第23話:平和を語る道化
戦闘描写は難しいですね。書き直す事何度か、文字数も15000文字を超えてしまい。自分の作品中でも過去最高です。長すぎでしょうか? 区切った方がいいよー、という人はコメントください。
「おお………美味いな。」
『お口に合った様で良かったです。』
「でもこんな物が隠されてるなんて、ちょっとしたゲーム感覚だな。」
試験開始から数時間が経ち、辺りも大分暗くなってきた頃。司羽はリアが作った夕飯に下鼓を打ちながら、鍋やまな板へと眼を向けた。
これは司羽やリアが持参した物ではなく、何故か樹海にあった川辺に梱包されて放置されていた物だ。司羽も最初は怪しくて使う気にならなかったのだが、リアの話では料理に使う道具や寝袋なども探せば各地に設置されているというので唖然としてしまった。これはフィールドが樹海である必要があるのかも不明だ。だがリアは大して気にした様子もなく、司羽に待っているように一筆書くと、その場で黙々と調理を始めたのだ。材料は支給された物の他に川で取れた魚や森で取れた木の実、それと司羽が見つけた動物(例の最初に落ちた森で見つけた生き物がここにも居た)の肉で、なんだか軽くキャンプ気分を味わっている。リアは魚や動物の血抜きもお手の物で、料理上手だと素直に褒めてしまっていいのかと司羽も苦笑いをしてしまった。だが隣で大人しく食べているトワも満足している様だし、これで良いのだと納得しておく。
「慣れてるのか? こういう所での料理って。」
『はい、割と。』
「ふーん。リアとペアになった俺は運が良かったのかな。」
『ありがとうございます。でもこれくらいならばルーンも出来ますよ? あの子はずっと一人暮らしでしたから、料理や他の家事レベルもとても高いですし。この魚の捌き方もあの子から習ったんですよ。司羽さんもあの子の手料理は食べたことあるでしょう?』
「ああ、なるほどな。でもルーンはやたらと俺の手料理を食べたがるんだよなぁ………俺は家事は好きだけど、そこまで上手くはないんだが。」
恋人になってからは寧ろルーンが自分で作りたがる事が増えたが、それでもお弁当を作って欲しいとかいきなり言い出す事もあるし、まあ理由はなんとなく分かるようになって来たけど。
『きっと甘えたいのでしょう。誰かがあの子の為だけに食事を用意をしてくれる事なんて今までなかったでしょうから。』
「だろうな、最近やっと俺にもそれが分かるようになって来たよ。」
『貴方は凄い方です、司羽さん。私は三、四年程あの子の傍にいますが、私がそれを分かるようになるのにどれだけ時間が必要だったか。』
「四年か……。俺はもっと昔から一緒なんだと思ってたよ。」
『そうですね………あの子は物心ついてから私に会うまでの間ずっと独りでした。ですからこれからは、司羽さんがあの子に教えてあげてくださいね、人の温かさと愛を。私はルーンへ声を掛ける事も姿を見せる事も出来ない身の上ですから、きっと、その役目は神様が司羽さんの為に取って置いたんですよ。』
リアはそう書くと、食べ終わった自分の食器や料理が無くなった皿を片づけ始めた。それを見ていたトワは司羽に視線を送ると、司羽はその視線の意味を読み取って頷いた。それと同時にトワも洗い物をするために川辺の方へ食器を移動させ始めた。本当なら一々許可をあげなくてもいいのだが、何分リアは秘密主義な子だ、トワの行動もコントロールしておかないと不注意でリアに不快な思いをさせてしまうかも知れない。そんな理由からトワにはリアに関する行動を起こす時に許可を取る様にと言っておいたのだ。
「でも、なんだかルーンの話ばっかりだな。」
『………そうですね、私は自分の事を話すのが下手なので。つまらなかったですか?』
「いいや。リアが自分の事を話す訳にはいかないのは、なんとなくだけど分かってるしな。何故かは分からないけど、それは俺が立ち入るべき事柄じゃないんだろうし。それに俺だって、ルーンの事くらいしか話題が出てこないんだからお互い様だろ。こんな時に気の利いた事でも言えれば良いんだけど、何分俺は同年代くらいの女の子と話したことがあんまりなかったからな。」
『そうなのですか? 司羽さんは女の子の扱いに慣れている様なイメージがありました。』
「………それはつまり俺が遊び慣れてる様に見えるということか?」
司羽がそう言うと、リアは暫く考える様な沈黙を置いた。先ほどトワが言っていた、ミシュに読んでもらった本とやらの事を思い出してしまう。自分そっくりだとミシュは言っていたみたいだけど、やっぱり周りからはそう見えているのかも知れないな。だとしたらこれは由々しき事態だ。変な噂が立って、それをルーンが聞きつけたら血の雨が降るだろう。
「やっぱりそう見えるのか。」
『冗談ですよ、そんなに落ち込まないでください。確かにルーン以外にも、トワさんや、ミシュナさんが傍にいる事で周りからはそう見えてしまうかもしれませんが、貴方がそういう方でないのは分かっています。ルーンがそんな方に捧げてしまう筈はありませんから。』
「ん………? なんだか今おかしな発言が聞こえたってか見えた気がするんだけど………まさか。」
『ルーンから全部聞いてます。事細かに細部に至るまで。』
