茶優しくてそれ以外にはドライな方だと私も思っています。」


 がっくりと項垂れたリンシェにユーリアが付け足す様に言った。奇襲を掛けなかったり、ちゃんと攻撃を待ってる時点で冷たくはないと思うのだが、二人にドライ認定をされてしまったようだ。女心は難しいとか司羽が考えていると、リンシェが急に手をポンと叩いた。


「利益ならあるじゃないですか!!」


「ん? どういうことだ?」


「えっと、司羽さんとユーリアさんは………その………えっちな目的で二人になったんじゃないんですよね?」


「ふぇぇぇっ!?」


「な、何を言ってるんだ!?」


 リンシェの発言に司羽は表情を固まらせ、ユーリアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。司羽達の反応を否定と取ったのか、リンシェは顔を赤くしながら指を立てて説明した。


「二人にその気はなかったとしても、司羽さんにはルーン様という恋人がいます。リアさんが別行動してらっしゃるのですし、恐らくこの事もルーン様の耳に入るでしょう。だから、私が証人になるのです。夜の間二人はそういう事を何もしていらっしゃらなかったと。」


「………なるほどな。」


 まぁ、確かに疑われる事もあるかもしれない。少なくともミシュナは疑ってくるだろう。だが、正直ルーンは自分の言った事ならば基本的に信用してくれているのだ。だから証人を用意する方が寧ろ誤解を招く結果になるかもしれない。………とはいえ、リンシェにこんなに期待された顔で見つめられたら………断れないよなぁ。


「ど、どうですか?」


「…………まぁ、仕方ないな。」


「ほ、本当ですか!?」


 司羽が苦笑して頷くと、リンシェは胸の前で手を組んで跳ねるように喜びを顕わにした。その様子を見て、ユーリアは司羽に視線を送るとくすくすと笑った。


「ふふっ、司羽様はお優しいですね。可愛い女の子だから特別ですか?」


「あのなぁ………。」


 くすくすと笑うユーリアに居たたまれなくなって、司羽は手で二人を洞窟の奥へ払うようなジェスチャーをした。


「二人共さっさと寝ろ、夜の間は俺が番をしてやるから。ムーシェは帰ってきたら手伝わせるけどな。」


「はーい!!」


 司羽がそう言うと、リンシェはぴょんぴょん跳ねるように上機嫌で洞窟の奥へと入って行った。だが司羽は、夜番をする為に入口まで出ようとして、ユーリアが司羽を見つめたまま微笑んで動かない事に気が付いた。


「ユーリア、どうしたんだ? 早く寝ろよ。リンシェも不審に思うぞ。」


「いえ、やっぱり司羽様は自分の身内の人間には優しいんだなーって思いまして。あの時に私達を見ていた見下す様な眼とは大違いです。」


「………唯の取引だよ。まぁ、あの子を攻撃しにくくなったってのはあるけどな。」


「………ふふっ、司羽様は嘘吐きですね。まぁ全部が嘘ではないですし、照れ隠しみたいな物でしょうか?」


「………なんだよそれ。」


 司羽の方を見て微笑むユーリアに、司羽は半ば呆れる様な声でそう言い返した。そんな司羽に、ユーリアは嬉しそうな声で言った。


「私の為なのでしょう?」


「………なんでそうなるんだ?」


「あの二人を失格にしなかったのは、私が司羽様と二人っきりの夜を過ごすのに緊張していたから。だからあの子を挟んで緊張を和らげようとしてくれたんです。あの子がどんな子だろうと、取り敢えず女の子がいれば私は一先ず安心出来ますから。」


「自意識過剰だよ、それは。」


 司羽は入口付近まで行くと、そこにあった岩に腰を下ろした。ユーリアは壁に背を向けて、だが、視線だけは依然司羽へと向けていた。


「そんな事ありません。だって、司羽様は試験は試験だって割り切れる人ですから。友人だから奇襲は嫌だとか言う人じゃありません。あれは洞窟に、ムーシェ様の他にリンシェ様の………女の子の気配を感じたから利用しようと思ったんですよね? 私の為に。」


「………………。」


「理由は他にもありますよ? 貴方は試験中に気を抜く様な人じゃありません。だからあの時二キロ先の気配に気付いたのは嘘です。気付いたのはムーシェ様とリンシェ様の気配じゃない、リンシェ様の気配が女の子だという事です。それにさっきだって私が言いださなかったら、あの二人が見逃して欲しいって話をするまでずっと無駄話をしているつもりだったのでしょう?」


 ユーリアがそこまで言うと、司羽は溜息をついて苦笑しながらユーリアへ視線を向けた。ユーリアは微笑んだままその視線を受ける。暫くそのままだったが、司羽はしびれを切らした様に背を向けて夜番に入った。それを見てユーリアは若干拗ねた様な表情になった。


「まだ会って一日と経ってないのに、よくもまぁそう簡単に人の性格を判断出来るもんだ。まぁ、外れてるけどな。」


「………いいですよ、司羽様が強情な人なのもなんとなく分かってましたから。………だから、これから貴方の傍でゆっくり確かめさせてもらいます。」


「まぁ、そうしてくれ。」


「………でも、これだけは言いたかったんです。」


 ユーリアはそう言って岩に座っている司羽の傍まで寄ってきて肩に手を乗せ、腰を落として耳元で囁いた。


「………ユーリアを、貴方の身内に迎えてくださりありがとうございます、ご主人様。」


 ユーリアは一言そう言うと、頬をほんのり赤くしてリンシェの待っている洞窟の奥へと姿を消した。それを背中で感じ取り、司羽は一人溜息をついた。


「……どうも年上ってのは、苦手だなぁ。」


 司羽の独り言は風に混じって夜闇へと消えた。そして、司羽がユーリアと初めて出会った夜は静かに過ぎて行ったのだった。

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