「やっぱりか、ルーンはどうも人に話したがるみたいだな…………後で釘を刺しておかないと。」
『………あの、体に残る傷を付けるのはどうかと………ルーンは女の子ですし………。』
「い、いや、釘を刺すってのは俺の世界の比喩だ………そんな虐待みたいな事しないよ。」
それに寧ろ喜びそうに思うのは俺がおかしいのだろうか? 俺がつけた傷を撫でて微笑むルーンが容易に想像できる…………いや、まて、俺は何を考えているんだ? 最近思考がサド系になっている気がする、ミシュにバレたら罵られるだけじゃ済まないし、トワの教育上も良くない、自重せねば。
『そうだったのですか、安心しました。………ですがまた、ルーンの話になってしまいましたね。話というのは難しいです。』
「無理することはないさ。好きな事を好きなように話せばいい。ここは何か重大な事を話し合う場とかじゃあないんだからな。」
『そうですね………その通りだと思います。』
その時、司羽はこの場に似合わない緊張を感じた。これはリアが発した物か、それとも別の何かか。……と、そこまで考えて司羽は思考を中断した。そうさせる者の気配を感じ取ったからだ。どうやらリアはまだ気づいていないらしい。一瞬、自分の不安も杞憂の物かとも思ったが、一応リアにも伝えておいた方がいいだろう。
「リア、気を付けろ。ここから随分離れた場所だが、真っ直ぐにこちらに向かってくる奴らがいる。」
『………そうなのですか? 私は何も感じませんが。』
「無理もないよ。こんな色んな生き物が居そうな樹海の中で、何キロも先の事を感じ取るのは難しいからな。」
『それでも、貴方には分かるのですね。………ですが司羽さんが気にする程の事なのですか? そんな距離からこちらの事が分かるのは不自然ですし、きっと偶然でしょう。』
「……偶然か? ………そうだと良いけどな。」
「主、気になるのなら童が様子を見て来ようか?」
司羽の様子を見て、傍で洗い物をしていたトワがそう言って来たが、司羽は首を振った。自分の力を分け与えているとはいえトワの力は見たことがない。そんなトワを一人で危ない所へ行かせるわけにはいかない。それにトワには今回の試験で使用しているシールドが付いていないのだ。そんな司羽の様子に何かを感じたリアはスケッチブックへ何かを書きこんだ。
『何か気になることがあるのですか?』
「……なんとなくだが、今回の試験が始まる前から嫌な予感はしてたんだ。てっきり、さっきのルーンに付き纏っている馬鹿共のせいだと思っていたんだが。」
『違うのですか?』
「違うとは言い切れない。だが、そのこっちに近づいてきている奴らだが、恐らく完全にこっちの位置を掴んでる。さっきから進行方向が全くズレていない。この距離でこっちの位置を掴んでるような、そのレベルの実力者は今回の試験会場には居なかったはずだ。何か嫌な予感がして来たんだよ。………トワ、取り敢えず戻れ。」
「ん、わかったのじゃ。」
司羽が指示を出すと、トワは頷いて司羽の心の中へと戻っていく。続いてリアに視線を送り、腰を落とした。
「リア、逃げるぞ。背負って行くから俺の背中に乗ってくれ。」
『背負ってですか? ですが私は………。』
「顔を見ない様にすればいい。それにあいつ等が本当にこっちの場所を掴んでいるのか知りたい。向こうのスピードはかなりのもんだし、色々説明したいけどこのままじゃその時間もないんだ。背負って逃げれば話易いだろう? 今は取り敢えず乗ってくれ、早く。」
司羽がそう言うと、リアはおずおずと背中に乗ってきた。思ったよりも軽い。もしかしたらと性別を疑った事もあったが、やはり女の子なのだろう。リアを背負い直すと、その敵らしき者から直角の方向へと地を蹴った。障害物となる物が沢山ある地上を駆けるより早いと判断して木の上に飛び乗り、飛び移りながら移動する。
「………進行方向に変化なし……か……偶然か?」
『そろそろ説明していただけませんか? それだけが理由じゃないのでしょう?』
「ああ、そうだな。」
リアは司羽の首に腕を回して、そのままの体勢で簡易のメモ帳らしき物に筆談を始めた。司羽は相手の気配を読み取りつつ答えた。
「不自然な所は色々あるぜ? まず、相手の人数だが………驚いた事に五人で行動してるんだ。」
『五人ですか? その程度の人数なら珍しい事はありません。効率良く試験をクリアするために手を組む人たちも多いですから。』
「何を言ってるんだ? 今回の試験は二人の内一人が脱落したらその時点でアウト、つまり行動しているのは偶数の人数じゃないとおかしいんだよ。十人を半分に分けたとも考えられるが………こんな重要な試験で完全に相手を信用するような奴がいるだろうか。万が一を考えるのが人間だ。」
『それは確かにそうですね。』
「おっと。」
そこで司羽は突然進行方向を変えた、リアは驚いた様に司羽の首に回す腕に力を込めた。司羽は咄嗟に「すまん」と謝った。
「更にあいつらの気配なんだが、どうもおかしいんだ。今回全員に張られている筈のダメージ判定のフィールドが感じられない。」
『………それはつまり。』
「ああ、あいつらが教師連中って事も考えたが、どうもあいつら殺気立ってやがるからな。これは何かあるぜ? どうやらこっちに向かって来てるのも偶然じゃないみたいだしな。」
先ほど向こう側もこちらに方向転換するのが感じられた、間違いなく自分達の場所まで真っ直ぐに向かって来ている。今もそうだ、こちらの方向転換から僅かに遅れて方向の修正を掛けて来ている。方向転換への敏捷さはそこまでではないが、進行の速度は間違いなく早い。とはいえ逃げきれない事もない。実際こうして逃げていれば追いつかれる事はないのだが………。
「教師や生徒でないなら一体誰なんだろうな? こんな試験の最中に俺達を追い回す様に行動してる奴らってのは。………恐らく試験前にミリク先生が言ってた、ルーンとリアを引き離した連中もあいつらだろうと考えると、俺じゃなくてリアが目的だって事は何となく分かるが。友好的な人間でないのは確かだろうな。何故リアが一人の時を狙わないのかは不自然だが、それも含めて、想像しても意味のないことだ。………っと、どうした、リア?」
『司羽さん、私を降ろしてください。』
「…………は?」
『今すぐ私を降ろしてください。そして貴方はそのまま、此処から離れて欲しいんです。これは貴方には関係のないことですから。』
いきなりのリアの発言に司羽も間の抜けた声を出してしまった。だが少し考えて、直ぐに答えが出た。リアはこれは私の問題だから手を出すなと言いたいのだ。さて、どうするべきか? 見方によっては危ないから逃げろといっている様にも聞こえるが、本当に迷惑な場合もあるし。
「一人でどうにかなるのか? 相手は単なるストーカーとかじゃないみたいだぞ?」
『どうにかなります、どうにかします。貴方の力を借りるまでもない、私一人でどうにでもなる事ですから。今までだって私は乗り越えて来たんです。』
「……………。」
『自惚れないでください。貴方は私より強いかもしれませんが、全知の神ではないでしょう。貴方はこう考えているのでは? 私はこれに関わることが危険だから貴方を巻き込むのを嫌がっていると、貴方に逃げて欲しいと思っていると。私の心を捏造するのはやめてください。貴方は力の面では足手まといになったりしないと思いますが、この問題に関してこれ以上面倒事が増えるのは勘弁してほしいんです。お願いですから降ろしてください。』
「………わかった、そこまで言われちゃ仕方がないな。さっきの場所に居るから、終わったら教えてくれよ。」
『……気配を読んだりしたら駄目ですよ?』
「ああ、分かってる。」
司羽はふうと溜息をついて地上に降りると、リアをその場に降ろした。そして直ぐにその場から離れる。お互いに眼の届かない所まで。リアの事は気になったがああまで言われては降ろすしかないだろう。これ以上はお節介という物だ。人には踏み込まれたくない場所という物が存在するのだから。だから司羽は最後に一言だけ言って行く事にした。
「健闘を祈るよ。」
『はい、問題ありません。』
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リアは司羽が離れて行くのを見送りながら、司羽が言っていた五人組の方角を振り向いた。今朝ミリクから話を聞いた時からなんとなく予想はしていた。ルーンの名前は有名だ。誰だってあの子とは敵対関係になんてなりたくない筈なのだから。だからこそ、今日仕掛けて来るだろうとも思っていた。
「司羽さんには悪い事をしてしまったでしょうか。流石に言い過ぎた様な気もしますね。」
美しいソプラノ調の声、自分の事を本当の意味で知る人間以外には聞かせる事の出来ない声で、リアは独り事を言った。先ほどの自分の台詞を思い出す。自惚れないでくださいなんて、筆談であったとはいえ咄嗟に書いてしまうなんて、ここで生活するようになってから少し言葉使いが変わったのだろうか? でもああでも言わなければ、司羽さんまで巻き込んでしまうことになってしまうし、仕方ないでしょう? とリアは自分を納得させた。
「さて………なるほど、確かにおかしいですね………三、四、五人ですか。本当に司羽さんの言った通りの人数ですね。あの方には驚かされてしまいます、きっとルーンもあの方の傍でなら幸せになれるでしょうね。………少し、嫉妬してしまいますが。」
自分はルーンに声を聞かせてあげる事も出来ない。あの子はいつも私に優しくしてくれたのに、自分に勇気をくれたあの子を、ルーンを幸せにする役目は自分には最初から与えられていなかった……初めから自分には………。だから少しの嫉妬は許される筈だ。そんな事を考えながら、やっと完全に気配を感じ取る事が出来る距離まで近づいて来た相手に気を回す。
「大見得を切ったのですから、やらなければなりません。今は、一人で。」
リア(装備不明)VS???(装備不明、人数五人)
地形:樹海 夜 付近に人の気配なし
考えるより先にリアは走り始めた。戦いの基本は走ること、そして優位を取ること、だからまずは固まっている敵をばらさなければいけない。追い掛けてきていると言うことは、私を何処かに追い詰める事が出来なければ、相手はこちらを取り囲もうとしてくる筈だ、そうなれば……チャンスは見えてくる。
「……散開しましたね。」
短期決戦でないとこちらも体力が持ちませんと呟いて、リアは一旦スピードを落とした。暫く走り続け、後方に一人、後方斜め左右に一人ずつ、左右に一人ずつ人の気配を感じ取ると、リアは急速に左へと方向転換をした。同時に小さめの簡易スケッチブックを取り出して文字を書く。
「ここで終わる訳にはいかないんですよ。」
リアが鉛筆を取りだし一文字にスケッチブックに走らせると、何かの文字のような模様が書き出された。リアが念じるとその文字はスケッチブックから浮かび上がり、地を這い、リアの向かう先へと伸びて行く。
「居た……っ!!」
進行方向の少し先の方に最初の敵の姿を捉える。赤いフードを被った、恐らく男。捉えると同時にスケッチブックに鉛筆を走らせて鏡と言う意味を持った特殊な一字の文字を書く。続けてスケッチブックのページを捲り、剣の絵が書かれたぺージを開き、破った。すると破ったその紙が剣と成り、リアの腰に顕現した。
それと同時に、男はこちらに向かって簡素な形状の杖を振ってきた。そして次の瞬間、視界を埋め尽くす様な激しい炎の竜巻が、リアに向かって真っ直ぐに襲い掛かる。
「来ましたねっ!!」
リアは避けるでもなく、その炎の竜巻へと突っ込んだ。そして当たる直前、鏡と書いたページを破り、前方へと翳すと、そのページは燃え尽き、リアを包んでいた炎の竜巻は消え去った。そして次の瞬間、同じだけの力を持った炎の竜巻が現れ、その赤いフードの男へと襲い掛かって行く。
「ちっ、反射か。面倒な!!」
男はもう一度炎の竜巻を発生させ、相殺した。だが、男がもう一度杖を構える前に、消え去った魔法の向こう側から剣を抜いたリアが飛びかかった。咄嗟に体を捻って男はそれを避け、反対側に飛び去って回避する。
「おいおい、剣術まで出来るのかよ? このお姫様は。」
「……無駄口は叩かない方がいいですよ?」
「何っ? うぉっ!!」
「遅いっ!!」
男の体へと、先程最初にリアが放ち地を這って行った文字が纏わり付く。それと同時に、抜け出すために一瞬リアから視線を外した男へ、リアは素早く近づき躊躇なく剣を喉へと突き立てた。
「ぐっ……あっ………。」
「まず、一人目。」
リアは直ぐに剣を抜き、吹き出す血を気にもせずにスケッチブックの爆弾が書かれた紙を破り取ると、風で飛ばないようにその剣で、男の体で隠れる場所へと固定した。そして直ぐに逃げる様に走り出す。暫く経つと、大きな爆音が聞こえて、先ほど男を倒した辺りで殺気を放つ気配がまた一つ消えた。簡単なトラップだったが、なんとか成功した様だ。これで残りは三人。右側の一人、右下の一人、下に居た一人。どうやらまた合流されてしまった様だが、着実に数は減っている。
「後、三人………。」
そして休む間もなくリアはまた走り出した。次はどうしようか? 先程一人目の傍でもう一人がやられた事は、向こう側の人間も察知した筈だ。これからはさっきみたいな細工は使えない、それ所か、バラバラにする事ももう難しいだろう。ではこのまま逃げ続けようか? ………駄目だ、体力が続かない以前に、それではいつか心配して司羽がこっちに来てしまう。リアは良く知らないが、先程からの態度を見ている限り、きっとあの人は優しい人なのだろう、さっきはなんとか言い聞かせる事が出来たが、こんな状態を見たら今度は手伝うと言って来るに違いない。あの人は強いとルーンが言っていたが、だからといって自分の問題に巻き込むなんてしてはいけない。………それにもし自分と関わりあいになれば、自分が一番危惧している事まで知られてしまうかもしれない。そして司羽に知られれば、ルーンにも知られる日が来るかもしれない。それだけは嫌だ。なんとしても回避しなくてはならない。リアがそう思い悩んでいたその時、頭上に小石か何かが当たった気がして空を見上げた。
「私だけの力で………はっ!?」
そのリアの頭上から光の柱が降り注ぐ、盾のページで咄嗟に受けたが、危なかった。違う事を考えてしまっていたとはいえ、気を張っていたのに相手からの攻撃に全く気付かなかった。リアが少し離れた場所から狙撃していたらしい敵を見つけると、敵は即座に撤退していった。一人だけいつの間にか別行動をとっていた様だ。それに気付かなかったのは恐らく、敵からの気配察知の魔法に対するジャミングのせいだろうが、妨害魔法はかなり高等の魔法であり、それを使える段階で相手はかなりの腕だと分かる。もう気配を頼りに戦うのも難しいだろう、今のは運が良かっただけだ。恐らく今までジャミングをしなかったのは向こうの油断か、この一撃を成功させるための罠。どちらにしろここからは多用してくる筈。
「でもどうしたら………向かって行っても三体一じゃあ不利どころの話じゃないし……。」
緊張の中走り続けたせいで体力も落ちて来て、相手の気配を察知しての安全策もきかない、おまけにもう思い通りにバラバラにする事も出来ない。何も対処法が浮かんでこないまま、リアは途方に暮れてしまった。
「どうしよう、どうしよう………どうしよう………。」
考えている時間がないのは分かっているのだが、作戦がない、何時またあの攻撃が来るか分からないのだ。今のでこちらにジャミングが効かないと勘違いしてくれれば良いのだけれど、そんなに都合良く行くわけもない。もう捨て身で突っ込むしかないのだろうか? あまりにも無謀な賭けだけれど………。
「あら、何をそんなに悩んでいるのかしら?」
「………え?」
「そこから動かないでっ!! ……その手に持っている物を捨てなさい。」
「くっ………。」
背中に杖を当てられ、手に持っているスケッチブックを地面に落した。いつの間にか、狙撃された反対側から接近されていた様だ。さっきの狙撃も念のための誘導だったのかもしれない、全く敵の接近に気付かなかったなんて不覚どころの話じゃない。リアを拘束しているフードを被った女が手を挙げると、残りの二人もリアへと走り寄り、リアを威圧するように杖を構えた。
「これで逃げられません。さあ、私達と来てくれますね?」
「……何故、私が分かったのです?」
女は質問を質問で返され少しムッとした様だったが、周りに居た仲間に視線を送ると、その質問に答えることにした様だった。
「わざわざ魔法の掛かったフード付きのローブを着て、従者らしき者達と居住者不明の家まで帰っていれば誰だって不自然に思います。貴方がこの学園に入った時期を調べて確信しました。」
「ルーンと私の相性を弄ったのは………。」
「貴方だって、ルーンさんを巻き込みたくはなかったのでしょう? 私達だって同じです。あんな化け物みたいな人と戦ってたら命がいくらあっても足りませんから。世界にとっても有益な存在ですし、貴方がこちらに来てくれれば、仲間になってくれるかもしれません。」
「なら、貴方達は共和国のグループなのですね?」
「はい、その通りです。反シーシナ共和国レジスタンス『蒼き鷹』を補佐する傭兵団『道化』の長、アルゼルハント=ユーリアと申します。」
「その名前……、貴方も元は共和国出身の方ですか。」
「はい、今はあの国を敵と見なしていますが。」
リアはそれを聞くと諦めた様に溜息をついた。そしてユーリアと名乗った女はそれを聞いて、承諾したのだと確信した。
「私達と来てくれますね?」
だがリアはそれを聞いて、くすりと笑いながら言った。
「え? 誰が貴方達なんかと。」
瞬間、リアは身を捻り、ローブの中から素早くナイフを取り出し、ユーリアの顔を斬りつけた。そしてそのまま驚いているユーリアから杖を奪い、間に挟みながら残る二人から素早く距離を取る。その際ユーリアにローブを掴まれたが、リアは咄嗟にそれを脱ぎ棄てた。ユーリア自身は、ナイフはなんとか避けた様だったが、怒りに身を震わせていた。
「くっ、私が下手に出ていればっ!!」
「戦争屋なんかと仕事をするつもりはありません。名も捨て、こうなった身の上ですが、元の高貴な身分に多少の誇りは持っているつもりですから。」
そう言って微笑んだのは、一人の少女だった。輝く様な薄い水色に、ほんの少しウェーブのある、肩甲骨の辺りまで伸びた髪を風に靡かせ、リアはそこに立ってそう言い切った。黄色に光る瞳は宝石の様に輝き、後ろ髪と同じくらい伸びた横髪はビーズで纏まり黒いドレスに少し掛かっていた。ルーンやミシュナ、トワに負けず劣らずの美少女は敵を威圧するように、ユーリアから奪った刺殺にも使える細長い軍用の杖を構えた。ユーリアは他の二人の射線上にいる事に気付くと、二人の後ろに飛ぶように後退し、予備らしき杖を取り出し構えた。
「まさか私がミスするなんてね………。」
「助かりました、貴方が素人で。」
「言うわね。二人共、もう無傷で捕える必要はないわ。後で拷問でもなんでもして言うことを聞かせればいい。女の子だし、殺さずに外から見えない所を拷問する方法なんていくらでもあるしね。最悪死んじゃっても、亡き骸を持ち帰って共和国の連中に殺されたってことにすれば、レジスタンスの士気は上がる。」
「無傷で、ですか。一番最初に会った方は見つけるなり攻撃してきましたけど?」
「あの男は馬鹿なのよ。入ったばかりなのに言う事聞かないし。でも、あいつが正解だったみたいね。」
レジンスタンスグループの三人はリアを取り囲むように移動した。なんとも逃げるに逃げられない状況だ。素人だなんて言ったが、相手は間違いなく腕の確かなプロだ。正直相手が素人だったとしても勝てるか分からないのに、そんな状況では絶望的過ぎる。今更命乞いなんて馬鹿らしくてやるつもりはないけれど、さて、状況はどんどん悪くなっている、打開する方法を考えなくては。
「役割はいつも通りで、皆一斉にいくわよ?」
「命乞いとか駄目ですか?」
「どーせ命乞いとか馬鹿馬鹿しいとか考えてるんでしょ? 皆、レディ!!」
「……そうです、かっ!!」
「くっ………。」
リアは諦めた様な口調でそう言うと、いきなり腰を落として、右側に居た女に杖を使って当て身をし、体制を崩させた。そしてそのまま溜めていた魔力を杖へと伝導させ、反対側で魔法を撃ってこようとしていた男に対して雷撃の衝撃波を放つ。水や風などの自然現象を操る魔法の中でも簡易だが、一番速度の速い魔法だ。威力が低いため倒す事は出来ないが、一瞬時間を稼ぐ事くらいは出来る。発動前に男の動きを止めると、続いて魔法を撃とうとしているユーリアへ向かって雷撃を打とうとして、唐突にリアの体制が崩れた。
(なっ!? 気絶させられなかった!?)
「残念っ!!」
「きゃっ!!」
女は倒れた状態からリアの腕を引っ張り、足を払って、アクロバティックを使ってリアの持っている杖を蹴り飛ばした。そして直ぐに起き上がると、倒れこんだリアへとそのまま拳を振るう。
「ま……だっ!!」
リアはその拳を足で払うと、足を引っ張って女の体勢を崩し、逆に地面を滑るように足を払った。
「くっ……。」
「甘いんですよ……っ!?」
だが、追撃を掛けようとしたその時、背後から大きな衝撃を受けてリアの体は吹き飛ばされた。どうやらさっき雷撃で攻撃を止めた男が援護したらしい。こちらもどうやら間に合ってしまった様だ。
「うっ……く…あっ………。」
「アシュさんナイス!! ユーリア……あんた攻撃しかけるの遅過ぎ……っ!!」
「リリーが邪魔なのよ、退きなさい!! これでトドメ!!」
「くっ………。」
ユーリアから魔法が放たれる、さっきとは比較にならない魔力の量。完全に殺しに来ている攻撃だ。スケッチブックも杖もない。さっきの衝撃波で頭がふらふらして立つ事も出来ない。さっきの女を盾にしようとしたが、既にそこから離れている、万事休す。
「………ルーン………ごめんなさい……。」
リアは魔法を受ける直前、心の中で懺悔する様に呟いた。自分は結局、あの子に何もしてあげられなかったのだと。貰った勇気の分も返してあげられなかったのだと。……結局、あの事も伝えられなかったと。でも心配はない、あの子はもう既に独りじゃない。
「………司羽さん………ルーンを………。」
頼みました。そう言いかけて、リアはユーリアが放った光の中に消えた。
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「………おい、どうするんだよ?」
「ユーリア、あんたは手加減ってのを知らな過ぎ。」
「しょ、しょうがないでしょ!? 中途半端なのだと、あのお姫様に反撃されるかもって思ったし、私だってそこまで強力だって思わなかったんだもん!!」
三人はリアが居た辺りで声を荒げながら口論をしていた。ユーリアの放った魔法はリアへと直撃して、そのまま亡き骸も残さず消し去ってしまった。これではここまで来た意味がない。
「それはそれとして……どうする? 今回の参加者の誰かを殺して代わりにするか? 焼いちまえば誰だか分からないだろうし。」
「あ、なら今回お姫様と組んでた司羽って男の子は?」
「……ユーリアは馬鹿ね。男と女じゃ流石にばれるから。」
「そうだな。だが、今回俺たちの動向に気付いてたのはどうやらあいつみたいだぜ? カメラを見てたナビ係の言ってた事だけどな。」
元々今回の行動は、スカウトに参加していた『蒼き鷹』のメンバーにサポートしてもらっての作戦だった。司羽達の動きを掴めたのもその為だ。
「そ、それに、あの男の子って人間の女の子そっくりな使い魔を連れてるってナビの人が言ってたよ? 万が一って事もあるし、男の子を消すついでに使い魔を焼き殺して代わりにするってのはどう?」
「……まあ、悪くないかもね。」
「よし、じゃあ決まりって事で……。」
「はははっ、なんだか随分と面白そうな事を話してるな?」
三人の意見がそれで一致しかけていた時、ユーリア達の後ろからその場にそぐわない笑い声が響いた。ユーリア達が驚いて振り向くと、そこに立っていたのは赤い瞳をした、一人の青年だった。
「でも流石に本人の前で、本人とその使い魔を殺す算段を立てるのはどうかと思うぜ?」
「お、お前は!!」
ユーリア達は笑っている青年、司羽の前から飛び退って距離を取ると、驚きを隠せない様子で司羽を見た。
「いつからそこに………。」
「ん? 降りて来たのは今だけど、ここには随分前から居たぜ? 一旦リアを連れていく為に離れたけど、俺はずっとリアの傍の木の上に居たからな。あいつが攻撃を受けたら、この試験用センサーを切らなきゃいけなかったし。ああ、ちなみにリアならこの近くにちょうどいい洞窟をトワが見つけてくれたからそこで介抱してるよ。気絶してるけどな。」
「き、気絶? そんな馬鹿な事……あの時に間違いなく……。」
「馬鹿はお前らだろ? あの程度で人が灰も残さず消え去るかよ。弱いのは力だけにしろよ。頭まで弱かったら良い所ないぜ?」
三人は飄々と笑いながらそう言った司羽に唖然としていたが、ユーリアはふと我に返ると杖を構えた。そして不敵に笑いながら言った。
「ちょうどいいわ、今殺しにいく所だったのよ。お姫様の居場所も教えてくれたみたいだし、苦しまない様に殺してあげる。」
「………本当に察しが悪いんだな、頭領じゃないのかよ。その『道化』とやらのさ。」
「何ですって?」
「ほら、そこの二人はまだ理解してるみたいだぜ?」
ユーリアが他の二人を見まわすと、二人とも緊張した様子で司羽を睨みつけていた。
「……ユーリア、この子はやばいわ。退きましょう。」
「同感だ。こいつの言っていることが本当かは知らないが、俺達の後ろで話を聞いていた事は確かだ。俺達に、全く気付かれずにな。」
「…………。」
司羽はその二人の発言を聞いて目付きを変えたユーリアを、小馬鹿にしたように鼻で笑うと、三人が杖を構えている事など気にも止めてないかのようにユーリア達に近づいて、緊張しながら後ずさりする三人の目の前で、なんの警戒もせずにリアのローブを拾った。先ほど、ユーリアが剥ぎ取った物だった。
「これを取りに来たんだ。ないとリアも不便だろうからな。それに俺も、あんた達の事は見逃してやってもいいかなーって思ってたんだ。事情も知らずに善悪判断するのは俺の主義に反するからな、選択肢は与えてやるさ。リアが何の躊躇いもなく人を殺してたのも気になるし。……ま、今回襲ってきたのはあんたらの方だから、俺はリア側に付くけどさ。」
「……なら見逃してくれるのか?」
「もうあんたの事を狙ったりはしないわ、約束する。」
「そうね………さっき言ってた身代わりに誰かを殺して行くのも勿論止めるわ。私達も命が惜しいもの。」
司羽が心底どうでも良さそうに言ったのを聞いて、ユーリア達はホッとした様に息をついた。それに対して司羽はローブに付いた土や葉を取りながら溜息をついた。
「人の話を理解出来ないのか? 俺は事情も知らずに善悪の判断がしたくないだけだ。その理由を話せって言ってるんだよ。短く、分かり易く、簡潔にな。嘘をついても緊張の具合で分かるから、嘘は止めた方が身のためだぜ?」
途端に司羽から掛かる圧力に身を固まらせながらも、ユーリアは頷いた。
「わ、わかったわ。私達は共和国の圧政に対するレジスタンスに雇われた身なのよ。レジスタンスの旗領として、ジューン国の生き残り中、唯一の王族であるフィリア様を掲げようとしてる連中に、フィリア様を連れてくるように言われてここに来たの。フィリア様ってのは、あんた達がリアって呼んでる子の本名よ。でも、その、もしも連れてくるのが困難な場合は攫ってこいって言われて、それも無理なら亡き骸でも構わないってレジスタンスの奴らが………。」
「………それで? なんでリアが旗領になるんだよ。」
「ジューン国が共和国の政策に反対し、それにより共和国がフィリア様のご家族を全て殺したからだ。城の者も殆んどが殺されたらしいが、フィリア様だけは逃げ出す事が出来て………。」
ユーリア達がそこまで話すと、司羽は唸る様に考えた。なんというか、小説の世界だな。リアがレジスタンスの旗領になるように言われてる共和国に滅ぼされた国の王女で、それから逃げながら暮らしてるって感じなんだろう。まぁ、最後のは想像だが。
「なるほど、筋は通ってるな。さっきからしてる話の答えにもなる。後はリアが話してくれたら聞くことにするよ。だが気になった事がある。教えてくれ。」
「な、なに? 私も二人も嘘はついていないはずよ!!」
「ああ、それは分かってる。分かってるんだが引っかかる事がある。リアの国が反対した共和国の政策についてだ。」
司羽は納得がいかない様子で腕を組みながら考えた。ミリクの話が本当ならそういう政治的な事は各国のパワーバランスが決まっていて争いの種にはならない筈だが。それにミリクの口ぶりから言って最近戦争は起きてないみたいだし、少なくともその出来事は他の国へは通じてないのだろう、戦争として認知されてないだけかも知れないが。とにかくその二つの国がどんな規模の国なのかは知らないが、もしかして何かあるのか?
「それについては私達もわからないわ。そういう噂があるってだけ。でも現実ジューン国は、フィリア様以外の王族は共和国に殺され、国は吸収されているという事実が確かにあるのよ!! それに共和国の圧政も事実で、もう何人もの人が弾圧され殺されてるの!! 私の父も母も、このリリーの家族やアシュの恋人だって殺されたのよ!! あいつら平和の為っていってやりたい放題に………っ!!」
「ちょ、ちょっとユーリア、ヒートアップしないで!!」
「すまないな、だが、これで分かってもらえただろう? 俺達は金の為に動いたんじゃない。お姫様には悪いとは思ったが、もっと同志を集めなければいけないんだ。一人を犠牲にしても、俺らには勝ち取りたい物がある。」
「……………。」
………馬鹿馬鹿しい、とは言い切れない。全部を聞いて、命乞いでもしてきたら殺してしまおうかとも思っていたが………どうも気が削がれてしまった。こいつらの言っている事が嘘ではないと、いままで培ってきた技術が言っている。確かにルーンの親友を殺そうとしたゴミを生かしておくのはどうかと思うし、またリアを襲うかも知れないのだが…………どうにも何かが気に障る。まだ、殺すには早い。
「なぁ、そこのユーリアっての。」
「な、なによ?」
「共和国ってのは平和の為って言って圧政を敷いて、人を殺してるんだよな?」
「そ、そうよ。」
「じゃあ聞くが、お前の家族は何をして殺されたんだ?」
「ちょっと貴方!! いくらなんでもそれは!!」
「後で聞くからリリーってのは黙っててくれ。ユーリア、話してくれないか?」
司羽が先程とは打って変わって、柔らかい口調でユーリアに聞くと、ユーリアは何故そんな事を聞くのか分からないと言った表情をしたが、諦めて話始めた。
「……お父さんが国に害をなす動物やら魔物を倒すための武器を作ってたんだけど、共和国の兵士に売るのを渋ったら、それを共和国政府への侵略未遂だって。お母さんも一緒に………。」
「アシュってのは?」
「俺の方は他の国への輸出をしてた恋人をスパイだと……。」
「リリー。」
「くっ、私の方もスパイ容疑よ。母と父は外の国で依頼を貰ってくる人だったから……。」
なるほどな……なんとなくどんな国なのかの予想は立った。三人は司羽をいぶかしげな眼で見たが、司羽が何やら考え込んでいるのを見ると、眼で合図を送りあった。そして、一斉に逃げ出す為に踵を返した瞬間。
「おい、逃げなくてもいいぞ。」
「「「なっ!!」」」
「……悪いな? お前達の瞳の揺れや瞬き、筋肉の緊張の具合で分かるんだよ、逃げようとしてるかどうかくらいな。」
突然振りかえった先に現われていた司羽に、三人とも驚きを隠せないようだった。全く、人が許そうかどうか考えてる時にこんな事しやがって。だがどうしたもんか……こっちの世界に来てから、考え方がどうも甘くなってる気がする。だが、相手がこいつらじゃそれも仕方のない事かも知れない………どうも調子が狂う。何となく、知った顔に似てる気がするからだろう。……でも、だとするなら……。
「……取り敢えず、お前達は解放するよ。二度とリアの命も身柄も狙わないと約束するならな。……だが、最後に。本当に最後に聞かせて欲しい事があるんだ。」
「聞かせてほしい事?」
「ああ………お前達の意見で構わないから、頼む。」
「………えっ………?」
ユーリアは司羽の言葉にホッとしたのも束の間、そう言って司羽が見せた表情に驚いてしまった。恐らくリリーとアシュは気付いていないだろう。その場で気付いたのはユーリアただ一人。見た目には、殆んど何も変わっていないが……瞳の奥で、何かが揺れた。
「共和国とやらを批難するお前達は……暴力による支配以外で平和が成り立つと思うか? そして、圧政を敷く国を暴力以外でなんとか出来ると思うか? 皆が幸せになる平和ってのは、やっぱり暴力を使っちゃいけないんだろうか?」
「………わ、わからないわ、そんなこと……いきなり言われても……。」
「……俺もだ。そんな事を考えたことはなかった。」
「……そうか。ユーリア、あんたはどうだ? 俺は、あんたの意見が聞きたい。」
「……………。」
ユーリアにだけ見えたその表情は、この少年にしてみればあまりにも弱弱しかった。そして恐怖するのも忘れて、ただただ呆然としてしまった。なんだか、放っておけない様な、だが触れると壊れてしまいそうな。だから、ユーリアは優しく抱きとめる様な口調で言った。殆んど無意識の内に、自分がこの少年に脅されていた事などなかった様に。全ての関係が今、リセットされたかの様に。
「………貴方は私になんて答えてほしいの? それで貴方は納得出来るのかしら。それは答えが存在しない類の問いだって分かってる筈なのに、……甘えるのは止めなさい。どうせ、貴方は私が何をいっても納得なんてしないわ。殺戮でも非暴力でも貴方が考えて出した答え意外、貴方にとっては無価値でしょう?」
「ちょ、ユ、ユーリア………!?」
リリーが、一瞬で様子の変わったユーリアに驚いていたが、一番驚いていたのは問いかけた司羽の方だったらしい。眼を見開いて呆然としている。そして、ユーリアの方もまた、自分が発言した事に呆然としていた。
「………………。」
「……あ、その……言い過ぎた………かしら?」
沈黙している司羽に、ユーリアは我に返って問うと、司羽の表情は段々と驚きから別の何かに変わって行った……そして………。
「ふっ、ふふふっ。」
「え?」
「はっ、ははははははっ、ははははははははっ!!!!! そうだな、その通りだ!! お前の答えはそう、その通りだ。何も間違っちゃいない!! 意味が分からないのは俺だな? はははははっ!!!!」
司羽はいきなり笑いながら、呆然とするユーリアに近づいた。そして次の瞬間には、ユーリアのフードを取って額にキスをしていた。ユーリア達は一瞬なにが起こったのか分からず呆然としていたが、被害にあったユーリア本人は、自分が何をされたのか気付くと顔を真っ赤にして叫んだ。
「あああああ貴方っ!? 何をするんですきゃっ!! ………いったぁっ……舌噛んだじゃない!!」
「ああ……仕返しだな。昔俺にあんたと同じ様な事を言った人がいて、その人にやられたんだ。あの人のせいで俺は悩みっぱなし、ちっとも前に進めやしないのさ。しかし、お前も初心なんだな。あの時の俺と同じだ、ははははっ!! それじゃ、俺はそろそろ行くぜ? もうリアに手を出すなよ? はははははははっ!!」
司羽が笑いながらその場から離れていくのを、ユーリア達は呆然と見送った。ユーリアは顔を真っ赤にしながら、アシュとリリーに関しては何が起こったのか、まだ分かっていないようだった。司羽の声が聞こえなくなった頃。リリーが呆然としたまま溜息をついた。
「……なんだったのかしらね、あの子。変な子だったけど。」
「まったくだ、見逃してくれたみたいだけどな。俺はてっきり聞きだすだけ聞きだして、さっさと殺されると思ってたよ。あいつは最初から俺らの事をゴミみたいな眼で見てたからな。なぁ、ユーリア?」
「………でも、最後は違ったわ………ふふっ、変な人。」
ユーリアが司羽の消えた方向を見ながら笑ったので、リリーとアシュは顔を見合わせた。なんだろう、嫌な予感がする。
「ねぇアシュ、リリー。私レジスタンスに参加するの止めるわ。『道化』も解散。私は共和国にも帰らないわ。」
「は、はいっ!? ユーリア、貴方いきなり何言ってるの?」
「………あんたは『道化』作った時も適当だったしな………。いつかは同じノリで解散するとか言うと思ってたが。俺らがどんだけ必死で魔法とか戦術とか特訓したか忘れてるだろう?」
「メンバーも初期メンバーの私達以外、死んだり抜けたりでいなくなっちゃったし。もう十八だから就職先も探さないといけないしね。ほら、世の中そんなに甘くないし。……それに、私も色々考えてみたくなったのよ。それと、知りたくなったのかな。」
「……知るって、何をよ?」
ユーリアはくすりと笑って二人へ向き直った。
「あの子が見てる景色ってやつを。なんとなく、私が見ててあげた方が良い気がするのよ。甘やかされて育った子みたいだから。ふふっ、ここで出会ったのが、きっと何かの運命だったのよ。」
そう言って眼を輝かせたユーリアに、アシュとリリーは呆れた様な視線を送り、二人顔を見合わせた。仕方がないな、という意味の視線を交わしながら。
「こいつを見てると全部忘れて、なんだかんだで平和だなって気になって来るよ。」
「同意していいのかしら………。取り敢えず、ナビ係の人には傭兵団は解散しましたって伝えた方がいいわね。それと、これ以上フィリア様に近づくと火傷じゃ済まなくなるってね。……私も真面目に働こうかしら……はあ………。」
そんな事を言い合う二人も気にせずに、ユーリアは司羽の消えた方へと走り出した。そして、傭兵団『道化』はここに壊滅した。
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「うん……今もまだ拘ってるよ。ねえ、どう思う? やっぱり………駄目だよね。ごめん、まだ何にも分からないよ。何にも……何にも。」
一頻り笑い終えて、余韻の中、司羽は空を見上げた。どことなく疲れた様にも、満足げにも見える表情で。
「でも、今日はなんだかすっきりした気がするよ。だから今日くらいは考えるのを止めようと思うんだ。初めて、誰かを許せたんだから……それが良いよね………姉さん?」
微笑みながら仰いだ空は、星が綺麗に瞬いていた。リアは眼を覚ましただろうか? 早くローブを持って行ってあげよう。そしたら今日は、久しぶりに星を見て寝るのも悪くない。
いつか見たあの星が、今日なら少しだけ見える気がした。